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5.参考にさせていただきます

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「足、痛いんですけど」


 歩きながら、アリシャはそう口にします。


「わっ、わたし達妖精は怪我や病気は治せません」

「空を飛べるようにしたりとか」

「できません」

「――――――思ったより使えないんですね」


 ふぅ、とため息を吐きつつ、アリシャは眉間に皺を寄せます。
 妖精はアリシャに声を掛けたことを、激しく後悔していました。けれど、そこは妖精の性。困った人を見過ごすことはできません。


(それに、この子にはわたしのことが見えている)


 妖精は誰にでも見えるわけではありません。心の綺麗な人だけが見ることができます。


(正直、とてもそんな風には見えないけど)


 心の中でそう呟くと、アリシャがじっと妖精を睨みます。妖精はもう、考えることを止めました。




「――――どうして森の中に家があるんですか?」


 どれぐらい歩いたのでしょう――――アリシャがそう尋ねます。そこには大きな家が建っていました。王都にあるアリシャの家とさして変わらない程、大きなお屋敷です。


「そりゃぁ当然、人が住むためですよ」


 散々アリシャに意地悪をされた妖精は、少しだけ小ばかにしたような言い方をします。ささやかな仕返しのつもりでした。


「それもそうですね」


 アリシャは小さく息を吐くと、真っ直ぐ、家の入口へと向かっていきます。中からは美味しそうな食事の香りがしました。アリシャの口に涎が溜まります。
 妖精は「ただいま戻りました!」と言いながら、壁の中をすり抜けて行きました。アリシャは屋敷の中に駆け込みたいのをグッと堪え、扉の前で居住まいを正します。

 ややして姿を現したのは、アリシャと同じぐらいの年齢の少年でした。銀色と緑が混ざったような、世にも変わった髪色に、瞳は青味がかった緑色です。銀糸や金糸の織り込まれた高そうな洋服を身に纏っていて、中性的な綺麗な顔立ちをしています。この森の神秘的な雰囲気と相まって、見る人が見たら妖精のようにも見えます。


「初めまして、僕はディミトリーだ」


 少年はそう言って穏やかに微笑みました。アリシャは同じように自己紹介をします。表情は変わりませんが、気持ちは急いていました。とにかく食事がしたかったのです。


「この子から事情は聞いたよ。大変だったね。さぁ、中へどうぞ」


 そう言われるや否や、アリシャは遠慮なく屋敷の中に入ります。
 中にはディミトリーの他に、数人の使用人が居ました。皆お揃いの服をキッチリと着込み、上品で洗練された佇まいをしています。
 彼等はアリシャの様子を見るなり、甲斐甲斐しく世話をしてくれました。
 たくさんの温かい食事に、冷えた身体を温めるガウン、湯浴みの準備も進めてくれます。


「どう? お口に合うと良いんだけど」

「美味しいです。ものすごく、美味しい」


 さすがのアリシャも、それ以外の言葉が出てきません。久々の食事は涙が出るほど美味でした。そもそも、温かい食事が取れるのも、食事に肉や野菜がこんなに入っているのも、実に数年ぶりのことです。


「アリシャは細いから、たくさん食べた方が良いと思う」


 ディミトリーは気の毒そうな表情でそう言いました。アリシャの身体には殆ど肉が付いて居ません。姉達の数年間の嫌がらせの賜物です。ディミトリー達には、彼女がこれまでどのような生活を送って来たのか、容易に想像が出来ました。


「もっと食べても良いのですか?」


 言いながら、アリシャは瞳を輝かせます。お腹が満たされると、イライラも大分マシになってきました。すると、先程の妖精に意地悪な物言いをした自分が、少しだけ恥ずかしくなってきます。


「――――連れてきてくれて、ありがとう」


 ディミトリーの背後からひょっこり顔を出した妖精に向かってお礼を言うと、妖精は嬉しそうに笑いました。


***


「それにしても、アリシャはどうしてこんな場所へ連れてこられたんだい?」


 アリシャが落ち着いたのを見計らって、ディミトリーが尋ねます。ボロボロだった寝間着から、使用人のドレスに着替えたアリシャは、見違えるように美しくなりました。凛とした佇まい。思わずディミトリーは見惚れます。アリシャはそんな彼の様子をまじまじと見つめながら、徐に口を開きました。


「私の存在が気に喰わなかったからでしょうね」


 それは、至極冷静な分析でした。
 これまで、嫌われるきっかけは数えきれない程ありました。神経を逆撫でさせるようなことを言っていることも、きちんと自覚していました。けれどそれ以前に、姉達は初めから、アリシャのことが大嫌いだったのです。


「存在が気に喰わない、とは?」

「妾の子ですからね。盗人とか、卑しいとか、醜いとか……そんなことを言っていました。恐らくですけど、私の存在は姉達にとって、自分の存在意義や価値を否定することに繋がるようです」


 アリシャの言葉に、ディミトリーは顔を歪めます。
 彼自身もいわゆる妾の子でした。アリシャほど酷い扱いを受けているわけではないものの、何となく言わんとしたいことが分かったのです。


「だからって普通、妹を森に捨てる?」

「姉達は普通じゃありませんから」

「……犯罪行為だよ? もう少し、こう――――怒るとかないの?」

「いつかはこんな日が来ると思っていたので、特段」


 話しながら、ディミトリーは段々イライラしてきました。顔も知らないアリシャの姉達に対して、沸々と怒りが湧いていきます。


「父親は? あなたを探してくれそうにないの?」

「忙しい人ですから、私がこんな状態だって知るのにあと何日掛かるか……あっ、戴いたご飯の代金ぐらいは払ってくれると思いますので、父の職場に請求書を送付していただけますと幸いです」


 アリシャの言葉にディミトリーは唸り声を上げます。
 こんな状況――――普通の少女なら、泣くなり喚くなりする筈です。反骨精神が多少旺盛ならば、相手を罵るなり、復讐を誓うなりするでしょう。けれど、アリシャはそのどちらにも当てはまりません。


(あまりの辛さに、頭のネジが一本飛んでしまったのだろうか?)


 そう疑わずにはいられませんでした。


「――――取り敢えず、僕はしばらくこの屋敷に滞在している。その間はあなたもここで静養すること。良いね?」

「行く当てもありませんし、ディミトリー様が良いならば」


 よろしくお願いしますと言って、アリシャは頭を下げました。
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