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第337話 番外編 アリスのクリスマス2022 パート6
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王都の上を優雅に飛びながら城までやってきたアリス達は一目散にルイスとキャロラインの部屋を目指したが、どこにドンと降りようかと考えあぐねていると、突然キャロライン達の寝室のすぐ下の窓が開いて中からコートを着込んだキャロラインが出てきた。
「キャロライン様ぁ~!」
思わず嬉しくてアリスが叫ぶと、それに気づいたキャロラインがこちらを見上げて手を振って、自分が立っているテラスを指差す。どうやらあそこに着地しろと言っているようだ。
「ドンちゃん! 我らの女神様があそこに降りろと申しておるぞ!」
「ぎゅ!」
ドンはアリスに従って真っ直ぐにそちらに向かって飛んでいくが、その後ろからゾロゾロとついてくるドンの子どもたちとスキピオの姿に明らかにキャロラインの顔がこわばる。
「相変わらず苦手なんだねぇ、キャロラインは」
「ノア様、言ってはなんですが、深夜にこの量のドラゴンが飛んでくるのはキャロライン様でなくても怖いと思うのです」
「そう?」
「はい。俺だったら奇襲かと思うので」
「はは、確かに」
ドンはゆっくりと滑空してキャロラインの居た場所まで降りると無事に全員をその場に下ろしてすぐに飛び立った。きっと怯えるキャロラインを可哀想に思ったのだろう。ドンは本当に心優しいドラゴンだ。
「キャロライン様ぁ! ハグッ!」
「ハグ……冷たい! アリス、あなた氷みたいよ!? それに何なの、その格好! ルイス、すぐに私のマントを持ってきてちょうだい!」
アリスを抱きとめたキャロラインはアリスのあまりの冷たさにギョッとして部屋の中でお茶の準備をしていたルイスに声をかけた。
「どうして上着を着ないの! バカな子ね」
「えへへ、ごめんなさい」
「全く! ところで……今回は全員で来たの?」
「はい!」
アリスはそう言って名残惜しく思いながらキャロラインから体を離すと、そっと体を横にズラした。するとそこには申し訳無さそうな顔をしている家族達の姿がある。
「お、お嬢様……申し訳ありません、このような格好で……」
「まぁ、ミアまで! どうしたの? 頬が赤いわよ?」
「ああ、ミアさんは先程まで酔っぱらむぐっ――」
キリが正直に言おうとしたら、血相を変えたミアに思い切り口を塞がれてしまった。
「さ、寒かったんです! ね!? キリさん!」
もう少しでキャロライン様の所に着きますよ、と言われてようやく覚醒したミアは、出来る限り髪型と服装を整えたが、空の上ではそんな抵抗は無駄だった。
結果ぐしゃぐしゃの髪型でキャロラインの前に姿を現さなくてはならなくなった自分が恥ずかしすぎる。
「まぁ、可哀想に。こっちへいらっしゃいな。部屋は温かいわよ。あ、あとドンちゃん達にもすぐにストーブとお茶を用意させるわね」
「キャロライン様! 流石我が推し!」
いつでも皆を優しく気遣うキャロラインにアリスは目を輝かせながら言うと、誰よりも先に部屋に勝手に入り込んで行く。そんなアリスにキャロラインは苦笑いをするだけだ。
アリスに続いて家族達がゾロゾロと部屋に入る。そして全員入りきった所でキャロラインがある一点をじっと見つめていた。
「ね、ねぇノア……」
「ん?」
「あのね、それは……誰? ていうか、何?」
ノエルとレオにしっかりと手を握られた真っピンクの人の形の塊を見てキャロラインが言うと、ノアはニコッと笑う。
「アミナスだよ。リー君とライラちゃんからのプレゼントなんだ。こうでもしないとこの子、アリス以上にヤバい格好してたもんだからさ」
「アリスよりもヤバい格好……もしかして裸だったの?」
「まぁ、近いかも。極度の暑がりなんだよね」
ははは、と笑うノアにキャロラインが、正気!? とでも言いたげに見つめてくるが、それ以上は黙っておいた。
「そ、そうなの。えっと……アミナス?」
「きゃおー!」
「あら、本当にアミナスだわ」
中身がアミナスだと分かってキャロラインが手を広げると、アミナスは迷うことなくキャロラインに飛びついてくる。
「きゃおすきー」
「私も好きよ、アミナス。お顔を見せてちょうだい」
キャロラインが言うとアミナスは四苦八苦しながら服を脱ごうとするが、どうやら自分では脱げないようだ。見かねたノエルが後ろからそっとアミナスの頭の部分を取ってやっている。
「ありがとう、ノエル。あなた達も冷たくなってるじゃないの。暖炉の側に行きなさい。お茶とお菓子を用意してあるわ」
「! ありがとうございます、王妃様」
「いいのよ、キャロラインで。ほら、アニーも」
ミアが抱いていたアニーも抱き寄せたキャロラインは、子どもたちを暖炉の側に置いて戻ってきた。
「大人はこちらでお茶をしましょう。どうせこの後も飛び回るのでしょう?」
