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日常
第百五十話 リンゴの丸焼き
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「よ、春都。来たぞ」
正午の時報が鳴るころ、咲良がコンビニの袋を引っ提げて家に来た。
「おう、悪いな」
「わふっ」
居間でうめずが出迎える。パタパタとしっぽを振って、なんとなくいつもよりテンションが高い。
「おー、うめず。元気か」
「わう」
「昼飯はもう食った?」
うめずをわしわしと撫でながら咲良はこちらに視線を向ける。
「ああ、早めに食っといた」
「そうなんだ。俺まだなんだよね。食っていい?」
そう言ってコンビニの袋を掲げると、うめずがそれの匂いを嗅ごうと鼻を近づけた。
「お前は食えねえもんだぞ~」
「いいぞ、好きに座れ」
咲良は迷うことなくこたつにもぐりこんだ。
「何買ってきたんだ」
「カツカレー。新作だって」
トレーによそわれたカレーは山盛りだ。これまたでかいカツものっていて、パッケージには『豪快! 大盛りカツカレー!』とシンプルな商品名が記載されている。
俺もこたつにもぐりこみ、テレビをつける。
「お前ホントとんかつ好きだな」
「ソースかつ丼と迷ったけどさー、なんか無性にカレーが食いたくて」
「そういう気分の時ってあるよな」
テレビはお昼のバラエティ番組か、ドラマや平日深夜のバラエティ番組の再放送しかやってない。
しばらくザッピングしていたが、特にこれといって見たいものもなかったので消すことにした。その頃にはもう咲良は半分ほどカツカレーを食べてしまっていた。スパイスのきいた香りが鼻をかすめる。
それから、取るに足らない、何でもない話をしているうちにカレーはすっからかんになり、そろそろ山下さんたちが来る時間になった。
「わふっ」
「お、そろそろか?」
うめずに背中を鼻で押され立ち上がる。
「え、分かるんだ」
「たまにだけどな」
廊下に出たところでチャイムが鳴った。オートロックではなく玄関先のインターホンの画面を確認すると、山下さんと田中さんの姿が見えた。居間の方から飛んでくる「すげえ、ほんとだ」という咲良のつぶやきと、うめずの得意げな「わふ!」という声を聞きながら玄関のドアを開ける。
「こんにちは」
「やー、一条君。こんにちは!」
さっそくハイテンションな山下さんに、その後ろで困ったように眉を下げて笑う田中さん。山下さんはさっそく手に持っていた袋を差し出した。
「はい、これ。リンゴ」
「あ、ありがとうございます……わっ、重い」
ずっしりと下に引っ張られるような重さの袋には大量のリンゴが入っていた。
「こんなにいいんですか」
「なんならもっともらってくれていいんだぞ」
「いやそれはさすがに一条君が困るだろう」
やめておけ、と田中さんが言うと山下さんは笑った。
「それもそうだな」
「ありがとうございます。よかったら上がっていってください」
「お、まじ? ありがとー!」
山下さんはためらいなく「おじゃましまーす」と玄関に入る。
「いいのか?」
一方田中さんは少し遠慮気味に尋ねる。いやほんと、この人来てくれてよかったなと思う。
「はい。お時間よろしければ、どうぞ」
「じゃあ、お邪魔します」
居間では山下さんがうめずを撫で繰り回しながら咲良と話していた。
「君こないだの子でしょ。名前なんていうの?」
「井上です。井上咲良」
「へー、咲良ってことは、春生まれ?」
「いやめっちゃ冬ですね」
つつがなく話ができている。こいつ、このコミュニケーション能力何かしらに活かせそうだよなあ。
田中さんもうめずのもとに向かう。とりあえずリンゴは台所に置いておくとしようか。
「んー……」
そういや茶菓子がないな。とりあえず人数分紅茶を出すとして、何かコンビニから買ってこようか。でもなあ……
あ、そうだ。
「皆、おなかに余裕はありますか?」
台所からそう聞けば、まず真っ先に山下さんが「あるある!」と手を挙げた。
「俺もあるー」
「まあ、ある」
よし、それなら。
「山下さん。リンゴ、さっそく使わせてもらいますね」
「お、いいぞいいぞー」
楽しみだなー、とうめずの前足を握る山下さん。
「何か手伝おうか?」
リンゴを洗っていた俺に田中さんが声をかける。その申し出はありがたかったが、首を横に振った。
「大丈夫ですよ。それより、うめずのこと頼みます」
普段は俺のようなテンション低めの人間しか相手してないうめずにとって、山下さんは格好のおもちゃだ。気分が高揚したうめずは、到底俺には制御不可能だろう。
「ああ、分かった」
それを察してくれたらしい田中さんは、再びうめずと二人のもとへ戻ってくれた。
「さて」
