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第335話 番外編 アリスのクリスマス2022 パート4
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シャルル・シエラ夫妻
「はぁ、良いお湯でしたねぇ」
シャルルはほっこりしながら言うと、まだ濡れている毛先をシエラがタオルで拭いてくれる。長かった髪をばっさりと切ってからはもうずっとこの長さだ。
「シャルは誰よりもクリスマスを楽しんでいそうね」
シャルルの髪を拭き終えたシエラがにこやかに言うと、今度はシャルルがシエラの後ろに回り込んだ。
「お返しです。こういうのは楽しんだ者勝ちだという事を学んだんですよ。それはもう随分長いこと生きてきましたからねぇ」
最初はちっぽけなプライドや恥ずかしいという思いが先に立ってなかなか移り変わる時代の波に乗れなかったが、今はそうではない。むしろ率先して新しい事に挑戦しようとしている。
「体感的には私たちはもうおじいちゃんおばあちゃんだものね」
「全くです。でもこういう日はやはり胸がワクワクしますね。皆も楽しそうだったし、今年のツリーもそれは見事でしたから」
「そうね。あちこちから嘆願書が届いてたものね。うちの領地にもツリーを、って」
「それに関しては妖精達からも出ていましたよ。アリスに何とか言ってくれって言われてました」
「まぁアリスは子育て真っ最中だったから。でも代わりに皆で頑張った甲斐があったんじゃない? 今年は去年よりも盛大だったわ」
「そうですね。クリスマスは最早国を挙げての一大イベントになりつつあります。この時期はどこも閑散期だったのに、このイベントのおかげで潤う所が増えて国民が年末年始を裕福に乗り越える事が出来るようになったのは、間違いなくクリスマスのおかげですね」
「おまけに楽しいし?」
「そうそう」
二人は笑いあいながら今年取れたぶどうで作ったワインを開けた。こうやって試し飲みをするのも大事な仕事だ。
「私もまさかこの世界でクリスマスをやる事になるとは思ってもいなかったけど、あちらの世界みたいに宗教の絡んだイベントじゃないからか、皆本当に好きに楽しんでいて面白いわ」
「そうなんですか?」
「ええ。あちらではこのイベントの始まりは宗教なのよ。だからその宗教の人達にとってはお祝いの他にも色んな意味を持ってたと思うの。でもここではそうじゃない。単純に楽しむ日って感じだから余計な力も入ってなくていいわよね」
正にルールも何もない、ただ楽しむ日だ。そして子どもたちにとっては誕生日以外にプレゼントを貰える日である。
「ははは、確かに皆好きに楽しんでますね。今年は大人でもプレゼント交換が流行っていたみたいですよ」
「そうみたいね。私もそこら中のお店から大公さまにどうですか? って声をかけられたけど……」
「けど?」
「どこかのお店を贔屓する訳にはいかないでしょう? だから私は自分で作るわ、ってお断りしたのよ」
立場上気軽に物を買うことが出来なくなってしまった。もしもそれをしてしまえば、いくら公后としてでは無いと言っても通じない。特にフォルスはそういう傾向が強いのだ。
「それはそれは……何だか申し訳ないです」
シエラはシャルルが思っている以上にこの国を愛し、支えてくれている。ある意味ではシエラの方がシャルルよりもずっと自分の立場というものを真剣に考えているかもしれない。
頭を下げようとしたシャルルを見てシエラが笑った。
「これは私がしたくてしているのよ。それに……手作りのプレゼントをあなたに渡したかったのは本当。はい、これ。メリークリスマス」
そう言ってシエラは小さな箱を取り出してシャルルの前に置いた。綺麗にラッピングされた箱は、手の平に乗るほどの小さな物だ。
それを見てシャルルは驚いたように目を見開いて、何度も何度も箱とシエラを交互に見る。
「え!? 建前では無かったんですか?」
「あなたの事に関して私は建前で話した事なんてないわ。いつも正直な自分の気持ちを話してる」
「シエラ……開けても?」
「もちろん」
「ありがとう」
