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 あのマリウス様が、本当に怖いくらいだった。

 でも、止めないでと言われても、一度仕合ったのを見ている私には無理がある。 父の言う通り、あの日フェリクスに一度も勝てなかったのだから。 それを今度は命をかけた決闘なんて……。

 私を攫い、自国を窮地に陥れたフェリクスが許せないのはわかる。 だからといっ――、

「ヴァレリア」

 葛藤の最中、父が私の名を呼ぶ。

「念の為だ、フェリクスにお前の力を授けよ」

「は……?」

「フェリクスはお前を救った騎士、更にドミトリノとの同盟は破棄した。 救われた恩、そしてテオリカンの皇女として当然であろう」

 ……どうして、そんなことが言えるの……?

 そう思ったのは、私がこの国からしばらく離れていたからだ。 
 この人はこういう人だった。 王の言葉は絶対、どんな重臣でも意見すらさせない、そういう人だ。 私だって、今まで一度も逆らったことなんて無い。

「こちらへ来い、ヴァレリア」

 国王には逆らえない、この国の人間は。
 でも――、


 ――――ヴァレリア様はもうこの国の女性です――――


 そう言ってくれたアリーナ様を裏切れない。 そして私自身も、ここに来た時から決別を心に決めている。

「私は、ドミトリノ王国の人間です」

「……お前は、何を言ってるのか分かっているのか?」

「私を捨てたのはお父様でしょう。 私の王はもうマリウス様です。 どうして自分の王に、夫に刃を向ける輩に力を与えましょうか」

 おそらく王になってから、父がこんなことを言われたのは初めてだろう。 それも、役立たずと捨てた娘から。
 目を見開き衝撃を受けていた父の顔が、険しく怒りに満ちた顔へと変わっていく。

「どこぞのお喋りに当てられてか、随分口をきくようになったものだ。 まさか、お前のその力をこの私に向けるつもりではあるまいな」

 父であり王、その絶対的な存在が睨んでくる。 私はそれに、 “その気はある” 、という目で答えた。
 すると、父は額にいくつもの青筋を立て、

「――ふざけるな貴様ッ! 実の父であり王に弓引くと言うかッ!」

 猛獣の如き形相でがなり立てる。

「大体お前はまだ十四、ドミトリノの法では正式な妻になれない筈だ。 つまりまだお前の王はこの私、王の言うことに従うは民の義務ぞ……!」

 屁理屈を言う子供のよう。 私がどちらにつくか、あれほど明確に言っているというのに。

「――ああ、そうか!」

 私が父と睨み合っていると、何かに気づいたマリウス様がポンと手を打つ。

「ここはドミトリノじゃないじゃないか、ねえヴァレリアっ!」

「そ、そう……ですが……?」

 爛々と青い瞳を輝かせるマリウス様が、突然何を言い出したのか分からなかった。 その瞳が笑い、次の言葉を聞くまで―――。

「結婚しよう、ヴァレリア」

「………」

 今……こんな時に……?

「君を愛してる。 これはかなり自信があるんだけど、―――ずっとだ」

 微笑む瞳はすごい吸収力で、

「……はい」

 私はお喋りな皇子様……王様と口づけをかわし、敵意だらけの中、誰にも祝福されずに妻となった。 

「ああ、あと、自分を傷つけるようなことを言っちゃダメだよ? それは俺も傷つくからね」

「……はい」

 でも、そんなこと気にならないほど幸せな気分で、私達は微笑み合っていた。

 ところに――、

「――っ!」

 口のきけなくなったフェリクスが血走った目でこちらへ走り、剣を振り被る姿が視界の端に映る。

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