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第二部 オッドアイの行方ー失われた記憶を求めて
予知
しおりを挟む夕方、海静様と私は指定されたコンチネンタルホテルのロビーに座って氷野という人が来るのを待っていた。
「まだ怒ってらっしゃるんですか?」
「当たり前だろっ。」
数時間前までの行為に腹を立てて腕を組みそっぽを向いている海静様はどこかバツが悪そうな顔をして道中もあまり喋ってくれなかった。私は今まで我慢していたのだからと所構わず彼を可愛がろうとして際限なく求めてしまい、少し申し訳ない気持ちになるけれど、やはりあんなに可愛らしい姿を見せられて何もせずに居れる訳がないと開き直った。
「まるで私ばかりが悪いように怒ってらっしゃいますが、可愛すぎる貴方にも非はあります。」
「何を訳の解らない事を言ってるんだ。俺は出掛けると言ったのに襲う奴がどこにいるんだと怒っているんだ。」
「ですが貴方が余りにも愛おしすぎて求めずには居られないのです。ましてやほぼ全裸でキスする私を好きだと言って顔を真っ赤にするんですから、襲ってくれと言っているようなものでしょう?」
「なっ…こんな所でそんな話を…!どういう神経してるんだ?場所を弁えろよ!」
私の発する言葉にびっくりして彼は周りをキョロキョロと見渡して小声で怒った。ここはホテルのロビーで付け加えて私達は立派な中年の男だ…。だが周りには誰もいない。一体何を躊躇って生きねばならないのだ。私はもう後悔せず全力で愛を伝えると決めている。あの時伝えれば良かったと後悔する時間など必要ない。
「良臣、どこかで頭を打ったのか…?後で説教だ…。」
TPOを考えない私に苦言するが負けるものかと応戦する。彼と愛し合う時間はいくら有っても足りないのだから、説教を理由にお預けを喰らっては困る。
「ご冗談を。キスの後にキッチンで喘いでおねだりした貴方に説教される所以はございません。あの可愛いおねだりがが無ければ何時間も…」
海静様は周囲に悟られない様に私の足を思いっきり踏んづけた。
「イッぅ!!」
「そういう類の話を人前で喋れない様に洗脳してやる。」
調子に乗りすぎたようだ。愛は時に痛みを伴う…。
「お、お許しを…。約束の十分前には来れたのですからそろそろ機嫌を直して下さい。それに周りに人は座ってません。誰にも聞こえていませんから…。」
そう言うと懲りずにテーブル下の自分の脚を彼の膝にそっと寄せて、呆れ顔の彼に報告をする。
「氷野という男、父に聞いたら伊集院家にコンタクトしてくる宮内省の男性とは名前が違うようです。いつ会ったんですか?」
「一度俺のオフィスに来た。学生のデモが始まる少し前だ。その時に俺の能力も伊集院家の事も守り人の事さえも知っていた。だからてっきり染谷なら知っていると思ってたんだけど…。その時は俺に日本へ帰れと言ってきたんだ。今度は何の用か分からないが…。」
「もしほんとに宮内省の者なら何故私や父に連絡が来なかったのでしょう…。彼に会ったのは私達が香港に来る直前ですよね。そもそもどうやって海静様の居場所を掴んだのか…。」
「それは俺もずっと引っ掛かってる。会社に居た頃の渡航歴から香港は割り出せても、俺をピンポイントで見つけ出すのには相当な情報網が必要な筈だ。」
氷野という人は既に居場所が分かっていて出向いた感じだったと海静様は言う。私達が海静様を見つける事が出来たのは本当にラッキーだとしか言いようが無いが、もしかして母国は彼を監視しているのかも知れない…。伊集院家に隠れて居場所を突き止めたなら、何故私達に黙っているんだ。一連の事件で能力を使って色々し過ぎていたから目についたのだろうか…。二人して考えているとふと真横で声が聞こえた。
「やぁ、待たせたましたか?」
いつ近寄ったのか分からないがその人は私達のテーブル脇に突如現れた。二人共が彼の接近に気づかなかった事に驚いて私達は背もたれに身を寄せた。
高価そうなスーツを着て少しタバコの匂いをさせ、私の視線を察した様に自分の身体をスンスンと嗅ぐと、匂うかい?と聞いた。
「いえ、別に気になりません、どうぞ。」
私は警戒しながらいつでも海静様を守れるよう身構えてテーブルを挟んだ前の席を勧めた。不思議な空気を持つ人だ。
「いやぁ、落ち着かないからタバコを吸ってまして…。時間は丁度だと思うんだけど。」
「えぇ、時間ちょうどです。」
そう言って海静様は腕時計を見て答えた。
「こちらは守り人の方かな、染谷家の…?」
「…はい、染谷良臣と申します。初めまして。」
私は座ったまま一礼した。何故私が守り人だと分かる?テーブル付近に盗聴器でも仕掛けられて居るのか?いやこの場所は別に指定されて座った訳じゃ無い。自分たちで決めた席だ。
私の不審がる様子を見てまた悟った様に話す。
「初めまして。私、氷野と言うものです。いやぁ…まぁ、不思議でしょうね、色々…。」
ははっと空笑いをしてスーツのタバコが入って居る所だろう場所をポンポンと叩いて吸いたそうに呼吸をした。
「今日の事は以前から分かってたんです。で、事実を確認して君の意志を確認しに来たのですが…。」
よく分からない。どういう意味だ、海静様が何をするか分かってた?衛星から監視でもしてるのか?
