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第二部 オッドアイの行方ー失われた記憶を求めて
香港へ
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東がふーむと考えて口を開いた。
「あの…、この前会社で資料を探していたときに、レポートを見たんですよね…。海静様の海外研修の記録を。彼が会社に入社したての頃だから結構古い情報ですが。」
染「何か目新しいことでもあったのか?」
東「ええ。私は知らなかったんですけど、私が彼の教育係に着く前の資料で、香港に五泊六日で研修に行ってらしたんです。」
染「ああ、それなら私も知っている。香港の入国管理局には問い合わせたよ。だが彼が入国した記録は無いと言われた。もし万が一居たとしても探すのは本当にしらみ潰しだ。」
東「…レポートには香港の文化が気に入ったとか、また行きたいとか書いてたんで、もし逃亡するなら、海外だとここぐらいしか当てはないんじゃないかと思ったりしたんですが…。」
染「それは憶測に過ぎないだろう。どこの国にしても同じ事が言えるんだ。行ってもどこを探せば良いのか分からない。」
東「…染谷さん、変わりましたね。以前のあなたならきっとしらみつぶしになろうが構わないって、探しに行くと思います。今のあなたは本当に海静様を探したいのだと思えません。」
石「失礼だぞ!染谷様は記憶を消されているんだ!忘れたくて忘れたんじゃない!彼が一番歯痒い思いをしているのに、知った口を聞くなよ!」
東「だって、しらみつぶしにしないともう一生会えないかも知れないんだよ?」
石「だからこうやって会議してるんじゃないか。」
東「会議って名ばかりよ。香港という手掛かりが出て来たならそこを潰さないと次に行けない。可能性があるなら探すべきだわ。」
石「そんな事してたらきりが無い。」
東「きりが無いから探すのよ!」
二人は凄い剣幕だ。私は一人冷静だった。東の言うとおり、私はどこか彼を見つけてしまう事に躊躇いを感じていた。
染「二人共、もう止めてくれ。私が臆病になっているんだ。私の…。」
石「染谷様…」
染「きっと記憶があるなら…昔の私であれば彼を見つける為なら何処へでも飛んで行っただろう。この身を投げ打ってでも彼を護る、それが私の運命《さだめ》だから。報告書を読んでも分かる。彼こそ私の全てだと、彼を慕い、敬い、見守っていた。
だが今の私には彼の顔さえ頭に入れる事が出来ない。彼を忘れるように、思い出さないように洗脳されたんだ…。写真を見ても記憶に留めて置けない。すれ違ったとしても、写真を手に取り見比べねば彼を認識できないだろう。彼はどうしてそんな事を?私の半生を彼に捧げたのに、何故なんだ?私は腹を立てているんだ。認めたく無いが、私の人生を掛けた人に私は捨てられたんだよ…。」
二人は真剣に心配している。何て顔をさせてしまっているんだ。守り人失格だな…弱音を吐くなんて…。だが本音を話してしまって、少し胸のツカエが取れた気がする。彼に会いたい事は嘘ではない。彼を護る事を放棄した訳でもない。ただ会えるとなると急に怖くなった。早く会ってみたい、でも会いたくない。三年間追い求め、探し続け、それでも戻らない彼方の記憶に疲弊し、心の中でいつのまにか葛藤が生まれていたのだ。
石「染谷様、そんな事は…海静様にはきっと何か理由が…。」
東「その理由を突き止めに行きましょう?ねっ、染谷さん?」
染「…私は怖気付いている。」
東「どうしてですか?」
染「言っただろう?彼に捨てられたのだと認めるのが怖い。彼に直接そう言われて仕舞えば、私は生きる目的を見失ってしまう。」
石「海静様に限ってそんな事ないです。」
染「そうだろうか?」
石「そうですよ。」
染「だが、彼が幸せに生きているのに過去になった私達が現れてまた苦しめたら?私達が彼を訪れる事で彼の幸せを壊す事になってしまったら?それこそ本末転倒にならないか?」
石「彼が幸せに生きているなら、それでいいじゃないですか。それを確かめに行きましょう。話してくれてありがとうございます、染谷様。まだ見つかると決まった訳じゃないけれど、行きましょう、香港。」
二人が居て良かった。私の臆病は思ったより重症で、一人悲しみにくれて、二人も彼を護る同士である事を忘れていた。私は愚かだった。
染「…あぁ。わかった。行ってみよう。」
東「ぃやったぁ!香港!」
石「おい、志津香、いい加減にしろよ、旅行じゃないんだからな。お前は留守番だ!」
東「嘘でしょ?私が香港見つけたのに?そんな殺生な事ってある?染谷さん、石原最近私に厳しいんです。何とか言ってやって下さいよ。」
染「…あ、ああ。実は私も入れ違いで海静様が戻ってきた時の為に、日本に誰か居て欲しいと思っていたんだが…?」
東は目を見開いて怒りを露わにした。
東「えええ!染谷さんまで!酷い!私赤乃さんの時も嫌な役回りだったのにぃ!」
染「お前達…倦怠期でも迎えているのか…?」
私は石原の目を見て、その言葉が彼女の逆鱗に触れた事を知った。