「僕たちが来るなんて知らなかったのによくこんな準備出来たね」
誰よりも先に勧められた椅子に座ったノアが言うと、キャロラインは呆れたようにアリスをチラリと見た。
「何かね、声が聞こえた気がしたのよね。だからそれをルイスに伝えたら、ではお茶の準備をして待っていよう、って」
「いつもやられてばかりでは癪だからな!」
キャロラインが言い終わると同時にルイスがキャロラインのマントを持ってやってきた。それを無理やりアリスに被せて皆のカップにお茶を注いで行く。
「ルイス様、ありがとう」
「構わんぞ。アリス、それはもうお前にやる。どうせ来年には新調しなければならなかったからな」
「え!? ほ、本当に? キャロライン様、本当の本当に!?」
ルイスに被されたマントを握りしめてアリスが言うと、キャロラインは苦笑いをしながら頷く。それを見てアリスはその場で飛び跳ねて喜んだ。
「ミアさん聞いた!? 帰ったらこのマントを解体してお揃いの服を作ろうよ!」
「え? い、いいんですか?」
「もちのろんだよ! 推しのマントを独り占めするだなんて、天罰が下りますぞ!」
「ふぁぁぁ……お嬢様のマントで作った服だなんて……そ、そんな贅沢が許されるのでしょうか……」
「許される! 我々は日頃から推し活を頑張っている! これはそのご褒美ですぞ!」
「そ、そうですよね!? 毎日お嬢様の絵姿を枕の下に敷いて寝たり、お嬢様と同じ香油をこっそり買ってみたりしてますもんね!」
「そうですとも! 推しと同じ香りを纏う! 推しの私物を嗅ぐ! 推しの絵姿をいたるところに貼る! 推しの素晴らしさを説いて周る! これほど崇高な趣味もありますまい!」
「そ、そんな事をしているの? あなた達」
引きつったキャロラインにノアとキリがそっと胸元から何かを取り出した。それは小さなペンダントだ。無言でそれを開けた二人は中をキャロラインに見せた。
「お、恐ろしい……な、何故あなた達がこんな物を……?」
ペンダントに入っていたのは紛れもない自分の絵姿だ。ノアとキリがこんな物を持っているだけで何だかゾッとするのに、それを身に着けているのにも震える。
「配られたんだよね、半年ぐらい前に。取ると殴られるんだ。忠誠心はないのかーって」
「ありませんと言っても殴られたので、我々にはもう常に着けておくという選択肢しかありませんでした」
「……怖い。しかしそれは俺も欲しいな。アリス! このペンダントはもう無いのか?」
キャロラインの隣からペンダントを覗き込んでいたルイスが言うと、アリスは半眼で振り返って言う。
「おが屑様は本人が居るからいいでしょ? 私達は! たまにしか会えないというのに! 何故! おが屑様は毎日寝食を共に出来るのか! 解せぬ!」
「ふ、夫婦だからだが!? あとおが屑おが屑言うな!」
「夫婦! 夫婦ですってミアさん! このおが屑いっちょ前にキャロライン様と夫婦ですって!! 嘆かわしい!」
「……そこについてはもう……お嬢様が選んだ方なので私は何も……」
グスンと涙を拭う振りをしたミアにルイスが青ざめる。
「では聞くが、どんな相手だったら納得だったのだ!」
「そんなもの、えっと……う~ん……兄さまみたいな人に決まってるでしょ!」
アリスの中でのスパダリと言えばそれはもうノア一択だ。優しいし何でも出来るし強い。心に悪魔を飼っているが、そこはまぁ……この際目をつぶろう。
アリスのこの言葉を聞いて今度はキャロラインとノアが青ざめた。
「い、嫌よ! 何を言い出すの、アリス! 私に死ねと言っているの!?」
「僕だって嫌だよ! あ、でもアリスの中で僕は推しの結婚相手には申し分無いぐらいの存在って事? そう考えるとこれは喜ぶ……べき?」
「ノア様、しっかりしてください。お嬢様は異性の中ではノア様がマシというだけで、ふさわしいとは微塵も思っていません」
「ねぇ、どうしてキリはいつも僕にとどめを刺してくるの?」
「とどめだなんてとんでもない。俺はいつも真実しか口にしていません」
「あ、そう。さて、それじゃあそろそろ次に行こうか。次はどこ行く?」
ノアが最後のお茶を飲みきって尋ねると、アリスはそれを聞いて急いでお菓子をポシェットと口に詰め込んでいる。そしてそれをちゃっかりアミナスが真似している。
「モブさんの所にしましょう。彼へのプレゼントはナマモノなので」
「なんでナマモノ? まぁいっか。それじゃあアリス、アミナス、そろそろ行くから止めなさい。あと人のポシェットにおやつ詰めるのも止めなさい」
二人は自分たちのポシェットに入り切らなかったおやつを家族のポシェットに詰め込もうとした所でようやくノアに止められた。そんなアリス達を見ていたキャロラインがそっと空のカゴをノアにくれた。
「二人共、キャロラインがカゴくれたからここに詰めて。ありがとう、キャロライン。助かったよ」
「い、いえ、いいのよ、これぐらい。どのみちこれはあなた達に用意したお菓子だもの。それじゃあ皆、気をつけるのよ。アミナスはちゃんと頭まで被ってなさいな」
