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第6話 王太子の苛立ち
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第6話 王太子の苛立ち
王宮の朝は早い。
まだ空が完全に明るくなる前から、侍従たちは動き始める。
書記官たちは書類を整理し、侍女たちは王族の部屋の準備を整え、騎士たちは警備の交代を行う。
王太子アドリアンの執務室でも、すでに仕事が始まっていた。
大きな机の上には書類が山のように積まれている。
外交報告。
税収の資料。
貴族の申請書。
王立学園の予算案。
アドリアンはその山を見て顔をしかめた。
「……多すぎる」
机の前に立つ側近が答える。
「通常の量でございます」
「嘘だ」
アドリアンは苛立った声で言う。
「こんなにあるはずがない」
側近は黙った。
実際、量は変わっていない。
むしろ減っているくらいだ。
だがアドリアンにはそう感じられなかった。
なぜなら、今までこの仕事の多くを整理していた人物がいたからだ。
アルシェラ・ヴァルディア。
彼女は王太子の婚約者として、表に出ない形で多くの役割を担っていた。
書類の優先順位。
貴族の人間関係。
誰に会うべきか、誰を避けるべきか。
それらをさりげなく整えていた。
しかしアドリアンはそれを深く意識したことがなかった。
だから今も、ただ苛立つだけだった。
「この外交報告は何だ」
彼は書類を持ち上げる。
「隣国の使節団の件でございます」
「読む必要があるのか?」
「一応、殿下の判断が必要です」
アドリアンは舌打ちした。
「後でいい」
書類を机に戻す。
「それより、今日の予定は?」
側近が手帳を開く。
「午前は外交官との面談」
「面倒だな」
「午後は貴族との茶会です」
「茶会?」
アドリアンは眉をひそめる。
「そんな予定あったか」
側近は答える。
「はい。以前から決まっていたものです」
「……」
アドリアンは少し考える。
以前の茶会。
そういう場には必ずアルシェラがいた。
貴族夫人や令嬢たちと会話をし、空気を整え、
誰がどの派閥かを自然に把握していた。
だが今、その役割をする人物はいない。
アドリアンは手を振る。
「中止だ」
側近が驚く。
「ですが、すでに貴族たちが――」
「別の日にすればいい」
アドリアンは言い切った。
「今は忙しい」
側近はそれ以上言えなかった。
しかし問題はそれだけではない。
執務室の扉がノックされる。
「殿下」
侍従が入ってきた。
「ノエリア様がお見えです」
アドリアンの表情が少し和らぐ。
「通せ」
扉が開く。
ノエリアが入ってくる。
淡い桃色のドレス。
柔らかな笑顔。
彼女は少し不安そうに言った。
「お忙しいところ申し訳ありません」
アドリアンは椅子から立つ。
「気にするな」
彼は彼女の前へ歩く。
「どうした?」
ノエリアは少し戸惑ったように言う。
「侍女から聞いたのですが……」
「何を?」
「今日、茶会があると」
アドリアンは顔をしかめる。
「中止にした」
ノエリアは驚いた。
「え?」
「面倒だからな」
アドリアンは軽く言う。
「どうせ大した話はない」
ノエリアは少し黙った。
そして小さく言う。
「でも……」
「何だ」
「私、王太子妃になるのですよね」
アドリアンは頷く。
「そうだ」
「なら、そういう場に出る必要があるのでは……」
その言葉に、アドリアンは少し不機嫌になる。
「今は必要ない」
「でも」
「ノエリア」
彼は声を少し強くする。
「無理をする必要はない」
ノエリアは黙った。
アドリアンは優しい声で言う。
「君は今まで苦労してきた」
「しばらくはゆっくりすればいい」
その言葉は優しかった。
だが側近は横で黙っていた。
本来なら、王太子妃になる女性は社交の場に慣れていかなければならない。
貴族との関係は重要だ。
しかしアドリアンはそれを考えていない。
ノエリアは小さく頷いた。
「……はい」
だがその時。
侍従が再び部屋に入る。
「殿下」
「何だ」
「本日の外交官の面談ですが」
「まだか?」
侍従は困った顔で言う。
「外交官の方が……」
「どうした」
「アルシェラ様がおられないのか、と」
執務室の空気が止まった。
アドリアンの顔が変わる。
「……何だと」
侍従は慌てて言う。
「以前の面談では、アルシェラ様が同席されていたので」
アドリアンは舌打ちした。
「関係ない」
彼は立ち上がる。
「私が行く」
そう言って執務室を出ていく。
だがその背中は、どこか苛立っていた。
そしてその頃。
遠く離れた街道では、一台の馬車が王都を離れて進んでいた。