怒りの視線を浴びせる東の髪は今にも逆立ちそうだ。
香港へは三人で行く事になった。
「あの…、この前会社で資料を探していたときに、レポートを見たんですよね…。海静様の海外研修の記録を。彼が会社に入社したての頃だから結構古い情報ですが。」
染「何か目新しいことでもあったのか?」
東「ええ。私は知らなかったんですけど、私が彼の教育係に着く前の資料で、香港に五泊六日で研修に行ってらしたんです。」
染「ああ、それなら私も知っている。香港の入国管理局には問い合わせたよ。だが彼が入国した記録は無いと言われた。もし万が一居たとしても探すのは本当にしらみ潰しだ。」
東「…レポートには香港の文化が気に入ったとか、また行きたいとか書いてたんで、もし逃亡するなら、海外だとここぐらいしか当てはないんじゃないかと思ったりしたんですが…。」
染「それは憶測に過ぎないだろう。どこの国にしても同じ事が言えるんだ。行ってもどこを探せば良いのか分からない。」
東「…染谷さん、変わりましたね。以前のあなたならきっとしらみつぶしになろうが構わないって、探しに行くと思います。今のあなたは本当に海静様を探したいのだと思えません。」
石「失礼だぞ!染谷様は記憶を消されているんだ!忘れたくて忘れたんじゃない!彼が一番歯痒い思いをしているのに、知った口を聞くなよ!」
東「だって、しらみつぶしにしないともう一生会えないかも知れないんだよ?」
石「だからこうやって会議してるんじゃないか。」
東「会議って名ばかりよ。香港という手掛かりが出て来たならそこを潰さないと次に行けない。可能性があるなら探すべきだわ。」
石「そんな事してたらきりが無い。」
東「きりが無いから探すのよ!」
二人は凄い剣幕だ。私は一人冷静だった。東の言うとおり、私はどこか彼を見つけてしまう事に躊躇いを感じていた。
染「二人共、もう止めてくれ。私が臆病になっているんだ。私の…。」
石「染谷様…」
染「きっと記憶があるなら…昔の私であれば彼を見つける為なら何処へでも飛んで行っただろう。この身を投げ打ってでも彼を護る、それが私の運命《さだめ》だから。報告書を読んでも分かる。彼こそ私の全てだと、彼を慕い、敬い、見守っていた。
だが今の私には彼の顔さえ頭に入れる事が出来ない。彼を忘れるように、思い出さないように洗脳されたんだ…。写真を見ても記憶に留めて置けない。すれ違ったとしても、写真を手に取り見比べねば彼を認識できないだろう。彼はどうしてそんな事を?私の半生を彼に捧げたのに、何故なんだ?私は腹を立てているんだ。認めたく無いが、私の人生を掛けた人に私は捨てられたんだよ…。」
二人は真剣に心配している。何て顔をさせてしまっているんだ。守り人失格だな…弱音を吐くなんて…。だが本音を話してしまって、少し胸のツカエが取れた気がする。彼に会いたい事は嘘ではない。彼を護る事を放棄した訳でもない。ただ会えるとなると急に怖くなった。早く会ってみたい、でも会いたくない。三年間追い求め、探し続け、それでも戻らない彼方の記憶に疲弊し、心の中でいつのまにか葛藤が生まれていたのだ。
石「染谷様、そんな事は…海静様にはきっと何か理由が…。」
東「その理由を突き止めに行きましょう?ねっ、染谷さん?」
染「…私は怖気付いている。」
東「どうしてですか?」
染「言っただろう?彼に捨てられたのだと認めるのが怖い。彼に直接そう言われて仕舞えば、私は生きる目的を見失ってしまう。」
石「海静様に限ってそんな事ないです。」
染「そうだろうか?」
石「そうですよ。」
染「だが、彼が幸せに生きているのに過去になった私達が現れてまた苦しめたら?私達が彼を訪れる事で彼の幸せを壊す事になってしまったら?それこそ本末転倒にならないか?」
石「彼が幸せに生きているなら、それでいいじゃないですか。それを確かめに行きましょう。話してくれてありがとうございます、染谷様。まだ見つかると決まった訳じゃないけれど、行きましょう、香港。」
二人が居て良かった。私の臆病は思ったより重症で、一人悲しみにくれて、二人も彼を護る同士である事を忘れていた。私は愚かだった。
染「…あぁ。わかった。行ってみよう。」
東「ぃやったぁ!香港!」
石「おい、志津香、いい加減にしろよ、旅行じゃないんだからな。お前は留守番だ!」
東「嘘でしょ?私が香港見つけたのに?そんな殺生な事ってある?染谷さん、石原最近私に厳しいんです。何とか言ってやって下さいよ。」
染「…あ、ああ。実は私も入れ違いで海静様が戻ってきた時の為に、日本に誰か居て欲しいと思っていたんだが…?」
東は目を見開いて怒りを露わにした。
東「えええ!染谷さんまで!酷い!私赤乃さんの時も嫌な役回りだったのにぃ!」
染「お前達…倦怠期でも迎えているのか…?」
私は石原の目を見て、その言葉が彼女の逆鱗に触れた事を知った。
怒りの視線を浴びせる東の髪は今にも逆立ちそうだ。
香港へは三人で行く事になった。
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