リンゴがもらえると聞いて最近仕入れたレシピがある。簡単だし、それを作ろう。
まずはリンゴの芯をくりぬく。一人一個ずつ食べられるだろうから、四つくりぬく。ちょっと難しいんだよな。
それにしてもつやつやできれいなリンゴだ。甘い香りもするし、スーパーではまずお目にかかれないような気がする。
くりぬいたらそこにバターを入れ、耐熱皿にのせて電子レンジで焼いていく。砂糖をかけてもいいのだが、今日はちょっと違う。
焼いている間に、うめずのおやつとしてリンゴを切っておく。種や芯をしっかりとればいいらしい。
うん、いい匂いがしてきた。
焼きあがったらそう、アイスだ。バニラアイス。熱でとろけるアイスはリンゴにベストマッチだろう。ちょっとシナモンを振りかければ完璧だ。
リンゴの丸焼き。名前はワイルドだが、甘く爽やかないい香りがする。
「よかったらどうぞ」
三人はこたつに座って話をしていたが、持って行ったリンゴの丸焼きを見ると驚いたような声を上げた。
「おお、リンゴ丸ごと焼いたんだ! すごいな」
「いい匂いがすると思ったら……」
皮がついているので、ナイフとフォークで食べるのがいいだろう。一応スプーンも準備しておくか。うめずの器にも切っておいたリンゴを入れてやる。
「いただきます」
皮があるとはいえ、そうかたくはない。バニラアイスをまとった、とろーりととろける果実の様子は見ただけで「甘い」と言いたくなる。
その実、リンゴのさわやかな酸味とやや残った食感がいい感じで、くどくない。シナモンの香りもよく、舌の上でアイスとリンゴが混ざり合う感じがたまらなくおいしい。紅茶ともよく合う。
「すげえなあ、一条君、こんなん作れるんだ」
山下さんが感心したように言う。
「いや、簡単ですよ」
「じゃあ家でも作ってみよう。あとでレシピ教えてよ」
「はい」
田中さんも気に入ってくれたみたいだし、咲良に至っては「カレー食ったから甘いもの欲しかった」と言って、おかわりを所望した。
まあ、無理やり付き合わせたようなもんだし、おかわりぐらいなら作るけど。
しかし……こうやって食べたとして、リンゴはまだまだ残っている。あとで煮て、冷凍しておこう。そうすれば何かと食べられるしな。
あとでそのまま、生でも食ってみよう。うめずが食べてるの、えらくみずみずしくてうまそうだった。
そう考えたらリンゴって、案外食べ方のレパートリーが豊富なのかもしれないなあ。
他にも何か、レシピ、探してみよう。
「ごちそうさまでした」
正午の時報が鳴るころ、咲良がコンビニの袋を引っ提げて家に来た。
「おう、悪いな」
「わふっ」
居間でうめずが出迎える。パタパタとしっぽを振って、なんとなくいつもよりテンションが高い。
「おー、うめず。元気か」
「わう」
「昼飯はもう食った?」
うめずをわしわしと撫でながら咲良はこちらに視線を向ける。
「ああ、早めに食っといた」
「そうなんだ。俺まだなんだよね。食っていい?」
そう言ってコンビニの袋を掲げると、うめずがそれの匂いを嗅ごうと鼻を近づけた。
「お前は食えねえもんだぞ~」
「いいぞ、好きに座れ」
咲良は迷うことなくこたつにもぐりこんだ。
「何買ってきたんだ」
「カツカレー。新作だって」
トレーによそわれたカレーは山盛りだ。これまたでかいカツものっていて、パッケージには『豪快! 大盛りカツカレー!』とシンプルな商品名が記載されている。
俺もこたつにもぐりこみ、テレビをつける。
「お前ホントとんかつ好きだな」
「ソースかつ丼と迷ったけどさー、なんか無性にカレーが食いたくて」
「そういう気分の時ってあるよな」
テレビはお昼のバラエティ番組か、ドラマや平日深夜のバラエティ番組の再放送しかやってない。
しばらくザッピングしていたが、特にこれといって見たいものもなかったので消すことにした。その頃にはもう咲良は半分ほどカツカレーを食べてしまっていた。スパイスのきいた香りが鼻をかすめる。
それから、取るに足らない、何でもない話をしているうちにカレーはすっからかんになり、そろそろ山下さんたちが来る時間になった。
「わふっ」
「お、そろそろか?」
うめずに背中を鼻で押され立ち上がる。
「え、分かるんだ」
「たまにだけどな」
廊下に出たところでチャイムが鳴った。オートロックではなく玄関先のインターホンの画面を確認すると、山下さんと田中さんの姿が見えた。居間の方から飛んでくる「すげえ、ほんとだ」という咲良のつぶやきと、うめずの得意げな「わふ!」という声を聞きながら玄関のドアを開ける。
「こんにちは」
「やー、一条君。こんにちは!」
さっそくハイテンションな山下さんに、その後ろで困ったように眉を下げて笑う田中さん。山下さんはさっそく手に持っていた袋を差し出した。
「はい、これ。リンゴ」
