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【1章】先攻クラルテ 押しかける!
4.このあと、どうします?
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クラルテはとても料理上手だった。ありあわせの少ない食材を上手に活用し、二人分の夕食を手際よく作ってくれる。
「お味はどうです? 旦那様の胃袋、ちゃんと掴めそうですか?」
「……聞くなよ」
こういうことは心のなかでこっそり思うに留めてほしい。……いや、これこそがクラルテの魅力なのかも知れないが、反応にものすごく困ってしまう。
(そもそも貴族の――しかも高位貴族の令嬢が料理を作れるなんて誰が思う?)
本来なら、厨房に入ることすら止められるところだろう。人によっては『みっともない』と眉をしかめる行為かもしれない。
だが俺は、不思議と悪い気はしなかった。というか、素直にすごいと思う。
「たくさん作ったので、たくさん食べてくださいね。それから、明日はもっと気合を入れてすごい料理を作りますので、期待していてください!」
「気持ちは嬉しいが……自分でハードルを上げていいのか?」
既に十分美味しいというのに、なんともチャレンジャーなことだ。俺が首を傾げれば、クラルテはドンと胸を叩く。
「もちろん! 大丈夫です。わたくし、旦那様に関することなら自信があります! そのために努力を重ねてきましたし、まだまだレパートリーはありますから!」
なるほど。どうやら本気で俺の胃袋を掴む気でいるらしい。可憐な容姿に似合わず、なんとも勇ましいことだ。
「……期待している」
「ありがとうございます! 精一杯頑張らせていただきます!」
クラルテはそう言って、とても嬉しそうに笑った。
(可愛いな……)
食事を口に運びつつ、俺はクラルテから目が離せずにいる。嬉しそうなその表情から。楽しそうに食事をしている愛らしい仕草から。こちらを見つめる熱い眼差しから。
(……ん? 待てよ)
可愛い? 今の、俺か? 俺が思ったのか?
唐突に己の心の声を自覚し、俺は思わず首を横に振る。
(バカか、俺は。可愛いってなんだ、可愛いって……)
確かにクラルテは可愛い。ものすごく可愛い。素直で明るく、見ているこちらまで元気になる。……いや、いささか元気すぎる気もするが、それこそが彼女の最大の魅力だろう。
それに一途で、思い込みが激しくて、その分だけ行動力がある。どこかすかした貴族連中とは大違いだ。口先だけの人間よりも、よほどいい印象を受ける。
もちろん、俺はまだ彼女の一部しか知らないだろう。だが、クラルテが俺を慕ってくれていることは間違いない。それだけははっきりとわかる。
(いや、チョロすぎだろう、俺……)
ありえない。既に絆されかかっている。このままでは一瞬で陥落してしまう。
元婚約者――ロザリンデへの愛はどこへいった? ……いや、よくよく考えれば最初からそんなものはなかったのかもしれない。というか皆無だ。
だが、俺はもう誰とも結婚しないと誓った。婚約を破棄されるような自分には結婚をする資格などない。その分、一生ロザリンデを思い続けるべきだと考えた。
それなのに、ちょっとばかし優しくされて、愛情を力説されて、美味しい食事を出されたぐらいでこうもグラつくとは情けない。
(心頭滅却すれば火もまた涼し……大丈夫、俺の仕事は火を消すことだ)
柄にもなく、ちょっと熱くなってしまったようだ。だが
、燃え盛る炎だって俺ならたやすく消すことができる。これまでずっとそうやって生きてきた。大事なのは平常心だ、平常心。
「あのぅ、旦那様……このあと、どうします?」
「んんっ!?」
けれど、上目遣いにそんなことを尋ねられ、俺は思わずむせてしまった。
(このあと……このあと?)
夕食は既に食べ終わろうとしている。
時刻は夜。他にすることといえば……いえば、なんだ?
