「貴方に心ときめいて」

華南

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50話

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(俺は久保紗雪に恋をしていた……)

気付かされた思いは俺を愕然とさせるに充分であった。
驚愕とも言える真実。
だから、俺はずっと心に燻らせていたのか?
久保紗雪に対する、不確かな思いを。

(紗雪……)

あの日、お菓子のお礼を告げる紗雪が何故か、可愛く感じて。
いつの間にか颯斗が俺の意識を奪ったのでは無いかと、錯覚してしまう程に、俺は緊張を強いられた。
躊躇いながら、でも、自分の意思でしっかりと告げた。
また、あの、珈琲を淹れて欲しい。
今度は俺の為に……。

疎らなピースが一つずつ嵌っていく。
何故、あんなにも倫子に言い訳がましく言ったのか。
何故、彼女をあんな風に蔑める言葉で吐き捨てたのか。

何故……。

知られたく無かった。
無意識に惹かれている自分。
気付かないふりをしていた。
淡く灯った想いに。
確実に大きくなって、自分の感情を覆そうとしている事に。

颯斗と同じ女性に惹かれている。
颯斗と同じ想いを抱いてもし、愛してしまったら。
俺が選ばれる事なんて、無い……。

優秀な颯斗と、落ちこぼれな、俺。

社会的に手に入れた今の地位だって、全ては与えられらものであって俺の力で得たものでは無い。
反発しながらも最後には父親の言葉に従った。
従順に生きる事で、己の価値を見出そうとしていた。
母親との離婚、再婚した家庭で俺はいつも疎外感を抱き生きてきた。

愛された記憶は母との思い出だけ。
颯斗との関係も、俺が一方的に撥ね付けていた。
颯斗との間に流れる兄弟の絆が鬱陶しかった。
優しくて穏やかで全てに於いて完璧な颯斗。

俺には毎日、劣等感を抱く事を余儀なくされて心に深い傷を刻まされて。
皮肉な事に、あの女の子供は颯斗には及ばないが優秀な男に成長した。
父親が望む生き方が出来る、模範的な義弟。

俺には最後まで、父親が望む生き方が出来なかった。
最後の一線で、人としての感情が勝ってしまった。

だから、俺の人生の幕引きは……。

(ああ、思い出そうと頭に靄がかかって思い出せない。
久保紗雪の最後を嘆き哀しむ颯斗を、感情の無い目で見詰めていて、それから……)

ズキズキと頭痛がしてくる。
ひやり、と背中に冷たい汗が流れる。
何かが、あの時起こった。

久保紗雪の死が発端となり、全てが動き出して……。

「あ、あああ、何、この痛み……
だ、誰か助けて!
い、痛いの、頭が割れそうに痛いのっ!」

急に叫びだすマリーベルにジェラルドの意識が覚醒する。
過去に思いを巡らせていたジェラルドは意識を正し、マリーベルの異変に直ぐに駆け寄り蹲るマリーベルを抱き上げる。

「マリー、マリーベル!」

「ああ、お兄様っ!
な、なんなの、き、急に頭が割れそうに痛いの……」

涙をボロボロ流しながら痛みを訴えるマリーベルを、ジェラルドは控えていた侍女に直ぐに医師の手配を言い付ける。

「大丈夫だ、マリーベル。
医師を呼んだから直ぐに楽になる」

「ジェラルドおにい、さま……」

激しい痛みに耐えかね発狂していたマリーベルの意識が、突然、プツンと途切れてしまう。
苦渋に満ちた顔が息苦しさに忙しく息を吐くマリーベルに、一抹の不安をジェラルドに抱かせる。

ふと、マリーベルの姿が歪んで見える。
一瞬、頭痛による後遺症での歪みかとジェラルドは目を瞬くが一向に治る気配は無く。

(な、なんだ、この現象は?
マリーベルの姿がブレて視える……)

「マリーベル……」

ジェラルドの腕の中で意識を失ったマリーベルを、呆然として見つめる。
自分の目の錯覚かと何度もマリーベルを見入っても、変わる事なく現象は続いている。

(まさか、マリーベルも……)

自然と出た言葉にジェラルドは懊悩する。

お前も、俺と同じく転生者、なのか。

呟くジェラルドの目に、確かに映る姿は……。

(何故、お前がこの世界に……)

この世界の姿では無い、嘗ての己が見知っていた姿で、マリーベルは眠っていたのであった。
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