婚約破棄ですか?結構ですわ。ですが違約金は国家予算になります

しおしお

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第7話 アルシェラの出発

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第7話 アルシェラの出発

王都の北門は、朝の光の中で静かに開かれていた。

石造りの巨大な門は、王国の中心である王都と外の世界を隔てる境界だ。
早朝には商人の馬車や農民の荷車が通り、昼になると旅人や使者が出入りする。

その門を、今一台の馬車がゆっくりと通ろうとしていた。

ヴァルディア公爵家の紋章がついた馬車だった。

御者が手綱を軽く引き、門番に合図を送る。

門番は紋章を確認し、すぐに道を開けた。

「ヴァルディア公爵家の馬車、通れ」

低い声が響く。

門がゆっくりと開いた。

馬車は王都を出る。

石畳の道から、街道へ。

そしてその中に座っているのは――

アルシェラ・ヴァルディアだった。

馬車の中は広く、落ち着いた造りになっている。
揺れを和らげるためのクッションや、小さなテーブルも備えられていた。

アルシェラは窓の外を眺めていた。

王都の城壁が、少しずつ遠ざかっていく。

長い年月を過ごした街。

王太子の婚約者として育てられ、
多くの舞踏会や晩餐会に出席した場所。

だが今、その街は背後に消えようとしている。

「お嬢様」

対面の席に座る執事グラントが声をかけた。

「お疲れではありませんか」

アルシェラは小さく首を振る。

「大丈夫です」

彼女は穏やかに答えた。

グラントは頷く。

「街道は順調です」

「アルグレイス領までは、およそ三日」

アルシェラは窓の外を見たまま言う。

「思ったより近いですね」

「王都から北へ真っ直ぐですから」

グラントは続ける。

「途中の宿も手配しております」

アルシェラは微笑んだ。

「相変わらず完璧ですね」

「当然でございます」

グラントは淡々と言う。

「お嬢様をお守りするのが私の役目ですから」

馬車はゆっくり進む。

王都の城壁が遠くなり、やがて見えなくなった。

アルシェラは静かに息を吐く。

それは、どこか肩の力が抜けたような息だった。

グラントはそれに気づく。

「王都を離れることに、後悔はございませんか」

アルシェラは少し考える。

そして首を横に振った。

「ありません」

その声には迷いがなかった。

「むしろ」

彼女は小さく笑う。

「少し気が楽になりました」

グラントは何も言わない。

だが理解していた。

アルシェラは幼い頃から王太子の婚約者として育てられてきた。

王太子妃教育。
外交の礼儀。
貴族社会の作法。

常に完璧であることを求められてきた。

失敗は許されない。

それがどれほど重い責任か、グラントは知っている。

アルシェラは窓の外を見る。

広い空。

遠くに続く街道。

王都とは違う、静かな風景。

「自由ですね」

彼女はぽつりと言った。

グラントは微笑む。

「そのようでございます」

馬車はしばらく進む。

街道には商人の荷車や旅人の姿もあった。

だがヴァルディア家の紋章を見て、皆道を開ける。

公爵家の馬車だからだ。

やがて昼近くになると、街道の景色が少し変わってきた。

森が増え、丘が現れる。

王都の周囲とは違う土地。

グラントが地図を確認する。

「ここから北はアルグレイス公爵領の影響が強い地域です」

アルシェラは振り向く。

「もうそんなに?」

「はい」

グラントは頷く。

「アルグレイス公爵は辺境を治めておりますが、影響力は広い」

その名前に、アルシェラの表情が少し変わる。

ヴァレリオン・アルグレイス。

辺境公爵。

そして――

冷徹と噂される男。

王都の社交界にはほとんど現れない。

だが王国でも屈指の実力者として知られている。

アルシェラは小さく言う。

「どんな方なのでしょうね」

グラントは答える。

「評判は様々です」

「冷たいという者もいれば、誠実だという者もおります」

アルシェラは少し笑った。

「ずいぶん違いますね」

「噂というものは、そのようなものです」

グラントは静かに言う。

「実際に会ってみなければ分かりません」

馬車はさらに北へ進む。

太陽は高く昇り、街道は明るく照らされていた。

アルシェラは目を閉じる。

王都での生活。

舞踏会。

王太子。

ノエリア。

すべてが遠い出来事のように感じられる。

そしてゆっくりと目を開けた。

新しい道が始まっている。

それはまだ、どこへ続くのか分からない道だった。

だがアルシェラは不安よりも、少しの期待を感じていた。

馬車は北へ。

アルグレイス公爵領へ向かって進み続けていた。
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