259 / 893
日常
第二百九十三話 肉まん
しおりを挟む
連日、天気がいいので、昼飯を屋上で食うことが多くなった。
「あったけえなあ」
そう言うと咲良はコンビニで買ったらしいカツサンドをほおばった。結構分厚くて食べ応えがありそうである。
「もうすっかり春だな!」
「まだ朝晩は冷えるぞ」
今日は卵焼き、端の方がうまくいかなかったなあ。はがれてる。まあ味に影響はないが、錦糸卵食ってる気分になる。
「それはそうだけど、この日差し、暑いくらいだ」
「まあ、そうだな」
「朝比奈もよく見かけるようになったし」
ああ、そういえばそうだ。
昼間に活動している姿をよく見るようになった。図書館にも来るようになったし、朝は機嫌悪そうだけど、昼間は普通だ。
「これからは朝比奈で季節の移ろいを実感できるようになったな」
咲良が冗談めかして言い、それに思わず笑ってしまう。
「朝比奈が出てくると、春」
「啓蟄って言葉があったよな」
「俺は虫か」
頭上から降ってきた声はあきれ半分、笑い半分といったニュアンスを含んでいた。
「おー、朝比奈」
二個セットのカツサンドの一つを食べ終え、二つ目を咥えて咲良が声の主を見上げる。朝比奈は片手にカフェオレ、もう片方の手にビニール袋を携えていた。
「あ、二人ともいたんだー」
少し遅れてやってきたのは百瀬だ。百瀬はメロンパンと無糖の紅茶のペットボトルを持っていた。
「俺は冬でも全く外に出てないというわけではない」
抗議するように言いながら、朝比奈は俺の近くに座る。百瀬は咲良寄りの方に座った。
「別に虫とは言ってねえだろ」
「啓蟄の意味を知らんとは言わせんぞ、一条」
「なー、虫ってなんだよ」
「え、何の話?」
先に百瀬に事の顛末を話し、そのあとで咲良の問いには答えてやった。
「啓蟄っつーのは春の季語でな、冬の間閉じこもってた虫が、暖かくなって這い出てくるって意味だ。確かな」
「じゃあまんま朝比奈じゃん」
「閉じこもってねえっての」
そう言って朝比奈は不本意そうな表情でカレーパンにかじりついた。
「てかやっぱ一条お前、意味知ってて言ったな」
「似てるだろ」
「似てない」
「もうちょっと暖かくなったら桜も咲くんじゃない?」
百瀬の言葉に咲良が反応する。
「あ、そうだ。花見!」
「花見?」
聞き返せば「そうそう!」と咲良は無邪気に笑った。
「桜が咲いたらさ、みんなで花見しねえ? それぞれお菓子とか持ち寄ってさ」
「あ、いいねーそれ」
百瀬が楽しげに笑う。
「春ならどんなお菓子がいいかなー。桜餅? 三色団子もいいよねー」
「菜々世も誘うかなー。いつも桜咲くの春休みごろだろ?」
「ああ、それなら観月も誘うか」
「勇樹もな」
こないだのカプセルトイ呼称論争で朝比奈と百瀬も勇樹と知り合ったしなあ。そう思っていたら百瀬がいたずらっぽく笑って言った。
「ガチャガチャ論争、決着つかなかったからなあ。花見の時に論破してやろうか」
「……花見はどこでするつもりなんだ?」
黙って話を聞いていた朝比奈が言えば、おのずと咲良に視線が集まる。咲良は屈託のない笑みを浮かべた。
「まー、そこは桜の開花時期になって決めるということで」
「アバウトな……」
「大丈夫だろ。どこかしら、桜の咲いてる場所はあるって!」
まあ、桜の開花時期も気候も、俺たちにはどうすることもできないからなあ。それぐらいでいいのだろうか。いや、でもある程度どこかは決めといたほうがいいような。
しかし咲良はいくつか候補地が浮かんでいるようだった。
「めっちゃ遠出するってわけにもいかないし、集まりやすい場所がいいよな。飲食オッケーじゃないといけないし。参加メンバーがみんな寄り付きやすいとこがいい」
「なんだ。意外と考えてるんだな」
「お前はたまに失礼だな?」
と、咲良が苦笑する。
たこ焼きパーティーのメンツでまた集まるのか。それプラス勇樹。酒なんかがなくても一段とまた、騒がしくなりそうだなあ。
ま、酒はあっても飲めないがな。
夕暮れ時は風が冷たい。とはいえ、学ランであれば多少は我慢がきく。
「春都、今日はこっちから帰らねえ?」
咲良が指さした方角はバス停のある方だった。
「……別にいいけど」
