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そして、最終決戦。
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穴を抜けて、地獄界に着いた。
まるで卵が腐ったような、何かが焼け焦げたような。不快なにおいがする。
歩くと、地面がぐちゅりと音を立てる。
辺り一面、赤黒い、肉片が腐ったような地面が広がっている。
どこからか、うめき声が聞こえる。暗く、陰気な世界で。
瘴気で数メートル先が見えない。
不快、陰鬱、不安、醜悪。
ありとあらゆるマイナスな概念がここにはあるのだろう。
ここが、地獄界か。……テオは、本当に、こんな所で生まれたのか?
太陽のように笑う、この男には不似合いな。
『よくぞ戻ってきた、我が息子よ』
いつの間にか、数メートル先に男が立っていた。
見上げるほどの背、立派な体格。
長い赤茶の髪に、金の混じった緑色の目。黒い鎧を着けている。
顔立ちはがっしりして無骨だが。
そこはかとなく、テオに似ているような気もしないでもない。
これが。テオの?
『我は地獄界の王、ザカリア』
男は名乗った。
◆◇◆
地獄界の者の血を引いている、とは言っていたが。
王の息子だったのか!
それにはウルも驚いている様子だ。毛が逆立っている。
『強くなったな』
地獄の王は、目を細めた。
しかしそれは、親子の再会を喜ぶ笑みではなかった。
『戯れに人の子を攫い、犯したが。なかなか良い拾い物だったようだ』
どこかの世界から女を攫い、子を産ませ。
子には己の力が継承されていないと思い、人間界……エリノアに棄てたという。
あの世界で女は生きていけない。すぐに死んだだろう、と嗤った。
妻として愛した訳ではなく、弄んだだけだと。
テオの手が震えている。
怒りか。それとも。
怒りに飲み込まれては駄目だ。
感情に流された勢いで勝てるような相手ではない。冷静になれ。
そう思いながら、テオの手に触れると。
強く、握り返された。
……そうだ。
おまえの傍らには、俺がついている。
おまえの、伴侶だ。
『それは我への供物か? 天界のにおいがする』
テオは、俺を隠すように前に出た。
『……汚らわしい手で触れようとするな。俺の伴侶だ』
地獄の王は、それを鼻で笑った。
テオは剣を抜いて。
構えた。
『戻ってきた訳ではない。俺の名は、エリノアの勇者、ティボルト。……貴様を、討ち倒せし者だ』
地獄の王は、面白い、といった顔をした。
世にも邪悪な相だった。
『やってみろ。できるものならな』
◆◇◆
剣を、打ち合う音だけ聞こえる。
手の動きが見えない。
目が追いつかないくらいのスピードで、打ち合っているのだろう。
『強い』
ウルがごくりと喉を鳴らした。ウルの毛が逆立ってる。
まさか、ここまで強くなるとは、と呟いている。
ああ、強い。
テオは勇者だ。それでも驕らず、今までずっと鍛錬を積んできた。
二人とも、剣技は互角に見えるが。
体格も力も、地獄の王の方が勝っているように見える。
俺には、テオの勝利を、祈るしかない。
テオ。
『!?』
光が、辺りを包んで。
赤黒かった地面が、土に変わり、草木に覆われていく。
硫黄のようなにおいだった空気が、清浄になってゆく。
これは。
……俺の力か?
いや、天界の加護なのか。
『おのれ、場を浄化し、我が力を削ごうとは。邪魔をするな……!』
地獄界の王がこちらに刃を向けた。
凄まじい殺気を向けられ、動けなくなる。
圧倒的な、絶対的な力の差を知る。
ウルが俺の身を守るように、身体を巻き付けたが。
死を、覚悟した。
◆◇◆
『させるか……!』
地獄界の王の剣が俺に届く前に。
テオの刀が、王の胸を貫き。
突き出た剣先が見えた。
見事、心臓を狙い、一突きだ。
……勝ったのか?
王は、血の泡を吹き。
その巨体が、地に沈んだ。
巨体で隠されていたテオの姿が見えた。肩で息をしている。
その、テオの胸に。
王の剣が、突き刺さっていた。
地獄界の王は、心臓を刺された刹那。
俺に向けていた剣を、背後に向けたのだ。
刀を握っていたテオにはそれを避けようがなかった。
血を吐いて。
テオが、膝をついた。
「テオ!」
駆け寄って。
剣を引き抜いて、ヒールを。
……かけているのに。
テオの顔色は戻らない。
『……魂に、ヒビが入っている……これは、もう……』
ウルの耳が下がっている。
魂に、ヒビ? これはもう、何だって言うんだ。
まさか。手遅れだとでも言うのか?
そんな。
◆◇◆
地獄の王の攻撃は、魂をも傷付ける凄まじいものだった。
勇者の攻撃も、同じもので。
魂を両断された地獄の王は、復活どころか転生もかなわないだろう、とウルは言った。
つまり。
それは、テオも同じことではないのか?
『俺の魂が、この状態じゃ、……ちゃんと、帰れないかも、な』
テオの指が、自分の血で、模様を描いていた。
これは。
エリノアの城で見た、あの。異次元移動の陣。
『責任持って、帰してやる。……元の世界に、』
背に、手を回されるが。
あんなに力強かったテオの手が、力なく震えている。
『魔王、離れてろ。……じき、ここは崩壊するから、逃げるんだ』
『……死ぬなよ、勇者』
ウルは、青年の姿になった。
そして、俺たちの周囲に結界を張って。
魔法が発動するまではもつだろう、と言い。
『ゼンショー、短い間だったけど、楽しかった。……元気で』
ウルの姿が消えた。
……今までありがとう、ウル。優しい魔王。
まるで卵が腐ったような、何かが焼け焦げたような。不快なにおいがする。
歩くと、地面がぐちゅりと音を立てる。
辺り一面、赤黒い、肉片が腐ったような地面が広がっている。
どこからか、うめき声が聞こえる。暗く、陰気な世界で。
瘴気で数メートル先が見えない。
不快、陰鬱、不安、醜悪。
ありとあらゆるマイナスな概念がここにはあるのだろう。
ここが、地獄界か。……テオは、本当に、こんな所で生まれたのか?
