婚約破棄ですか?結構ですわ。ですが違約金は国家予算になります

しおしお

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第9話 穏やかな日常

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第9話 穏やかな日常

アルグレイス城の朝は早い。

まだ太陽が完全に昇る前から、城の中は静かに動き始める。
兵士たちは訓練場に集まり、鍛冶屋の炉には火が入れられ、厨房ではパンを焼く香ばしい匂いが広がっていた。

王都の宮殿とは違う。

豪華さよりも、実用と秩序を重んじた空気。

それがアルグレイス城だった。

アルシェラ・ヴァルディアは、客室の窓からその様子を眺めていた。

朝の冷たい空気が窓から入り、遠くで剣のぶつかる音が聞こえる。

兵士の訓練だろう。

「活気がありますね」

アルシェラが言うと、後ろで紅茶を準備していた執事グラントが頷いた。

「辺境ですから」

「ここでは戦いの備えが日常なのでしょう」

アルシェラは窓から視線を戻す。

王都では見ない光景だった。

貴族の屋敷では、朝はもっと静かだ。

だがここでは違う。

城そのものが生きているようだった。

グラントが紅茶を差し出す。

「公爵から伝言がございます」

アルシェラはカップを受け取る。

「ヴァレリオン様から?」

「はい」

グラントは落ち着いた声で言う。

「“城の中は自由に見て回って構わない”とのことです」

アルシェラは少し驚いた。

「そうですか」

普通なら、客人はある程度行動を制限される。

だがヴァレリオンはそれをしなかった。

グラントは続ける。

「護衛だけはつけるそうです」

「当然ですね」

アルシェラは微笑む。

そして立ち上がる。

「少し歩いてみましょう」

「承知いたしました」

廊下に出ると、侍女が一人待っていた。

まだ若い少女だ。

「アルシェラ様」

緊張した様子で頭を下げる。

「ご案内いたします」

アルシェラは柔らかく笑った。

「よろしくお願いします」

城の廊下は広く、石造りだった。

王宮ほど豪華ではないが、手入れは行き届いている。

歩いていると、兵士たちがすれ違う。

彼らは足を止めて敬礼した。

「公爵様のお客様ですね」

一人の兵士が言った。

アルシェラは軽く頭を下げる。

「お仕事中に失礼しました」

兵士は少し驚いた顔をした。

貴族の令嬢が、兵士に丁寧に挨拶することはあまりないからだ。

侍女が言う。

「こちらが中庭です」

扉を開ける。

そこには広い庭があった。

石の道。
小さな花壇。
中央には噴水。

王宮ほど豪華ではないが、落ち着いた美しさがある。

アルシェラはゆっくり歩く。

空気が澄んでいる。

王都よりも静かだった。

その時。

庭の端で子供の声が聞こえた。

振り向くと、小さな子供たちが遊んでいる。

兵士の子供たちだろう。

アルシェラは思わず微笑む。

子供の一人が彼女に気づいた。

「誰?」

他の子供も振り向く。

侍女が慌てる。

「こら、失礼ですよ」

だがアルシェラは手を振った。

「大丈夫ですよ」

彼女はしゃがみ、子供と目線を合わせる。

「こんにちは」

子供たちは少し戸惑った。

だがすぐに笑顔になる。

「こんにちは!」

グラントはその様子を静かに見ていた。

アルシェラは子供たちと少し話す。

名前を聞き、何をして遊んでいるのかを聞く。

ほんの短い会話。

だが子供たちはすぐに懐いた。

その時だった。

「……」

背後から視線を感じた。

アルシェラが振り向く。

庭の入口に、一人の男が立っていた。

ヴァレリオン・アルグレイス。

腕を組み、静かにこちらを見ている。

いつから見ていたのか分からない。

アルシェラは立ち上がる。

「おはようございます」

軽く礼をする。

ヴァレリオンは少しだけ頷いた。

「早いな」

「朝の空気が気持ちよかったので」

アルシェラは答える。

ヴァレリオンの視線が子供たちに向く。

「兵士の子供だ」

短く言う。

「城の中で育つ」

アルシェラは頷いた。

「元気ですね」

ヴァレリオンは少し黙る。

そしてアルシェラを見る。

「王都の令嬢は、あまり子供と遊ばない」

アルシェラは微笑んだ。

「そうかもしれません」

「でも私は嫌いではありません」

ヴァレリオンは少し考えるように目を細める。

「噂とは違うな」

また同じ言葉だった。

アルシェラは首を傾げる。

「どんな噂ですか?」

ヴァレリオンは答える。

「冷たい女」

アルシェラは一瞬だけ黙った。

そして静かに笑う。

「それは困りましたね」

ヴァレリオンは少しだけ口元を動かした。

それはほとんど分からないほどの、小さな笑みだった。
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