「あい!」
大好きなキャロラインに言われてアミナスはまた目出し帽を被ると、ノエルに閉めてと催促する。
アリスは皆の準備が整ったのを見て口笛を吹いた。次の瞬間、窓の外からバサバサという羽音と歓声が上がる。何事かと思ってバルコニーから下を覗き込むと、夜の見張りをしていた騎士たちがドラゴン達が飛び上がるのを見て喜んでいるのが見えた。
「キャロライン様、ルイス様、メリークリスマス! これ、私達からお二人と子どもたちに。それからこっちのは私個人からでそれから――」
「これ、僕たちからライアンとエイダンに。ハッピーメリー・クリスマスです!」
アリスがキャロライン達にプレゼントを渡したのを見てノエルが代表してルイスにライアンとエイダンの分を渡すと、二人共一瞬驚いたような顔をして、次の瞬間、花が咲いたように微笑んで抱きしめてくれた。
「ありがとう、二人もきっと喜ぶわ! あなた達も明日の朝を楽しみにしていてね」
キャロラインはそう言って子どもたちの頬にキスをして周ると、皆を送り出した。
「はぁ、相変わらず騒がしかったな! それにしても俺はまだ認められていないのか」
誰も居なくなった部屋を見てルイスが言うと、キャロラインはアリスから受け取ったプレゼントを解いて中を確認して笑った。
「そうでもないと思うわ。ほら」
そう言ってキャロラインがルイスにアリスに貰ったプレゼントを見せると、そこには、多分二人の男女? が寄り添って笑っている絵が入っていた。二人共金髪なのでこれはきっとルイスとキャロラインなのだろう。それを見てルイスは吹き出す。
「相変わらずあいつの絵は凄いな! そうか……このスライムみたいなのは俺か」
「多分ね。口ではあんな事言ってても、ちゃんとルイスは認められているわ」
「ああ、そう思う事にしておこう」
ルイスはキャロラインを抱き寄せてこめかみにキスをすると、二人は笑いながらそのまま部屋を出て寝室に戻った。
「ねぇねぇ、モブの所でもいいんだけどさぁ~カイン様の所とアラン様の所に先に行かないー?」
アリスが叫ぶと、ノアとキリは顔を見合わせて頷いた。たしかにアリスの言う通り、二人の屋敷はどちらもここからすぐだ。
「でもアリス、時間遅くなってきてるからもうさっさと済ますよ!」
「もち! よしドンちゃん! 全速力だ~!」
「ぎゅー!」
ドラゴンの全速力はヤバいほど早い。ノアはそれを聞いてギョッとした。
「こ、こらアリス! 今日は皆も乗ってるんだから――早い! 皆、どこかにしっかり捕まって!」
早すぎて呼吸が出来なくなりそうだったのでノアは子どもたちの頭を抑え込んで体勢を低くする。
それに倣ってキリもミアとアニーを抱きかかえてポツリと言う。
「これで誰かが風邪でも引いたらお嬢様を一生恨みます……そう、一生……大体お嬢様はいつもいつも……」
「怖い怖い。キリ、呪詛を吐くの止めて!」
ボソボソと呪文のようにアリスへの罵詈雑言を並べ立てるキリにノアが突っ込んでる間にドンが下降しだした。
「カイン様のとこについたよ~! あれ?」
アリスが意気揚々と振り返ると、ドンの背中のカゴに誰もいない。まさかどこかで落としたか? そう思いながら恐る恐る立ち上がってカゴの中を覗き込むと、皆がカゴの中でうずくまって身を寄せ合っているではないか。
「良かった! 皆いた!」
「居るよ! どうして全速力だなんて言うの! 誰か落ちたらどうするの!」
「ごめんなさい。でも早くしないとって思って」
「分かるけど! で、カインはこの時間もう寝てると思うけどどうするの?」
「うん。ちゃんとサンタさんっぽく煙突から侵入するよ!」
「堂々と不法侵入宣言ですか」
「テヘペロ!」
そう言ってアリスはドンの背中から飛び降りてカインの屋敷の煙突に降り立った。
「ついでにルークのも置いてきてあげる。子どもたち、しっかり見ておくのだぞ! 来年からは君たちもこのサバイバルに参加するのだから!」
そう言ってアリスは小さめの白い袋を担いで煙突から侵入して行った。
「サバイ……バル? ねぇ父さま、母さまこれから何するの? 大丈夫なの?」
「う~ん……大丈夫かどうかって聞かれたら完全にアウトだよ」
心配そうなノエルの頭を撫でつつノアがドンに下に降りるよう指示すると、ドンは静かに庭に降り立つ。
しばらくすると、屋敷の中から一瞬誰かの叫び声が聞こえた気がしたが、すぐにシンと静まり返る。
「誰か殴られましたね。警備の人でしょうか」
「多分ね。可哀想に」
ノアはカゴから降りてノエルアミナス、そして双子を引き連れてそっと屋敷の中を覗き込んだ。
「よく見ておくんだよ。絶対に真似しちゃ駄目って言う良い例だから」
「う、うん」
「……わかりました」
「不法侵入の上に乱暴を働くとは……奥様は一体どんな感性をしているのですか?」
屋敷の中は真っ暗だが、誰かが蠢く気配がしている。暗闇にぼんやりと浮かび上がるあの白い袋はアリスが持っていったものだろうか。
