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婚約破棄をしただけでも、決まってしまうのである

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「グロリア・フィール!!今日、お前にこの場で婚約破棄を言い渡すぅ―――――!!」

…聖バルカ王国の王都で開かれていた、学園の卒業パーティ。
 皆が卒業を惜しみつつ、後日に控えているそれぞれの進路の先に関して話し合い楽しみあっていたその中で、突然その大声が響き渡った。

 何事かと全員が声の咆哮に目を向ければ、どうやら声の主はこの国の王太子のジャネーノ・バルカ。
 彼のそばには本来婚約者がいるはずなのだが、横にいたのは全く違うご令嬢。

「おい、あれだっけ、あの令嬢」
「アレは確か、ピンノーキ・デナシロク男爵家の奴じゃなかったっけ?」
「ああ、色々とやらかしていると噂の…となると、殿下が今相対しているのは…」
「「「…げっ」」」

 物凄く嫌な予感を抱き、見たくないと思いつつも、彼らは誰を相手にして王太子が叫んだのか確認するために見てしまい、予感が当たってしまったことに思わず現実逃避をしたくなる。

 先ほどの内容から既に察することができたのだが…ジャネーノ王太子が婚約破棄を告げたのは、彼の婚約者…いや、たった今、婚約破棄と叫んだことで元が付く令嬢…グロリア・フィール公爵令嬢だったのだ。

(((何をやらかしてくれてんだこの馬鹿殿下ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)))

 周囲で見ていて状況を理解した人々は思わず叫びたくなるも、恐怖で声が出ない。
 もともと頭がお花畑とか、実はすでに第2や第3王子のほうに王太子の座が移るんじゃないかと言われていた大馬鹿野郎というのは、周囲にいる皆が知っていること。
 それでもまだ、かろうじて在学しきり卒業を迎えたのは、ひとえにあの王太子が唯一の正妃の息子ということもあって、崖っぷちで何とか持ちこたえていたのだが、それをあの王太子は知らなかったのだろうか。

 むしろ、馬鹿すぎたがゆえに、重要性を全く理解していないというか、彼女に関しての興味を抱いていなかったせいで、色々と忘れていたのだろう。

 これが単純に、王太子一人の破滅だけで済む話ならば、別に問題はない。むしろ相手が普通のご令嬢であれば、明らかに王太子側の有責だと言えるような状況なので、傷は浅く済んだだろう。
 この場でどういう理由で婚約破棄を叫んだのかは不明だが、何か証拠があってとかでやるにしても公の場でやっている時点でアウトなのはどんだけ頭がお花畑でも理解できそうなものなのだが…今はそんなことはどうでも良いだろう。

 なぜならば、その相手が普通のご令嬢でもないし、王太子一人の破滅で済むような話ですまなくなっているからだ。


「…あら?今なんと、おっしゃりましたかね、クズジャ…こほん、ジャネーノ殿下・・?」

 周囲が恐怖によって空気が張り詰めている中、当事者のグロリア公爵令嬢が改めて問い直す。
 だが、この時点ですでに相手を敬う気もなくなっているようで、うっかり学園内で密かに広まっている王太子の名前をもじった暴言を漏らしそうになっており、いつもならば様付けするはずだが、言いかたを変えている時点で、ほぼ彼女の中でどのように処理がされたのか、悟る者は多い。

「ああ?耳が悪いのか、このくず!貴様はこの愛しい愛しいピンノーキを虐めたという話がある!!よってそんな奴はこのわたしのそばにふさわしくはない!!よってここに婚約破棄をすると言ってやったのだぞ!!」
(((うぉいうぉいうぉい!!罵声を追加した上にさらに叫ぶな大馬鹿野郎-----!!)))

