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第10話 公爵の関心
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第10話 公爵の関心
アルグレイス城の午後は、王都とはまったく違う静けさに包まれていた。
王宮では昼を過ぎると訪問客や貴族たちで賑わう。
だがこの城では違う。
兵士は訓練に戻り、職人は作業場へ戻り、城全体が淡々と自分の役割を果たしていく。
華やかさはない。
だが無駄もない。
アルシェラ・ヴァルディアは城の図書室にいた。
大きな窓から柔らかな光が差し込み、古い木の棚に並ぶ本を照らしている。
王宮の図書室ほど大きくはない。
しかし実用的な本が多かった。
地図。
軍事史。
農業の記録。
交易路の資料。
アルシェラは一冊の本を手に取る。
北方の交易について書かれた本だった。
「珍しい本ですね」
後ろから声がした。
低く落ち着いた声。
振り向かなくても分かる。
ヴァレリオン・アルグレイスだった。
アルシェラは本を閉じ、軽く礼をする。
「図書室を使わせていただいております」
「構わない」
ヴァレリオンは短く答える。
彼は棚に並ぶ本を一度見渡す。
「ここにある本は、ほとんど実務用だ」
「娯楽には向かない」
アルシェラは微笑む。
「私は好きです」
ヴァレリオンがわずかに眉を上げる。
「意外だな」
「そうでしょうか」
アルシェラは本を軽く撫でる。
「王都の図書室には、詩集や歴史書が多いですが」
「こういう本の方が現実に近い気がします」
ヴァレリオンは彼女を見る。
まるで観察するような目だった。
「王太子の婚約者だった令嬢が言う言葉ではない」
アルシェラは少し考える。
「そうかもしれません」
そして小さく肩をすくめる。
「ですが、王太子妃になる予定だったからこそ、読む機会は多かったのです」
ヴァレリオンは興味を示したようだった。
「どういう意味だ」
アルシェラは窓の外を見る。
城の外には広い草原が広がっている。
「王太子妃は、ただ舞踏会に出るだけではありません」
彼女は静かに言う。
「外交の席にも同席します」
「他国の使節と会い、商人と話し、貴族同士の関係も把握しなければならない」
それは表には出ない仕事だった。
だが必要な役割だ。
ヴァレリオンは黙って聞いている。
アルシェラは続ける。
「だから私は、こういう本を読むのが好きでした」
「人や国がどう動くのか、知ることができますから」
少しの沈黙。
ヴァレリオンは棚から一冊の本を取る。
北方の農業記録だった。
「これも読んだのか」
アルシェラは本を見て頷く。
「少しだけ」
「この土地は冬が厳しいですね」
ヴァレリオンの目が細くなる。
「何が分かる」
アルシェラは本を指差す。
「麦の収穫量が南より少ない」
「代わりに羊が多い」
「つまりこの土地は、穀物より牧畜に向いています」
彼女は続ける。
「もし交易路が安定すれば、羊毛はかなり利益になります」
静かな声だった。
だが内容は具体的だった。
ヴァレリオンはしばらく何も言わなかった。
そして本を棚に戻す。
「なるほど」
短い言葉。
だがその声には、わずかな興味が含まれていた。
アルシェラは首を傾げる。
「失礼でしたでしょうか」
「いや」
ヴァレリオンは言う。
「面白い」
それは彼の本音だった。
王都の貴族令嬢は、こういう話をしない。
舞踏会。
宝石。
流行のドレス。
そういう話ばかりだ。
だがアルシェラは違う。
彼女はこの土地を見て考えている。
「噂とは違うな」
ヴァレリオンはまた言った。
アルシェラは苦笑する。
「その噂、ずいぶん広がっているのですね」
「王都では有名だ」
ヴァレリオンは淡々と答える。
「冷酷な公爵令嬢」
アルシェラは少しだけ空を見上げた。
そして言う。
「便利な言葉ですね」
ヴァレリオンが視線を向ける。
アルシェラは続ける。
「誰かを悪者にしたい時、よく使われます」
その声には、ほんの少しだけ苦味があった。
ヴァレリオンは黙る。
だがその目は、先ほどよりも柔らかかった。
彼は静かに言う。
「ここでは誰も気にしない」
アルシェラは彼を見る。
「そうでしょうか」
「ここは王都ではない」
ヴァレリオンは言った。
「噂より現実を見る土地だ」
その言葉は、どこか真っ直ぐだった。
アルシェラはゆっくり微笑む。
「それは、安心ですね」
図書室の窓から風が入り、本のページがわずかに揺れた。
