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第338話 番外編 アリスのクリスマス2022 パート7

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「いよいよアラン様の家に到着ですぞ! おや? 何やらお部屋から明かりが漏れていますなぁ! それにこの声……」
「リリーが泣いてるんだ!」

 ノエルがアリスの膝の上で言うと、アリスは手を口元に当てて何やら考え込んでいる。

「ふむ。では二人へのプレゼントはあれに決まりですな! 兄さま、ハンナ特製ミルク安らかに眠れ~る君の準備を!」
「ねぇ、そのネーミング何とかならない? ただの良く眠れるハンナが作ったミルクなのにさ、何だか怖いんだよ。目覚めなくなりそうで」
「何を言う! これ以上の名前は他にあるまい! 地獄のように毎夜泣き叫んでいたアミナスの夜泣きがピタリと収まったのはこれのおかげですぞ!」
「それはでも本当に! アニーの夜泣きもピタリと止まりました! でも朝まで死んだように寝てるので少し怖かったんですが、一体何が入っていたんですか?」
「特に驚くような物は入っていません。ハンナの作った物は何でも昔から何故かそういう作用があるというだけです。本人も愛用していますよ。というかお嬢様、言ってはなんですが、あなたはただの一度もアミナスの夜泣きで起きた事など無いでしょう? 起きていたのはあなた以外の人達ですよ」
「むむ! 聞き捨てなりませんな! 我とて流石に一度や二度? ぐらいは起きた……はず?」
「記憶に無いのですから起きて無いのですよ。では早く届けてあげましょう。夜泣きはこちらの体力と精神をゴリゴリに削ってきますから」

 キリが袋にハンナ特製ミルクを大量に入れるとドンに言った。

「ドン、あの明かりのついた部屋のバルコニーに降りてください」
「ぎゅ!」

 キリに言われた通りに明かりのついた部屋のバルコニーに降りたドンは、その勢いで窓ガラスを慎重にノックした。

 するとすぐにカーテンが開いたかと思うと、アランがこちらを見上げて固まっている。 

「!?」
「え!? きゃぁ! え、ドン……ちゃん? 何でここに……? ああ、ごめん! 驚いたよね、ごめんごめん!」
「ぎゅゅぅ~」

 アランに続いてリリーを抱いたチビアリスがやってきて、やっぱりドンを見て叫んだ。その拍子にウトウトしていたリリーが大声で泣き出す。

 あまりの申し訳無さにドンが項垂れると、ようやく背中からアリスが降りてきた。

「やぁやぁやぁ! 今年は特別に起きていても怒らないゾ!」
「ア、アリスさん……? と、皆も……あ! クリスマス!?」
「アランせいか~い。はい、ちょっとリリー貸して」
「ノア! ちょちょ、一体何する気ですか!?」

「嫌だな。変な事はしないよ。はい、リリー。これ飲んで落ち着こっか。見てごらん? パパとママの目の下。おっきなクマが出来てるでしょ? 人間はね、夜は寝るものなんだよ。君も早く人間になろうね~? でないとサンタさんに袋に詰められて攫われちゃうぞ~」

 そう言ってノアは半ば無理やりチビアリスの手からリリーを奪い取ってハンナの特製ミルクを飲ませた。すると、ほんの数秒でリリーは大きな欠伸をしてぐったりと動かなくなる。

「はい、これで良し!」
「良し! じゃないですよ! 怖いこと言いながら何飲ませたんですか!?」
「ア、アラン様!」

 ノアから戻ってきたリリーを覗き込んでいたチビアリスはハッとしてアランを呼んだ。腕の中のリリーは健やかな寝息を立てている。今まで何をどうしても泣き止まなかったのに、だ。

「え……ね、寝て……る?」
「うん。何か良い夢見てるみたい……ほら、笑ってる」
「本当ですね……え、本気で何飲ませたんですか? 怪しいクスリとかではないですよね?」

 怪訝な顔をしてノアに詰め寄ると、ノアは両手を上げて笑った。

「誓って違うから安心して。それね、ハンナの特製ミルクなんだよ。アミナスも夜泣きが酷かったからハンナにミルクを作ってもらったらそれが物凄い効き目でさ。うちの領地じゃ昔から評判なんだよ。だから赤ちゃんが生まれたら大抵の人がハンナにミルク作ってもらいに来るんだ」
「そ、そんな……でもちょっと効き目が凄すぎません?」
「いや、それはちょっと僕たちもビックリしたんだけど、本気で何も入ってないんだよね。しいて言えばハンナがこれを作る時に使う大釜が凄い……のかもしれない」
「よく分らない物を飲ませないでくださいよ! まぁでもアミナスも元気ですもんね……大丈夫か」

 むしろアミナスなど元気がいつも有り余っていると言っても過言ではない。

「大丈夫です。アニーもよく飲んでいますから安心してください。ちなみに商品名は『ハンナ特製ミルク安らかに眠れ~る君』です」
「ネーミングセンスが怖いっ!」

 思わずアランとチビアリスが同時に叫んだが、そんな二人を見てノアはニコッと微笑んだ。

「沢山あるからこれは置いて行くよ。それじゃあね、二人共。良いクリスマスを」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう、ノア様!」
「うん。ほらアリス、行くよ!」

