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第202話 火が怖いドラゴン

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 次々にそんな事を言う子どもたちを見て妖精王はグスンと鼻をすすった。

 力がなければ妖精王などただの子どもだ。それは徐々に自覚し始めていたが、こんな風に優しくされるとそれがやけに堪える。今まで偉そうに振る舞ってきた自分というものが酷く滑稽な気がしたからだ。

「い、いい! 大丈夫だ! 我は風邪など引かんからな!」

 じわりと滲んだ涙を擦って笑った妖精王を見てノエルがポンと手を打った。

「じゃあこうしよう。皆、シュラフを全部開いて。全部繋げたら大きな掛け布団になるから。皆で蜘蛛の糸の絨毯で寝ようよ」
「そうだな!」
「いいアイディアだと思う」
「俺も賛成。じいちゃんと寝るの久しぶりだな~」
「これ繋がるのか?」
「ええ。ここにボタンがついているので、シュラフ同士を繋ぐことが出来るのです」
「ふぅん、便利なんだな。リゼ俺のと繋いで」
「うん!」
「そなたたち……ありがとう」

 嬉々として互いのシュラフを繋ぎだした子どもたちとオズワルド達を見ながら妖精王は呟いたが、生憎それは誰にも聞こえはしなかったようだ。

 結局妖精王はノエルに言われて皆の真ん中で寝た。大勢で寝るという経験を生まれて始めてした妖精王は、何だか妙に楽しくてくすぐったくていつまでも眠ることが出来なかった。
 

 翌朝、アミナスが目を覚ますと何故か全員が大きなシュラフを掛け布団にして蜘蛛の絨毯の上でそのまま寝ていた。何故自分だけ仲間外れなのだと思ったが、今はそれどころではない。

「兄さま! おはよう兄さま! 緊急事態だよ! 開けて! これ開けて!」

 思わず叫んだアミナスの声で、すぐ隣に寝ていたノエルがぱちりと目を覚ました。

「んん? アミナス? ……おはよう。今開けたげる。ちょっと待ってて」

 眠い目をこすりながらノエルはそう言ってアミナスのシュラフを開けてやると、アミナスは一目散にトイレに走っていった。どうやらトイレを我慢していたらしい。確かに緊急事態だ。こういう場合も考えてノアに報告しておかなければ。

 ノエルはそんな事を考えながらシュラフから這い出て隣の部屋に顔を洗いに行った。ついでに朝食の準備もしておこうとリュックの中を漁っていると、カイがアクビを噛み殺しながらやってくる。

「お嬢様は?」
「トイレ。我慢してたみたい」
「ああ……自分で出られないのが欠点ですね」
「うん。父さまに報告しなきゃ。朝ごはんはパンとスープとサラダでいいと思う?」
「十分です。俺がやりますからノエル様はもう少し休んでてください」
「十分休んだよ。一緒にやろ。その方がすぐ終わる」

 言いながら二人は拠点に戻って朝食の準備に取り掛かった。

「ではノエル様は昨日採ってきた野菜を洗ってください」
「了解」

 昨日のうちに畑で収穫してきた野菜を洗っていると、そこにリーゼロッテとアミナスが手を繋いでやってきた。

「私達も手伝うよ~!」
「わ、私も手伝ってもいい?」
「もちろんです。では二人は葉物を切ってください。ここには調味料も全てあるので良いですね」

 そう言ってカイはキッチンにズラリとい並べられた調味料を見て目を見張る。

「凄いよね。他の部屋は結構ボロボロなのに、ここだけは凄い綺麗なんだ」

 感心したようにノエルが言うと、後ろからまだ眠そうなレックスの声が聞こえてきた。

「ここにある物は無くなったら勝手に追加される。消費される物には全てそういう魔法がかかってるんだ」
「そうなの? 凄いんだね!」
「沢山の人たちが使う物だからすぐに無くなると困る。でも火が使えない。火だけは地下では使えないんだ」
「そうなのですか?」
「うん。だから定期的に地上に当番の人が火種を買いに行ってたんだ」
「ですが地下の人たちは地下では魔法を使えたのでしょう?」
「使えた。でもここの人たちの使えた魔法は特殊魔法ばかりだったんだ。彼らが使う特殊魔法は妖精王の加護じゃないから」
「え!? そ、そうなの? 僕も特殊魔法なんだけど」
「俺もですね」

