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日常
第五百四十八話 肉の天ぷら
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テスト初日は、なんとなく新鮮な空気だ。引き締まった感じっていうか、シンプルに寒いのだろうか。休み時間には、出入り口とか窓とか開きっぱなしだもんなあ。頭がすっきりしていいもんだ。
「次の教科なんだっけ……」
黒板で次のテスト科目を確認して廊下に出る。次は数学かあ。
廊下には人がごった返している。ロッカー付近に人が少なくなってきたところで、自分の鞄に近寄った。水筒を取り出し、一口飲んだところで、理系の方から咲良がやってきた。
「はーるーと。調子どうよ」
「……こんなところに来てる暇あるのか、咲良」
「今更あがいても変わんねーよ」
咲良はそう言って、あっけらかんと笑った。確かに俺も、直前に色々見ることはないけども。
「次で終わりだよなぁ、文系は」
「あ、理系は一時間多いのか」
「そうなんだよ。めんどいけど、まあ、最終日に早く帰れるのはいいかなあ」
ということは、今日はとっとと帰らないと一時間、教室に缶詰めにされるということか。今のうちに片付けられるもんは片付けといたほうがいいな。ロッカーに置いていけるやつってどれだっけ。
国語で使う副読本やら日本史の資料集をロッカーに片付けていたら、咲良が言った。
「えー、春都、結構持って帰ってんだね。副読本とか使わんでしょ」
「使う使う。作者名とか作品名とか、教科書にないの出てくるし。範囲になってるからには、持って帰らんわけにはいかんだろ」
そう答えれば、咲良は少し驚いた様子で「そうなんだ」と言った。
「文系と理系の範囲の違いって、こういうとこに出るんだな。あんま変わんねぇと思ってた。ほら、副読本に載ってるのってかなり詳しいじゃん?」
「あーまあ、そうかな。意識したことなかった」
「すげぇね。春都、博識だな」
博識というか、一時期はまっていた漫画とかアニメが文学と関わりの深いものだったから、自然と覚えただけなんだよなあ……先生によっては、漫画もアニメも害悪だ! みたいな考え持ってるから、大声では言えないが。
決して後ろめたいわけでも、自分が悪く言われたくないわけでもない。好きなものを悪く言われるのが嫌なだけだ。分かり合えない人に、あえて言う必要もないだろう。
ま、そんな漫画やアニメのおかげで高得点をたたき出しているわけで、それはちょっと気分がいい。
「咲良のとこも次、数学か?」
「うん、範囲広いよ。嫌だよ」
「そうか、頑張れ」
「頑張る」
文句は言いながらも、頑張るしかないということは分かっているらしい。予鈴が鳴って、咲良は「じゃーなー」と言い、ゆらゆらと自分の教室に帰って行った。
本日最後の試験も終わり、あとは帰るだけだ。廊下から一番遠い席であるのがもどかしいが、帰れることに変わりはない。
今日は久しぶりに晴れている。吹く風は冷たいし日陰は寒いが、日が照るところは暖かい。まるで春のようだ。早く春、こねぇかなあ。寒いのも悪くはないんだけど、やっぱり、俺は春が好きだなあ。
「あっ、ちょうどよかった。おーい、一条ー」
背後から声をかけられ振り返る。車輪の音が聞こえたからたぶんそうだろうと思っていたが、やはり百瀬だった。百瀬は、自転車を押しながら小走りで来て、俺の隣に並んだ。
「おお、百瀬。どした」
「いやーちょっと話があって。というか、お願い? 確認?」
百瀬にしてはなんだか回りくどい言い方だ。それに、何かを企んでいるような笑み。素直に返事してはいけない気がする。
「なんだ」
「テスト最終日ってさ、なんか用事ある? 話したいことあるから、一組に来てほしいんだよねぇ」
「話? 今じゃダメなのか?」
聞くと百瀬は、へへっと笑った。
「貴志とか井上にも話したいし、三人まとめてさ」
「……ほう」
これはますます嫌な予感である。面倒ごとに巻き込まれなければいいのだが。
「まあ、予定は今のところ何も」
「よかったー!」
百瀬は食い気味に言うと、明るく笑った。
「いやあ、今回は運よく理系も文系も俺らも最終日は同じ時間に終わるからさー、話すならその日かなーと思って! 時間はそんなにとらないと思うから! じゃ、よろしくぅ!」
言い終わるや否や、百瀬はそそくさと帰って行ってしまった。なんだ、あいつ。あんなハイテンションな百瀬は初めて見るぞ。普段からまあまあ元気だが、あれは普段とは少々違う感じだ。
