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11.俺の話を聞いてくれますか?
4.(END)
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「レグラス様⁉ それに、シュリも……。一体、どうなさったの?」
ジェニュインはレグラス様を見て瞳を輝かせたかと思うと、次いで私の存在に気づき、表情を曇らせた。
「姫様に婚約を破棄したいと言われました」
レグラスは私を抱きかかえたまま、そう口にする。こちらの身が竦むほど、凄みの効いた表情。ブルりと身震いしつつ、私はレグラスとジェニュインを交互に見た。
「まぁ……! ご心痛、お察ししますわ」
「え……?」
思わずそう口にし、私は首を傾げる。
ジェニュインならば『おめでとう』と、そう言うだろうと思っていた。だって、レグラスにとって私との結婚が重荷でしかないと、そう言ったのは他でもない彼女だもの。
「まさに心痛だな――――姫様から婚約を破棄されたら、俺があなたと結婚するとでも思っていたのですか?」
レグラスの言葉に、ジェニュインは弾かれたように目を見開く。彼女の顔は真っ赤に染まり、唇は真一文字に引き結ばれていた。
「そんな――――わたくしはただ、王配になれないなら、王女との結婚はお相手の負担になるだけだと――――そう事実を教えてあげたまでですわ」
心外だとでも言いたげに、ジェニュインは首を傾げる。
「俺がいつ王配になりたいと言った?」
「え?」
「そんなもののために、俺は努力をしてきたわけじゃない」
そう言ってレグラスは私のことを真っ直ぐに見つめた。普段とは違う、熱っぽい瞳。眉間に皺を寄せ、苦し気にこちらを見つめる彼に、こちらまで胸が締め付けられる。
「俺はただ、姫様の――――シュリズィエ様に相応しい男になりたかっただけだ」
レグラスの言葉が真っ直ぐ胸に響いた。瞳がじわじわと熱くなって、息苦しい。思わず目を背けようとした私にレグラスは「ちゃんと俺を見てください」と、そう言った。
「ジェニュイン様――――数年前からあなたが陛下と王妃様が子を授かれるよう、助力してきたことは知っています。お二人の希望に沿ったものですし、そのこと自体を責めるつもりはありません。
けれど、俺の気持ちを勝手に決めつけ、姫様の心を傷つけたことは許せない」
ジェニュインは顔をクシャクシャにし、勢いよく部屋を飛び出す。私は呆気にとられたまま、レグラス様の腕に抱かれていた。
***
「どうして分かったの?」
「ん?」
「婚約破棄の理由――――私が嘘を吐いているって」
ようやくレグラスの腕から解放された私は、彼と二人、何となしに庭園を歩いていた。レグラスはほんの少しだけ目を細めて私を見つめ、その場にゆっくりと立ち止まる。私も彼に合わせて歩を止めた。
「姫様が国を大事に思っていることは分かっています。けれど、本来のあなたは国益のために自分の幸せを諦める方じゃありません。陛下と王妃様の仲睦まじい様子を側近くで見てきたあなたが、温かい家庭に憧れているのは知っていましたし。初めに王妃様の妊娠の報告をしてくださった時も、そんな様子はおくびにも出していませんでしたから。
だから、あなたがそんなことを言い出したからには、唆した人間が存在するに違いない――――ジェニュイン様が俺に懸想していることは知っていましたし、状況から判断して彼女に間違いないだろうと、そう思ったんです。姫様は純粋ですから、言われたことをそのまま信じたんだろうと」
そう言ってレグラスは私の手をギュッと握る。途端に心臓がバクバクと鳴り始めた。対するレグラスは実に涼し気な表情で、何だかとても腹立たしい。先程の告白は嘘だったんじゃないか――――ついついそんなことを思ってしまう。
「俺は感情を表に出すのが苦手だから――――コロコロと表情の変わるあなたに惹かれたんです」
まるで私の頭の中を覗いたかの如く、レグラスはそう口にする。ボンと音を立てて身体中の血液が沸騰する気がした。
「姫様が王位を継ぐために並々ならぬ努力をなさってきたこと、俺は知っています。苦労を見せず、弱音も吐かず、いつも素直で明るくて優しい姫様が、俺はずっと好きでした。あなたが王位を継ぐところを隣で見たいと、ずっとそう思っていました。
けれど、それと同じぐらい、俺は女の子としての幸せを手にしたあなたが見たい。俺の手であなたを幸せにしたいと、そう思ったのです。
国益がどうだとか、俺が誰にも言わせません。その分、俺が頑張ります。だから、あなたはただ、幸せになって良いんです」
そう言ってレグラスは、私の左手薬指に唇を寄せる。ほんのりと温かい口付け。春が訪れたかのように、心の中が穏やかで幸せな気持ちで満たされた。
「――――レグラス」
「はい」
「これからはもう少し小出しに――――情報過多で、頭が付いて行けてないから」
彼の表情が移ろうのも、こんな風に言葉を贈られるのも、全部初めての経験だもの。正直言って容量オーバーだ。そう思っていたら、レグラスは小さく声を上げて笑った。
「はい。そう致します」
目尻に涙を浮かべて笑うレグラスなんて、これまで全然見たことがない。優しくて穏やかで、愛情に溢れていて――――でも、それこそ、私が知っているレグラスだ。気づいたら私は、彼の胸に飛び込んでいた。
「ねぇ……今度は、私の話を聞いてもらえる?」
レグラスの背に腕を回しながら、私は尋ねる。彼はほんのりと首を傾げ、私のことを真っすぐに見つめている。その表情が堪らなく愛しい。
