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家主の距離が近すぎる
⑪
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「トーマス、きみは……下心があったの?」
「違う、って完全に否定できないな。ずっと前からきみを気に入ってた。それこそ2年前からだ」
2年前なんて、SNS上で交流していた時じゃないか。
まるで過去の伏線回収のような語り口に、鼓動が駆け足になる。
「きみは私が思っていたより若くて、小さくて、予想とまったく違っていたけど、きみと話して確信した。きみを心底気に入ってるんだって」
「あ、と、トーマス……」
「きみは、私と一緒に暮らすことに同意したから……きみも何か私に感じてくれているものだと思っていたんだ。パートナーだと認めてくれたし、キスだって嫌じゃないって」
「うっ……」
それは、オレが悪い。
というか、オレだって薄々気付いてた。自由の国アメリカ出身でいくら2年以上の仲だとしても、初対面で同居の誘いをするのは非常識だし、決定的だったのはあのキスだ。同性で、唇にキスなんてありえない。タイミングだって事故なわけなかった。脳裏をうっすら掠めたじゃないか、もしかしてトーマスはオレのことが好きなんじゃないか、と。
だけど、どうしたらいいのかわからなかった。彼は現状に満足している感じだったから。好きだとも、付き合ってほしいとも言われていないし、カミングアウトだってされてない。オレは彼とどう向き合ったらいいのか掴めないままとりあえず彼の傍で居心地のいい空気を吸っていた。
だったら、今は?
ゲイだとカミングアウトされて、付き合っている気でいたと、婉曲に好きだと言われて、どう咀嚼して飲み込んだらいい? そもそも飲み込むべきなのか?
オレは、トーマスのことをどう思ってる?
「ヘンリー」
「あっ……な、なに?」
「きみがもし、この生活を終わりにしたいなら言ってほしいんだ」
「なっなに……!?」
「私はきみをバディだと割り切って接することはできない。少なくとも一緒に暮らすならね。だからきみが私を避けたいなら」
「やめないよ!?」
「えっ」
脊髄反射のように飛び出した言葉に互いに驚き、二人の間に沈黙が流れた。
先に再起動したのはオレの方で、感情を一極に集中させた言葉をかみ砕き、ぼろぼろと零していく。
「や、やめないよ……気味悪くなんかない。オレはきみが悪いやつじゃないって知ってる」
「だけどそれは私の気持ちとは違うんだろう?」
「そっ………そうだ。きみの気持ちとは違う。だけど、やめたくない。お、オレは、ただ驚いただけなんだ……それで、すぐに全部受け入れることはできないってだけなんだ」
「それは私を期待させるだけだよ、ヘンリー。残酷だね」
「オレだってきみを気に入ってる!!」
平時声を上げて笑うこともないオレが大声をだしたことに面食らったのか、トーマスが後ろへ体を引いた。それがまるで精神の拒絶のように見えて、畳みかけるようにオレは前へ体を乗り出す。
「きみといたらオレは安心できる。家族以外で、唯一の人だ。きみとのキスが嫌じゃなかったのだって本心だ。ふ、雰囲気に流されたってのは認めるけど……」
なんとも言えない微妙な空気がどっかり横たわって、足にふんばりを利かせていないと重力に負けてしまいそうだった。
そんな空気をもろともせず、軽くステップを踏むようなトーマスの足音がすぐそばで止まる。大きな手が肩を上から下へ撫でる。
「………だったら、確かめてもいいかい?」
「へっ」
「キスしていい?」
「うぇっ!? あ、ちょ…………うん」
顔を上げても視線は下を向いて、トーマスの胸あたりをさまよっている。大きくて優しい手のひらが、割れ物に触れるようにそっと温度を共有して、低く掠れた声が名前を呼んだ。
血液の温度、鼓動の速さ、呼吸までも重なり合ったかのようだ。
たった2,3秒の感触が永遠のように思えた。
離れていく唇と柔らかな表情に寂寥さえ覚え、それらの感覚を味わい、体に循環させるようにゆっくりと息を吐く。
「どう?」
「どう、って……」
「なにか感じた?」
しっとりとした微笑みにしばらくの間、言葉を失う。感想を求められることは昔から苦手なのに、トーマスはオレがはっきり口にすることを要求してくる。
空気を求めて浮上するように口をぱくぱくみっともなく動かして、やっとの思いで言葉をひねり出した。
「し、心臓が破裂しそうだ……」
胸の中心から指の先までばくばくと激しくドラミングを響かせる心臓に視界までもぐらついているようだった。縋るようにトーマスを見上げる。
いつも優しく細められている瞼を少しだけ見開いた後、トーマスは口元に手をやって肩を震わせた。
「ははっ! ヘンリー、それは」
肩を震わせて、それからオレを見つめた。
「それはもう、合意だよ」
唇の感触が戻ってくる。くっつけ合わせる瞬間巡った色彩豊かな感情も。
ひとりぼっちで消えていくものだと思っていた世界に真正面から立ちはだかって、オレの視線も意識も全てかっさらっていったこの男が、オレを欲しいと言っていることが未だに現実だと思えない。夢のようだと思う。
夢のようだと、思ってしまった。
さほど長くかからない、なんなら過去最短の自問自答に観念したオレは、自分でも驚くほど簡単に表情を和らげることができた。
「うん。オレも、そう思うよ……」
こういった曲折あって、オレとトーマスは『お付き合い』することになった。正式なパートナーとなったのだ。
「違う、って完全に否定できないな。ずっと前からきみを気に入ってた。それこそ2年前からだ」
2年前なんて、SNS上で交流していた時じゃないか。
まるで過去の伏線回収のような語り口に、鼓動が駆け足になる。
「きみは私が思っていたより若くて、小さくて、予想とまったく違っていたけど、きみと話して確信した。きみを心底気に入ってるんだって」
「あ、と、トーマス……」
「きみは、私と一緒に暮らすことに同意したから……きみも何か私に感じてくれているものだと思っていたんだ。パートナーだと認めてくれたし、キスだって嫌じゃないって」
「うっ……」
それは、オレが悪い。
というか、オレだって薄々気付いてた。自由の国アメリカ出身でいくら2年以上の仲だとしても、初対面で同居の誘いをするのは非常識だし、決定的だったのはあのキスだ。同性で、唇にキスなんてありえない。タイミングだって事故なわけなかった。脳裏をうっすら掠めたじゃないか、もしかしてトーマスはオレのことが好きなんじゃないか、と。
だけど、どうしたらいいのかわからなかった。彼は現状に満足している感じだったから。好きだとも、付き合ってほしいとも言われていないし、カミングアウトだってされてない。オレは彼とどう向き合ったらいいのか掴めないままとりあえず彼の傍で居心地のいい空気を吸っていた。
だったら、今は?