 先ほどまで楽しい卒業パーティだったはずだが、周囲で楽しんでいたはずの人々はこの騒動が始まってから理解した瞬間に、ドバドバと物凄い量の冷や汗をかいて心の声が一致する。
 
 もういっそのこと、これ以上やらかす前に誰かあの馬鹿の口を縫い合わせてほしいと思うも、そんな技量を持ったものは王都の有名な医者以外にはここにはおらず、かなうはずもない。
 そんなことを思っている中で、誰も止めきれぬまま自体は動いてしまう。


「なるほど、婚約破棄ですか…あの、ジャネーノ殿下、お忘れじゃないですか?」
「何がだ?」
「わたくしたち、卒業式前日に婚約自体、白紙になってますわよ?皆への発表が遅れてしまいましたけれども、卒業後にきちんと公表されますわ」
「はぁ!?おい、そんなことを聞いていないのだが!?」
(((あー…納得できるな)))

 どうもこの場で婚約破棄を叫んでも、とっくの昔に婚約自体が白紙撤回されているらしい。
 そうたやすく貴族の、特に王家相手の婚約に関しては白紙撤回しづらいはずだが、相手があの馬鹿王太子だと考えると、どうしてなのか納得いく理由が馬鹿を除いて思い浮かぶ。

「殿下の有責で、白紙撤回ですわね。単純な破棄になるとわたくしのほうの経歴にも傷がつきますし、いくら殿下が相手でも記録に残ること自体が嫌ですもの。有責がありつつも、そもそもの婚約がなかったことにした方が、なくせますわね」

 何が原因で有責なのかと思うが、その理由を上げるならば片手でも両手でも数が足りないかもしれない。
 それだけの量をこの場にいる者たちはすぐに思いついてしまうだけ、馬鹿王太子にはあり過ぎるのだ。

「…まぁ、そもそも王太子の座にあっても、権力自体はないですわね。不思議に思いませんでしたか?何故、殿下のような方が、王太子になっているのかってことを」
「はぁ?それはわたしが父上と正妃である母上との唯一無二の子供だからだ!!他の異母弟たちがいても、この身に王位がめぐり合ってくる運命は揺るがないだろう?』
「残念ですわね。そんな運命、運命の神様がいても全力でなくしますわ。あなた、卒業後は見せかけだけの傀儡の王として立つだけで済みましたのに…あなたのお父様が必死になって、わたくしのほうも記録がなくせるならと思って、白紙撤回だけで穏やかに済ませる気でしたけれども…ここで叫んだ以上、もう引き返せないですわね」

 ふふっと笑うグロリア令嬢。だが、その瞳の奥は笑っておらず、周囲に冷たい風が吹き始める。
 流石の大馬鹿野郎でも、彼女の纏う雰囲気が一気に冷え込んだことに気がつ…

「引き返せないだとぅ?何を言っている貴様!!それに破棄だけではなく、この愛しいピンノーキを虐めた時点で、牢屋を用意しているんだぞ!!」
(((全然気が付いていないどころか、まだいうことあったんかぁぁぁい!!)))

 こういう時ばかりは、鈍すぎる頭お花畑な彼らがうらやましくなるだろう。
 下手に理性があるからこそ、この絶対零度のような空気でより身動きが取れなくなるはずなのに、吹っ飛び過ぎた大馬鹿野郎は路面が凍結していてもエンジン全開で爆速で駆け抜けるようだ。

「というわけで、無駄な抵抗をやめて縄に」

 全速力で突き進み、路面がいくら滑ろうとも気にすることもなく駆け抜けていたジャネーノ王太子。
 けれども、その全速力疾走の代償は早い分すぐに迫っており…言い切る前に、グロリア公爵令嬢は動いていた。

 一歩踏み出し、瞬時にその場から姿を消したかと思えば、次の瞬間には王太子の背後に立っている。
 素早い動きで駆け抜けただけかと思いそうだが、ほんの少しだけ遅れて、衝撃が伝わり…立っていたはずの王太子の体が浮き上がり…

ドッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「ぶべええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

…横を通り抜けられただけのように見えたが、どうやら衝撃が伝わるまで遅かっただけたらしい。
 ほんの数秒どころかよりわずかすぎる間、0.001秒未満の世界でたった一撃の拳が撃たれ…王太子の体はあっという間に、壁際に叩きつけられてしまった。

