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第115話 魔王のささやき

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「エミリー、どうしてこんな所に居るの? 誰が君をこんな所に追いやったの? 僕はずっと君を探していたんだよ。ああ、そうだ。君をこんな目に遭わせたのはアメリアだ。そうだよね? 君はずっとアメリアに利用されていた。可哀想なエミリー。僕がここから助け出してあげる。早く悪い夢から覚めないと。君は僕の為に働いていたはずだよ? それを思い出して、エミリー。君が今までしてきた事は全部僕の為だった。僕への忠誠を誓うなら、僕にあの鍵を寄越して。災いの箱と箱の鍵を僕に――」

 ノアがそこまで言った所でエミリーがうっすらと目を開けた。そんなエミリーに向かってノアはニコッと笑いかけ、目の前でゆっくりと振り子をふる。

「おはようエミリー。これを見て。そう、いい子だね。君は誰に忠誠を誓うの?」
「ノア……様……」

 ぼんやりとした意識の中エミリーの目の前には何故か愛しのノアが立っていた。これは夢? そう思う間もなくノアはエミリーが大好きだった笑みを浮かべてエミリーに一歩近寄ってきて甘く囁く。

「そうだね。じゃあ災いの箱と鍵はどうするの?」
「ノア様に……渡す」
「うん、いい子。さあ箱と鍵を僕にちょうだい」
「箱を……ノア様に?」
「そう。君はノア・レヴィウスの唯一の世話係でしょう?」
「そう……私は……私だけがノア様を……ノアさ……まを」

 そこまで言ってエミリーはフラフラと立ち上がった。半目のままキッチンから寄木細工を持ってくる。それをノアに渡してボロボロのドレスの中に手を突っ込み、そこから小さな鍵を取り出した。

「ありがとう、エミリー。この事は誰にもばれないようにね。僕と君の関係は誰にも秘密なんだから。さあもう眠って。良い夢を」

 ノアはそう言ってエミリーの耳元で何かを囁き出した。それを聞いた途端エミリーの顔は真っ赤になり、もじもじと身悶えし始めたかと思うといきなりその場で倒れ込む。

 そんなエミリーを冷めた目で見下ろしているノアを窓の外からシャルが眉を潜めて見ていると、ノアがここから出せと手で合図してくる。

 魔法を使ってノアを外に移動させたシャルは呆れたように言った。

「よくやりますよ、ほんと」
「生きる術だったんだよ、向こうでの。さ、箱も鍵もゲットしたし戻ろっか。あ、その前にあの人ベッドに運んでおいてあげて。その方が色々信ぴょう性も増すでしょ」
「何の信ぴょう性かは聞かないでおきます。何にしてもこれだけ時間が経っていてもまだあなたの絵姿を眺めているなんて、ちょっとゾッとしますね」
「ほんとだよ。まぁそのおかげで今回は助かったけどね。さ! 帰って寝よ! 明日こそアリスとどうにか連絡取らないと! 流石にリー君とオリバーが心配だよ」
「私は一旦戻ってもいいですか? アリスが風邪気味なんです」
「ああ、うん。じゃあハンナの特製ポーション持って帰りなよ。あれ効き目凄いから」
「ええ、そうします」

 こうして二人は災いの箱と鍵を持ってバセット領に戻った。
 
 
 
 シャルルがシャルからもう一つの箱と鍵を手に入れたと聞いた時、シャルルは思わずノアは今度はどんなえげつない手を使ったのだと聞いてしまった。そして内容を聞いて聞かなければ良かったと後悔したのは言うまでもない。