「————僕達が管理する人達には君程突出した能力の人は居なかったんです、君に会う直前まではね。」
この人は能力者が別にいると言いたいのか?
氷野と言う人は海静様の顔をじっと見ながら話す。
さっきまで二人でいた時の優しい雰囲氣とは打って変わって海静様の発する警戒心で空気が重たくなっていた。
「…まだその能力が本当に使える物なのか分からなかったんだけど、君が彼の言った通りの場所に居たんでね、こりゃ本物だって事で少し慌てたんだけど…。」
全然慌てたようには見えなかった、と海静様は話す。今も落ち着き払っている。そう見えるだけなのか。
「あの、話が見えないんですが、どういう意味ですか?」
私は痺れを切らして尋ねた。
「あぁ…そうか、ごめんごめん。説明しないと分かりませんよね…。
日本で海静君を捜索して居た時に一人の少年に出会ったんだ。その少年には特別な力がある事が分かって…予知が出来るんです。
だけど関係の無い事象の予知が出来ても余り意味を成さないから、捜索していた海静君の写真を見せて未来を予知してもらったんだ。
そしてその子に教えられた場所に行くとビンゴ、君が居て…。いやぁビックりしたよ、半信半疑だったから…。」
「つまり予知能力者の力で海静様の場所を突き止めたとおっしゃっているのですか?」
「え?あぁ、そうですね、そういう事です。」
彼はふぅっと息を吐いて上を向いた。
「で、今日は何の用ですか?」
海静様は真っ直ぐに彼を見つめ返し聞く。
「うん、日本に戻るでしょう?だからその話をね…。」
私は海静様を見た。海静様はまだ彼を見据えている。
「どこまで予知しているんですか?まだ俺は日本に帰ると決めていない。」
「そうだね…、どこまで話して良いのか彼に聞いておけば良かったな…。君がこのままここに守り人と一緒に居ると、伊集院家の血は絶えてしまうらしいから、日本に戻ってもらう必要がある。」
「…どう言う意味ですか?」
「そのまんまですよ、伊集院家の血は絶やしてはならない。その為にも海静君は日本に帰らなければならない。まぁその子が言うには君はどう転んでも日本に戻るそうだけど。」
どう言う事だ、海静様が日本で誰かと出会って結婚すると言うのか?彼が他の人と一緒になる事を考えると吐き気がする。日本へ戻って穏やかに過ごそうと期待していた私の甘い考えが積み木のようにガラガラと崩れていく。今や日本へ帰る決断をしないで欲しいとさえ思ってしまう。
「…まぁ今は良いけど、君も守り人の務めを果たす気は無いようだし、選択肢は一つです。日本に戻って下さい。今日はそれを確認しに来たんです。」
氷野さんは残念そうな顔をしてそう言った。図星を突かれて心が痛い。だがやはり懸念が残る。
「貴方、本当に宮内省の方ですか?どうやってそれを信じろと?」
「嘘だと思うなら宮内省へ直接連絡をして確認して下さい。僕はタバコでも吸って待ってるから。それとね、君に海静君の場所を連絡していたら、君の記憶は戻らないと言われてから言えなかっただけなんだ。」
またふぅッと溜め息をついて上を見る。
全てを判っていたというのか、彼が傷つき闇に落ち、赤乃様が再現し私の記憶を戻すことも、全て…。
どこまで予知できているのか知らないが能力に対する恐怖を改めて思い知らされる。であれば、海静様が日本に戻るというのは避けられない運命なのか…。
守り人の務めは出来ることなら全うしたい。しかし彼が誰かと家庭を持つなど…やはり耐えられない…。どうすれば良いんだ…。血の気が引いて顔面蒼白になった私を海静様が宥める。
「良臣、落ち着けよ。俺、日本に戻る事を考えていたんだ。やりたい事がある。…ただまだ決心がつかなくて…。」
「海静様…そんな事私には一言も…。」
「ごめん、だってまだ悩んでる途中だったから。」
「だったって…。」
「ああ…日本に戻ろうと思う。」
「そんな!今すぐに決めてしまわれなくても!」
運命が大きく変わって行く気がして急に不安になった。彼が日本に帰れば彼の血を継ぐ者が生まれる、つまり彼の子供、女性との契を意味するのだ。それでは私はもう…。
「戻るには条件がある。条件が満たされるなら日本に戻ろう。」
海静様は続ける。
「どんな条件かな?」
我が主人は真っ直ぐな瞳をその人に向けて揺らぐ事のない強い意志をその目に宿していた。
「俺の過去をこれ以上掘り返さない事。俺のした事は罪だ、分かってる。だが後悔はしていない。俺は自分で自分の過去にケリを付けた、そういう事にしてくれ。俺はそれを背負って生きて行くんだ。それから俺がどんな能力を持っていようとも、この能力を国の為に使うつもりはない。指図も受けない。俺は俺の意思で力を使う。そして俺のやりたい事を決して邪魔するな。」
「それだけですか?」
「ああ。それだけだ。」
「いいでしょう。小さな、否、大抵のことなら目を瞑れますから。
こちらの条件は唯一つ。伊集院家の血を守る事、ただそれだけです。
後、この国に居て安全なのは後一週間だそうだから、早く帰国してくださいね。彼からの伝言です。」
「…わかった。」
連絡先をもらい彼はどこか諦めているような、まるで全部予想通りとでも言いたそうな顔で私達と握手して帰って行った。
私はその場で未来の全てを決められた様な気分がして足元が崩れそうだった。
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