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第116話 稲の存在

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「俺はそのおかげでしばらく意識を失っていたのですが」
「それはお前が弱いからだろ? アリスの影は相当手加減してた」
「……その通りですが人に言われるとイラッとしますね」

 真顔でそんな事を言うオズワルドを睨みつけたキリは、リアンの声がする部屋に足を踏み入れた。するとそこには何故か影アリスがリアンを肩車している。

「……何やってんすか?」
「ん? ああ、やっと来た。いや、こいつ力強すぎて使えないからせめて足場になれって言ったの。怖いよね、成人男性軽々持ち上げるんだよ。あ、モブそれ取って」

 成人男性と言うには華奢なリアンが言うと、オリバーは苦笑いして影アリスの足元に転がっている懐中電灯をリアンに渡した。リアンはそれを天井から吊るしたフックに引っ掛け、電源を入れて頷いている。

「これで良し、と。大分部屋らしくなったよね」
「リー君それなに? 凄く明るい!」
「初めて見た。ディノの魔法でもここまで明るくはならない」

 明るくなった部屋を見てリーゼロッテとオズワルドが言うと、アリスは胸を張る。

「これは懐中電灯だよ! 雷魔法を魔石に封じ込めてそれをさらに逃さないようにコーティングしてんの! 充電式だから何回も使えて大変便利なのだ! 光ってる電球は兄さまとカリドゥス地方が頑張ったよ! キメッ!」
「ただし、大きいので持ち運びには向きません。重さも結構あります」
「これから小型化するんですぅー! それを今考えてるんですぅ~!!」
「でもこれは坑道で働く人達からはめっちゃ重宝されそうっすね」
「うん。もういくつか渡してきてあるよ。オズワルドもいる?」

 アリスが問うと、オズワルドは首を横に振った。

「俺は明かりは別にいらない。重そうだし」
「だから! 今小型化してるんですぅ~!!!!」

 唇を尖らせて頬を膨らませたアリスを見てリアンが鼻で笑いながらいそいそと食事の準備をし始めた。

「あんた達は何食べんの? ちゃんとご飯あんの?」

 人数分のお湯を沸かしながら言うリアンにオズワルドもリーゼロッテもコクリと頷いて、カバンの中からシチューと乾パンを取り出した。

「あんたたち、意外とうちのお得意様なんすね」

 ポツリと言ったオリバーにオズワルドはシチューを温めながら頷く。

「アリス工房とチャップマン商会が手を組んだ事で世界が一気に発展した。世界がちょっとだけ楽しくなってきた」

 オズワルドがこの星を覗いていた時、世界はまだほとんど発展していなかった。人間があちこちで諍いを起こし食べ物もほとんど無く、衛生観念も無いから流行り病で沢山死んでいた。

 こんな星などあるだけ無駄なのではないかと思ったから、教会やメイリングに手を貸したのだ。あそこがこの星を支配すれば、未来は破滅しか残っていなかったから。

 オズワルドがそんな事を考えている事など知りもしないリアンは困ったように眉を下げる。

「まぁ悔しいのは全部こいつのおかげっていうね。だから僕も縁を切りたくても切れないんだよ、いつまで経っても」
「まったまたぁ! リー君はすぐに憎まれ口叩くんだから! めっ! だゾ!」
「イラッとするなぁ! 遊んでないであんた達も手伝ってよ」

 言いながらリアンは人数分の食事を用意しはじめた。それをキリとオリバーが手伝うが、アリスはリーゼロッテに乾燥したパンの食べ方についてのレクチャーをしている。

「パンは一日経ったらカピカピパサパサしてくるから、こうやってシチューにつけて食べるんだよ。リゼちゃんは果物好き?」
「うん、好き」
「じゃあこれをあげよう。まだ売出しはしてないんだけど、オレンジと桃の缶詰だよ。特製シロップに浸かってるから甘いよ」

