婚約破棄ですか?結構ですわ。ですが違約金は国家予算になります

しおしお

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第30話 焦り

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第30話 焦り

王宮の執務室。

重い扉が開いた。

「失礼いたします、殿下」

入ってきたのはノエリア・ヴァルディアだった。

淡い青のドレス。

優雅な礼。

王宮で最も美しい令嬢と言われる微笑み。

エドガルド・ヴァルドール王太子は机から顔を上げた。

「ノエリアか」

ノエリアは静かに近づく。

「お時間をいただけますか」

王太子は椅子にもたれた。

「いいだろう」

部屋には二人だけ。

侍従も下がっている。

ノエリアは言った。

「社交界の噂をご存知ですか」

エドガルドは苦笑した。

「アルシェラのことだろう」

ノエリアは頷く。

「はい」

そして少し間を置く。

「舞踏会で」

「何か起きるのではないかと」

エドガルドは机を指で叩く。

「そうだろうな」

ノエリアは目を伏せる。

「殿下」

「私たちは」

少し言葉が止まる。

それでも続けた。

「婚約する予定では……」

王太子は眉をひそめた。

「予定?」

ノエリアは言葉を選ぶ。

「皆そう思っています」

エドガルドは鼻で笑う。

「社交界の期待か」

ノエリアは答えない。

だがその沈黙は肯定だった。

エドガルドは言う。

「問題は一つだ」

ノエリアは顔を上げる。

「何でしょう」

王太子は言った。

「アルシェラがいる」

それだけ。

だがそれで十分だった。

ノエリアの胸が痛む。

アルシェラ。

正式な婚約者。

そして今、王宮にいる。

王太子は続ける。

「俺は婚約を終わらせたつもりだった」

「だが」

「正式には終わっていない」

ノエリアは小さく言う。

「では」

「舞踏会で……」

王太子は頷いた。

「終わらせる」

その声は低い。

「全員の前で」

ノエリアの心が少し軽くなる。

だが同時に、不安もあった。

アルシェラは静かすぎる。

普通なら怒る。

泣く。

逃げる。

だが彼女は違う。

落ち着きすぎている。

ノエリアは聞いた。

「お姉様は」

「何を考えているのでしょう」

王太子は椅子にもたれる。

「さあな」

そして小さく笑う。

「だが」

「何を考えていようと関係ない」

ノエリアは黙る。

王太子は続ける。

「舞踏会で終わりだ」

「正式に婚約破棄」

「それで全て片付く」

ノエリアは頷いた。

「……はい」

だが心の奥では別の声があった。

(本当に?)

一方。

王宮客室棟。

アルシェラは机の前に座っていた。

手元には数枚の書類。

レオスが部屋に入る。

「王宮の様子ですが」

アルシェラは顔を上げる。

「動いた?」

レオスは頷く。

「王太子とノエリアが会いました」

アルシェラは紅茶を口にする。

「そう」

レオスは続ける。

「舞踏会で」

「婚約を終わらせるつもりらしい」

アルシェラはカップを置く。

「なるほど」

レオスは聞く。

「驚きませんか」

アルシェラは首を振った。

「予想通りよ」

レオスは笑う。

「では」

「舞踏会は」

アルシェラは答えた。

「公開処刑ね」

レオスは目を細める。

「誰の?」

アルシェラは窓の外を見る。

夕暮れの王宮。

静かな空。

そして言った。

「それは」

「当日のお楽しみ」

レオスはため息をつく。

「怖い人だ」

アルシェラは少し笑った。

「安心して」

「私は約束を守るだけ」

レオスは書類を見る。

机の上。

そこには――

婚約契約書の原本。

そしてもう一つ。

王家の印章が押された書類。

レオスは言う。

「これを舞踏会で?」

アルシェラは頷く。

「ええ」

「全員の前で」

レオスは小さく呟いた。

「嵐ですね」

アルシェラは紅茶を飲む。

「社交界は」

「嵐の方が楽しいのよ」

王宮の空に夜が降り始める。

そして舞踏会まで――

あと七日。
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