そっと耳を澄ますとアリスの小さな声が聞き取れた。
「へ、へへへ……どこだぁ~……寝室はどこだぁ~?」
「と、父さま!」
何だか笑いながら部屋を徘徊する母親の姿が怖すぎてノエルはノアに思わず抱きついた。
「ノエル、しっかり見て。辛い現実から目を逸らしても碌な事にならないよ。嫌な現実でもしっかり受け止める強い心を持つんだよ」
「う、うん」
「ノア様、たかが4歳の子に何を教えようとしているのですか。ノエル、こちらへ。もう見なくていいです。ああはならないように、俺たちが言いたいのはそれだけです」
「ならない! 怖い!」
「よろしい。それが分かれば十分ですよ」
キリはノエルを抱き寄せてカゴに戻すと、双子の教育にも良くないと言って子どもたちをカゴの中に押し込んで行く。
「かーたまかこいい!」
「かっこいいかなぁ? アミナス、僕は君が一番心配だよ。何せ君はアリスそっくりだから」
「かーたまみたい! あみも!」
「いやいや、ああはならなくていいよ。どうせならキャロラインみたいにならない?」
それも嫌だけれど、アリスよりははるかにマシだ。ノアは一縷の希望を口にしてみたが、アミナスはブンブンと首を横にふる。
「ならない! かーたま、なる!」
「う~ん、困ったねぇ」
まぁもう元気だったらそれでいいか。ノアがそんな事を考えていたその時、ドサリと何かが降りてきた。
「たっだいま! お! アミナスってば私の勇姿を見ててくれたの?」
「うん!」
「そっか、偉い偉い! こうやって皆の所にプレゼント配るんだよ~」
「くばる! あみもやる!」
「うんうん! ぎゃん!」
「何が配るんだよ、ですか。ふざけるのも大概にしてください。ほら、さっさと次に行きますよ!」
キリはアリスとアミナスの首根っこを掴んでズルズルとカゴに押し込んだ。そんなキリの後からノアが苦笑いを浮かべながらついてくる。
カゴに乗り込むとノアがアリスに尋ねた。
「皆寝てた?」
「うん! もう超ぐっすりだったよ! でも悪い夢見てたのかも」
「なんで?」
「だって三人とも顔引きつってたもん。クリスマスに悪夢見るなんて可哀想。プレゼント見てそんな悪夢忘れてくれたらいいな!」
アリスがニコニコしながらそんな事を言うと、ノアは声も出さずに肩を震わせる。
「う、うん、そうだね。じゃ、次はアランかな」
カイン達はきっと起きていたに違いない。アリスが来た事を知って慌てて寝た振りをしただけだ。本当に可哀想である。
「……行ったか?」
ベッドに仰向けになって目を閉じたままカインが言うと、隣でフィルマメントとルークがゴソゴソと動く気配がした。
「……多分」
ルークが言うと、カインは安心したように大きな息を吐く。
物音と警備の人の短い叫び声が聞こえたと思ったら、その後すぐに女の人の不気味な笑い声が聞こえた。それが聞こえた途端、部屋の隅に置いてあったレイピアを持ってドアの前で様子を伺っていたカインが、今度は慌てて体を起こしたフィルマメントとルークを押し倒して言ったのだ。
『寝た振りしてろ。いいか、絶対だ。絶対に良いって言うまで目を開けるなよ。フィル、奴が来た。クリスマスの悪魔だ』
『! そんな……今年から解禁なの!?』
『みたいだ』
それから三人はベッドの上でずっと寝た振りをしていた。ひたひたと何かが近づいてくる気配がして怖くなったルークは気づけば両親の手を握っていた。そして今に至る。
「ねぇ、クリスマスの悪魔って……」
体を起こしたルークが青ざめて言うと、カインとフィルマメントも起き上がって言った。
「ああ、サンタさんだよ。クリスマスがどうやら今年から解禁したみたいだ。大丈夫か? ルーク。怖かったろ?」
何も知らないルークを抱き寄せてカインが言うと、ルークは小さく頷く。
「はぁ……まさか今年から解禁になるなんて思わなかったわ。久しぶりに心臓がドキドキした!」
妖精は滅多な事では驚いたりしないが、この時期だけはいつもドキドキヒヤヒヤするフィルマメントだ。何だかもうそういう催し物のようになっている。
胸を押さえてそんな事を言うフィルマメントにカインは苦笑いを浮かべた。
「俺も。いや~完全に油断してたわ。ほらルーク、これお前のだよ」
そう言ってカインがまだしがみついて離れないルークの肩を叩いて、ルークの枕元を指差すと、ようやくルークが顔を上げた。
「これって……プレゼント?」
「そう。クリスマスの悪魔はこうやって深夜に侵入してきて何故か枕元にプレゼントを置いて帰るんだ。ちなみに起きてたら殴られて無理やり寝かされる」
「……それは良い人なの? それとも悪い人?」
「どうだろーなぁ。まぁ寝た振りしてたら大抵やり過ごせるから。ただめちゃくちゃ怖いけどな」
「本当に! 絶対にサンタさんが来たら起きちゃ駄目! 何年か前なんてカインは大きなコブが出来た!」
「あったなぁ、そんな事も! さて、それじゃあ今度こそ仲良く川の字で寝ようか。ルーク、真ん中行きな」
「いいの?」