太陽のように笑う、この男には不似合いな。
『よくぞ戻ってきた、我が息子よ』
いつの間にか、数メートル先に男が立っていた。
見上げるほどの背、立派な体格。
長い赤茶の髪に、金の混じった緑色の目。黒い鎧を着けている。
顔立ちはがっしりして無骨だが。
そこはかとなく、テオに似ているような気もしないでもない。
これが。テオの?
『我は地獄界の王、ザカリア』
男は名乗った。
◆◇◆
地獄界の者の血を引いている、とは言っていたが。
王の息子だったのか!
それにはウルも驚いている様子だ。毛が逆立っている。
『強くなったな』
地獄の王は、目を細めた。
しかしそれは、親子の再会を喜ぶ笑みではなかった。
『戯れに人の子を攫い、犯したが。なかなか良い拾い物だったようだ』
どこかの世界から女を攫い、子を産ませ。
子には己の力が継承されていないと思い、人間界……エリノアに棄てたという。
あの世界で女は生きていけない。すぐに死んだだろう、と嗤った。
妻として愛した訳ではなく、弄んだだけだと。
テオの手が震えている。
怒りか。それとも。
怒りに飲み込まれては駄目だ。
感情に流された勢いで勝てるような相手ではない。冷静になれ。
そう思いながら、テオの手に触れると。
強く、握り返された。
……そうだ。
おまえの傍らには、俺がついている。
おまえの、伴侶だ。
『それは我への供物か? 天界のにおいがする』
テオは、俺を隠すように前に出た。
『……汚らわしい手で触れようとするな。俺の伴侶だ』
地獄の王は、それを鼻で笑った。
テオは剣を抜いて。
構えた。
『戻ってきた訳ではない。俺の名は、エリノアの勇者、ティボルト。……貴様を、討ち倒せし者だ』
地獄の王は、面白い、といった顔をした。
世にも邪悪な相だった。
『やってみろ。できるものならな』
◆◇◆
剣を、打ち合う音だけ聞こえる。
手の動きが見えない。
目が追いつかないくらいのスピードで、打ち合っているのだろう。
『強い』
ウルがごくりと喉を鳴らした。ウルの毛が逆立ってる。
まさか、ここまで強くなるとは、と呟いている。
ああ、強い。
テオは勇者だ。それでも驕らず、今までずっと鍛錬を積んできた。
二人とも、剣技は互角に見えるが。
体格も力も、地獄の王の方が勝っているように見える。
俺には、テオの勝利を、祈るしかない。
テオ。
『!?』
光が、辺りを包んで。
赤黒かった地面が、土に変わり、草木に覆われていく。
硫黄のようなにおいだった空気が、清浄になってゆく。
これは。
……俺の力か?
いや、天界の加護なのか。
『おのれ、場を浄化し、我が力を削ごうとは。邪魔をするな……!』
地獄界の王がこちらに刃を向けた。
凄まじい殺気を向けられ、動けなくなる。
圧倒的な、絶対的な力の差を知る。
ウルが俺の身を守るように、身体を巻き付けたが。
死を、覚悟した。
◆◇◆
『させるか……!』
地獄界の王の剣が俺に届く前に。
テオの刀が、王の胸を貫き。
突き出た剣先が見えた。
見事、心臓を狙い、一突きだ。
……勝ったのか?
王は、血の泡を吹き。
その巨体が、地に沈んだ。
巨体で隠されていたテオの姿が見えた。肩で息をしている。
その、テオの胸に。
王の剣が、突き刺さっていた。
地獄界の王は、心臓を刺された刹那。
俺に向けていた剣を、背後に向けたのだ。
刀を握っていたテオにはそれを避けようがなかった。
血を吐いて。
テオが、膝をついた。
「テオ!」
駆け寄って。
剣を引き抜いて、ヒールを。
……かけているのに。
テオの顔色は戻らない。
『……魂に、ヒビが入っている……これは、もう……』
ウルの耳が下がっている。
魂に、ヒビ? これはもう、何だって言うんだ。
まさか。手遅れだとでも言うのか?
そんな。
◆◇◆
地獄の王の攻撃は、魂をも傷付ける凄まじいものだった。
勇者の攻撃も、同じもので。
魂を両断された地獄の王は、復活どころか転生もかなわないだろう、とウルは言った。
つまり。
それは、テオも同じことではないのか?
『俺の魂が、この状態じゃ、……ちゃんと、帰れないかも、な』
テオの指が、自分の血で、模様を描いていた。
これは。
エリノアの城で見た、あの。異次元移動の陣。
『責任持って、帰してやる。……元の世界に、』
背に、手を回されるが。
あんなに力強かったテオの手が、力なく震えている。
『魔王、離れてろ。……じき、ここは崩壊するから、逃げるんだ』
『……死ぬなよ、勇者』
ウルは、青年の姿になった。
そして、俺たちの周囲に結界を張って。
魔法が発動するまではもつだろう、と言い。
『ゼンショー、短い間だったけど、楽しかった。……元気で』
ウルの姿が消えた。
……今までありがとう、ウル。優しい魔王。
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