シャルルは涙ぐみそうになりながら箱に傷一つつけないように優しくリボンを解いた。中から出てきたのは、透明の台座に乗った清廉な雰囲気のピアスだ。
「これをシエラが作ったんですか?」
「ええ。妖精達に教えてもらったの。白状すると少し手伝ってもらっちゃった」
その時の事をシャルルに話すと、シャルルは嬉しそうに微笑んでくれた。シャルルにとって妖精は家族であり友人だ。だからシエラも彼らを大切にしたい。
「そうだったんですか。あ、だからここ最近妖精達がソワソワしていたんですね」
「そうなの?」
「ええ。何と言うか空気がずっとソワソワしていて、生暖かいというか妙に浮かれたというか……そういう感じだったんです」
妖精たちの空気が浮ついていたのでその時はクリスマスのせいかと思っていたけれど、多分このピアスのせいだったのだと分かって、シャルルは肩を揺らして笑った。
「きっと皆も楽しみにしてくれていたんだわ。このピアスをあなたが喜ぶかどうかって」
「かもしれません。そんなの、喜ぶに決まってるのに」
「ふふ。あなた達は本当に相思相愛よね。少しだけ妬けるわ」
妖精と仲が良いシャルルにも、シャルルに親しげな妖精たちにも妬けてしまうシエラが言うと、突然シャルルが真顔になって首を振った。
「それは誤解です。というよりも、それは私のセリフですよ、シエラ」
「どういう意味?」
「あなたは気づいていないかもしれませんが、妖精たちと来たら私よりも先にシエラの情報を手に入れては私に自慢してくるんですよ!」
「わ、私の情報?」
「そうです! 例えば「今日のシエラの昼食は何々で~少し分けてもらったんだ~しかもあ~んまでしてくれたんだぞ~ドヤァ~」みたいな」
あの自慢げな妖精たちの顔ときたら、何度握りつぶそうと思った事か! シャルルがそう言って立ち上がると、それを聞いたシエラは声を出して笑った。
「そんな事言われてるの? 全然知らなかった! 私も少しは彼らと仲良くなれているのかしら?」
「あなたが気づいていないだけで、何なら今はシエラの方が好きなんじゃないですか?」
ふてくされたようにシャルルが言うと、シエラが冗談交じりに言う。
「それはどちらに妬いているの? 私? それとも彼ら?」
「彼らに決まっているでしょう? 私はあなたの事は何でも一番に知っていないと気が済みません。それが分かった上でそういう小さな嫌がらせをしているんですよ! だから私の最近の昼食はシエラと同じ物にしてもらっています」
「そ、そこまで知りたいの……?」
「もちろん。で、そんな風に言ってきた彼らに私は「ああ、あれですね。美味しかったですね」と言い返してやるんです」
「シャルったら……もう、しょうのない人ね」
「半分妖精ですからね。自分で言うのもなんですが、そこそこ嫉妬深いんですよ」
「自分で言っちゃうの?」
「自分で言っちゃいます」
「おかしな人ね。でも、そこが好き」
シエラはおかしそうに笑いながらシャルルに軽くキスをすると、シャルルは頬を染めて俯いてしまう。支倉乃亜が書いたシャルルは品行方正で非の打ち所の無い青年だったが、今はもうこのシャルルこそがシャルル・フォルスだ。
国民の前や議会では品行方正な態度だが、シエラや友人たちの前では年相応のただの青年である。
「覚えておいてください、シエラ。私はあなたの事をどんな些細な事でも知りたいし、あなたの手をこれから先、一生離すつもりもありません。特にあーんとかは私だけにしてください」
「そこなの?」
「そこです。あれを聞いた時は結構本気でイラっとしました」
そう言ってシャルルはシエラを自分の胸に閉じ込めてため息をつく。
まさかここまで自分の心が狭いとは思ってもいなかったシャルルだ。この間など、完全に妖精の母親にまでドン引きされてしまった。
「分かった。もうしないわ。ところでまた明日もお祭りよ。明日は何をするの?」
「そうですね……明日は昼までここでゆっくりしていましょうか」
シエラを胸に閉じ込めたままシャルルが言うと、シエラはクスリと小さく声を漏らした。
「構わないけど無茶は止めてね。明日立てなくなるの嫌よ?」
「それは約束出来ません。だって、あなたが可愛いのがいけない」
