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日常
第三百七十三話 たこ焼き
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今日は課外が終わったら、視聴覚室に向かう。もうすぐ報告会なので、その練習なのだとか。放送部の活動もやっているので、その片隅を使わせてもらう。
「練習する必要あるんかね?」
先生を待つ間、視聴覚室の椅子に座り机にうなだれながら咲良が言う。
「んー、まあ、機材の操作確認とか必要なんじゃねーの」
「確かに。当日バタつくのは嫌だよなあ」
「早いな、お前ら」
遅れてやってきたのは朝比奈だ。防音の扉が開くと、セミの大合唱と生徒の喧騒が聞こえ、閉じると嘘のように遠ざかる。
あれ、そういや早瀬はどこに行った。
朝比奈に聞こうとしたところで、視聴覚室と準備室をつなぐ扉が開いた。早瀬だ。手にはファイルをいくつか持っている。
「よーっす、お疲れぇ」
「なんか大荷物じゃね? 早瀬」
咲良が聞けば、早瀬はこちらにやって来てテーブルの上にファイルを置いた。
「部活もあるからなー。原稿とかあるのよ」
発声練習とかのやり方が描いてあるプリントはボロボロだ。早瀬は笑って言った。
「発声でさ、覚えた方がいいやつあるんだけどさ、半分しか覚えてないんよね」
「大変だなあ、放送部」
「はは。あ、発声だけやっていい? うるさいかも」
「おー、気にしないぞ」
早瀬は教室の後ろの方に行くと、発声練習を始めた。といっても初っ端から声を出すわけじゃないらしい。三人そろって思わず早瀬の方を見てしまう。
発声練習って、いろいろやるんだなあ。でけえ声出したり、小さい声出したり、高かったり低かったり。剣道部の掛け声もなかなか迫力あるけど、発声練習も結構だなあ。ちらほら違う部員もやってきて、各々で発声練習をする。なんだか異様な空気だ。
「はー、お待たせ」
早瀬は水を飲みながらこちらにやってくる。
「何の儀式かと思った」
そう言えば、咲良も朝比奈も頷いた。
「初見だとびびるよなー。俺もビビった」
はは、と朗らかに早瀬は笑う。
「それにしても、先生遅いな?」
原稿を確認していた早瀬がふと顔を上げる。確かに、もうすぐ一時間になる。さすがに人を待たせておいて、忘れているということはないだろう。
「ああ、すまんすまん」
それから少しして、先生はやってきた。ずいぶん急いだようで、息を切らしている。
「大丈夫っすか」
「いや、それがだな……」
何でも、先生は先ほどまで職員室に連行されていたらしい。発表原稿を変えると突然言われて、それに関していろいろ意見してきたらしい。慣れないことはするものじゃない、と言って先生は深呼吸をして息を整える。
「と、いうわけで、もう少し原稿の準備に時間がかかる。先に昼飯を食っていてくれ」
「分かりました」
先生はまた職員室に向かうようだ。長引きそうな様子を察して、いったん抜けて、俺たちに伝えに来てくれたらしい。
「まあ、一時間もすればいいと思う」
漆原先生はありがたくも、昼飯の候補まで上げてくれた。
「近くにおすすめのたこ焼き屋がある。焼きそばやお好み焼きもあるから、行ってみるといい」
自分の住んでいる町とはいえ、知らないものはあるんだなあ。
アーケードへつながる小道の一つ、その途中にその店はあった。看板が掲げられてはいるが、ちんまりとした店である。気づかないものだなあ。食事スペースはなく、窓のようなところでは店主がたこ焼きを焼いていた。そこから買うらしい。
「おおー」
店主は老齢のご婦人で、手際よく焼いていく様子に咲良が歓声を上げる。
「何買う?」
「そうだなあ……」
店先に置いてあるメニュー表を見る。たこ焼きは十二個入り、焼きそばは普通のものと豚肉とシーフードのミックスのもの。どちらもソース味だ。お好み焼きはいろいろ種類がある。豚玉、シーフード、ミックス、麺入り……わあ、どれもうまそうだ。
「どうせならいろいろ買って、みんなで食おうぜ」
早瀬の提案に、当然、賛成する。
「おばちゃん、たこ焼き四パックと焼きそば普通の一つ、お好み焼きミックス一つください!」