「あ、ありがとうございます……わっ、重い」
ずっしりと下に引っ張られるような重さの袋には大量のリンゴが入っていた。
「こんなにいいんですか」
「なんならもっともらってくれていいんだぞ」
「いやそれはさすがに一条君が困るだろう」
やめておけ、と田中さんが言うと山下さんは笑った。
「それもそうだな」
「ありがとうございます。よかったら上がっていってください」
「お、まじ? ありがとー!」
山下さんはためらいなく「おじゃましまーす」と玄関に入る。
「いいのか?」
一方田中さんは少し遠慮気味に尋ねる。いやほんと、この人来てくれてよかったなと思う。
「はい。お時間よろしければ、どうぞ」
「じゃあ、お邪魔します」
居間では山下さんがうめずを撫で繰り回しながら咲良と話していた。
「君こないだの子でしょ。名前なんていうの?」
「井上です。井上咲良」
「へー、咲良ってことは、春生まれ?」
「いやめっちゃ冬ですね」
つつがなく話ができている。こいつ、このコミュニケーション能力何かしらに活かせそうだよなあ。
田中さんもうめずのもとに向かう。とりあえずリンゴは台所に置いておくとしようか。
「んー……」
そういや茶菓子がないな。とりあえず人数分紅茶を出すとして、何かコンビニから買ってこようか。でもなあ……
あ、そうだ。
「皆、おなかに余裕はありますか?」
台所からそう聞けば、まず真っ先に山下さんが「あるある!」と手を挙げた。
「俺もあるー」
「まあ、ある」
よし、それなら。
「山下さん。リンゴ、さっそく使わせてもらいますね」
「お、いいぞいいぞー」
楽しみだなー、とうめずの前足を握る山下さん。
「何か手伝おうか?」
リンゴを洗っていた俺に田中さんが声をかける。その申し出はありがたかったが、首を横に振った。
「大丈夫ですよ。それより、うめずのこと頼みます」
普段は俺のようなテンション低めの人間しか相手してないうめずにとって、山下さんは格好のおもちゃだ。気分が高揚したうめずは、到底俺には制御不可能だろう。
「ああ、分かった」
それを察してくれたらしい田中さんは、再びうめずと二人のもとへ戻ってくれた。
「さて」
リンゴがもらえると聞いて最近仕入れたレシピがある。簡単だし、それを作ろう。
まずはリンゴの芯をくりぬく。一人一個ずつ食べられるだろうから、四つくりぬく。ちょっと難しいんだよな。
それにしてもつやつやできれいなリンゴだ。甘い香りもするし、スーパーではまずお目にかかれないような気がする。
くりぬいたらそこにバターを入れ、耐熱皿にのせて電子レンジで焼いていく。砂糖をかけてもいいのだが、今日はちょっと違う。
焼いている間に、うめずのおやつとしてリンゴを切っておく。種や芯をしっかりとればいいらしい。
うん、いい匂いがしてきた。
焼きあがったらそう、アイスだ。バニラアイス。熱でとろけるアイスはリンゴにベストマッチだろう。ちょっとシナモンを振りかければ完璧だ。
リンゴの丸焼き。名前はワイルドだが、甘く爽やかないい香りがする。
「よかったらどうぞ」
三人はこたつに座って話をしていたが、持って行ったリンゴの丸焼きを見ると驚いたような声を上げた。
「おお、リンゴ丸ごと焼いたんだ! すごいな」
「いい匂いがすると思ったら……」
皮がついているので、ナイフとフォークで食べるのがいいだろう。一応スプーンも準備しておくか。うめずの器にも切っておいたリンゴを入れてやる。
「いただきます」
皮があるとはいえ、そうかたくはない。バニラアイスをまとった、とろーりととろける果実の様子は見ただけで「甘い」と言いたくなる。
その実、リンゴのさわやかな酸味とやや残った食感がいい感じで、くどくない。シナモンの香りもよく、舌の上でアイスとリンゴが混ざり合う感じがたまらなくおいしい。紅茶ともよく合う。
「すげえなあ、一条君、こんなん作れるんだ」
山下さんが感心したように言う。
「いや、簡単ですよ」
「じゃあ家でも作ってみよう。あとでレシピ教えてよ」
「はい」
田中さんも気に入ってくれたみたいだし、咲良に至っては「カレー食ったから甘いもの欲しかった」と言って、おかわりを所望した。
まあ、無理やり付き合わせたようなもんだし、おかわりぐらいなら作るけど。
しかし……こうやって食べたとして、リンゴはまだまだ残っている。あとで煮て、冷凍しておこう。そうすれば何かと食べられるしな。
あとでそのまま、生でも食ってみよう。うめずが食べてるの、えらくみずみずしくてうまそうだった。
そう考えたらリンゴって、案外食べ方のレパートリーが豊富なのかもしれないなあ。
他にも何か、レシピ、探してみよう。
「ごちそうさまでした」
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