アルシェラ・ヴァルディア。
彼女を乗せた馬車は、静かに北へ向かっていた。
王宮の朝は早い。
まだ空が完全に明るくなる前から、侍従たちは動き始める。
書記官たちは書類を整理し、侍女たちは王族の部屋の準備を整え、騎士たちは警備の交代を行う。
王太子アドリアンの執務室でも、すでに仕事が始まっていた。
大きな机の上には書類が山のように積まれている。
外交報告。
税収の資料。
貴族の申請書。
王立学園の予算案。
アドリアンはその山を見て顔をしかめた。
「……多すぎる」
机の前に立つ側近が答える。
「通常の量でございます」
「嘘だ」
アドリアンは苛立った声で言う。
「こんなにあるはずがない」
側近は黙った。
実際、量は変わっていない。
むしろ減っているくらいだ。
だがアドリアンにはそう感じられなかった。
なぜなら、今までこの仕事の多くを整理していた人物がいたからだ。
アルシェラ・ヴァルディア。
彼女は王太子の婚約者として、表に出ない形で多くの役割を担っていた。
書類の優先順位。
貴族の人間関係。
誰に会うべきか、誰を避けるべきか。
それらをさりげなく整えていた。
しかしアドリアンはそれを深く意識したことがなかった。
だから今も、ただ苛立つだけだった。
「この外交報告は何だ」
彼は書類を持ち上げる。
「隣国の使節団の件でございます」
「読む必要があるのか?」
「一応、殿下の判断が必要です」
アドリアンは舌打ちした。
「後でいい」
書類を机に戻す。
「それより、今日の予定は?」
側近が手帳を開く。
「午前は外交官との面談」
「面倒だな」
「午後は貴族との茶会です」
「茶会?」
アドリアンは眉をひそめる。
「そんな予定あったか」
側近は答える。
「はい。以前から決まっていたものです」
「……」
アドリアンは少し考える。
以前の茶会。
そういう場には必ずアルシェラがいた。
貴族夫人や令嬢たちと会話をし、空気を整え、
誰がどの派閥かを自然に把握していた。
だが今、その役割をする人物はいない。
アドリアンは手を振る。
「中止だ」
側近が驚く。
「ですが、すでに貴族たちが――」
「別の日にすればいい」
アドリアンは言い切った。
「今は忙しい」
側近はそれ以上言えなかった。
しかし問題はそれだけではない。
執務室の扉がノックされる。
「殿下」
侍従が入ってきた。
「ノエリア様がお見えです」
アドリアンの表情が少し和らぐ。
「通せ」
扉が開く。
ノエリアが入ってくる。
淡い桃色のドレス。
柔らかな笑顔。
彼女は少し不安そうに言った。
「お忙しいところ申し訳ありません」
アドリアンは椅子から立つ。
「気にするな」
彼は彼女の前へ歩く。
「どうした?」
ノエリアは少し戸惑ったように言う。
「侍女から聞いたのですが……」
「何を?」
「今日、茶会があると」
アドリアンは顔をしかめる。
「中止にした」
ノエリアは驚いた。
「え?」
「面倒だからな」
アドリアンは軽く言う。
「どうせ大した話はない」
ノエリアは少し黙った。
そして小さく言う。
「でも……」
「何だ」
「私、王太子妃になるのですよね」
アドリアンは頷く。
「そうだ」
「なら、そういう場に出る必要があるのでは……」
その言葉に、アドリアンは少し不機嫌になる。
「今は必要ない」
「でも」
「ノエリア」
彼は声を少し強くする。
「無理をする必要はない」
ノエリアは黙った。
アドリアンは優しい声で言う。
「君は今まで苦労してきた」
「しばらくはゆっくりすればいい」
その言葉は優しかった。
だが側近は横で黙っていた。
本来なら、王太子妃になる女性は社交の場に慣れていかなければならない。
貴族との関係は重要だ。
しかしアドリアンはそれを考えていない。
ノエリアは小さく頷いた。
「……はい」
だがその時。
侍従が再び部屋に入る。
「殿下」
「何だ」
「本日の外交官の面談ですが」
「まだか?」
侍従は困った顔で言う。
「外交官の方が……」
「どうした」
「アルシェラ様がおられないのか、と」
執務室の空気が止まった。
アドリアンの顔が変わる。
「……何だと」
侍従は慌てて言う。
「以前の面談では、アルシェラ様が同席されていたので」
アドリアンは舌打ちした。
「関係ない」
彼は立ち上がる。
「私が行く」
そう言って執務室を出ていく。
だがその背中は、どこか苛立っていた。
そしてその頃。
遠く離れた街道では、一台の馬車が王都を離れて進んでいた。
アルシェラ・ヴァルディア。
彼女を乗せた馬車は、静かに北へ向かっていた。
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