 あんな電話があったから心配していたが、どうやらもう大丈夫そうだ。ノアは去り際にアランの肩をポンと叩いた。そして小声で言う。

「アラン、気をつけてね。女子はどこに地雷があるか全く予測がつかないから。何度も言うけど、結婚はゴールじゃない。スタート地点だよ。それをよーく覚えておいて」
「わ、分かりました。肝に銘じます」
「あと、もしも万が一君がこの先離縁なんてしたら、多分もう二度と結婚も恋愛も出来ないよ」
「な、何故?」

 ノアの言葉にアランはゴクリと息を呑んだ。チビアリス以外と結婚も恋愛もする予定はないが、どうしてわざわざそんな事を忠告してくるのか気になった。

「え、だって君はアリスにしか惚れないようになってるから。そういう設定だったから。ちなみにチビアリスにその設定は無いから頑張ってね?」
「! それ、まだ生きてるんですか……」
「当然でしょ? 一生解除されないよ。それじゃ、良いクリスマスを!」

 それだけ言ってノアはニコニコしながら振り返り、誰にも聞こえないような小声でぽつりと言う。

「な~んちゃって」

 今日はクリスマスだ。これぐらいの後押しはしておいてやろう。ノアの珍しい仏心にアランがその後、戦慄したのは言うまでもない。

 
 怖い名前のミルクを置いてアリス達が飛び立つのを見送っていたチビアリスがふとアランを見上げると、アランは真っ青な顔をして空を見つめていた。

「アラン様? どうかしたの? 何だか青ざめてる」
「え? あ、いえ、ちょっと。寒いですね。入りましょう。リリーは?」
「凄くよく寝てる。あのミルク本当に凄いのかも」
「はは、バセット家の秘密のミルクって事でしょうか。それよりもアリス!」

 アランはリリーの頭を軽く撫でてチビアリスからリリーを奪い取ると、そのままベッドに寝かせて今度はチビアリスの肩をしっかりと掴む。

「な、なに?」

 あまりにも必死なアランの形相にチビアリスが身構えると、アランは何故か深呼吸をして早口で言った。

「今まで僕は引きこもりすぎて他人の心に鈍感でいつも君から逃げていましたが、これからは君の心もしっかりと受け止めます。だからどうか君も今までみたいに一人で抱え込まないで! どんなに些細な事でもすぐに僕に言って。いい?」
「わ、分かった。ねぇ、本当にどうしたの? 何か変だよ?」
「変じゃないです! ぜんっぜん変じゃない! むしろ今までの僕が変だった!」
「そ、そうかな?」
「うん。ごめん。もっと大事にするから……」

 そこまで言ってアランは大きく息を吐きだす。そして俯いてポツリと言う。

「ずっと側に居て」

 その言葉にチビアリスがハッと息を呑んだのが分かって顔を上げると、チビアリスがアランを無言で抱きしめてくれた。

「それはお互い様だよ。私も、アラン様の側にずっと居たい。どこにも行かないで。どこかへ行くときは絶対に連れて行って」
「うん」

 二人は特製ミルクでぐっすり眠るリリーにキスをして部屋に戻ると、その日は朝までずっと抱き合って眠った。

 二人は夢の中で年老いていて、今日の事を笑いながら話す夢を見ていた。それはとても幸せだった。
 
 
 
「さてさて、お待ちかねのモブの家が見えてきましたぞ! 上空から見てもモブに相応しい慎ましい家ですな!」

 アリスはドンに指示を出してオリバーの家から少しだけ離れた丘の上に降りた。

「それはモブさんによく似合ったうさぎ小屋のような家ですね、という事ですか?」
「ウサギ小屋は案外広いんだぞ! おまけに遊び心も満載なんだぞ! 別にそういう意味で言ったんじゃなくて、モブってこう、保守的じゃん。そのモブが家族守るために買った家がさ、見栄とかそういうのよりも景色とか庭つきとかさ、本当にドロシーと子どもの事考えたんだなって手に取るように分かっていいなって思ったんだよぅ」

 この家を購入するかどうかでオリバーとドロシーは初めての喧嘩をしたと言っていた。アリスはそれを聞いてとても嬉しくなったのだ。オリバーにしてもドロシーにしてもあまり自己主張はしない。そんな二人の初めての喧嘩が家を買うという事だったと思うと、何だかカップリング厨が疼きまくる。

「いや~まさかのダークホースだった! ドロシーとモブはある意味では一番正統派カップルで萌なんだよね~」
「そうかな? どっちも受け身すぎじゃない?」
「兄さまは攻め攻めだからそう思うんだよ! ああいう普段受け身な人が急に攻めるからキュンってなるんじゃん!」
「う~ん、そうなの?」
「そうだよ!」