「……片付けなら俺がする。クラルテはゆっくり休むといい」
正直『どうする?』と尋ねられるような内容ではない気がするが、他に思いつかないので仕方がない。俺は自分の皿をまとめはじめた。
「え~~? そんな、大丈夫ですよ。旦那様はお仕事もしていらっしゃいますし、ゆっくりくつろいでいただければ……」
「それでは俺の気がすまないんだ! やらせてくれ」
俺はクラルテの分まで皿をひとまとめにし、洗い場へと運んだ。だが、腐っても魔術師。片付けは一瞬で終わってしまった。
(どうしよう……)
先程、俺が片付けを提案したときにクラルテは否定をしなかった。つまり『このあとどうする?』という質問のこたえに正解していたと考えられなくもない。考えられなくもないのだが……。
「旦那様……」
クラルテがそう言って俺の服の裾を引っ張る。見れば、なんともいじらしい表情を浮かべていた。思わずゴクリと喉が鳴り、俺は首を横に振る。
(バカなことは考えるな)
俺たちはまだ正式に婚約を結んですらいない。なんなら断るつもり満々だったはずだ。
それなのに、よこしまな考えを持つなんてありえない。いくら相手がその気だからと言って、俺がそれを認めるわけには……。
「旦那様はバスタブにお湯をためる派ですか? それともシャワー派?」
「は……」
クラルテの表情は真剣そのもの。本気で尋ねているのがよくわかる。
「バスタブ?」
「はい。このへんは個人の生活習慣や好みが色濃く出る部分なので、わたくしの独断で動いちゃダメかなぁって思いまして。旦那様、どうしたいですか?」
「……シャワーがいいです」
温かいお湯に浸かるなんておこがましい。俺は今、無性に冷たい水を浴びたい気分だ。それがいい。自分の思い上がりが恥ずかしくてたまらなかった。
(いや……そもそもクラルテの聞き方だって悪いだろう?)
このあとどうするって……どうするって! いくらでも意味を含ませられるじゃないか。男である以上、色々考えてしまうのが普通だろう? 据え膳食わぬはなんとやらとも言うし。相手は俺を慕って押しかけてきているぐらいだし。
「ねえ、旦那様」
「なんだ?」
「早く、正式に婚約を結びましょうね?」
クラルテはそう言って、俺の手をギュッと握る。まったく想像していなかったことに、俺は思わず目を見開いた。
「なっ……」
この状況で、それを言うのか? 俺が、クラルテを意識しているこのタイミングで……。
(もしかして、わざとか? ……先程の発言も?)
もしも俺が勘違いをするとわかっていてあえてああいう聞き方をしたのだろうか? だとしたら、クラルテはとんだ小悪魔だ。あざとい。けれど、不思議と嫌いになれない。というか、いよいよ目が離せなくなる……。
「はじめに申し上げたとおり、わたくしは旦那様に愛してほしいだなんて言いません。だけど、わたくしは旦那様を心からお慕いしておりますので……愛されたいとは思っています。ですから旦那様、覚悟、していてくださいね?」
下から顔を覗き込まれ、俺はまた、ゴクリと息を呑む。そっと首を傾げる仕草は、表情は魅惑的な小悪魔そのものだ。
(やっぱり、今からでも遅くない……彼女を実家に帰すべきかもしれない)
けれど、悲しいかな。クラルテのあまりの押しの強さに、俺はまったく勝てる気がしなかった。
「お味はどうです? 旦那様の胃袋、ちゃんと掴めそうですか?」
「……聞くなよ」
こういうことは心のなかでこっそり思うに留めてほしい。……いや、これこそがクラルテの魅力なのかも知れないが、反応にものすごく困ってしまう。
(そもそも貴族の――しかも高位貴族の令嬢が料理を作れるなんて誰が思う?)
本来なら、厨房に入ることすら止められるところだろう。人によっては『みっともない』と眉をしかめる行為かもしれない。
だが俺は、不思議と悪い気はしなかった。というか、素直にすごいと思う。
「たくさん作ったので、たくさん食べてくださいね。それから、明日はもっと気合を入れてすごい料理を作りますので、期待していてください!」
「気持ちは嬉しいが……自分でハードルを上げていいのか?」
既に十分美味しいというのに、なんともチャレンジャーなことだ。俺が首を傾げれば、クラルテはドンと胸を叩く。
「もちろん! 大丈夫です。わたくし、旦那様に関することなら自信があります! そのために努力を重ねてきましたし、まだまだレパートリーはありますから!」
なるほど。どうやら本気で俺の胃袋を掴む気でいるらしい。可憐な容姿に似合わず、なんとも勇ましいことだ。
「……期待している」
「ありがとうございます! 精一杯頑張らせていただきます!」
クラルテはそう言って、とても嬉しそうに笑った。
(可愛いな……)
食事を口に運びつつ、俺はクラルテから目が離せずにいる。嬉しそうなその表情から。楽しそうに食事をしている愛らしい仕草から。こちらを見つめる熱い眼差しから。
(……ん? 待てよ)
可愛い? 今の、俺か? 俺が思ったのか?
