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しおりを挟む―――ちゃんと伝えよう。
こんなに怒っている男の人に言うのは怖いけれど、私の言える、できる限りの言葉で。
だって――、
「私が不出来なせいで、フェリクス様には長く気苦労をおかけしてすみません」
「何も私は――」
「感謝してます、今までのことは本当に」
たくさん助けられた、それは本当のことだもの。
でも――、
「ですが、どう勘違いなされたのか知りませんが……」
私はフェリクス様にしっかりと目を合わせ、
「私はテオリカンに居た間、誰に心を奪われたこともありません」
不快感を露わにし、語気を強めて言い放った。
「っ……」
フェリクス様は驚いた顔をしていた。
でも、だって、
――――私だって怒っていたのだ。
勝手に苦手な人に好きだと思われて。 それに、今はちゃんと想う人が居るから、そんな風に思われているのが嫌だった。
私が心を奪われたのは――、
「それは……ここに来てから……です」
顔が熱い。 でも、胸は暖かい。
ここに居なくても思い浮かぶの、あの人の顔が。
「ッ……! あっ、あんな……」
私が想いに浸っていると、フェリクス様も違う熱が高まってきていたようで、
「あんな男のどこが―――ッ!?」
それが爆発した時、火口に栓をするように部屋のドアが開き、私達二人の視線を集めた。
「良かったですわ、ヴァレリア様」
「アリーヤ様……」
「男性の趣味が悪いとは思っていましたが」
話しながら私の傍にきて、アリーヤ様はフェリクス様を見て目を細める。
「ここまで趣味が悪くなくて」
「ぶっ、無礼なッ!」
「テオリカンではどうか知りませんが、この国では外見だけの男性は好まれませんよ。 そして、ヴァレリア様はもうこの国の女性です」
そう言って、アリーヤ様は私に優しく微笑む。
「アリーヤ様……」
私を、この国の女性と認めてくれた。
まだまだ未熟なのは自覚しているけれど、そう言ってもらえたのが身震いするほど嬉しい。
「さ、夕食まで明日の予定でもお話しましょう」
「はっ、はい」
弾む気持ちが足を軽くし、アリーヤ様について部屋を出ようとした時――、
「この鍵が、何だかわかりますかな?」
振り返ると、手に持った鍵をブラブラと揺らすフェリクス様が、卑屈な笑みを浮かべていた。
「これは脱出経路の鍵です。 マリウス皇子は出陣前、これを私に預けていかれました。 これがどういう意味かわかりますかな?」
ジョルディ陛下とマリウス様しか持っていないと言っていたあの鍵。 それをどうしてフェリクス様に……。
「――自信が無いのですよ。 いざという時にはヴァレリア様を私に逃がしてくれと、これはそういう意味でしょう。 そんな心持ちの人間が、はたして勝って戻れるでしょうか?」
「っ……」
私を不安にさせることばかり言うフェリクス様に苛立つも、否定しきれない自分が居て言い返せない。 それが、悔しい。
「敗れた時にはヴァレリア様だけでも生きて欲しいという皇子の想い、それを汲み取らないのはあまりに無体ではありませんか?」
だから、言うことを聞いて自分の檻に入れというの? そんなの……。
「ご安心ください」
「――っ」
唇を噛んで俯く私の顔を上げさせたアリーヤ様は、満面の笑みをフェリクス様に向ける。
「弱気は出陣前に、ヴァレリア様の激励で拭われました」
「私の……で、でもそんな……」
それを聞いたフェリクス様は鼻を鳴らし、付き合いきれないと顔を横に振る。
「それはそれは。 では私も同盟国の一貴族として、ドミトリノ王国の奮闘を願いましょう」
確かに、私のひと声で戦争に勝てるのなら苦労はない。 そんなものに頼るしかない、そう思われて呆れられても仕方ない。
―――ところが、
まだマリウス様が王都を発って一週間も経たないうちに、
「――もっ、戻ってきたぞッ! 皇子達がもう戻られたッ!!」
私の耳に飛び込んできたのは、興奮した伝令の信じられない吉報だった。
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