「貴方に心ときめいて」

華南

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31話

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「エレーヌお嬢様?」

急に黙り込む私を案じるマリーナの声で我に帰る。

「だ、大丈夫よ。
ちょっと考え込んでいただけ……」

気持ちを落ち着かせようと首元にあるペンダントに触れようとして、血の気が一気に引いていく。
オリバー兄様からの誕生日プレゼントのペンダントが無くなっている。
昨日の夜までは確かにあった。

夕方、散策に行く時にも着けていた。

(もしかしてあの庭園で無くした……)

月下美人が咲き誇るあの庭園に探しに行けばきっとある筈……。
ううん、きっと。
オリバー兄様からの大切なペンダント。

(さ、探さないと……)

焦る気持ちが私を無謀にさせる。
昨日の庭園に落ちている可能性なんてもしかしたら無いかも知れない。
だけどあの庭園以外には考えられない。

ルーファンに強引に抱き締められ唇を奪われた……。
急に思い出し、ぼぼぼと羞恥心で顔が真っ赤に染まる。

ファーストキスである。

エレーヌにとっては。
勿論、紗雪の時だって、キスなんて……。

(そ、そうキスなんて記憶に無い。
だって誰とも交際経験は無かった……)

と思い浮かぶ言葉に違和感を感じる。
違う、そうでは無い。
ルーファンにされた情熱的なキスを誰かから受けていた……。

ルーファンの瞳を見ていて私は何かを思い出そうとしていた。
心の奥深く鎮めた記憶の扉を開こうとしていた。

哀しい、記憶の扉を。

(変な紗雪。
派遣で働いていた会社で運良く常勤へと雇用されて、仕事三昧で過労死したとしか思えない悲惨な人生で。
それ以上に何か変化のある人生を歩んでいたの?
一柳さんしか淡い想いを抱く事しか無い、恋愛と言ったらシミュレーションである「貴方に心ときめいて」で疑似恋愛をして日々の生活の肥やしとして生きてきた。
余りに凡庸で面白みの無い)

と、思った途端、ふと、目の前に浮かぶ花壇。
隣のビルの屋上にあった。
隣のビルの掃除の派遣のおばさんと懇意になって、おばさんが花壇にこっそりと招いてくれて。
仕事の合間に息抜きとして時折、綺麗な花壇を心ゆくまで堪能していた。
綺麗に咲き綻ぶ花々の甘い香りにうっとりして、つい……。

(「何て甘い香り……」って呟いた時、私は。
誰かとその花壇で出会っていた)

過去の記憶を手繰ろうとして必死になっていた私は気付いていなかった。
既に昨日の庭園に到着していた事を。

(あれ?)

目の前に広がる光景に私はつい自分の目を疑った。
昨日の夜、あれ程見事に咲き誇っていた月下美人の花々が萎み、昨日の華やかな姿は見る影も無かった。

(一夜限りの夢だったの?)

幻想的な月下美人の花々に囲まれて私はルーファンに出会い、いきなり唇を奪われた。

「貴方に心ときめいて」のヒロインリリアンヌの時には無かったルーファンとの出会い。

(もしかしたらあれも月下美人の花が見せた幻かな……)

もしそうだったら、ほっとする自分と落胆する自分が存在して。
不可思議な気持ちの感覚に落ち着かない。

(ルーファンなんて、生前の紗雪の好みからかなりかけ離れているのに。
ルーファンは「貴方に心ときめいて」の中で断トツの美形だから正直、気後れしてしまう。
それに母親であるマルグリットがラルフの母親を正妃の座から退かせる為に、毒を何年かにかけて服用させ殺害した。
稀代の悪女である母親の息子として生を受けたルーファンの幼児期は暗くて物悲しくて。
またルーファンも性格が意地悪で陰険で高圧的なら絶対に好きにはならないのだけど、これがまた涙を誘うキャラで。
母親マルグリットとは真逆の、王座には興味も望みも抱かない。
愛する女性とひっそりと静かに愛を深めて生きていきたい、そんな清廉で純粋な恋愛を求める孤高なキャラだから、一部のファンから熱烈に愛されて。
ルーファンファンのプレイヤーさんは結構激しくて、こほん、盲目的な愛を捧げる一途な方が多かった。
またルーファンとの親密度が上がれば、ルーファンったらヒロインであるリリアンヌの為に王座を望もうとするのよね。
リリアンヌはただただルーファンの側にいるだけで幸せだと伝えるのに、自分に自信を持てないルーファンはつい、王座を求めてしまう。
幼少期の暗い過去がルーファンを疑心暗鬼にさせるの。
「暁の王太子」である兄ラルフに多大なるコンプレックスを抱くルーファンは、ラルフがリリアンヌに愛を捧げたら自分はリリアンヌの愛を永久に失うと思い悩み、母親と同じ道に走ろうとするの。

うーん、ルーファンの暴走も結構、怖い。

リリアンヌが真実の愛でルーファンの心を癒し兄であるラルフとの対立もリリアンヌの涙ながらの訴えで和解するの。

ああ、愛って偉大なのね、とまあ、ルーファン攻略で恋愛の美しさについて学んだわ。
後、ルーファンって隠れヤンデレ?とかちょっと思ったり。
一途に愛を捧げられるのは嬉しいけど、愛が重いとか……。

そして、しみじみと思ってしまった。

私には縁遠い世界だわって。
こんな綺麗な男性に出会う事もここまで一途に激しく愛される事も無いって。
現実味の無い、だからこそ美しいって勝手に盛り上がってプレイしていたっけ)

なんか深々とルーファン攻略を思い出していた。

「見つからない。
余り遅くまで散策していると、マリーナ達が心配して大騒ぎになる。
ど、どうしよう……」

見つからないペンダントに思わず涙声で呟いてしまう。
ルーファンにファーストキスを奪われたハプニングに、大切なペンダントの紛失。

(オリバー兄様……)

心の中で兄であるオリバーに謝罪の言葉を浮かべていると、ふわりと薫るフレグランスに、とくんと鼓動が鳴る。

(え、この薫りは)

心拍数が上がっていく。
ドキドキドキドキ、と早くなって落ち着かせるのに必死で……。

「ルーファン様……」

零れる言葉にルーファンが私を見詰める。

目の前にルーファンがいる。
突然のルーファンとの再会に動揺した私は、その場から退く事が出来なかった。
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