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8章 記憶

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少し低い温度でお茶を入れる。
熱さで口が火傷しそうなお茶もいいけど、少しぬるいほうが疲れてる時にはいい。

長椅子に腰掛けているルーク様に、お茶を出す。
ルーク様は、ゆっくりと口をつけた。

「ふ、ぅー……。ああ、胃に染み渡って疲れが取れるようだな」
「ふふ。良かったです。今日は早く寝てくださいね」

わたしが笑ってそう言うと、ルーク様はわたしの顔を見てじっと見た。

「……? なんですか?」
わたしが首を傾げると、ルーク様もふっと笑った。
「オレも現金なものだな。胃が緩んだら、腹が減ってきた。食事は要らないと言ってしまったからなあ」

ルーク様は時計を見る。
もう、メイドは下がっている時間だ。
「あ、あの。簡単なもので良ければ、わたし作りましょうか?」

ルーク様が目を丸くして、わたしの顔をじっとみる。
「おまえ、サンドイッチの他にも、作れるものがあるのか?」
「えっ?」
わたしはまたサンドイッチを作ろうと思っていたので、ルーク様の期待に満ちた目に、なんて答えたらいいか、戸惑う。

「えーっと、出てきてからのお楽しみで……」
わたしは笑って誤魔化して、ルーク様の部屋を出た。

わたしの前世は貴族令嬢だったし、現世は裕福な商家の娘だ。
料理なんてあまりやったことはない。

サンドイッチはくらいは作れたが、他にレパートリーはなかった。

うーん。
どうしよう……。
お菓子なら少し作れるんだけどな。

あ! ホットケーキなら作れる!

厨房の中を探して、材料を揃える。
あまり甘すぎないように、注意して材料を計る。

そして、焦げないように気をつけて両面を焼いて、急いでルーク様のところに戻った。

「ルーク様! お待たせしました」
わたしはルーク様の前に、ホットケーキとナイフ、フォーク、それにバターと蜂蜜を置いた。
「あまり甘くなり過ぎないようにしてありますが、甘味が足りなければ蜂蜜を多めに掛けてくださいね」

わたしがどうぞと促しても、ルーク様はじっとホットケーキを見つめるだけだ。
あれ? ホットケーキ、嫌いなのかな……。
子どもの頃は召し上がってらしたと思うけど……。

「ルーク様?」
わたしはお盆を抱えて、不安になってルーク様に声を掛けた。
はっと、わたしが不安そうに見ていると気がついたルーク様は、すぐにナイフとフォークを持って、最初に何も掛けずにホットケーキを一口食べた。
その後、バターと蜂蜜を掛けて食べてから、またわたしの顔を見た。

……味見はしたはずなんだけど、お口に合わなかったのかな……。

「あの、どうかなさいましたか?」
「いや、……なんでもない」
「あの、まずかった…ですか?」
「いや、美味いよ。あの頃と同じように美味い」

わたしはホッとした。
ホットケーキだけに。なんちゃって。

ニコニコとルーク様が食べ終わるのを待って、食器を片付ける。
「お風呂はすぐ入られますか? お支度しましょうか?」
ルーク様は疲れた顔で少し笑った。
「おまえ、もう帰れ。風呂の支度もサリーがしてくれてある。オレもすぐに済ませて寝るから」

わたしは食器をワゴンに乗せた。
「はい。ルーク様」
そして、ワゴンを押してルーク様のお部屋を出る。

「ルーク様、おやすみなさいませ」
「ああ、ニーナ。おやすみ」

パタン。
わたしはドアを閉めた。
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