一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百九十三話 肉まん

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 連日、天気がいいので、昼飯を屋上で食うことが多くなった。

「あったけえなあ」

 そう言うと咲良はコンビニで買ったらしいカツサンドをほおばった。結構分厚くて食べ応えがありそうである。

「もうすっかり春だな!」

「まだ朝晩は冷えるぞ」

 今日は卵焼き、端の方がうまくいかなかったなあ。はがれてる。まあ味に影響はないが、錦糸卵食ってる気分になる。

「それはそうだけど、この日差し、暑いくらいだ」

「まあ、そうだな」

「朝比奈もよく見かけるようになったし」

 ああ、そういえばそうだ。

 昼間に活動している姿をよく見るようになった。図書館にも来るようになったし、朝は機嫌悪そうだけど、昼間は普通だ。

「これからは朝比奈で季節の移ろいを実感できるようになったな」

 咲良が冗談めかして言い、それに思わず笑ってしまう。

「朝比奈が出てくると、春」

「啓蟄って言葉があったよな」

「俺は虫か」

 頭上から降ってきた声はあきれ半分、笑い半分といったニュアンスを含んでいた。

「おー、朝比奈」

 二個セットのカツサンドの一つを食べ終え、二つ目を咥えて咲良が声の主を見上げる。朝比奈は片手にカフェオレ、もう片方の手にビニール袋を携えていた。

「あ、二人ともいたんだー」

 少し遅れてやってきたのは百瀬だ。百瀬はメロンパンと無糖の紅茶のペットボトルを持っていた。

「俺は冬でも全く外に出てないというわけではない」

 抗議するように言いながら、朝比奈は俺の近くに座る。百瀬は咲良寄りの方に座った。

「別に虫とは言ってねえだろ」

「啓蟄の意味を知らんとは言わせんぞ、一条」

「なー、虫ってなんだよ」

「え、何の話?」

 先に百瀬に事の顛末を話し、そのあとで咲良の問いには答えてやった。

「啓蟄っつーのは春の季語でな、冬の間閉じこもってた虫が、暖かくなって這い出てくるって意味だ。確かな」

「じゃあまんま朝比奈じゃん」

「閉じこもってねえっての」

 そう言って朝比奈は不本意そうな表情でカレーパンにかじりついた。

「てかやっぱ一条お前、意味知ってて言ったな」

「似てるだろ」

「似てない」

「もうちょっと暖かくなったら桜も咲くんじゃない?」

 百瀬の言葉に咲良が反応する。

「あ、そうだ。花見!」

「花見?」

 聞き返せば「そうそう!」と咲良は無邪気に笑った。

「桜が咲いたらさ、みんなで花見しねえ? それぞれお菓子とか持ち寄ってさ」

「あ、いいねーそれ」

 百瀬が楽しげに笑う。

「春ならどんなお菓子がいいかなー。桜餅? 三色団子もいいよねー」

「菜々世も誘うかなー。いつも桜咲くの春休みごろだろ?」

「ああ、それなら観月も誘うか」

「勇樹もな」

 こないだのカプセルトイ呼称論争で朝比奈と百瀬も勇樹と知り合ったしなあ。そう思っていたら百瀬がいたずらっぽく笑って言った。

「ガチャガチャ論争、決着つかなかったからなあ。花見の時に論破してやろうか」

「……花見はどこでするつもりなんだ?」

 黙って話を聞いていた朝比奈が言えば、おのずと咲良に視線が集まる。咲良は屈託のない笑みを浮かべた。

「まー、そこは桜の開花時期になって決めるということで」

「アバウトな……」

「大丈夫だろ。どこかしら、桜の咲いてる場所はあるって!」

 まあ、桜の開花時期も気候も、俺たちにはどうすることもできないからなあ。それぐらいでいいのだろうか。いや、でもある程度どこかは決めといたほうがいいような。

 しかし咲良はいくつか候補地が浮かんでいるようだった。

「めっちゃ遠出するってわけにもいかないし、集まりやすい場所がいいよな。飲食オッケーじゃないといけないし。参加メンバーがみんな寄り付きやすいとこがいい」

「なんだ。意外と考えてるんだな」

「お前はたまに失礼だな?」

 と、咲良が苦笑する。

 たこ焼きパーティーのメンツでまた集まるのか。それプラス勇樹。酒なんかがなくても一段とまた、騒がしくなりそうだなあ。

 ま、酒はあっても飲めないがな。



 夕暮れ時は風が冷たい。とはいえ、学ランであれば多少は我慢がきく。

「春都、今日はこっちから帰らねえ?」

 咲良が指さした方角はバス停のある方だった。

「……別にいいけど」

「じゃ、コンビニ行こう。肉まんおごる」

「は?」

 思いもよらぬ言葉に思わず足を止める。

「何のつもりだ?」

「まあ、前払いってとこかな?」

 まったく意図が汲めない発言だが、早く帰ろうぜと急かされれば歩くしかない。

 コンビニ前の人だかりを避け、人も車も少ないコンビに横で待つことにした。前払いってなんだ、前払いって。まあ、おごってもらうなら食うけど。

「お待たせ~」

 咲良が買ってきたのはいたって普通の肉まんだった。

「ありがとな。……いただきます」

 この温かさをおいしく味わえるのもあと少しなのかなと思ったが、別に暑かろうが寒かろうがうまいもんはうまいと思い至る。

 甘めの生地はふわふわモチモチだ。下についた紙をはがすといつも皮が多少剥がれるのが悔しい。規則正しい丸型に剥がれることもある。

 たけのこの食感がいい。ジューシーな肉だねはうま味たっぷりだ。干しシイタケもうまい。

 酢醤油をかけるとさっぱりする。そういやこないだ買った時、からしじゃなくてマスタードついてきたなあ。あれはあれでうまかったけど。

「で、前払いってなんだ」

 半分ほど食べ進めたところで聞いてみれば、咲良は「ああ」とこともなげに言った。

「花見に行くときな、春都には弁当作ってほしいなーと思って」

「あー……そういう」

 花見弁当を作ってくれ、というのはなんとなく言われそうな気がしていた。しかしこの肉まんがその前払いとは。あ、いかん、からしつけすぎた。辛い。でも、おいしいな。

「もちろん、荷物持ちもさせてもらうぞ。こないだの弁当の礼もあるからな」

 薄暗くなり始めた空気の中で、咲良が楽し気に笑ったのが分かった。そういやこないだ弁当作ったっけ。律儀なやつだなあ。

「じゃあ、遠慮なく使わせてもらう」

「おう」

 少し冷めた肉まんの、最後の一口を口に放り込む。

 花見弁当かあ。何にしようかな。春らしいもの……ばあちゃんとか母さんに聞いてみるかな。

 道路の向こう、人の少ない公園の、いまだ開花の気配のない藤棚をぼんやり眺めながら、少し浮足立った気分でそう思った。



「ごちそうさまでした」

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