なんだろう、嫌な予感しかしない。
しかし、家に帰るとそんな嫌な予感もあっという間に吹き飛んでしまった。
「おかえりなさい。テストお疲れ様」
「ただいま」
「ご飯できてるよ」
ばあちゃんがご飯を作りに来てくれていたみたいだ。部屋中にいい香りが漂っている。
「早く着替えておいで」
「はーい」
今日はこれから出る用事もないので、例のもふもふパーカーを着ることにする。暖かいんだよなー、これ。
「いただきます」
肉の天ぷらにフライドポテト、厚揚げのみそ汁、ご飯。サラダもある。昼から豪華だなあ。
まずはやっぱり肉の天ぷらだろうな。久々だなあ。
衣はサクッと香ばしく、揚げたてなので熱々だ。ジュワッと染み出すのは味付けのにんにく醤油の風味と豚のうま味、肉汁だ。薄切りの豚肉だが、もっちもっちとした食感がたまらない。衣にもうま味が染みこんでいるから、うまいんだよなあ。
弁当に入ってる、冷めた肉の天ぷらもうまいけど、揚げたての威力は計り知れない。ああ、うまい。
フライドポテトは太めで、サクサクのほくほくだ。塩気が強めなのがうれしい。しょっぱさとジャガイモの風味、甘味のバランスが程よくて次々食べてしまう。
みそ汁に入っている厚揚げは薄く切られている。薄く切られた厚揚げが味噌汁の中にあるの、ワクワクするんだよなあ。ねぎの緑も鮮やかだ。一口飲めば、じんわりと温かさが広がっていって心地いい。厚揚げって、いいうま味が出るんだよなあ。もちろん厚揚げそのものもうまい。プルプルしたところとジュワッとしたところ、両方ともうまい。ねぎのさわやかさが効いている。
サラダでいったん落ち着く。うん、このドレッシングもうまいな。酸味があるから、口がさっぱりするんだ。レタスとキャベツ、トマトとの相性がいい。みずみずしさを際立て、レタスやキャベツの青さ、トマトの甘味を引き立てる酸味。細かい玉ねぎがいい味わいだ。
そんでまた肉の天ぷら。さっきより熱くはないが、ほんのり温かくて食べやすい。少ししんなりとした衣が肉の口当たりとよくなじんで、さっきよりもにんにく醤油や脂身のうま味がよく分かるようだ。これは白米が進む。
まあ、なんだ。なるようになれだ。こんなうまい飯が食えるのなら、俺は、たいていのことを乗り越えていける。
いやな予感なんて、何のその、ってな。
「ごちそうさまでした」
「次の教科なんだっけ……」
黒板で次のテスト科目を確認して廊下に出る。次は数学かあ。
廊下には人がごった返している。ロッカー付近に人が少なくなってきたところで、自分の鞄に近寄った。水筒を取り出し、一口飲んだところで、理系の方から咲良がやってきた。
「はーるーと。調子どうよ」
「……こんなところに来てる暇あるのか、咲良」
「今更あがいても変わんねーよ」
咲良はそう言って、あっけらかんと笑った。確かに俺も、直前に色々見ることはないけども。
「次で終わりだよなぁ、文系は」
「あ、理系は一時間多いのか」
「そうなんだよ。めんどいけど、まあ、最終日に早く帰れるのはいいかなあ」
ということは、今日はとっとと帰らないと一時間、教室に缶詰めにされるということか。今のうちに片付けられるもんは片付けといたほうがいいな。ロッカーに置いていけるやつってどれだっけ。
国語で使う副読本やら日本史の資料集をロッカーに片付けていたら、咲良が言った。
「えー、春都、結構持って帰ってんだね。副読本とか使わんでしょ」
「使う使う。作者名とか作品名とか、教科書にないの出てくるし。範囲になってるからには、持って帰らんわけにはいかんだろ」
そう答えれば、咲良は少し驚いた様子で「そうなんだ」と言った。
「文系と理系の範囲の違いって、こういうとこに出るんだな。あんま変わんねぇと思ってた。ほら、副読本に載ってるのってかなり詳しいじゃん?」
「あーまあ、そうかな。意識したことなかった」
「すげぇね。春都、博識だな」
博識というか、一時期はまっていた漫画とかアニメが文学と関わりの深いものだったから、自然と覚えただけなんだよなあ……先生によっては、漫画もアニメも害悪だ! みたいな考え持ってるから、大声では言えないが。
決して後ろめたいわけでも、自分が悪く言われたくないわけでもない。好きなものを悪く言われるのが嫌なだけだ。分かり合えない人に、あえて言う必要もないだろう。
ま、そんな漫画やアニメのおかげで高得点をたたき出しているわけで、それはちょっと気分がいい。
