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恋人達の日

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『奏太。今日は何の日だか覚えてる?』
崇はいたずらっぽく笑ってみせた。


今日?
今日は、2月の……。

「あ。2月14日……Sanサン ValentinoヴァレンティノFestaフェスタ degli ディリinnamoratiインナモラティ……恋人達の日?」


昔、ローマだったかでバレンタインって名前の司祭が、結婚禁止令を出した王様にそむいて愛し合う男女を密かに結婚させていて。
当時キリスト教では禁止されてたし、司祭は命令違反ってことで処刑されたけど。

司祭が殉教したその日を、”恋人達の日”と呼ぶようになったとか。


日本では、いつの間にか女の人がチョコをあげる日になってて。
最近はそれだけじゃなく、友チョコとか流行らせようとしてるんだよね。

広告会社も色々売り方を考えるなあ。
でも本来は、男性が、愛する人に花を贈る日、なんだっけ。


*****


Ben fattoよくできました。花は先ほど母君に渡してしまったけれど、こちらは日本式に。Buon ブォンSan・サン・ Valentinoヴァレンティノ!』
バレンタインおめでとう、って言って。

渡されたのは、チョコレートだ。

ヴァレンティーノの銘が入ってる。
これ、飛行機で食べたのがすごく美味しかったから。

日本でも買えるかな、って検索してみたら。

日本の直営店では常に入荷待ち状態で。
代行輸入でも滅多に手に入らないものだって知って、残念だったけど。

ファーストクラスで出されるレベルのチョコだし仕方ないかって諦めてたんだ。

Grazie グラッツェdi  ディcuoreクオーレ!」
心からありがとう、と言って崇に抱きついた。


『おや、嬉しいのは私の来訪かな? それとも私の持参したチョッコラート?』
おどけたようなポーズを取った。

entrambiどっちも! ……Sto sche冗談rzandoですGrazie di来てくれて essereありが venutiとう
『逢いたかった。……愛してるよ、Cuore私の mio心臓

君が居ないと私の心臓は鼓動を刻まない、生きている気がしない、とか。
甘く囁かれてしまう。

うう。
恥ずかしいのに。

なんかもう、これ、中毒になりそう。


「ここは日本なんだから、日本語で話そうぜー」
晃司義兄さんはやさぐれていた。

あ、まだいたんだ?

「ヴァレンタインのプレゼント、皆さんの分も持って来てあるので、どうぞ。……私は愛する人の心の憂いを、晴らさなければいけない。暫し二人の時間が欲しいので、席を外していただきたいのだが」

崇。
そんなことのために。

忙しい中、わざわざここまで来てくれたの……?


「気付いたことは褒めてやるけど……俺の可愛い弟を泣かしたら、許さないからな?」
晃司義兄さんはそう言って。

僕の部屋を出て。
パタパタとスリッパの足音を立てながら階段を降りて行った。


*****


『随分弟思いな義理の兄コニャートだね?』
崇は片眉を上げて、扉の方を見た。

「ここのうちはみんな、末っ子に甘いんだよ。もうすぐ末っ子じゃなくなりそうだけどね」
『ああ。……新しい家族が生まれたら、お祝いを贈らなくてはね』
さすがに理解が早い。


崇は僕と一緒に、僕のベッドに腰掛けた。
「仕事、忙しいんじゃないの? 疲れたような顔してるよ?」

『やつれたように見えるなら、それは君が居ない寂しさのせいだ。君の気配を隣りに感じながら目覚めた、あの幸福な日々を思い出しては涙に暮れているのだから。奏太という名の幸せには中毒性があるようでね。一度その蜜の味を知ってしまうと、求めずにはいられなくなる』

最初の予定では、20歳になるまでは待つつもりだったのに。

再会して。
顔を見て、声を聞いて。

その甘い肌を知った以上、18歳の誕生日すら待てなくて。卒業式の日には攫ってしまおうとしているのだから、って。

囁きが甘すぎる……。

さっきまで見せていた翳りはすっかり消えていた。
……元気になったようで何よりだよ。


崇は、もしヴァレンティーノ・カンパニー代表取締役の妻の座が重荷で、悩んでいるのなら。
カンパニーの代表取締役を後継者に譲って、すぐに辞めてもいい、と言った。

『ファミリアの首領の座は、まだ後継者が生まれてないので難しいが。君が望むなら、どんな難関でも突破してみせよう』

「え、そんなの駄目だよ。せっかく頑張って、ボスになったんだよね。崇のおかげで、世界的に有名な企業になったんでしょ?」

『元々君を手に入れるために、一家の者達に文句を言わせない立場になることだけが目的で得た地位だ。それで君が萎縮してしまうなら、何の意味もない。本末転倒になってしまう』
崇は僕の左手を取って。

何もつけていない薬指に口付けた。
『……Nienteニエンテ è troppoトロッポ per teペル テ


君のためなら何も惜しくはない。

きっぱり言い切っちゃえるんだ。
立場より、身分より。

何よりも大切なのは、僕だけなんだって。


*****


心から愛おしい、と。
言葉よりも雄弁に告げてくるその瞳を見ていたら。

自分なんか崇に相応しくない、と悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなってくる。


Ti amoティ アモ per comeペル コメ  seiセイ
そのままの君を愛している、って。

何度も言ってくれたのに。
僕も、肩書きなんか関係なく、そのままの崇を見るべきだったのに。


元々僕だって。
崇がマフィアだから、大企業の取締役だったから、頑張ってイタリア語を勉強して、会いに行った訳じゃない。

それはみんな、後から知ったことだし。

たとえ貧乏画家とか、売れないミュージシャンだったとしても。
逢えて良かったって思うに決まってる。

……崇なら、絵でも歌でも何でも器用にこなして大成しそうではあるけど。


思えば、子供の頃から天才の片鱗は見せていたような。

僕をあやすのに、編みぐるみとか作ってくれてたんだよね。
手先も器用だったなあ。

あの監禁部屋の鎖も、崇が編んだんだったりして。まさかね。
……鎖といえば。


「あ。……見えないとこに、いつもつけてるよ。ほら」
贈られたアンクレットを靴下を脱いで、見せた。

抱擁と、キスの代わりだって。

本当はずっと鎖で繋いで閉じ込めてしまいたいほど、側にいたいって気持ちも。
こうして受け取ってたのに。


バカだよね。
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