「レグラスのことが好き!」
言えば、レグラスは花が綻ぶ様に微笑み、私のことを力強く抱き締めるのだった。
ジェニュインはレグラス様を見て瞳を輝かせたかと思うと、次いで私の存在に気づき、表情を曇らせた。
「姫様に婚約を破棄したいと言われました」
レグラスは私を抱きかかえたまま、そう口にする。こちらの身が竦むほど、凄みの効いた表情。ブルりと身震いしつつ、私はレグラスとジェニュインを交互に見た。
「まぁ……! ご心痛、お察ししますわ」
「え……?」
思わずそう口にし、私は首を傾げる。
ジェニュインならば『おめでとう』と、そう言うだろうと思っていた。だって、レグラスにとって私との結婚が重荷でしかないと、そう言ったのは他でもない彼女だもの。
「まさに心痛だな――――姫様から婚約を破棄されたら、俺があなたと結婚するとでも思っていたのですか?」
レグラスの言葉に、ジェニュインは弾かれたように目を見開く。彼女の顔は真っ赤に染まり、唇は真一文字に引き結ばれていた。
「そんな――――わたくしはただ、王配になれないなら、王女との結婚はお相手の負担になるだけだと――――そう事実を教えてあげたまでですわ」
心外だとでも言いたげに、ジェニュインは首を傾げる。
「俺がいつ王配になりたいと言った?」
「え?」
「そんなもののために、俺は努力をしてきたわけじゃない」
そう言ってレグラスは私のことを真っ直ぐに見つめた。普段とは違う、熱っぽい瞳。眉間に皺を寄せ、苦し気にこちらを見つめる彼に、こちらまで胸が締め付けられる。
「俺はただ、姫様の――――シュリズィエ様に相応しい男になりたかっただけだ」
レグラスの言葉が真っ直ぐ胸に響いた。瞳がじわじわと熱くなって、息苦しい。思わず目を背けようとした私にレグラスは「ちゃんと俺を見てください」と、そう言った。
「ジェニュイン様――――数年前からあなたが陛下と王妃様が子を授かれるよう、助力してきたことは知っています。お二人の希望に沿ったものですし、そのこと自体を責めるつもりはありません。
けれど、俺の気持ちを勝手に決めつけ、姫様の心を傷つけたことは許せない」
ジェニュインは顔をクシャクシャにし、勢いよく部屋を飛び出す。私は呆気にとられたまま、レグラス様の腕に抱かれていた。
***
「どうして分かったの?」
「ん?」
「婚約破棄の理由――――私が嘘を吐いているって」
ようやくレグラスの腕から解放された私は、彼と二人、何となしに庭園を歩いていた。レグラスはほんの少しだけ目を細めて私を見つめ、その場にゆっくりと立ち止まる。私も彼に合わせて歩を止めた。
「姫様が国を大事に思っていることは分かっています。けれど、本来のあなたは国益のために自分の幸せを諦める方じゃありません。陛下と王妃様の仲睦まじい様子を側近くで見てきたあなたが、温かい家庭に憧れているのは知っていましたし。初めに王妃様の妊娠の報告をしてくださった時も、そんな様子はおくびにも出していませんでしたから。
だから、あなたがそんなことを言い出したからには、唆した人間が存在するに違いない――――ジェニュイン様が俺に懸想していることは知っていましたし、状況から判断して彼女に間違いないだろうと、そう思ったんです。姫様は純粋ですから、言われたことをそのまま信じたんだろうと」
そう言ってレグラスは私の手をギュッと握る。途端に心臓がバクバクと鳴り始めた。対するレグラスは実に涼し気な表情で、何だかとても腹立たしい。先程の告白は嘘だったんじゃないか――――ついついそんなことを思ってしまう。
「俺は感情を表に出すのが苦手だから――――コロコロと表情の変わるあなたに惹かれたんです」
まるで私の頭の中を覗いたかの如く、レグラスはそう口にする。ボンと音を立てて身体中の血液が沸騰する気がした。
「姫様が王位を継ぐために並々ならぬ努力をなさってきたこと、俺は知っています。苦労を見せず、弱音も吐かず、いつも素直で明るくて優しい姫様が、俺はずっと好きでした。あなたが王位を継ぐところを隣で見たいと、ずっとそう思っていました。
けれど、それと同じぐらい、俺は女の子としての幸せを手にしたあなたが見たい。俺の手であなたを幸せにしたいと、そう思ったのです。
国益がどうだとか、俺が誰にも言わせません。その分、俺が頑張ります。だから、あなたはただ、幸せになって良いんです」
そう言ってレグラスは、私の左手薬指に唇を寄せる。ほんのりと温かい口付け。春が訪れたかのように、心の中が穏やかで幸せな気持ちで満たされた。
「――――レグラス」
「はい」
「これからはもう少し小出しに――――情報過多で、頭が付いて行けてないから」
彼の表情が移ろうのも、こんな風に言葉を贈られるのも、全部初めての経験だもの。正直言って容量オーバーだ。そう思っていたら、レグラスは小さく声を上げて笑った。
「はい。そう致します」
目尻に涙を浮かべて笑うレグラスなんて、これまで全然見たことがない。優しくて穏やかで、愛情に溢れていて――――でも、それこそ、私が知っているレグラスだ。気づいたら私は、彼の胸に飛び込んでいた。
「ねぇ……今度は、私の話を聞いてもらえる?」
レグラスの背に腕を回しながら、私は尋ねる。彼はほんのりと首を傾げ、私のことを真っすぐに見つめている。その表情が堪らなく愛しい。
「レグラスのことが好き!」
言えば、レグラスは花が綻ぶ様に微笑み、私のことを力強く抱き締めるのだった。
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