「咲良のとこも次、数学か?」
「うん、範囲広いよ。嫌だよ」
「そうか、頑張れ」
「頑張る」
文句は言いながらも、頑張るしかないということは分かっているらしい。予鈴が鳴って、咲良は「じゃーなー」と言い、ゆらゆらと自分の教室に帰って行った。
本日最後の試験も終わり、あとは帰るだけだ。廊下から一番遠い席であるのがもどかしいが、帰れることに変わりはない。
今日は久しぶりに晴れている。吹く風は冷たいし日陰は寒いが、日が照るところは暖かい。まるで春のようだ。早く春、こねぇかなあ。寒いのも悪くはないんだけど、やっぱり、俺は春が好きだなあ。
「あっ、ちょうどよかった。おーい、一条ー」
背後から声をかけられ振り返る。車輪の音が聞こえたからたぶんそうだろうと思っていたが、やはり百瀬だった。百瀬は、自転車を押しながら小走りで来て、俺の隣に並んだ。
「おお、百瀬。どした」
「いやーちょっと話があって。というか、お願い? 確認?」
百瀬にしてはなんだか回りくどい言い方だ。それに、何かを企んでいるような笑み。素直に返事してはいけない気がする。
「なんだ」
「テスト最終日ってさ、なんか用事ある? 話したいことあるから、一組に来てほしいんだよねぇ」
「話? 今じゃダメなのか?」
聞くと百瀬は、へへっと笑った。
「貴志とか井上にも話したいし、三人まとめてさ」
「……ほう」
これはますます嫌な予感である。面倒ごとに巻き込まれなければいいのだが。
「まあ、予定は今のところ何も」
「よかったー!」
百瀬は食い気味に言うと、明るく笑った。
「いやあ、今回は運よく理系も文系も俺らも最終日は同じ時間に終わるからさー、話すならその日かなーと思って! 時間はそんなにとらないと思うから! じゃ、よろしくぅ!」
言い終わるや否や、百瀬はそそくさと帰って行ってしまった。なんだ、あいつ。あんなハイテンションな百瀬は初めて見るぞ。普段からまあまあ元気だが、あれは普段とは少々違う感じだ。
なんだろう、嫌な予感しかしない。
しかし、家に帰るとそんな嫌な予感もあっという間に吹き飛んでしまった。
「おかえりなさい。テストお疲れ様」
「ただいま」
「ご飯できてるよ」
ばあちゃんがご飯を作りに来てくれていたみたいだ。部屋中にいい香りが漂っている。
「早く着替えておいで」
「はーい」
今日はこれから出る用事もないので、例のもふもふパーカーを着ることにする。暖かいんだよなー、これ。
「いただきます」
肉の天ぷらにフライドポテト、厚揚げのみそ汁、ご飯。サラダもある。昼から豪華だなあ。
まずはやっぱり肉の天ぷらだろうな。久々だなあ。
衣はサクッと香ばしく、揚げたてなので熱々だ。ジュワッと染み出すのは味付けのにんにく醤油の風味と豚のうま味、肉汁だ。薄切りの豚肉だが、もっちもっちとした食感がたまらない。衣にもうま味が染みこんでいるから、うまいんだよなあ。
弁当に入ってる、冷めた肉の天ぷらもうまいけど、揚げたての威力は計り知れない。ああ、うまい。
フライドポテトは太めで、サクサクのほくほくだ。塩気が強めなのがうれしい。しょっぱさとジャガイモの風味、甘味のバランスが程よくて次々食べてしまう。
みそ汁に入っている厚揚げは薄く切られている。薄く切られた厚揚げが味噌汁の中にあるの、ワクワクするんだよなあ。ねぎの緑も鮮やかだ。一口飲めば、じんわりと温かさが広がっていって心地いい。厚揚げって、いいうま味が出るんだよなあ。もちろん厚揚げそのものもうまい。プルプルしたところとジュワッとしたところ、両方ともうまい。ねぎのさわやかさが効いている。
サラダでいったん落ち着く。うん、このドレッシングもうまいな。酸味があるから、口がさっぱりするんだ。レタスとキャベツ、トマトとの相性がいい。みずみずしさを際立て、レタスやキャベツの青さ、トマトの甘味を引き立てる酸味。細かい玉ねぎがいい味わいだ。
そんでまた肉の天ぷら。さっきより熱くはないが、ほんのり温かくて食べやすい。少ししんなりとした衣が肉の口当たりとよくなじんで、さっきよりもにんにく醤油や脂身のうま味がよく分かるようだ。これは白米が進む。
まあ、なんだ。なるようになれだ。こんなうまい飯が食えるのなら、俺は、たいていのことを乗り越えていける。
いやな予感なんて、何のその、ってな。
「ごちそうさまでした」
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