 地上では魅了やサーチは特殊魔法に分類される。それを聞いて思わず驚いたノエルとカイを見てレックスは首を振った。

「地下では魅了もサーチも特殊魔法なんかじゃない。地下で言う特殊魔法っていうのは、名前すらもつけられないような魔法の事なんだ。どれも個性的だけど、どこにも分類されない。そういう魔法を使う人達ばかりがここには居た」
「へぇ~。例えばどんな魔法があったの?」
「例えば……動物と話をする事が出来たり、他人の心を読むことが出来たり、人や物の姿を何にでも変える事が出来たりとか」
「そ、それは特殊だね!」
「驚きです。そんな魔法があるのですか」
「うん。でも特殊じゃない魔法を使える人が居なかったんだ。だから火だけはどうにもならなかった。調味料とかは元々植物から出来てるから無限に作り出すことが出来るけど、ディノも火だけは使えない」
「ドラゴンなのに?」

 ドラゴンと言えば火というイメージがノエルにはあるのだが、どうやらディノはそうではないようだ。

「この世界が一度滅びる前、ドラゴンは火なんて操れなかった。その代わり言語を操り人間と同じ様に魔法が使えたんだ。ディノはその時の生き残りだから」
「なるほど。だからディノは魔法が使えるのか。言われてみればドンちゃんとかは魔法は使えないもんね」
「ですが火など火打ち石と薪があればいつでも作り出せるでしょう?」
「それはそうなんだけど、それをディノは許さなかったんだ。世界が終わったのは火が全てを焼き尽くしたからで、ディノは未だに火が怖い。だから誰にでも火は簡単に作れるという事は教えなかった。とは言えここに居た人たちも火打ち石の存在は知ってたし、自分たちで火を熾す事が出来る事も分かってたけど、ディノが火を怖がるのを知ってるからあまり使わなかったんだ」

 その為どんなに努力をしても火はいつも消えてしまう。そんな時はわざわざ地上に出て火種を買いに行ったのだ。対価として渡していたのは、ディノの金である。

「でも料理に火が使えないのは不便だね」
「地熱を使うんだ。このツマミを回すと地熱をこの鉄板の上に集める事が出来る」

 そう言ってレックスはキッチンの流しの隣についていたツマミを回した。しばらくすると、その上に置いてあった鍋の水が沸騰し始めたではないか。

「え、めちゃくちゃ便利ですね」
「これなら火事の心配もないね。凄いな……地熱かぁ」

 まるで火で炙ったかのように熱々になった鉄板を見てカイとノエルが言うと、レックスは満足気に頷く。

「ねぇねぇ兄さま、これってもしかしてカリドゥスのジャスパーさんとにあったピザ釜と一緒?」
「ああ、そうだね。あれも地熱を使ってるって言ってたね!」

 カリドゥス地方で今最も熱いのはアリスが考案したピザだ。あれを冷凍販売すると言うことで、カリドゥスは今セレアルやグランと手を組んで毎日ピザを量産している。

「地上でも使ってる所あるの?」

 不思議そうに尋ねたレックスにノエルが笑みを浮かべて頷いた。

「うん。イフェスティオって言って火山で有名な所でね、母さまがピザ窯を作ったんだ。火がいらない不思議な釜だって言って少しだけ話題になったんだよ」
「アリスは何でも知ってるんだね」
「何でもではありません。誤解のないよう言っておくと、奥様が知っているのは主に衣食住に関する事だけです。一般的な淑女の常識は壊滅的に知らないのであしからず」

 真顔で言い切ったカイの言葉にレックスは頷くと、ノエルとカイに言われるがまま蒸しサラダの盛りつけをはじめた。
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