シャルルは悪戯に微笑んでシエラをゆっくりベッドに押し倒した――。
「はぁ、良いお湯でしたねぇ」
シャルルはほっこりしながら言うと、まだ濡れている毛先をシエラがタオルで拭いてくれる。長かった髪をばっさりと切ってからはもうずっとこの長さだ。
「シャルは誰よりもクリスマスを楽しんでいそうね」
シャルルの髪を拭き終えたシエラがにこやかに言うと、今度はシャルルがシエラの後ろに回り込んだ。
「お返しです。こういうのは楽しんだ者勝ちだという事を学んだんですよ。それはもう随分長いこと生きてきましたからねぇ」
最初はちっぽけなプライドや恥ずかしいという思いが先に立ってなかなか移り変わる時代の波に乗れなかったが、今はそうではない。むしろ率先して新しい事に挑戦しようとしている。
「体感的には私たちはもうおじいちゃんおばあちゃんだものね」
「全くです。でもこういう日はやはり胸がワクワクしますね。皆も楽しそうだったし、今年のツリーもそれは見事でしたから」
「そうね。あちこちから嘆願書が届いてたものね。うちの領地にもツリーを、って」
「それに関しては妖精達からも出ていましたよ。アリスに何とか言ってくれって言われてました」
「まぁアリスは子育て真っ最中だったから。でも代わりに皆で頑張った甲斐があったんじゃない? 今年は去年よりも盛大だったわ」
「そうですね。クリスマスは最早国を挙げての一大イベントになりつつあります。この時期はどこも閑散期だったのに、このイベントのおかげで潤う所が増えて国民が年末年始を裕福に乗り越える事が出来るようになったのは、間違いなくクリスマスのおかげですね」
「おまけに楽しいし?」
「そうそう」
二人は笑いあいながら今年取れたぶどうで作ったワインを開けた。こうやって試し飲みをするのも大事な仕事だ。
「私もまさかこの世界でクリスマスをやる事になるとは思ってもいなかったけど、あちらの世界みたいに宗教の絡んだイベントじゃないからか、皆本当に好きに楽しんでいて面白いわ」
「そうなんですか?」
「ええ。あちらではこのイベントの始まりは宗教なのよ。だからその宗教の人達にとってはお祝いの他にも色んな意味を持ってたと思うの。でもここではそうじゃない。単純に楽しむ日って感じだから余計な力も入ってなくていいわよね」
正にルールも何もない、ただ楽しむ日だ。そして子どもたちにとっては誕生日以外にプレゼントを貰える日である。
「ははは、確かに皆好きに楽しんでますね。今年は大人でもプレゼント交換が流行っていたみたいですよ」
「そうみたいね。私もそこら中のお店から大公さまにどうですか? って声をかけられたけど……」
「けど?」
「どこかのお店を贔屓する訳にはいかないでしょう? だから私は自分で作るわ、ってお断りしたのよ」
立場上気軽に物を買うことが出来なくなってしまった。もしもそれをしてしまえば、いくら公后としてでは無いと言っても通じない。特にフォルスはそういう傾向が強いのだ。
「それはそれは……何だか申し訳ないです」
シエラはシャルルが思っている以上にこの国を愛し、支えてくれている。ある意味ではシエラの方がシャルルよりもずっと自分の立場というものを真剣に考えているかもしれない。
頭を下げようとしたシャルルを見てシエラが笑った。
「これは私がしたくてしているのよ。それに……手作りのプレゼントをあなたに渡したかったのは本当。はい、これ。メリークリスマス」
そう言ってシエラは小さな箱を取り出してシャルルの前に置いた。綺麗にラッピングされた箱は、手の平に乗るほどの小さな物だ。
それを見てシャルルは驚いたように目を見開いて、何度も何度も箱とシエラを交互に見る。
「え!? 建前では無かったんですか?」
「あなたの事に関して私は建前で話した事なんてないわ。いつも正直な自分の気持ちを話してる」
「シエラ……開けても?」
「もちろん」
「ありがとう」
シャルルは涙ぐみそうになりながら箱に傷一つつけないように優しくリボンを解いた。中から出てきたのは、透明の台座に乗った清廉な雰囲気のピアスだ。
「これをシエラが作ったんですか?」
