一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百三十六話 肉巻きおにぎり

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 冬らしい曇天に、祭り開催の合図である花火の音が鳴り響く。

「本格的に冷え込んできたな」

 薄く開けた窓から冷たい風が吹き込んできて、足元にいたうめずが「わふっ」と一声吠える。

「寒いか」

「わうぅ」

 そう低くうなると、うめずはのそのそと俺の部屋から出ていく。

 居間をのぞいてみれば、こたつ布団がこんもりと膨れているのが見えたのだった。



「お、来た来た~」

 バス停近くのコンビニに行くと、咲良はすでに来ていた。

「遅くなったな」

「いや、俺が早めに来てただけ」

 咲良はそう言うと、手に持っていたスマホをショルダーバッグに入れる。「ちょうどいい時間のバスがなくてさ」

 手に持っていたジュースのペットボトルは空だったらしい。店先のごみ箱に捨て、歩き出す。

「じゃ、行くか」

「そうだな」

 目的地までは歩いていける距離だ。というか、近隣の住民はみんな徒歩で行くと思う。徒歩でなければ自転車だ。車で行っても停める場所がない。駐車場の数が少ないのだ。

「寒いなあ」

「この祭りの日は、基本、曇天なんだ」

「そうなん? まあ、イベントの時って大抵、天気悪いよな」

 会場付近になれば人の数がだんだんと増えてくる。軽快な音楽と、子どもの笑い声、法被を着た大人が配っているのはパンフレット。

 いかにも田舎の祭り、というような光景だ。

「さて、どこいく?」

 両サイドにずらりと並んだ露店と遠くに設置されたステージ、そして手元のパンフレットを交互に見ながら咲良が聞く。

「とりあえず歩くか」

「そうだな」

 客層は基本子供連れか学生だ。通りすがりにふらりと立ち寄ったらしい人もいる。

 手作りの雑貨、この辺の伝統工芸品らしい絞り染め、学生コラボの店。立ち並ぶ露店はどれも地元感あふれるラインナップだ。

「なんかいたるところに野菜が売ってんな」

「まあ、収穫祭みたいなもんだからな」

「あ、スーパーボールすくいがある。あっちはヨーヨー釣りか」

 こんな寒い中でも小さい子どもは一生懸命になって、カラフルなボールが浮かぶ水に手を突っ込んでいる。

「なんかいいにおいする」

 寒風にのってふと鼻をかすめた香りにつられて行ってみれば、そこは食事系の露店が立ち並ぶエリアだった。

「色々あるなー」

「なんか食うか」

「いいな」

 祭り自体のスタートが十時なので、少ししていればすぐに昼時になる。しかし今は昼前なので、物販の露店周辺よりも人がいない。買うなら今がねらい目だ。

 ポップコーン、ジュース、クレープなんかのおやつ系から、お弁当とかのがっつり飯系まで幅広い。こういうところで食べるポップコーンって、妙においしいんだよな。塩気は強いしはじけ切れていないのもあるけど、それでもなんか楽しいんだ。

「あ、見ろよ春都。綿あめだって」

「へえ、自分で作れんのか」

 咲良が楽し気に露店をのぞき込む。「ザラメ使い放題! 綿あめ手作り体験五百円」という手作り感満載のポップが掲げられている。使い放題って……結構少ない量で綿あめってでかくなるんじゃなかったか。

「お兄さんたち、やってみるか?」

 露店の店主が愛想よく声をかけてくる。

「うまく作れれば、二人で食べるにはもってこいの大きさになるよ」

「どうする、咲良」

「やってみようぜ!」

 綿あめか。小さい頃に作ったことがあるけど、結構難しいんだよな。

「おっちゃん、一回やりまーす」

「はいよ、じゃあ、割りばしね。ザラメはここにあるから」

 ファンシーな色合いの機械、その傍らに、袋に入ったままのザラメとそれをすくう竹製の匙が置いてある。

「じゃ、さっそく」

 意気揚々と咲良が腕まくりをする。ゴウゴウと音がなる機械の真ん中、花びらの中心みたいなところにザラメを流し込み、しばらく経ったらゆらゆらと雲のような砂糖の糸が現れ始めた。

「きたっ!」

 くるくると箸を回し、ある程度絡めたところでぐーるぐーると腕を回す。手慣れたものだ、と思ったのもつかの間、何やら雲行きが怪しい。咲良の手は焦るように動く。

「おおお、難しいな。春都~、どうすればいい~」

「専門外だ」

「え~、ちょ、パス」

「はあ?」

 半ば無理やり箸を渡される。機械の方を見れば、次々と雲が生まれ始めているではないか。

「お前どんだけザラメ入れたんだよ!」

「だって多い方がいいじゃんか」

「限度があるっての!」

 何とか作り上げた綿あめは、俺らの顔の二倍近くはありそうな大きさになった。

「すげー大きい。なんか傾いてねえ?」

「きれいに作れる人、すげえよな」

 口に入れればシュワッと溶ける甘い雲。砂糖だけの潔い甘さがおいしい。

 あれだけ大きかった綿あめも、二人で食えばあっという間だ。

「なんか腹にたまるの食べたい」

「そうだな」

 人が増え始めた中で、露店を物色する。と、何やら魅力的な文字が目に入った。

「肉巻きおにぎり」

 店先に置かれた大きな鉄板の上では、握りこぶしよりも大きな塊が焼かれている。あれが肉巻きおにぎりだろう。

「うまそうだな」

「あれ食うか」

 結構種類があるようだ。甘辛、バーベキュー、チーズイン、和風おろし、チリソース。どれも引かれるが、甘辛にしよう。咲良はチーズインにしたらしい。

 渡されたおにぎりはずっしりと重い。白い紙の中でレタスで包まれているのを見ると、なんとなくテンション上がガる。。

「ジュース買って、どっか座るか」

 缶のミカンジュースを買って、人の流れから離れた場所に向かう。喧騒が遠のいたその場所は、市中文化祭で昼飯を食った場所だ。

「いただきます」

 巻かれた肉は薄い牛肉だ。程よく歯触りがありながら、やわらかい肉には甘辛い特製たれがよく合う。まぶされたゴマの風味もいい。レタスがいい仕事してる。

 ご飯も同じたれで味付けされているようだ。ネギが混ぜ込まれたご飯は香りがいい。

「結構でかいな」

「肉も何枚も巻いてあるし、チーズも伸びるしうまいなー」

 肉とご飯を一緒に食べると、なんとなく焼肉食ってる気分になる。酸味が爽やかなオレンジジュースともよく合う。

 おいしいな、これ。冷めてもうまい。これなら弁当に入れてもいいかもしれない。豚肉で作ったらどうなるかな。

「なー、あとでみかんの詰め放題行ってもいい?」

 親に頼まれてて、と咲良は言った。

「ああ、構わん。俺もやる」

「どっちが数多く詰められるか勝負だな!」

 ここのみかん詰め放題のみかんはおいしいと評判だ。じいちゃんとばあちゃんの分も買って帰るとしよう。



「ごちそうさまでした」

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