 アリスはそう言ってリュックの中から果物の缶詰をリゼに二つずつ渡した。

「ありがとう!」

 リーゼロッテはアリスに貰った缶詰を持ってオズワルドの元に戻ると、食事の準備を手伝いはじめる。

「それじゃあ、いただきます! オズ、リゼちゃんもこっちおいでよ!」
「分かった。リゼ、それ持って」
「うん!」

 こうして不思議な食事会は始まったのだった。

「それ初めて見る。なに?」
「これ? これは煮込みハンバーグだよ」
「食べた事ない」
「マジか! じゃ半分あげる。リゼちゃんと半分こして」

 言いながらアリスは煮込みハンバーグを半分に切ってオズワルドの皿に移した。それをオズワルドはアリスに言われた通り半分にしてリーゼロッテの皿に入れる。

「ダニエルの所で見たことはあったけど、中身が分からなくて買った事なかったな」

 意外と慎重なオズワルドの意見にリアンが頷いた。

「それはあるよね。中身分かんなくて失敗したら嫌だもん。今度からちょっと試食もしてみようか」
「いいと思うっす。パスタソースとかもこれどんな味? ってよく聞かれるんすよ」

 ついつい仕事の話になりそうになった時、ハンバーグを食べたリーゼロッテの顔がパァッと輝いた。

「美味しい! オズ、これすっごく美味しいよ!」
「ほんと? あ、ほんとだ」

 頬を押さえてハンバーグを噛みしめるリーゼロッテを見てオズワルドも一口食べて目を輝かせる。

「美味しいでしょ? 美味しいよね⁉ でもなぁ~個人的にはハンバーグにはご飯が食べたくなるんだよなぁ~……はぁ、米……」

 あちこち探してはいるが未だに見つからないのが米である。米があればそれこそ料理の幅も広がるのに、なかなかうまくいかないものだ。

「それ、あんたずっと言ってるよね。それこそ学生の時から定期的に言ってない?」
「いいえ、リアン様。米に関しては14歳の頃からずーっと言っています。あの戦争の後からノア様も言い出しました。多分、あちらの世界の主流が米だったのでしょう」
「なるほどね。まぁでも無いもんは仕方ないよ、諦めな」
「ぐぬぅ……」

 あっさりと言い切って食事を再開し始めたリアンを軽く睨んでアリスが黙々とハンバーグを頬張っていると、それまで貪るようにハンバーグを食べていたオズワルドがふと口を開いた。

「米ってどんなやつ? 植物?」
「そうだよ。正しくは稲って言うんだけどさ。水辺で育つんだよ。麦と違って穂の部分が重さで下に垂れ下がってね……はぁぁ……米……」

 無いと言われると余計に食べたくなるのが人の性である。

 アリスはため息を落としながら煮込みハンバーグの皿をパンで綺麗にしていく。

「ああ、稲か。確かディノの植物園にあった気がする。あそこは絶滅した植物も全部保管してあるから」
「⁉」

 それを聞いてアリスは口に詰まったパンを飲み込んで立ち上がり、オズワルドの肩を掴んで前後に激しく揺さぶった。

「ほんと⁉ ほんとに稲あんの⁉ ていうか、稲なんてオズ知ってるの⁉」
「知ってるさ。俺だって元々は妖精王なんだから。この世界の植物と動物の種類は全部把握してる」

 妖精王から奪った本によってこの星の動植物は把握したオズワルドだ。稲だってもちろん知っている。

「うわぁ!!! ちょ、オズそこに連れてってよ! ていうか、稲をちょっとだけもらってきてよ!」
「嫌だよ。絶滅したものを地上に戻すのはディノが許さない。俺もそれはしない方がいいと思ってる。稲は諦めろ」
「えぇぇ⁉ そこに米があるのに諦めるなんてっっ……はっ! だったらディノに聞けばいいんじゃ?」
「ディノは目覚めないって言ってるだろ。眼が無いんだから」

 オズワルドは言いながらアリスの真似をしてパンで皿に残ったシチューを綺麗に拭き取って食べる。

「お嬢様、いい加減諦めてください。ディノだっていい迷惑ですよ」
「そだよ。それにその米があるとどんだけいい事が起こるの? まずそっからでしょ」
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