「たまにはいいさ。クリスマスだしな。狭いけど我慢な」
「うん!」
さっきまではカインが真ん中だったが、今度は自分が真ん中になったルークはそれが何だかとても嬉しくてやっぱり両親と手をつないで眠った。
「キャロライン様ぁ~!」
思わず嬉しくてアリスが叫ぶと、それに気づいたキャロラインがこちらを見上げて手を振って、自分が立っているテラスを指差す。どうやらあそこに着地しろと言っているようだ。
「ドンちゃん! 我らの女神様があそこに降りろと申しておるぞ!」
「ぎゅ!」
ドンはアリスに従って真っ直ぐにそちらに向かって飛んでいくが、その後ろからゾロゾロとついてくるドンの子どもたちとスキピオの姿に明らかにキャロラインの顔がこわばる。
「相変わらず苦手なんだねぇ、キャロラインは」
「ノア様、言ってはなんですが、深夜にこの量のドラゴンが飛んでくるのはキャロライン様でなくても怖いと思うのです」
「そう?」
「はい。俺だったら奇襲かと思うので」
「はは、確かに」
ドンはゆっくりと滑空してキャロラインの居た場所まで降りると無事に全員をその場に下ろしてすぐに飛び立った。きっと怯えるキャロラインを可哀想に思ったのだろう。ドンは本当に心優しいドラゴンだ。
「キャロライン様ぁ! ハグッ!」
「ハグ……冷たい! アリス、あなた氷みたいよ!? それに何なの、その格好! ルイス、すぐに私のマントを持ってきてちょうだい!」
アリスを抱きとめたキャロラインはアリスのあまりの冷たさにギョッとして部屋の中でお茶の準備をしていたルイスに声をかけた。
「どうして上着を着ないの! バカな子ね」
「えへへ、ごめんなさい」
「全く! ところで……今回は全員で来たの?」
「はい!」
アリスはそう言って名残惜しく思いながらキャロラインから体を離すと、そっと体を横にズラした。するとそこには申し訳無さそうな顔をしている家族達の姿がある。
「お、お嬢様……申し訳ありません、このような格好で……」
「まぁ、ミアまで! どうしたの? 頬が赤いわよ?」
「ああ、ミアさんは先程まで酔っぱらむぐっ――」
キリが正直に言おうとしたら、血相を変えたミアに思い切り口を塞がれてしまった。
「さ、寒かったんです! ね!? キリさん!」
もう少しでキャロライン様の所に着きますよ、と言われてようやく覚醒したミアは、出来る限り髪型と服装を整えたが、空の上ではそんな抵抗は無駄だった。
結果ぐしゃぐしゃの髪型でキャロラインの前に姿を現さなくてはならなくなった自分が恥ずかしすぎる。
「まぁ、可哀想に。こっちへいらっしゃいな。部屋は温かいわよ。あ、あとドンちゃん達にもすぐにストーブとお茶を用意させるわね」
「キャロライン様! 流石我が推し!」
いつでも皆を優しく気遣うキャロラインにアリスは目を輝かせながら言うと、誰よりも先に部屋に勝手に入り込んで行く。そんなアリスにキャロラインは苦笑いをするだけだ。
アリスに続いて家族達がゾロゾロと部屋に入る。そして全員入りきった所でキャロラインがある一点をじっと見つめていた。
「ね、ねぇノア……」
「ん?」
「あのね、それは……誰? ていうか、何?」
ノエルとレオにしっかりと手を握られた真っピンクの人の形の塊を見てキャロラインが言うと、ノアはニコッと笑う。
「アミナスだよ。リー君とライラちゃんからのプレゼントなんだ。こうでもしないとこの子、アリス以上にヤバい格好してたもんだからさ」
「アリスよりもヤバい格好……もしかして裸だったの?」
「まぁ、近いかも。極度の暑がりなんだよね」
ははは、と笑うノアにキャロラインが、正気!? とでも言いたげに見つめてくるが、それ以上は黙っておいた。
「そ、そうなの。えっと……アミナス?」
「きゃおー!」
「あら、本当にアミナスだわ」
中身がアミナスだと分かってキャロラインが手を広げると、アミナスは迷うことなくキャロラインに飛びついてくる。
「きゃおすきー」
「私も好きよ、アミナス。お顔を見せてちょうだい」
キャロラインが言うとアミナスは四苦八苦しながら服を脱ごうとするが、どうやら自分では脱げないようだ。見かねたノエルが後ろからそっとアミナスの頭の部分を取ってやっている。
「ありがとう、ノエル。あなた達も冷たくなってるじゃないの。暖炉の側に行きなさい。お茶とお菓子を用意してあるわ」
「! ありがとうございます、王妃様」
「いいのよ、キャロラインで。ほら、アニーも」
ミアが抱いていたアニーも抱き寄せたキャロラインは、子どもたちを暖炉の側に置いて戻ってきた。
「大人はこちらでお茶をしましょう。どうせこの後も飛び回るのでしょう?」
「僕たちが来るなんて知らなかったのによくこんな準備出来たね」
誰よりも先に勧められた椅子に座ったノアが言うと、キャロラインは呆れたようにアリスをチラリと見た。
「何かね、声が聞こえた気がしたのよね。だからそれをルイスに伝えたら、ではお茶の準備をして待っていよう、って」
