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2年目の夏の章

119話

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…‥‥モーガス帝国、王城内。

 皇帝ゼルドラ=バルモ=モーガスは、久し振りに娘から来た手紙を読んでいた。

「ふむ、夏休みに帰省は決定か」

 娘である第2王女のレリア=バルモ=モーガスを、魔導書グリモワールに関してより学ばせるために留学生としてグレイモ王国に送り出、ついでに元々帝国内では戦闘に興味を示して「戦姫」とまで呼ばれた娘の性格の矯正も狙っていたのだが、なかなかうまいこといったようである。

 その元気そうな様子が目に浮かぶ内容に、ゼルドラ皇帝は自然と笑みを浮かべた。

 ただ、歴戦の猛者というべき容姿と、今一つ伸びにくいひげの中途半端さから、その笑みは周囲から見れば不気味であったが‥‥‥‥王城内で、使用人たちに100人中99人は泣くレベルと噂されているのだが、まだ彼は知らない。


 と、内容を読み進めているうちにあることも書かれていたことに、彼は気が付いた。


「ほぅ?友人も連れてくるのか‥‥‥しかも、男友達として例の魔導書グリモワール持ちもか」


 金色の魔導書グリモワールを所持し、未知数の力を持つ人物。

 その者は観光目的で、今回帝国にやって来るらしいという内容があった。


「しかし、あの娘がなぁ‥‥‥」

 レリアが男友達を連れて帰省してくるのは、父親としては微妙ではあるが、その者に関して恋慕しているらしいところを見ると、ようやく年頃の少女としての自覚もできてきたのかと、成長を喜ぶ面もあり、皇帝はかなり複雑な心境となった。

 とにもかくにも、出来れば帝国の印象をできる限りありのままの状態で良い印象を持ってほしい。


 そう思いつつゼルドラ皇帝は、帝国をより良くするためにも政務に励み始めるのであった。












 学園で夏休みが目前となり、生徒たちの間では夏の予定を話したりする姿が多くみられる。

 そんな中で、ルースたちは一緒になって予定を立てていた。

「‥‥‥とすると、こことここの観光スポットは外せないと?」
「そうだ。この辺りの方は王女権限で入れるからね」
「今更だけど、そういえば貴女王女だったわよね…‥‥」

 モーガス帝国のおすすめ観光スポットをレリアから聞くルースに対し、忘れがちであったがレリアが帝国の王女であったことを思い出すエルゼ。

 
「にしても、なかなか多いなぁ。面白そうだし、楽しみだな」

 巡れそうな場所が多いこ都に喜ぶルースの傍らで、エルゼ達は密かに話す。

(ところで、まさかとは思うけどカップル用スポットとかを自然に混ぜていないわよね?)
(ぎくっ)
(ア、イレテイタネ)

 エルゼとバトの追及に、冷や汗を流すレリア。

 こっそりそういうスポットを分からないように混ぜていたが…‥‥エルゼとバトにはお見通しだったようである。


(……まぁ、いいわね。あたしたちもどうせ行くし、皆で楽しめるならそれでいいわね)
(そ、そういう事の方が平和的でいいからなぁ)
(ナンカ怪シイ)

 エルゼ達の視線に、少し震えながらも答えるレリア。

 だがしかし、二人にばれないように、きちんとルースと二人きりになれるような場所を用意していることは悟られていないようである。


(…‥‥こういう時ばかりは、私だって彼と二人きりになってみたいんだ)

 ルースをちらりと見て、レリアはそう思った。



 幼馴染だというエルゼや、四六時中近くにいる様なバトとは違って、エルゼはずっとルースの横にいるわけではない。

 その分、何か遅れているような気がしているので、少し焦る気持ちがあるのだ。


 
…‥‥なぜ焦るのか。

 そして、何故ルースに対してのみにそう動くのか。


 最初の頃はわからなかったが、レリアは今、その答えに自ら近付き、そして大体知っていた。

 けれども、それを認めるということはすなわち、この二人、特にルースに対して執着を持つエルゼに対して対抗しなければならないことになる。

 その覚悟が中々つかないが‥‥‥それでも、レリアは既に己の気持ちをしっかりと見つけ出していた。

 
(…‥‥できれば、この夏の間に仲を深めたいものだ)

 レリアは知った。

 この一緒にいたい感情は友情ではなく、恋心であるということを。

 恋は時として、乙女を変える。


 最大のライバルというべきエルゼが、どれだけの迫力を持って、威圧し、敵対するのかは測定不可能だが…‥‥それでも対抗するだけの決意を固め始めた。

 それは、戦姫として、王女として、ただの少女として、この学園でレリアが成長した証でもあった‥‥‥‥










【ぶえっくしょい!!】
「あれ?どうしたのかなタキ?」

 ちょうどその頃、本日は受け持つ授業がなかったので休暇に近い状態のエルモアの家にて、滝がくしゃみをした。

【いや、何かこう、忘れ去られたような気がするのじゃよな】
「んー、最近召喚されていないみたいだし、忘れられてきているんじゃないかな?」
【それは困るのじゃよ!!我は召喚主殿に召喚されるというアイデンティティーが失われるようなものじゃぞ!!】

 エルモアの言葉に、慌てるタキ。

【あ、そうじゃ!!いっそのこと召喚主殿の学園に見学しに行ったほうが良いじゃろうな】


 ふと名案が思い付き、思い立ったら即実行ということで、タキはそのまま外出して行った。


 出て言ったタキを見ながら、エルモアは気が付く。


「そういえば、ここ数年でタキも変わったかな?」

 昔は国滅ぼしのモンスターとしてなどはせ、一人で孤高に生きていたタキの事を彼女は知っていた。

 その力を求める人を殺め、己に対して外となる存在は徹底的に駆逐していた。

 そして、世間から避けるように一人で山に籠っていたり、時折、何処かの名のあるモンスターと勝負したりして、闘争心を燃やしていた。



 けれども、ルースに召喚されるモンスターとなって以来、タキは変わった。

 昔はずっとあの巨大な狐の姿でいたが、今は人型になってすごすことが多くなり、それなりに美容などに気を使っていることを、エルモアは知ったのである。

 しかも、孤高に過ごしていたはずなのに、ルースと共にふれあい、そして一緒に過ごすようにして、それを望んでいるかのようなそぶりをタキは見せ始めた。

 
「寂し気なところもなくなったし、明るくなってきたのかな?」

 活発に動き、時折召喚されてはモフられたり、戦闘の手伝いをしたり、たまには話し相手になったりと、様々な姿をタキは持ち始めた。

 まるで、今この時がものすごく楽しいかのように、そしてずっと残しておきたいかのように。


「…‥‥ま、どうなろうが別にいいけどな」

 そうつぶやきつつも、友であるタキの良い変化に、エルモアは微笑む。

 友が嬉しいならば、彼女も嬉しくなる。


 エルモアだって、そもそもは群れで暮らす種類の魔族だが、一人を好んできた。

 けれども、こうして皆で触れ合う機会が多いと、自然と楽しくなってきたのだ。



 ふと、ここで彼女は思った。

 先日、ルースが精霊王の孫でると言う話を聞き、驚愕した時の事を。

 そして、精霊とくれば…‥‥


「‥‥‥何かをもたらすというけど、もしかすると彼によって喜びや楽しみなどがもたらされているのかな?」

 ルースの事を考え、そうつぶやくエルモア。

 間違っていないような己のつぶやきに、おもわず笑うのであった。
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