「どうかしたの? シャルル」
「ええ、いえ。ノアは相変わらずだな、と。ところでシエラ、シエラもこの文字が読めますか?」

 シャルルはラルフから送られてきた日記の1ページと寄木細工の写真をシエラに見せると、シエラはコクリと頷いた。

「読めるわ。日本語だもの。それに綺麗な寄木細工だわ。これがあなたが言ってた新しい転生者の話?」
「はい。やはりシエラにも読めるのですね。そしてこの箱も知っている。という事は、間違いなくこれはあちらの世界の文字と技術だという事ですか」
「そうね。でも寄木細工を作るなんてなかなかの職人さんよ。このパズルも木で出来ているなら、同じ人が作ったのかもしれないわね」
「なるほど。確かにそうですね。ではこの日記を書いたのも同じ人でしょうか?」
「そこまでは分からないけど……何か繋がりはあるのかも」

 シエラはそう言って腕を組んで首を傾げた。

「そう言えばリンとカミラから報告がありましたか?」

 そこに通う長男のリンと長女のカミラにはいつも情報を流してもらっている。

 シャルルの問にシエラは大きく頷いた。

「あったわ。重要かどうかまでは分からないけれど、最近大陸の色んな貴族が失脚しているって。どこもあまり評判が良くなかった所だったからざまぁみろ、みたいに思われているみたいよ」
「ああ、ノアの作戦ですね。オズワルドに会わせてお仕置きをしてもらうっていう」
「そうそう。そのおかげで幽閉された貴族が多すぎて、修道院がどこも一杯なんですって。それでね、入り切らなかった人たちをどうしてると思う?」

 シエラは声を潜めてシャルルの耳元で小さな声で囁いた。

「メイリングに送ってるらしいわ。メイリングのお城の地下には拷問部屋みたいな所があって、そこでまともになるように矯正されてるって噂が流れてるんですって」
「まさか! あ、でも奴隷商と繋がりがあるかもしれないメイリングであれば、あながち嘘ではないかもしれませんね」
「そうなの。このお話にはさらに続きがあってね、矯正出来なかった貴族達は若い人を中心にそのまま奴隷として売買されているそうよ。何せ元は貴族でしょ? だからすごく高値で売り買いされているって」
「何てことを……それはまた何というか……自業自得というか……」
「因果応報だ、なんて学校では笑い話になっているらしいけど、これ笑い話じゃないわよね、どう考えても」
「ええ、全く笑えませんね。まぁ学生には笑い話になる程度には信ぴょう性のない話なのでしょうが、あながち冗談とも言い切れません。シエラ、ありがとうございます。これは調査してみるべきですね」

 シャルルはそう言って今の話をまとめてルイスとラルフに送った。もしかしたら近いうちにメイリングの王、アンソニーに会わなければならないかもしれない。



 時は少しだけ遡り、体中の泥や埃をディノの温泉で洗い流したアリスは大きく伸びをした。

「ふぅ~さっぱりしたぁ! 次はご飯だ! オズ、診療所に案内してよ! 皆でご飯食べよ」
「いいよ。こっち」

 何だかすっかりアリスのペースだと思いながらもオズワルドはリーゼロッテと手を繋いで歩き出した。

 しばらく歩いていると、どこからともなくリアンの激しい突っ込みが聞こえてくる。

「だからあんたと来るの嫌だったんだよ! ちょっと触るだけで何で椅子が折れんの⁉ 加減ぐらいしなよ! 言っとくけどそんなしょんぼりしたって許さないよ⁉ これで3つ目なんだから!!!」
「あそこかぁ~!」

 どうやらリアンは影アリスと戦っているらしい。それを聞いたアリスはニコニコしながら足を早める。

「分かりやすくていいですね」
「リー君、影と喧嘩してんすか?」
「お前ら見てると、集まるべくして集まったんだろうなって思う。やっぱり教会の奴らとは全然違うんだな」

 さっさと走り出したアリスを横目にオズワルドが言うと、キリが首を傾げた。

「教会の奴らと全然違うとは?」
「俺はメイリングと教会の連中に手を貸してたけど、あいつらは誰にでも平気で嘘つくし暇があれば成り上がろうと必死だった。お前らとは全然違う。お前らは影を本人に繋げて襲わせても手加減するわ子守するわで何の仕返しにもならなかった」
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