 そのままずるずると崩れ落ち、様々なものを漏らした状態で気を失う。

「さて、まずは一発…あと、何百発やればいいかしいらね?」

 壁がガラガラと崩れ落ち、王太子の体を埋めていく中、ぼそりとグロリア公爵令嬢はそうつぶやくのであった。









 そう、このグロリア公爵令嬢、ただのか弱いご令嬢ではない。
 彼女はこの王国内で、唯一無二の武人、武神、戦乙女、戦闘狂、拳女帝…その他もろもろ、一撃が確実に相手を葬るレベルの拳を打てる令嬢なのだ。

 それが例え、相手が鎧で身を固めていようとも、大勢の兵士たちに身を守られていようとも、人外の相手だろうとも、確実にその命を刈り取るだけの一撃必殺の拳を持った神のごとき存在。

 敵に回られたら、ほぼ確実に一撃必殺の拳で狙われて、すぐに勝負がついてしまう…いくら避けようとしても、刺客を雇って事前に暗殺しようとも、彼女が決めてしまえば抵抗は無意味と化してしまうのである。

 国を超えてもダメ。その拳が振るわれるまで、障害物は意味をなさない。
 ゆえに、そんな国レベルでやばい生物兵器と言えるような存在を逃しては不味いだろうし、もしも他国に流れてしまった場合、万が一にでもこの国が敵国として狙われたら一巻の終わりなことが分かっている。

 そのため、最悪の事態が起こらないようにと王家は必死になって考え…ありとあらゆる手を尽くして、どうにか彼女を婚約者として国に取り入れることにしたのである。
 もちろん、ただの大馬鹿野郎を婚約者に据えていても、確実にやらかすのが目に見えていたのだから、婚姻を結んだあとでも体は清いままでいることはできるし、馬鹿は単なる傀儡としておくだけでいい。
 むしろ、王家の権力も自由に使えるようにしたうえで、ようやく何とか取り込めたかと思ったのだが…馬鹿は馬鹿すぎたがゆえに、婚約は持たなかった。

 そのため、最終的に白紙撤回をしたうえで、どうにかして敵に回らないようにと木柵された結果…


「…私の一撃必殺の拳は、どこまでやれるのかということに前から興味を持ってましたので、万が一にでも殿下が…いえ、すでにサンドバッグ実験体になられたあなたを利用して確かめていいことを約束したんです」

「もちろん、一撃必殺の拳なので、普通は即死しますわね。でも、それだと意味がないから…この拳を用いて使った伝手で、何度殺されても何度も生き返ることができるようになる魔法をかけたうえで行うことにしたのですわ」

「ええ、それでも魔法には限度がありますので、復活が二度とできなくなって、魂自体もズタボロになるらしいけれども…回数が何度も保証されているのならば、徹底的に調べられる分だけ、やってあげますわね」

 
 公爵家の奥底、密かに作られていた実験場。
 そう、たった今からジャネーノ殿下…もとい、実験体002号の運命は決められてしまった。

 抵抗して逃げ出したい?それは無理だろう。
 彼女の拳は海を越えてでも、確実に貫くのだから。

 それがどれだけの威力と範囲を秘めているのかが詳しく知りたいために、丈夫な何度殴ってもいいサンドバッグとしての、運命が今まさに、実験体002号に刻み込まれてしまったのだから。



 ひとまずはこれで、この国に拳の刃が貫くことは回避できただろう。
 敵に回ったら恐ろしい相手がどうにかまだ国にとどまってくれて、皆は安心しただろう。

 けれども、それと引き換えにして、この国の王子が一人失われて、これから永遠とも思えるような長い間、実験が繰り返されることになるのであった…

「ああ、そういえば002号、最後に教えてあげますわね」
「あなたの連れていた、あのピンノーキをさん。調査の結果、虐め云々は自作自演のでっち上げだったってこと分かったの」
「それで、その実験番号から察せないかしら?…ずっと復活させる魔法にも欠点があってね、生贄が必要になるの」


「…どういうものか調べるために、捧げられた愛しい人の命を喰らいつくして精いっぱい生きてね」
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