オッドアイの守り人

小鷹りく

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第二部 オッドアイの行方ー失われた記憶を求めて

黒い渦

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閉められたドアを見つめる。

 彼を、傷つけなかっただろうか…。

 逢いたい人の影を見るからなどと、都合のいい言い訳をして…。

 ——抱きしめられる度に体がフィンの温もりを覚えていく。

 ずっとこうして彼の傍に居れば俺はあの人の事を思い出さずに済む日が来るのだろうか…。



 俺にはまだわからなかった。




 ◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇




 オフィスの鍵を開けて、俺は久しぶりに営業の電話を掛けた。

 全く客が来ない月もあって、無給で生きていけない俺は知り合いに電話して、何か仕事は無いかと頼む事があった。これから引っ越しに備えて蓄えを作らねばならない。立ち退きがいつになるかは不明だが、悠長に構えている暇はなさそうだから、コツコツ頑張ろうかと早速電話で仕事がないか聞いて見たのだが、今日は様子が違った。

『今、それどころじゃないんだよ、知らないの?デモだよ、デモ。俺も仕事休んでデモ参加するから、また今度な!』

 知り合いに片っ端から電話したのに、皆んなデモに参加するらしい。
 さっき上から見たあの塊だろうな…。

 何の抗議なんだろう。

 いつもならフィンの店のテレビを見たり、英字新聞を見せて貰ったりするのだが、さっき抱きしめられたばかりでなんだか気恥ずかしく感じて、俺は店に向かう反対側から外へ出た。

 人集りがまだちらほら続いている、皆んなどこへ向かっているんだ?

 ツーブロック程歩いた所にいつも前を通る花屋がある。売り物に出来ないけど捨てるには勿体ない花束をいつもタダでくれるロナの店だ。小さい店だがローカルの人達や周りの店の需要もあって、いつも新鮮な花を置き、切り盛りは上手く行っている様だった。彼女は店を開けていた。

「ロナ。久しぶり。」

「あらっ、カイ!久しぶりじゃないの、今までどこに隠れてたの?」

「隠れてないよ、たまたま会わなかっただけさ。ところでデモがあっただろ?」

「うん、小一時間前に大きな団体が通って行ったわ。プラカード持って、香港島に向かったわ。皆んな大変よ。」

「何のデモなの?」

「カイ、知らないの?貴方にも関係してくる法律よ。大陸の政府が香港にまた嫌な法律を押し付けてきてそれが施行されるのよ。」

「具体的にはどんな?」

「容疑者引渡し法よ。罪を犯した人が香港に居ても、大陸側の要求があれば容疑者や犯罪者があっちに引き渡されるの。外国人も含めてね。」

「…じゃあ、例えば俺が犯罪を犯したら…。」

「当局が求めれば大陸側で裁かれるわ。あっちは民主主義じゃないし、簡単に死刑にされたりするし、当局の都合が悪ければ人権さえ守られないって聞くから、不安だわ…。」

「だからこのデモか…。」

 当局は返還から五十年は一国二制度を保つと唱いながらその保持期間を待つ事なく、なし崩しにしていこうとしている。

 少し前には書店の店員が当局に拐われる事件が相次いだ。不利益な内容が書かれた書物を販売したというだけの理由で連れ去られたのだ。当局が絶対であり、人々がその事に疑念さえ持たないように、反社会勢力として弾圧するため、そしてそれを合法的に行う為、今回の改正法案は採決されようとしている。

 香港にいる人の人権を大陸側に左右されるなんて香港の人にとってこんな恐ろしい事はないだろう。この国はもう危ないかも知れない…。何か小さな闇が黒い渦を巻いて動き出した気がした。
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