「いつもやられてばかりでは癪だからな!」
キャロラインが言い終わると同時にルイスがキャロラインのマントを持ってやってきた。それを無理やりアリスに被せて皆のカップにお茶を注いで行く。
「ルイス様、ありがとう」
「構わんぞ。アリス、それはもうお前にやる。どうせ来年には新調しなければならなかったからな」
「え!? ほ、本当に? キャロライン様、本当の本当に!?」
ルイスに被されたマントを握りしめてアリスが言うと、キャロラインは苦笑いをしながら頷く。それを見てアリスはその場で飛び跳ねて喜んだ。
「ミアさん聞いた!? 帰ったらこのマントを解体してお揃いの服を作ろうよ!」
「え? い、いいんですか?」
「もちのろんだよ! 推しのマントを独り占めするだなんて、天罰が下りますぞ!」
「ふぁぁぁ……お嬢様のマントで作った服だなんて……そ、そんな贅沢が許されるのでしょうか……」
「許される! 我々は日頃から推し活を頑張っている! これはそのご褒美ですぞ!」
「そ、そうですよね!? 毎日お嬢様の絵姿を枕の下に敷いて寝たり、お嬢様と同じ香油をこっそり買ってみたりしてますもんね!」
「そうですとも! 推しと同じ香りを纏う! 推しの私物を嗅ぐ! 推しの絵姿をいたるところに貼る! 推しの素晴らしさを説いて周る! これほど崇高な趣味もありますまい!」
「そ、そんな事をしているの? あなた達」
引きつったキャロラインにノアとキリがそっと胸元から何かを取り出した。それは小さなペンダントだ。無言でそれを開けた二人は中をキャロラインに見せた。
「お、恐ろしい……な、何故あなた達がこんな物を……?」
ペンダントに入っていたのは紛れもない自分の絵姿だ。ノアとキリがこんな物を持っているだけで何だかゾッとするのに、それを身に着けているのにも震える。
「配られたんだよね、半年ぐらい前に。取ると殴られるんだ。忠誠心はないのかーって」
「ありませんと言っても殴られたので、我々にはもう常に着けておくという選択肢しかありませんでした」
「……怖い。しかしそれは俺も欲しいな。アリス! このペンダントはもう無いのか?」
キャロラインの隣からペンダントを覗き込んでいたルイスが言うと、アリスは半眼で振り返って言う。
「おが屑様は本人が居るからいいでしょ? 私達は! たまにしか会えないというのに! 何故! おが屑様は毎日寝食を共に出来るのか! 解せぬ!」
「ふ、夫婦だからだが!? あとおが屑おが屑言うな!」
「夫婦! 夫婦ですってミアさん! このおが屑いっちょ前にキャロライン様と夫婦ですって!! 嘆かわしい!」
「……そこについてはもう……お嬢様が選んだ方なので私は何も……」
グスンと涙を拭う振りをしたミアにルイスが青ざめる。
「では聞くが、どんな相手だったら納得だったのだ!」
「そんなもの、えっと……う~ん……兄さまみたいな人に決まってるでしょ!」
アリスの中でのスパダリと言えばそれはもうノア一択だ。優しいし何でも出来るし強い。心に悪魔を飼っているが、そこはまぁ……この際目をつぶろう。
アリスのこの言葉を聞いて今度はキャロラインとノアが青ざめた。
「い、嫌よ! 何を言い出すの、アリス! 私に死ねと言っているの!?」
「僕だって嫌だよ! あ、でもアリスの中で僕は推しの結婚相手には申し分無いぐらいの存在って事? そう考えるとこれは喜ぶ……べき?」
「ノア様、しっかりしてください。お嬢様は異性の中ではノア様がマシというだけで、ふさわしいとは微塵も思っていません」
「ねぇ、どうしてキリはいつも僕にとどめを刺してくるの?」
「とどめだなんてとんでもない。俺はいつも真実しか口にしていません」
「あ、そう。さて、それじゃあそろそろ次に行こうか。次はどこ行く?」
ノアが最後のお茶を飲みきって尋ねると、アリスはそれを聞いて急いでお菓子をポシェットと口に詰め込んでいる。そしてそれをちゃっかりアミナスが真似している。
「モブさんの所にしましょう。彼へのプレゼントはナマモノなので」
「なんでナマモノ? まぁいっか。それじゃあアリス、アミナス、そろそろ行くから止めなさい。あと人のポシェットにおやつ詰めるのも止めなさい」
二人は自分たちのポシェットに入り切らなかったおやつを家族のポシェットに詰め込もうとした所でようやくノアに止められた。そんなアリス達を見ていたキャロラインがそっと空のカゴをノアにくれた。
「二人共、キャロラインがカゴくれたからここに詰めて。ありがとう、キャロライン。助かったよ」
「い、いえ、いいのよ、これぐらい。どのみちこれはあなた達に用意したお菓子だもの。それじゃあ皆、気をつけるのよ。アミナスはちゃんと頭まで被ってなさいな」
「あい!」
大好きなキャロラインに言われてアミナスはまた目出し帽を被ると、ノエルに閉めてと催促する。
アリスは皆の準備が整ったのを見て口笛を吹いた。次の瞬間、窓の外からバサバサという羽音と歓声が上がる。何事かと思ってバルコニーから下を覗き込むと、夜の見張りをしていた騎士たちがドラゴン達が飛び上がるのを見て喜んでいるのが見えた。