ゲイだとカミングアウトされて、付き合っている気でいたと、婉曲に好きだと言われて、どう咀嚼して飲み込んだらいい? そもそも飲み込むべきなのか?
オレは、トーマスのことをどう思ってる?
「ヘンリー」
「あっ……な、なに?」
「きみがもし、この生活を終わりにしたいなら言ってほしいんだ」
「なっなに……!?」
「私はきみをバディだと割り切って接することはできない。少なくとも一緒に暮らすならね。だからきみが私を避けたいなら」
「やめないよ!?」
「えっ」
脊髄反射のように飛び出した言葉に互いに驚き、二人の間に沈黙が流れた。
先に再起動したのはオレの方で、感情を一極に集中させた言葉をかみ砕き、ぼろぼろと零していく。
「や、やめないよ……気味悪くなんかない。オレはきみが悪いやつじゃないって知ってる」
「だけどそれは私の気持ちとは違うんだろう?」
「そっ………そうだ。きみの気持ちとは違う。だけど、やめたくない。お、オレは、ただ驚いただけなんだ……それで、すぐに全部受け入れることはできないってだけなんだ」
「それは私を期待させるだけだよ、ヘンリー。残酷だね」
「オレだってきみを気に入ってる!!」
平時声を上げて笑うこともないオレが大声をだしたことに面食らったのか、トーマスが後ろへ体を引いた。それがまるで精神の拒絶のように見えて、畳みかけるようにオレは前へ体を乗り出す。
「きみといたらオレは安心できる。家族以外で、唯一の人だ。きみとのキスが嫌じゃなかったのだって本心だ。ふ、雰囲気に流されたってのは認めるけど……」
なんとも言えない微妙な空気がどっかり横たわって、足にふんばりを利かせていないと重力に負けてしまいそうだった。
そんな空気をもろともせず、軽くステップを踏むようなトーマスの足音がすぐそばで止まる。大きな手が肩を上から下へ撫でる。
「………だったら、確かめてもいいかい?」
「へっ」
「キスしていい?」
「うぇっ!? あ、ちょ…………うん」
顔を上げても視線は下を向いて、トーマスの胸あたりをさまよっている。大きくて優しい手のひらが、割れ物に触れるようにそっと温度を共有して、低く掠れた声が名前を呼んだ。
血液の温度、鼓動の速さ、呼吸までも重なり合ったかのようだ。
たった2,3秒の感触が永遠のように思えた。
離れていく唇と柔らかな表情に寂寥さえ覚え、それらの感覚を味わい、体に循環させるようにゆっくりと息を吐く。
「どう?」
「どう、って……」
「なにか感じた?」
しっとりとした微笑みにしばらくの間、言葉を失う。感想を求められることは昔から苦手なのに、トーマスはオレがはっきり口にすることを要求してくる。
空気を求めて浮上するように口をぱくぱくみっともなく動かして、やっとの思いで言葉をひねり出した。
「し、心臓が破裂しそうだ……」
胸の中心から指の先までばくばくと激しくドラミングを響かせる心臓に視界までもぐらついているようだった。縋るようにトーマスを見上げる。
いつも優しく細められている瞼を少しだけ見開いた後、トーマスは口元に手をやって肩を震わせた。
「ははっ! ヘンリー、それは」
肩を震わせて、それからオレを見つめた。
「それはもう、合意だよ」
唇の感触が戻ってくる。くっつけ合わせる瞬間巡った色彩豊かな感情も。
ひとりぼっちで消えていくものだと思っていた世界に真正面から立ちはだかって、オレの視線も意識も全てかっさらっていったこの男が、オレを欲しいと言っていることが未だに現実だと思えない。夢のようだと思う。
夢のようだと、思ってしまった。
さほど長くかからない、なんなら過去最短の自問自答に観念したオレは、自分でも驚くほど簡単に表情を和らげることができた。
「うん。オレも、そう思うよ……」
こういった曲折あって、オレとトーマスは『お付き合い』することになった。正式なパートナーとなったのだ。
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