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一歩前へ

国王に会う

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サンチダージェの王城は小高い丘の上にあるようで、遠くからもその姿が見えた。
かなり立派な城だ。

規模は、うちの敷地よりもありそうだな。


国王なら、固定資産税などを支払わずに済むだろう。それは羨ましい。
誰だ、自分の家の財産を継ぐのに相続税が掛かる、などという理不尽な法律を考えた奴は。

などと腹を立てている間に、馬車は城門まで辿りついていた。
意外と早いな。


「リッキー様、ご到着!」
高らかに言われ。

座席から滑り落ちそうになった。


この男、王城の門兵にまで、愛称で呼ばせているのか。
いい心臓だな。


*****


「ようこそ我が国へ。ツガイ様」

そう言って恭しく礼をした王城の侍従長は、ルーベンという名の、立派なバネ髭を持つ老紳士だった。
ルーベン侍従長はパトリシオへ、まるで軽蔑するかのような視線を向けて。

「……いらっしゃいませ。リッキー様」
冷たい声だった。

王城の人まで愛称で呼ばせるような面の皮の厚い伯爵には呆れるばかりなのだろう。
気持ちはわかる。


近衛騎士に、謁見の間まで案内される。

謁見の間までの廊下には、赤い絨毯が敷かれている。こちらでもレッドカーペットなのか。
赤色を見ると興奮する作用があるのは異世界でも同じなのだろう。


謁見の間に入ると、両脇にずらりと兵や臣下らしき者達が並んでおり、正面に王座があった。

異世界も、元の世界の西洋にあるような城と見た目はそう変わりないのだな、と思った。
姿も似た、人間の住む空間だ。生活様式も似るのだろう。


王座には、目にも鮮やかな赤い髪をした美青年が座っている。

王の服も、騎士が着ている服にデザインが似ている。違いと言えば、肩章や胸、襟と袖口の飾りが多いくらいか。
バルーンのような袖口や、ちょうちんブルマに白タイツではないのか。

マントは毛皮とビロードのような生地で、宝石のついた金の王冠を被っているのは王様の服らしさがあるが。


そして。
実物は、アンブロージョ城にあった似姿よりもずっと美形に見えた。

誰もが思い描く理想の王子様、といった容姿だ。王様だが。


*****


「体調不良だったそうだな? 随分待たされたものだが。ようやく逢えて嬉しいぞ。私の愛しいツガイ殿。私がこの国の王、リカルド・ウィリアム・デ・アウカンターラ・イ・サンチダージェである」

国王は、王座からすっと立ち上がり。
まるで舞台役者のようにポーズを取って言った。

こちらに向けられた指先すら、計算し尽くされたような美しい動きである。


体調不良で遅れるということにしたのか。
確かに媚薬で体調がおかしくなったので、それも間違いではないのだろうが。


「名はなんというのだ? 我が愛しき君よ」

背筋がぞわぞわする。
役者でもないのに、このような言い方をする人種が存在するとは。

「……有栖川穂波と申します。有栖川は姓で名が穂波」
「ホナミか。……ふふ、容姿だけでなく、名も愛らしいのだな? 可愛い人」

心の中は猛吹雪ブリザードである。
この男、見た目は極上だが、中身が残念過ぎる。

実年齢も言うべきだっただろうか?


湖面のような青い目が、私の隣にいたパトリシオに移った。
「……送迎の任、ご苦労であった、リッキー。下がって良いぞ」

王様にまで、リッキーと呼ばせてるのか!

ある意味尊敬するぞ。その心臓。
それとも、幼馴染とかで、仲が良いからなのか……?


それに。
王の態度、どこか違和感がある。


*****


「ツガイ殿、」
パトリシオから、どこか不安そうな視線を向けられた。


そうだ。
王との結婚を、断らねばならなかった。

色々と想定外なことばかりだったので、つい傍観者的な気分になっていた。
自分のことだというのに。


「申し訳ないが、この度の縁談、お断りさせていただきたい」

「ん? 何故かな?」
王は、驚いた様子もなく小首を傾げている。断られることも想定内なのだろうか?


「まず一つ。勝手に召喚されても困る。私には私の生活があるので」

「元の世界には偽の魂が君の代わりをしてくれているし。何不自由ない生活を約束するよ?」
あらかじめ用意されていたように淀みない返答だ。


「この世界自体、元の世界よりも不自由なので、それは不可能ですね」
「そうかなあ?」
王は、にこにこしている。


「次に、”運命の番”だというなら何故ご自分で迎えに来てくれなかったのか」

「国王の仕事を放りだす訳にはいかない。国政は王の義務だからね」
確かにそうだが。

他人の人生を左右しておいて、それはないだろう。

まあいい。
先に言った二つは、それほど重要ではない。


*****


「一番の理由は。この世界で愛する人ができたので。貴方とは結婚できない」


「はて? 私よりも魅力的な男など、この世界に存在したかな?」
王は、肩を竦めて言った。

凄い自信家だな。ある意味尊敬する。


すう、と人差し指で自分の首を撫でて。
「私の求婚を断るのならば、罰として首を斬る……と言っても。気持ちは変わらないかな?」

「好きでもない相手と結婚するくらいなら、それでも構わない」

もしも王が本気でそう言ったとしても。
それが私の本心だ。


……何が”運命の番”だ。
少しも心が惹かれないではないか。
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