「キャロライン様、ルイス様、メリークリスマス! これ、私達からお二人と子どもたちに。それからこっちのは私個人からでそれから――」
「これ、僕たちからライアンとエイダンに。ハッピーメリー・クリスマスです!」
アリスがキャロライン達にプレゼントを渡したのを見てノエルが代表してルイスにライアンとエイダンの分を渡すと、二人共一瞬驚いたような顔をして、次の瞬間、花が咲いたように微笑んで抱きしめてくれた。
「ありがとう、二人もきっと喜ぶわ! あなた達も明日の朝を楽しみにしていてね」
キャロラインはそう言って子どもたちの頬にキスをして周ると、皆を送り出した。
「はぁ、相変わらず騒がしかったな! それにしても俺はまだ認められていないのか」
誰も居なくなった部屋を見てルイスが言うと、キャロラインはアリスから受け取ったプレゼントを解いて中を確認して笑った。
「そうでもないと思うわ。ほら」
そう言ってキャロラインがルイスにアリスに貰ったプレゼントを見せると、そこには、多分二人の男女? が寄り添って笑っている絵が入っていた。二人共金髪なのでこれはきっとルイスとキャロラインなのだろう。それを見てルイスは吹き出す。
「相変わらずあいつの絵は凄いな! そうか……このスライムみたいなのは俺か」
「多分ね。口ではあんな事言ってても、ちゃんとルイスは認められているわ」
「ああ、そう思う事にしておこう」
ルイスはキャロラインを抱き寄せてこめかみにキスをすると、二人は笑いながらそのまま部屋を出て寝室に戻った。
「ねぇねぇ、モブの所でもいいんだけどさぁ~カイン様の所とアラン様の所に先に行かないー?」
アリスが叫ぶと、ノアとキリは顔を見合わせて頷いた。たしかにアリスの言う通り、二人の屋敷はどちらもここからすぐだ。
「でもアリス、時間遅くなってきてるからもうさっさと済ますよ!」
「もち! よしドンちゃん! 全速力だ~!」
「ぎゅー!」
ドラゴンの全速力はヤバいほど早い。ノアはそれを聞いてギョッとした。
「こ、こらアリス! 今日は皆も乗ってるんだから――早い! 皆、どこかにしっかり捕まって!」
早すぎて呼吸が出来なくなりそうだったのでノアは子どもたちの頭を抑え込んで体勢を低くする。
それに倣ってキリもミアとアニーを抱きかかえてポツリと言う。
「これで誰かが風邪でも引いたらお嬢様を一生恨みます……そう、一生……大体お嬢様はいつもいつも……」
「怖い怖い。キリ、呪詛を吐くの止めて!」
ボソボソと呪文のようにアリスへの罵詈雑言を並べ立てるキリにノアが突っ込んでる間にドンが下降しだした。
「カイン様のとこについたよ~! あれ?」
アリスが意気揚々と振り返ると、ドンの背中のカゴに誰もいない。まさかどこかで落としたか? そう思いながら恐る恐る立ち上がってカゴの中を覗き込むと、皆がカゴの中でうずくまって身を寄せ合っているではないか。
「良かった! 皆いた!」
「居るよ! どうして全速力だなんて言うの! 誰か落ちたらどうするの!」
「ごめんなさい。でも早くしないとって思って」
「分かるけど! で、カインはこの時間もう寝てると思うけどどうするの?」
「うん。ちゃんとサンタさんっぽく煙突から侵入するよ!」
「堂々と不法侵入宣言ですか」
「テヘペロ!」
そう言ってアリスはドンの背中から飛び降りてカインの屋敷の煙突に降り立った。
「ついでにルークのも置いてきてあげる。子どもたち、しっかり見ておくのだぞ! 来年からは君たちもこのサバイバルに参加するのだから!」
そう言ってアリスは小さめの白い袋を担いで煙突から侵入して行った。
「サバイ……バル? ねぇ父さま、母さまこれから何するの? 大丈夫なの?」
「う~ん……大丈夫かどうかって聞かれたら完全にアウトだよ」
心配そうなノエルの頭を撫でつつノアがドンに下に降りるよう指示すると、ドンは静かに庭に降り立つ。
しばらくすると、屋敷の中から一瞬誰かの叫び声が聞こえた気がしたが、すぐにシンと静まり返る。
「誰か殴られましたね。警備の人でしょうか」
「多分ね。可哀想に」
ノアはカゴから降りてノエルアミナス、そして双子を引き連れてそっと屋敷の中を覗き込んだ。
「よく見ておくんだよ。絶対に真似しちゃ駄目って言う良い例だから」
「う、うん」
「……わかりました」
「不法侵入の上に乱暴を働くとは……奥様は一体どんな感性をしているのですか?」
屋敷の中は真っ暗だが、誰かが蠢く気配がしている。暗闇にぼんやりと浮かび上がるあの白い袋はアリスが持っていったものだろうか。
そっと耳を澄ますとアリスの小さな声が聞き取れた。
「へ、へへへ……どこだぁ~……寝室はどこだぁ~?」
「と、父さま!」
何だか笑いながら部屋を徘徊する母親の姿が怖すぎてノエルはノアに思わず抱きついた。
「ノエル、しっかり見て。辛い現実から目を逸らしても碌な事にならないよ。嫌な現実でもしっかり受け止める強い心を持つんだよ」