唐突に己の心の声を自覚し、俺は思わず首を横に振る。
(バカか、俺は。可愛いってなんだ、可愛いって……)
確かにクラルテは可愛い。ものすごく可愛い。素直で明るく、見ているこちらまで元気になる。……いや、いささか元気すぎる気もするが、それこそが彼女の最大の魅力だろう。
それに一途で、思い込みが激しくて、その分だけ行動力がある。どこかすかした貴族連中とは大違いだ。口先だけの人間よりも、よほどいい印象を受ける。
もちろん、俺はまだ彼女の一部しか知らないだろう。だが、クラルテが俺を慕ってくれていることは間違いない。それだけははっきりとわかる。
(いや、チョロすぎだろう、俺……)
ありえない。既に絆されかかっている。このままでは一瞬で陥落してしまう。
元婚約者――ロザリンデへの愛はどこへいった? ……いや、よくよく考えれば最初からそんなものはなかったのかもしれない。というか皆無だ。
だが、俺はもう誰とも結婚しないと誓った。婚約を破棄されるような自分には結婚をする資格などない。その分、一生ロザリンデを思い続けるべきだと考えた。
それなのに、ちょっとばかし優しくされて、愛情を力説されて、美味しい食事を出されたぐらいでこうもグラつくとは情けない。
(心頭滅却すれば火もまた涼し……大丈夫、俺の仕事は火を消すことだ)
柄にもなく、ちょっと熱くなってしまったようだ。だが
、燃え盛る炎だって俺ならたやすく消すことができる。これまでずっとそうやって生きてきた。大事なのは平常心だ、平常心。
「あのぅ、旦那様……このあと、どうします?」
「んんっ!?」
けれど、上目遣いにそんなことを尋ねられ、俺は思わずむせてしまった。
(このあと……このあと?)
夕食は既に食べ終わろうとしている。
時刻は夜。他にすることといえば……いえば、なんだ?
「……片付けなら俺がする。クラルテはゆっくり休むといい」
正直『どうする?』と尋ねられるような内容ではない気がするが、他に思いつかないので仕方がない。俺は自分の皿をまとめはじめた。
「え~~? そんな、大丈夫ですよ。旦那様はお仕事もしていらっしゃいますし、ゆっくりくつろいでいただければ……」
「それでは俺の気がすまないんだ! やらせてくれ」
俺はクラルテの分まで皿をひとまとめにし、洗い場へと運んだ。だが、腐っても魔術師。片付けは一瞬で終わってしまった。
(どうしよう……)
先程、俺が片付けを提案したときにクラルテは否定をしなかった。つまり『このあとどうする?』という質問のこたえに正解していたと考えられなくもない。考えられなくもないのだが……。
「旦那様……」
クラルテがそう言って俺の服の裾を引っ張る。見れば、なんともいじらしい表情を浮かべていた。思わずゴクリと喉が鳴り、俺は首を横に振る。
(バカなことは考えるな)
俺たちはまだ正式に婚約を結んですらいない。なんなら断るつもり満々だったはずだ。
それなのに、よこしまな考えを持つなんてありえない。いくら相手がその気だからと言って、俺がそれを認めるわけには……。
「旦那様はバスタブにお湯をためる派ですか? それともシャワー派?」
「は……」
クラルテの表情は真剣そのもの。本気で尋ねているのがよくわかる。
「バスタブ?」
「はい。このへんは個人の生活習慣や好みが色濃く出る部分なので、わたくしの独断で動いちゃダメかなぁって思いまして。旦那様、どうしたいですか?」
「……シャワーがいいです」
温かいお湯に浸かるなんておこがましい。俺は今、無性に冷たい水を浴びたい気分だ。それがいい。自分の思い上がりが恥ずかしくてたまらなかった。
(いや……そもそもクラルテの聞き方だって悪いだろう?)
このあとどうするって……どうするって! いくらでも意味を含ませられるじゃないか。男である以上、色々考えてしまうのが普通だろう? 据え膳食わぬはなんとやらとも言うし。相手は俺を慕って押しかけてきているぐらいだし。
「ねえ、旦那様」
「なんだ?」
「早く、正式に婚約を結びましょうね?」
クラルテはそう言って、俺の手をギュッと握る。まったく想像していなかったことに、俺は思わず目を見開いた。
「なっ……」
この状況で、それを言うのか? 俺が、クラルテを意識しているこのタイミングで……。
(もしかして、わざとか? ……先程の発言も?)
もしも俺が勘違いをするとわかっていてあえてああいう聞き方をしたのだろうか? だとしたら、クラルテはとんだ小悪魔だ。あざとい。けれど、不思議と嫌いになれない。というか、いよいよ目が離せなくなる……。
「はじめに申し上げたとおり、わたくしは旦那様に愛してほしいだなんて言いません。だけど、わたくしは旦那様を心からお慕いしておりますので……愛されたいとは思っています。ですから旦那様、覚悟、していてくださいね?」
下から顔を覗き込まれ、俺はまた、ゴクリと息を呑む。そっと首を傾げる仕草は、表情は魅惑的な小悪魔そのものだ。
(やっぱり、今からでも遅くない……彼女を実家に帰すべきかもしれない)
けれど、悲しいかな。クラルテのあまりの押しの強さに、俺はまったく勝てる気がしなかった。
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