「はいよ。若いとよく食べるねえ」
気持ちのいい早瀬のしゃべり方に、店主もにこにこと笑う。このコミュニケーション能力、見習いたい。
たこ焼きはひとつひとつは小さめで、透明のパックにぎゅうぎゅうに詰め込まれる。ハケでソースを塗り、細かいかつお節と青のりがかけられる。めっちゃうまそう。ここで食べたい。
その隣の鉄板で焼きそばとお好み焼きも作られていく。漂うソースの香りに、腹が鳴りそうだ。
「はい、お待たせ。たこ焼きはおまけを入れているよ。一パックに三個ね」
「ありがとうございます! また来ます!」
「いつでもおいでね」
学校に向かう足取りは、行きがけよりも少し早いような気がした。
夏休みの間、学食自体は営業していないが、場所だけは解放されている。すでに活動を始めている部活ばかりなので、席は選び放題だった。
なんでも漆原先生が飲み物を準備してくれていたようで、学食の冷蔵庫からおばちゃんが出してくれた。コップも冷えている。
「いただきます」
まずは……やっぱりたこ焼きだろう。
ぷわぷわとしていて、油っぽくない。熱々なので少しずつ食べる。ソースが濃すぎず、醤油っぽいコクがあっておいしい。かつお節と青のりの香りがいいなあ。モチモチ、トロリとした口当たりの生地も、出汁が効いていてうまい。
「この金額でこんだけうまいたこ焼きがこの量食えるって、お得だな!」
早瀬がうまそうにたこ焼きをほおばる。
「焼きそばもうまいな」
朝比奈は焼きそばが気に入ったようだった。
しっかり食感の残ったキャベツがうまい。麺もモチモチつるつるで、濃い目のソース味が食欲を増す。豚肉が結構大きくて食べ応えがある。紅しょうがもたっぷり入っているのがうれしい。
「ミックスのえび、人数分入れてくれてんだな」
と、咲良が嬉しそうに言った。
分厚くない、どちらかといえば薄めのお好み焼きだ。キャベツにイカ、えび、それに豚肉。いろんな具材のうま味が一つに合わさったお好み焼きは、おいしいに決まっている。キャベツの甘味にイカの噛み応え、えびもぷりっぷりで豚の味がそれらを邪魔しない。
そんで、そこにジュース。シンプルなサイダーがよく合う。
これうまいなあ。今度、別のも頼んでみよう。近いうちにまた買ってしまいそうだな。
「ごちそうさまでした」
「練習する必要あるんかね?」
先生を待つ間、視聴覚室の椅子に座り机にうなだれながら咲良が言う。
「んー、まあ、機材の操作確認とか必要なんじゃねーの」
「確かに。当日バタつくのは嫌だよなあ」
「早いな、お前ら」
遅れてやってきたのは朝比奈だ。防音の扉が開くと、セミの大合唱と生徒の喧騒が聞こえ、閉じると嘘のように遠ざかる。
あれ、そういや早瀬はどこに行った。
朝比奈に聞こうとしたところで、視聴覚室と準備室をつなぐ扉が開いた。早瀬だ。手にはファイルをいくつか持っている。
「よーっす、お疲れぇ」
「なんか大荷物じゃね? 早瀬」
咲良が聞けば、早瀬はこちらにやって来てテーブルの上にファイルを置いた。
「部活もあるからなー。原稿とかあるのよ」
発声練習とかのやり方が描いてあるプリントはボロボロだ。早瀬は笑って言った。
「発声でさ、覚えた方がいいやつあるんだけどさ、半分しか覚えてないんよね」
「大変だなあ、放送部」
「はは。あ、発声だけやっていい? うるさいかも」
「おー、気にしないぞ」
早瀬は教室の後ろの方に行くと、発声練習を始めた。といっても初っ端から声を出すわけじゃないらしい。三人そろって思わず早瀬の方を見てしまう。
発声練習って、いろいろやるんだなあ。でけえ声出したり、小さい声出したり、高かったり低かったり。剣道部の掛け声もなかなか迫力あるけど、発声練習も結構だなあ。ちらほら違う部員もやってきて、各々で発声練習をする。なんだか異様な空気だ。
「はー、お待たせ」
早瀬は水を飲みながらこちらにやってくる。
「何の儀式かと思った」
そう言えば、咲良も朝比奈も頷いた。
「初見だとびびるよなー。俺もビビった」
はは、と朗らかに早瀬は笑う。
「それにしても、先生遅いな?」
原稿を確認していた早瀬がふと顔を上げる。確かに、もうすぐ一時間になる。さすがに人を待たせておいて、忘れているということはないだろう。