「じゃ、コンビニ行こう。肉まんおごる」
「は?」
思いもよらぬ言葉に思わず足を止める。
「何のつもりだ?」
「まあ、前払いってとこかな?」
まったく意図が汲めない発言だが、早く帰ろうぜと急かされれば歩くしかない。
コンビニ前の人だかりを避け、人も車も少ないコンビに横で待つことにした。前払いってなんだ、前払いって。まあ、おごってもらうなら食うけど。
「お待たせ~」
咲良が買ってきたのはいたって普通の肉まんだった。
「ありがとな。……いただきます」
この温かさをおいしく味わえるのもあと少しなのかなと思ったが、別に暑かろうが寒かろうがうまいもんはうまいと思い至る。
甘めの生地はふわふわモチモチだ。下についた紙をはがすといつも皮が多少剥がれるのが悔しい。規則正しい丸型に剥がれることもある。
たけのこの食感がいい。ジューシーな肉だねはうま味たっぷりだ。干しシイタケもうまい。
酢醤油をかけるとさっぱりする。そういやこないだ買った時、からしじゃなくてマスタードついてきたなあ。あれはあれでうまかったけど。
「で、前払いってなんだ」
半分ほど食べ進めたところで聞いてみれば、咲良は「ああ」とこともなげに言った。
「花見に行くときな、春都には弁当作ってほしいなーと思って」
「あー……そういう」
花見弁当を作ってくれ、というのはなんとなく言われそうな気がしていた。しかしこの肉まんがその前払いとは。あ、いかん、からしつけすぎた。辛い。でも、おいしいな。
「もちろん、荷物持ちもさせてもらうぞ。こないだの弁当の礼もあるからな」
薄暗くなり始めた空気の中で、咲良が楽し気に笑ったのが分かった。そういやこないだ弁当作ったっけ。律儀なやつだなあ。
「じゃあ、遠慮なく使わせてもらう」
「おう」
少し冷めた肉まんの、最後の一口を口に放り込む。
花見弁当かあ。何にしようかな。春らしいもの……ばあちゃんとか母さんに聞いてみるかな。
道路の向こう、人の少ない公園の、いまだ開花の気配のない藤棚をぼんやり眺めながら、少し浮足立った気分でそう思った。
「ごちそうさまでした」
「あったけえなあ」
そう言うと咲良はコンビニで買ったらしいカツサンドをほおばった。結構分厚くて食べ応えがありそうである。
「もうすっかり春だな!」
「まだ朝晩は冷えるぞ」
今日は卵焼き、端の方がうまくいかなかったなあ。はがれてる。まあ味に影響はないが、錦糸卵食ってる気分になる。
「それはそうだけど、この日差し、暑いくらいだ」
「まあ、そうだな」
「朝比奈もよく見かけるようになったし」
ああ、そういえばそうだ。
昼間に活動している姿をよく見るようになった。図書館にも来るようになったし、朝は機嫌悪そうだけど、昼間は普通だ。
「これからは朝比奈で季節の移ろいを実感できるようになったな」
咲良が冗談めかして言い、それに思わず笑ってしまう。
「朝比奈が出てくると、春」
「啓蟄って言葉があったよな」
「俺は虫か」
頭上から降ってきた声はあきれ半分、笑い半分といったニュアンスを含んでいた。
「おー、朝比奈」
二個セットのカツサンドの一つを食べ終え、二つ目を咥えて咲良が声の主を見上げる。朝比奈は片手にカフェオレ、もう片方の手にビニール袋を携えていた。
「あ、二人ともいたんだー」
少し遅れてやってきたのは百瀬だ。百瀬はメロンパンと無糖の紅茶のペットボトルを持っていた。
「俺は冬でも全く外に出てないというわけではない」
抗議するように言いながら、朝比奈は俺の近くに座る。百瀬は咲良寄りの方に座った。
「別に虫とは言ってねえだろ」
「啓蟄の意味を知らんとは言わせんぞ、一条」
「なー、虫ってなんだよ」
「え、何の話?」
先に百瀬に事の顛末を話し、そのあとで咲良の問いには答えてやった。
「啓蟄っつーのは春の季語でな、冬の間閉じこもってた虫が、暖かくなって這い出てくるって意味だ。確かな」
「じゃあまんま朝比奈じゃん」
「閉じこもってねえっての」
そう言って朝比奈は不本意そうな表情でカレーパンにかじりついた。
「てかやっぱ一条お前、意味知ってて言ったな」
「似てるだろ」
「似てない」
「もうちょっと暖かくなったら桜も咲くんじゃない?」