その静かな空間の中で、ヴァレリオンは初めて確信する。
この令嬢は。
ただの客人ではない。
アルグレイス城の午後は、王都とはまったく違う静けさに包まれていた。
王宮では昼を過ぎると訪問客や貴族たちで賑わう。
だがこの城では違う。
兵士は訓練に戻り、職人は作業場へ戻り、城全体が淡々と自分の役割を果たしていく。
華やかさはない。
だが無駄もない。
アルシェラ・ヴァルディアは城の図書室にいた。
大きな窓から柔らかな光が差し込み、古い木の棚に並ぶ本を照らしている。
王宮の図書室ほど大きくはない。
しかし実用的な本が多かった。
地図。
軍事史。
農業の記録。
交易路の資料。
アルシェラは一冊の本を手に取る。
北方の交易について書かれた本だった。
「珍しい本ですね」
後ろから声がした。
低く落ち着いた声。
振り向かなくても分かる。
ヴァレリオン・アルグレイスだった。
アルシェラは本を閉じ、軽く礼をする。
「図書室を使わせていただいております」
「構わない」
ヴァレリオンは短く答える。
彼は棚に並ぶ本を一度見渡す。
「ここにある本は、ほとんど実務用だ」
「娯楽には向かない」
アルシェラは微笑む。
「私は好きです」
ヴァレリオンがわずかに眉を上げる。
「意外だな」
「そうでしょうか」
アルシェラは本を軽く撫でる。
「王都の図書室には、詩集や歴史書が多いですが」
「こういう本の方が現実に近い気がします」
ヴァレリオンは彼女を見る。
まるで観察するような目だった。
「王太子の婚約者だった令嬢が言う言葉ではない」
アルシェラは少し考える。
「そうかもしれません」
そして小さく肩をすくめる。
「ですが、王太子妃になる予定だったからこそ、読む機会は多かったのです」
ヴァレリオンは興味を示したようだった。
「どういう意味だ」
アルシェラは窓の外を見る。
城の外には広い草原が広がっている。
「王太子妃は、ただ舞踏会に出るだけではありません」
彼女は静かに言う。
「外交の席にも同席します」
「他国の使節と会い、商人と話し、貴族同士の関係も把握しなければならない」
それは表には出ない仕事だった。
だが必要な役割だ。
ヴァレリオンは黙って聞いている。
アルシェラは続ける。
「だから私は、こういう本を読むのが好きでした」
「人や国がどう動くのか、知ることができますから」
少しの沈黙。
ヴァレリオンは棚から一冊の本を取る。
北方の農業記録だった。
「これも読んだのか」
アルシェラは本を見て頷く。
「少しだけ」
「この土地は冬が厳しいですね」
ヴァレリオンの目が細くなる。
「何が分かる」
アルシェラは本を指差す。
「麦の収穫量が南より少ない」
「代わりに羊が多い」
「つまりこの土地は、穀物より牧畜に向いています」
彼女は続ける。
「もし交易路が安定すれば、羊毛はかなり利益になります」
静かな声だった。
だが内容は具体的だった。
ヴァレリオンはしばらく何も言わなかった。
そして本を棚に戻す。
「なるほど」
短い言葉。
だがその声には、わずかな興味が含まれていた。
アルシェラは首を傾げる。
「失礼でしたでしょうか」
「いや」
ヴァレリオンは言う。
「面白い」
それは彼の本音だった。
王都の貴族令嬢は、こういう話をしない。
舞踏会。
宝石。
流行のドレス。
そういう話ばかりだ。
だがアルシェラは違う。
彼女はこの土地を見て考えている。
「噂とは違うな」
ヴァレリオンはまた言った。
アルシェラは苦笑する。
「その噂、ずいぶん広がっているのですね」
「王都では有名だ」
ヴァレリオンは淡々と答える。
「冷酷な公爵令嬢」
アルシェラは少しだけ空を見上げた。
そして言う。
「便利な言葉ですね」
ヴァレリオンが視線を向ける。
アルシェラは続ける。
「誰かを悪者にしたい時、よく使われます」
その声には、ほんの少しだけ苦味があった。
ヴァレリオンは黙る。
だがその目は、先ほどよりも柔らかかった。
彼は静かに言う。
「ここでは誰も気にしない」
アルシェラは彼を見る。
「そうでしょうか」
「ここは王都ではない」
ヴァレリオンは言った。
「噂より現実を見る土地だ」
その言葉は、どこか真っ直ぐだった。
アルシェラはゆっくり微笑む。
「それは、安心ですね」
図書室の窓から風が入り、本のページがわずかに揺れた。
その静かな空間の中で、ヴァレリオンは初めて確信する。
この令嬢は。
ただの客人ではない。
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