「ああ、すまんすまん」
それから少しして、先生はやってきた。ずいぶん急いだようで、息を切らしている。
「大丈夫っすか」
「いや、それがだな……」
何でも、先生は先ほどまで職員室に連行されていたらしい。発表原稿を変えると突然言われて、それに関していろいろ意見してきたらしい。慣れないことはするものじゃない、と言って先生は深呼吸をして息を整える。
「と、いうわけで、もう少し原稿の準備に時間がかかる。先に昼飯を食っていてくれ」
「分かりました」
先生はまた職員室に向かうようだ。長引きそうな様子を察して、いったん抜けて、俺たちに伝えに来てくれたらしい。
「まあ、一時間もすればいいと思う」
漆原先生はありがたくも、昼飯の候補まで上げてくれた。
「近くにおすすめのたこ焼き屋がある。焼きそばやお好み焼きもあるから、行ってみるといい」
自分の住んでいる町とはいえ、知らないものはあるんだなあ。
アーケードへつながる小道の一つ、その途中にその店はあった。看板が掲げられてはいるが、ちんまりとした店である。気づかないものだなあ。食事スペースはなく、窓のようなところでは店主がたこ焼きを焼いていた。そこから買うらしい。
「おおー」
店主は老齢のご婦人で、手際よく焼いていく様子に咲良が歓声を上げる。
「何買う?」
「そうだなあ……」
店先に置いてあるメニュー表を見る。たこ焼きは十二個入り、焼きそばは普通のものと豚肉とシーフードのミックスのもの。どちらもソース味だ。お好み焼きはいろいろ種類がある。豚玉、シーフード、ミックス、麺入り……わあ、どれもうまそうだ。
「どうせならいろいろ買って、みんなで食おうぜ」
早瀬の提案に、当然、賛成する。
「おばちゃん、たこ焼き四パックと焼きそば普通の一つ、お好み焼きミックス一つください!」
「はいよ。若いとよく食べるねえ」
気持ちのいい早瀬のしゃべり方に、店主もにこにこと笑う。このコミュニケーション能力、見習いたい。
たこ焼きはひとつひとつは小さめで、透明のパックにぎゅうぎゅうに詰め込まれる。ハケでソースを塗り、細かいかつお節と青のりがかけられる。めっちゃうまそう。ここで食べたい。
その隣の鉄板で焼きそばとお好み焼きも作られていく。漂うソースの香りに、腹が鳴りそうだ。
「はい、お待たせ。たこ焼きはおまけを入れているよ。一パックに三個ね」
「ありがとうございます! また来ます!」
「いつでもおいでね」
学校に向かう足取りは、行きがけよりも少し早いような気がした。
夏休みの間、学食自体は営業していないが、場所だけは解放されている。すでに活動を始めている部活ばかりなので、席は選び放題だった。
なんでも漆原先生が飲み物を準備してくれていたようで、学食の冷蔵庫からおばちゃんが出してくれた。コップも冷えている。
「いただきます」
まずは……やっぱりたこ焼きだろう。
ぷわぷわとしていて、油っぽくない。熱々なので少しずつ食べる。ソースが濃すぎず、醤油っぽいコクがあっておいしい。かつお節と青のりの香りがいいなあ。モチモチ、トロリとした口当たりの生地も、出汁が効いていてうまい。
「この金額でこんだけうまいたこ焼きがこの量食えるって、お得だな!」
早瀬がうまそうにたこ焼きをほおばる。
「焼きそばもうまいな」
朝比奈は焼きそばが気に入ったようだった。
しっかり食感の残ったキャベツがうまい。麺もモチモチつるつるで、濃い目のソース味が食欲を増す。豚肉が結構大きくて食べ応えがある。紅しょうがもたっぷり入っているのがうれしい。
「ミックスのえび、人数分入れてくれてんだな」
と、咲良が嬉しそうに言った。
分厚くない、どちらかといえば薄めのお好み焼きだ。キャベツにイカ、えび、それに豚肉。いろんな具材のうま味が一つに合わさったお好み焼きは、おいしいに決まっている。キャベツの甘味にイカの噛み応え、えびもぷりっぷりで豚の味がそれらを邪魔しない。
そんで、そこにジュース。シンプルなサイダーがよく合う。
これうまいなあ。今度、別のも頼んでみよう。近いうちにまた買ってしまいそうだな。
「ごちそうさまでした」
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