百瀬の言葉に咲良が反応する。
「あ、そうだ。花見!」
「花見?」
聞き返せば「そうそう!」と咲良は無邪気に笑った。
「桜が咲いたらさ、みんなで花見しねえ? それぞれお菓子とか持ち寄ってさ」
「あ、いいねーそれ」
百瀬が楽しげに笑う。
「春ならどんなお菓子がいいかなー。桜餅? 三色団子もいいよねー」
「菜々世も誘うかなー。いつも桜咲くの春休みごろだろ?」
「ああ、それなら観月も誘うか」
「勇樹もな」
こないだのカプセルトイ呼称論争で朝比奈と百瀬も勇樹と知り合ったしなあ。そう思っていたら百瀬がいたずらっぽく笑って言った。
「ガチャガチャ論争、決着つかなかったからなあ。花見の時に論破してやろうか」
「……花見はどこでするつもりなんだ?」
黙って話を聞いていた朝比奈が言えば、おのずと咲良に視線が集まる。咲良は屈託のない笑みを浮かべた。
「まー、そこは桜の開花時期になって決めるということで」
「アバウトな……」
「大丈夫だろ。どこかしら、桜の咲いてる場所はあるって!」
まあ、桜の開花時期も気候も、俺たちにはどうすることもできないからなあ。それぐらいでいいのだろうか。いや、でもある程度どこかは決めといたほうがいいような。
しかし咲良はいくつか候補地が浮かんでいるようだった。
「めっちゃ遠出するってわけにもいかないし、集まりやすい場所がいいよな。飲食オッケーじゃないといけないし。参加メンバーがみんな寄り付きやすいとこがいい」
「なんだ。意外と考えてるんだな」
「お前はたまに失礼だな?」
と、咲良が苦笑する。
たこ焼きパーティーのメンツでまた集まるのか。それプラス勇樹。酒なんかがなくても一段とまた、騒がしくなりそうだなあ。
ま、酒はあっても飲めないがな。
夕暮れ時は風が冷たい。とはいえ、学ランであれば多少は我慢がきく。
「春都、今日はこっちから帰らねえ?」
咲良が指さした方角はバス停のある方だった。
「……別にいいけど」
「じゃ、コンビニ行こう。肉まんおごる」
「は?」
思いもよらぬ言葉に思わず足を止める。
「何のつもりだ?」
「まあ、前払いってとこかな?」
まったく意図が汲めない発言だが、早く帰ろうぜと急かされれば歩くしかない。
コンビニ前の人だかりを避け、人も車も少ないコンビに横で待つことにした。前払いってなんだ、前払いって。まあ、おごってもらうなら食うけど。
「お待たせ~」
咲良が買ってきたのはいたって普通の肉まんだった。
「ありがとな。……いただきます」
この温かさをおいしく味わえるのもあと少しなのかなと思ったが、別に暑かろうが寒かろうがうまいもんはうまいと思い至る。
甘めの生地はふわふわモチモチだ。下についた紙をはがすといつも皮が多少剥がれるのが悔しい。規則正しい丸型に剥がれることもある。
たけのこの食感がいい。ジューシーな肉だねはうま味たっぷりだ。干しシイタケもうまい。
酢醤油をかけるとさっぱりする。そういやこないだ買った時、からしじゃなくてマスタードついてきたなあ。あれはあれでうまかったけど。
「で、前払いってなんだ」
半分ほど食べ進めたところで聞いてみれば、咲良は「ああ」とこともなげに言った。
「花見に行くときな、春都には弁当作ってほしいなーと思って」
「あー……そういう」
花見弁当を作ってくれ、というのはなんとなく言われそうな気がしていた。しかしこの肉まんがその前払いとは。あ、いかん、からしつけすぎた。辛い。でも、おいしいな。
「もちろん、荷物持ちもさせてもらうぞ。こないだの弁当の礼もあるからな」
薄暗くなり始めた空気の中で、咲良が楽し気に笑ったのが分かった。そういやこないだ弁当作ったっけ。律儀なやつだなあ。
「じゃあ、遠慮なく使わせてもらう」
「おう」
少し冷めた肉まんの、最後の一口を口に放り込む。
花見弁当かあ。何にしようかな。春らしいもの……ばあちゃんとか母さんに聞いてみるかな。
道路の向こう、人の少ない公園の、いまだ開花の気配のない藤棚をぼんやり眺めながら、少し浮足立った気分でそう思った。
「ごちそうさまでした」
14
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる