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春の国

気がつけば、春。

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『王の庭に足を踏み入れたのは、誰か』

……馬?
一瞬、白い馬が喋ったのかと思ったけど。違った。

見上げたら、白い馬には人が乗ってた。
そりゃそうか。いくらファンタジーでも馬はしゃべらないよな。


きらきら輝く金髪に、青と茶色の瞳。やたら整った顔。いい加減超絶美形には見慣れてきたような気がしたけど。それは気のせいだった。
よくもまあここまで系統の違う超絶美形が現れるもんだ。

ウルジュワーンがオリエンタル風超絶美形な王子様なら、こっちはコテコテな西洋風超絶美形な王子様といった感じだ。
ウルジュワーンは王様だけど。


ということは。
ここは、異世界で間違いないのかな? ウルジュワーンのいるとことは別の異世界に来たとか?

王子様みたいな服を着て、赤いマントを羽織ってる。
こんな格好して白馬に乗ってる人が、元の世界にいるだろうか。いや、いない。
俺が知らないだけで、もしかしたら探せばいるかもしれないが。もう、美形のレベルが違うのだ。

この美貌は、ファンタジー世界の生物でなければありえないと思う。


◆◇◆


「あの……、ここ、どこですか?」


超絶美形な白馬の王子様っぽい人は、俺を不審そうに見て。

『ここは”春の国ヴォーラ”。王の住まう城の私庭内である。本来ならば、無断で足を踏み入れた者は死罪なのだが』

ええっ!? そんなの知らないよ。
俺、自分の意思でここに来たわけじゃないのに!


『そなた、面白い顔をしているな。……ふむ、特別に赦そう』
「ひゃっ、」
腰をすくうようにして、ひょいと持ち上げられて。

気が付けば、馬の上に乗せられていた。


面白い顔って。ひどい。

俺は、普通だってば!
まあ、外国の人にしてみれば、鼻が低くて平べったい、面白い顔に見えるかもしれないけど。
稀少な、可愛い人扱いされて騒がれるよりはマシかな?


『そなた、名は? なんという』
「さ、斎藤、一……。イチ、です、」

馬に揺られて、舌を噛みそう。


王子っぽい人は、見事な金髪を風になびかせて。
悪戯っぽく、にやりと笑った。


『イチか。……わたしの名前はラグナル。”春の国”の、王だ』


白馬の王子様は。
王子じゃなくて、王様だった。

マジで!? ここの王様も若いな!


◆◇◆



理由はわからないが。
どうやら俺は、”夏の国”から、”春の国”に飛ばされてしまったみたいだ。

そうだよな。
あんなリアルなの、夢であってたまるか。


額の”印”が消えてしまった理由は、わかんないけど。

”夏の国”から来たことは、言わないほうがいいかもしれない。
仲、悪いっぽいし。


”夏の国”にいた時は、”春の国”のことをバラド・ラビーゥって言ってたけど。ラグナルはヴォーラって言ってたな。
もしかして、国によって、言葉が違うのかな?

どういう理屈か、ラグナルが何を言ってるかは、普通に理解できるけど。


『ほう、異世界から来たと?』
「だと、思います……」

わあ。
白と青のタイルで模様が描かれた床とか。綺麗にアールが描かれた門。装飾も細かい。

ここ、良い腕の左官がいるんだなあ。
良い腕の左官が減ったって嘆いてた山さんに紹介したいくらいだ。


『何故、ここが異世界だと思った?』
「だって、こんな超絶美形、元の世界で見たことないもん」

おお、絨毯もすごい。手が込んでそう。これも職人技だ。
金属製の靴で歩いても音を吸収するとか、ふっかふかなんだろうな。

俺、王に担ぎ上げられてるから、わかんないけど。


『そうか。……そなた、案外豪胆だな?』
何か、笑ってる。

「え、何が?」


◆◇◆


『兄上! どうしたのですか?』
『……肩のそれは?』

二人の男の声がして、見てみると。

金髪に青い目と、金髪に茶色の目の男。どちらも顔は王様に似てる。
兄弟かな?

二人はぽかんと口を開けて、俺を見ていた。


青い目の方が次男のイーヴァルで、茶色の方が三男のハーラルだそうだ。
やっぱり兄弟だった。

少子化で困ってるみたいなのに、三人兄弟とは。
ラブラブだな、前王。どうやら早死にしちゃったようだけど。


豪勢な、応接室みたいなところに移動して。

ラグナル王と俺は並んでソファーに、弟たちはそれぞれ椅子に座った。
何だろう、兄弟会議でも始まるのか?


『朝の散歩中、そこの森に落ちていたので、拾ってきた』

ラグナル王は二人の弟に言って。
俺の肩を抱き寄せた。

『同じような顔ばかりで見飽きてきたところだ。わたしはこれを正妃とする』


正妃?
……え? お妃さま? って。

王様の、奥さんってこと?


「だ、駄目! 俺には、心に決めた人が……!」
思わず肩を押しのけようとするけど。

う、動かない。すごい力だな!


『あ、兄上振られた』
『最速記録で振られた』

弟二人は容赦なかった。


ラグナル王は目を眇めた。
『……異世界にでも、婚約者を残して来たのか? 帰れるかわからんのだから、いいだろう』


一応。ここの世界にいるんだけど。
……いるんだよな? あれは、夢じゃないよな?

うう。
やはり、正直に言うべきか。


◆◇◆


こことは違う異世界にいたが。扉を開けたら夏の国にいた。
夏の国では俺の容姿が珍しかったようで、大勢人が集まってきて騒ぎになってしまったので、王様に保護されることになった。

色々あって。
今度は春の国に飛ばされたみたいだ、ということを説明した。


『しかし、”夏の国ソンメラ”に紫のウォーペンショールを持つ者が生まれたという報告は聞かないが……、』

ラグナルは手袋を外すと。
自分の右手の甲を、俺に見せた。

『”印”とは、こういうものだろう?』


手の甲に、赤い模様……?
太陽みたいな形をしてる模様を、葉っぱが囲んでるようなデザインだ。


「いいえ、額に楕円の形をした石のことを”印”って言ってました。俺のはダイヤ型で」
こんな感じ、と示してみせる。

『ふむ、確かにそれは”夏の国”での印の出方だが……』


んん?
今の、ひょっとして、嘘を言ってないか、カマかけられたのかな?

まあ、信じらんない話だもんな。疑うのもわからなくはないけど。
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