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「ハ、ハキーム様、お仕事が決まりましたっ」

「――本当かい!? 街に来て早々に見つかるなんて幸先が良い、きっと神様も僕らを祝福しているんだねっ!」

「は、はい……!」

 本当に良かった……。 もし何も決まらなくて、ハキーム様を失望させたらと少し不安だったのです。

「港の近くの職場で、お魚の鱗を取るお仕事ですっ」

「うんうん、港町らしくてとても良いね」

 ああ、自分の事のように喜んでくれるハキーム様を見ていると、なんて心が暖かくなることでしょうか……。

「明日からお互い忙しくなるね」

「はいっ」

 こうして新生活の初日を終え、わたし達は初めて一つ屋根の下で眠りました。

 わたしはドキドキしていましたが、駆け落ちのお話を頂いた時、もし子供を授かっても不幸にはさせたくないと、ハキーム様は画家として地盤を築くまでわたしには触れない、その約束を守っているようです。

 わたしとしては、ハキーム様が望むのなら……。

 ――いえ、早く眠りましょう。 明日はお仕事の初日、遅刻でもしたら信用問題です。




「それでは行ってまいります」

「うん、無理はしないようにね」


 夢である画家へと邁進するハキーム様、わたしはそれを支える為に仕事へ。 この生活が、いつか二人の夢を叶えると信じています。



 ◇



 新生活はとても大変でしたが、それを苦労と思った事はありません。 
 毎日が新鮮で楽しく、貴族令嬢だった頃より遥かに “生きている” と実感出来る日々でした。

 ですが、密かに練習していたとはいえ、

「これは、ちょっと味が薄いかな……」

「もっ、申し訳ありません……!」

 慣れない家事に苦戦してハキーム様にご迷惑をかける事もありましたが、それも徐々に上達し、お仕事の方も懸命に覚えていきました。

 それと職場の方達とも仲良くさせて頂き、夜は裕福な家庭の子守りも紹介してもらったので、生活は何とかやっていけそうです。


 そして遂に―――


「……完成だ。 どうかな、ヴィオラ」


 ふた月が経った頃、わたしが昼間の仕事から自宅に戻ると、ハキーム様の街に来て初めての作品が完成していたのです。

「す、素晴らしい作品ですっ、きっとハキーム様の才能が評価されるに違いありませんっ」

 あまりの嬉しさに涙が込み上げてきましたが、もし思ったような結果が出なかった時、ハキーム様の負担になると思い必死にそれを堪えました。

「ありがとう、これもヴィオラのおかげだよ」

「そんな……ハキーム様のお力です……」

 二人で完成させた、そんな風に思うのはおこがましいですが、そう言ってくれたような気がして本当に嬉しかった。

「でも、これに満足せず次の作品にかからなきゃね。 それで、新しい画材道具を買いたいんだけど……」

「あ、はい。 どうぞお好きに使ってください」

「ありがとうヴィオラ」

 今処女作が完成したばかりだというのに、ハキーム様の意欲には本当に頭が下がります。 わたしもそれに相応しい相手としてもっと頑張らなければ。

「それでは、わたしは子守りの方に出ますので」

「ああ、夜帰り道には気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」

 恋人が夢への階段を一つ上った。 
 その喜びを共有出来る幸せに浸りながら、またお仕事へと向かうわたしの足も自然と弾んでいく。



 ―――その作品は残念ながら期待していた評価は受けられませんでしたが、


「すまないヴィオラ……でも次はきっと……!」


 ハキーム様は全く落ち込む様子も無く、次の作品へと情熱を注いでいます。


「はい、わたしは信じています。 お傍で支えさせてください」


 わたしもくじけません。
 だって今、こんなにも充実していて幸せだから。 

 それはきっと、これからもずっと……。


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