「う、うん」
「ノア様、たかが4歳の子に何を教えようとしているのですか。ノエル、こちらへ。もう見なくていいです。ああはならないように、俺たちが言いたいのはそれだけです」
「ならない! 怖い!」
「よろしい。それが分かれば十分ですよ」
キリはノエルを抱き寄せてカゴに戻すと、双子の教育にも良くないと言って子どもたちをカゴの中に押し込んで行く。
「かーたまかこいい!」
「かっこいいかなぁ? アミナス、僕は君が一番心配だよ。何せ君はアリスそっくりだから」
「かーたまみたい! あみも!」
「いやいや、ああはならなくていいよ。どうせならキャロラインみたいにならない?」
それも嫌だけれど、アリスよりははるかにマシだ。ノアは一縷の希望を口にしてみたが、アミナスはブンブンと首を横にふる。
「ならない! かーたま、なる!」
「う~ん、困ったねぇ」
まぁもう元気だったらそれでいいか。ノアがそんな事を考えていたその時、ドサリと何かが降りてきた。
「たっだいま! お! アミナスってば私の勇姿を見ててくれたの?」
「うん!」
「そっか、偉い偉い! こうやって皆の所にプレゼント配るんだよ~」
「くばる! あみもやる!」
「うんうん! ぎゃん!」
「何が配るんだよ、ですか。ふざけるのも大概にしてください。ほら、さっさと次に行きますよ!」
キリはアリスとアミナスの首根っこを掴んでズルズルとカゴに押し込んだ。そんなキリの後からノアが苦笑いを浮かべながらついてくる。
カゴに乗り込むとノアがアリスに尋ねた。
「皆寝てた?」
「うん! もう超ぐっすりだったよ! でも悪い夢見てたのかも」
「なんで?」
「だって三人とも顔引きつってたもん。クリスマスに悪夢見るなんて可哀想。プレゼント見てそんな悪夢忘れてくれたらいいな!」
アリスがニコニコしながらそんな事を言うと、ノアは声も出さずに肩を震わせる。
「う、うん、そうだね。じゃ、次はアランかな」
カイン達はきっと起きていたに違いない。アリスが来た事を知って慌てて寝た振りをしただけだ。本当に可哀想である。
「……行ったか?」
ベッドに仰向けになって目を閉じたままカインが言うと、隣でフィルマメントとルークがゴソゴソと動く気配がした。
「……多分」
ルークが言うと、カインは安心したように大きな息を吐く。
物音と警備の人の短い叫び声が聞こえたと思ったら、その後すぐに女の人の不気味な笑い声が聞こえた。それが聞こえた途端、部屋の隅に置いてあったレイピアを持ってドアの前で様子を伺っていたカインが、今度は慌てて体を起こしたフィルマメントとルークを押し倒して言ったのだ。
『寝た振りしてろ。いいか、絶対だ。絶対に良いって言うまで目を開けるなよ。フィル、奴が来た。クリスマスの悪魔だ』
『! そんな……今年から解禁なの!?』
『みたいだ』
それから三人はベッドの上でずっと寝た振りをしていた。ひたひたと何かが近づいてくる気配がして怖くなったルークは気づけば両親の手を握っていた。そして今に至る。
「ねぇ、クリスマスの悪魔って……」
体を起こしたルークが青ざめて言うと、カインとフィルマメントも起き上がって言った。
「ああ、サンタさんだよ。クリスマスがどうやら今年から解禁したみたいだ。大丈夫か? ルーク。怖かったろ?」
何も知らないルークを抱き寄せてカインが言うと、ルークは小さく頷く。
「はぁ……まさか今年から解禁になるなんて思わなかったわ。久しぶりに心臓がドキドキした!」
妖精は滅多な事では驚いたりしないが、この時期だけはいつもドキドキヒヤヒヤするフィルマメントだ。何だかもうそういう催し物のようになっている。
胸を押さえてそんな事を言うフィルマメントにカインは苦笑いを浮かべた。
「俺も。いや~完全に油断してたわ。ほらルーク、これお前のだよ」
そう言ってカインがまだしがみついて離れないルークの肩を叩いて、ルークの枕元を指差すと、ようやくルークが顔を上げた。
「これって……プレゼント?」
「そう。クリスマスの悪魔はこうやって深夜に侵入してきて何故か枕元にプレゼントを置いて帰るんだ。ちなみに起きてたら殴られて無理やり寝かされる」
「……それは良い人なの? それとも悪い人?」
「どうだろーなぁ。まぁ寝た振りしてたら大抵やり過ごせるから。ただめちゃくちゃ怖いけどな」
「本当に! 絶対にサンタさんが来たら起きちゃ駄目! 何年か前なんてカインは大きなコブが出来た!」
「あったなぁ、そんな事も! さて、それじゃあ今度こそ仲良く川の字で寝ようか。ルーク、真ん中行きな」
「いいの?」
「たまにはいいさ。クリスマスだしな。狭いけど我慢な」
「うん!」
さっきまではカインが真ん中だったが、今度は自分が真ん中になったルークはそれが何だかとても嬉しくてやっぱり両親と手をつないで眠った。
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