「ええ。妖精達に教えてもらったの。白状すると少し手伝ってもらっちゃった」
その時の事をシャルルに話すと、シャルルは嬉しそうに微笑んでくれた。シャルルにとって妖精は家族であり友人だ。だからシエラも彼らを大切にしたい。
「そうだったんですか。あ、だからここ最近妖精達がソワソワしていたんですね」
「そうなの?」
「ええ。何と言うか空気がずっとソワソワしていて、生暖かいというか妙に浮かれたというか……そういう感じだったんです」
妖精たちの空気が浮ついていたのでその時はクリスマスのせいかと思っていたけれど、多分このピアスのせいだったのだと分かって、シャルルは肩を揺らして笑った。
「きっと皆も楽しみにしてくれていたんだわ。このピアスをあなたが喜ぶかどうかって」
「かもしれません。そんなの、喜ぶに決まってるのに」
「ふふ。あなた達は本当に相思相愛よね。少しだけ妬けるわ」
妖精と仲が良いシャルルにも、シャルルに親しげな妖精たちにも妬けてしまうシエラが言うと、突然シャルルが真顔になって首を振った。
「それは誤解です。というよりも、それは私のセリフですよ、シエラ」
「どういう意味?」
「あなたは気づいていないかもしれませんが、妖精たちと来たら私よりも先にシエラの情報を手に入れては私に自慢してくるんですよ!」
「わ、私の情報?」
「そうです! 例えば「今日のシエラの昼食は何々で~少し分けてもらったんだ~しかもあ~んまでしてくれたんだぞ~ドヤァ~」みたいな」
あの自慢げな妖精たちの顔ときたら、何度握りつぶそうと思った事か! シャルルがそう言って立ち上がると、それを聞いたシエラは声を出して笑った。
「そんな事言われてるの? 全然知らなかった! 私も少しは彼らと仲良くなれているのかしら?」
「あなたが気づいていないだけで、何なら今はシエラの方が好きなんじゃないですか?」
ふてくされたようにシャルルが言うと、シエラが冗談交じりに言う。
「それはどちらに妬いているの? 私? それとも彼ら?」
「彼らに決まっているでしょう? 私はあなたの事は何でも一番に知っていないと気が済みません。それが分かった上でそういう小さな嫌がらせをしているんですよ! だから私の最近の昼食はシエラと同じ物にしてもらっています」
「そ、そこまで知りたいの……?」
「もちろん。で、そんな風に言ってきた彼らに私は「ああ、あれですね。美味しかったですね」と言い返してやるんです」
「シャルったら……もう、しょうのない人ね」
「半分妖精ですからね。自分で言うのもなんですが、そこそこ嫉妬深いんですよ」
「自分で言っちゃうの?」
「自分で言っちゃいます」
「おかしな人ね。でも、そこが好き」
シエラはおかしそうに笑いながらシャルルに軽くキスをすると、シャルルは頬を染めて俯いてしまう。支倉乃亜が書いたシャルルは品行方正で非の打ち所の無い青年だったが、今はもうこのシャルルこそがシャルル・フォルスだ。
国民の前や議会では品行方正な態度だが、シエラや友人たちの前では年相応のただの青年である。
「覚えておいてください、シエラ。私はあなたの事をどんな些細な事でも知りたいし、あなたの手をこれから先、一生離すつもりもありません。特にあーんとかは私だけにしてください」
「そこなの?」
「そこです。あれを聞いた時は結構本気でイラっとしました」
そう言ってシャルルはシエラを自分の胸に閉じ込めてため息をつく。
まさかここまで自分の心が狭いとは思ってもいなかったシャルルだ。この間など、完全に妖精の母親にまでドン引きされてしまった。
「分かった。もうしないわ。ところでまた明日もお祭りよ。明日は何をするの?」
「そうですね……明日は昼までここでゆっくりしていましょうか」
シエラを胸に閉じ込めたままシャルルが言うと、シエラはクスリと小さく声を漏らした。
「構わないけど無茶は止めてね。明日立てなくなるの嫌よ?」
「それは約束出来ません。だって、あなたが可愛いのがいけない」
シャルルは悪戯に微笑んでシエラをゆっくりベッドに押し倒した――。
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