 言い切って胸を張ったアリスだが、これは完全に個人の趣味の問題である。ちなみにアリス自身が攻め攻めなタイプなので若干憧れる。

「お二人の言う事はよく分かりませんね。ベストカップルは間違いなくうちですから。ねぇミアさん?」
「へ!? は……はい、私もそう、思ってます……よ」

 突然話を振られたミアは顔を真っ赤にして俯きながらコソコソと言うと、気は満足げに、双子は嬉しそうに頷く。

「何だ何だ~惚気けか~? うんうん! クリスマスなんだ惚気とけ惚気けとけ! ヒューヒュー」

 おっさんみたいな煽り方をしたアリスにノアとキリは呆れ、ミアはさらに顔を真っ赤にして俯く。どのカップリングもアリスには美味しくてたまらないので良しである。

「なんか所々昭和のおじさんなんだよね、アリスは。で、どこに降りるの? オリバーは未だにあちこちに糸張り巡らせてるよ」
「それなんだよ兄さま! モブの家は小さいけどほぼ要塞だよ! あの糸に引っかかったが最後、モブは例えどんな時でも殺し屋の本領を発揮するよ! ある意味ここが一番攻略が難しい!」
「攻略って。でもそうだね。アリス的にはそっと侵入して寝ている二人の枕元に雑巾置いてきたいんだもんね?」
「うん。特にモブはめちゃくちゃ毎年愛用してくれてるから入れ替えてあげたい!」
「……愛用ねぇ」

 ノアはアリスの言葉に吹き出しそうになるのをグッと堪えた。いつだったかオリバーは言った。『ノア、頼むからあの枕カバー止めさせて欲しいんすよ。気づかない間に枕カバー変わってるってなかなかの恐怖なんすから』と。

 何だか呪いとかが降りかかりそうで捨てる事も雑巾として使う事も出来ずに毎年きちんとタンスの隅に仕舞ってあると言っていた律儀なオリバーだ。

「まぁ、だとしたらあそこしか無いね」

 そう言ってノアが指さしたのはキッチンに面した小さな窓だ。この家には何度も何度も来たが、あそこにはいつもオリバーは何も仕掛けない。何故ならドロシーが毎朝あそこの小窓の外に小鳥用のパンくずを撒くからだ。

 それを説明すると、キリと双子が不審な目をしてノアを見つめてくる。

「ノア様、どうしてそんな事を知っているのですか?」
「そうです。旦那様、そんな身辺調査のような事を普段からしているのですか?」
「その様子だとモブさんから聞いた訳でも無さそうですし、何の為の調査なのですか? 旦那様」
「え、いやただの趣味だけど。ていうかキリが三人居ると面倒だね!」

 ははは、と笑ったノアをさらに三人が真顔で詰め寄ってくる。

「面倒というならお嬢様の方がはるかに上だと思うのですが」
「そうです。この世に奥様よりも面倒な方は居ません」
「いえ、レオ、それには語弊があります。奥様もですが、お嬢様も大概です」
「本当ですね。お嬢様の事などすっかり忘れていました」
「いや、本当にそっくりだね、君たちは! ミアさん苦労するねぇ」
 キリの暴言など慣れっこのノアが言うと、ミアは困ったように笑った。
「うちではとても気のつく優しくて素敵な旦那様と息子たちなんですけどね」
「ミアさん……」
「「母さん……」」
「……本気でそっくりだね」

 頬を染めてそんな事を言うミアに感動したのか、三人がピタリとノアを攻めるのを止めた。キリの家での実権は、どうやらミアにあるようだ。

「まぁそんな訳で入るならあそこしか――あれ? アリス?」

 話し終えて振り返ると、アリスは既に居ない。まさかと思ってオリバーの家に視線を走らせると、案の定アリスは小窓から入ろうとして途中で引っかかっていた。

「アリス……何してるの」

 ノアが近寄ってアリスを引っこ抜こうとすると、アリスはじたばたと抵抗して小声でノアに言う。

「兄さま! ちょうど良いところに! 押して! このまま中に入るから!」
「いや、押しても無理でしょ? 早く出てきなさい」
「嫌だ! ここからしか入れないんだもん! ぐぬぅ……良し、服脱ぐか!」

 少しでも薄くなれば入れるのでは? そう考えたアリスの足をノアが容赦なく引っ張った。

「バカ言わないの! そんなキャミソール一枚脱いだ所で入れる訳ないでしょ?」
「じゃあどうやってこの要塞を攻略したらいいんだよぅ、ぶー」

 小さな一軒家の割にセキュリティガッチガチの家を見上げてアリスが頬を膨らませると、ノアがニコッと笑った。

「まぁこうなる事は予測出来てたから、はい」

 そう言ってノアはポシェットから取り出したある物をアリスに渡した。それを見てアリスは顔を輝かせる。

「レッド君じゃん!」
「うん。ブリッジの所から連れてきたんだよ。あそこも今は大所帯で常に忙しそうだから渋ってたけど」

 ドンの親友ブリッジには今はもう孫どころかひ孫まで居る。ブリッジもすっかり年老いてしまってこんな風に一緒に出かける事はもうしないが、そんなブリッジの話し相手は今でもレッド君とドンだ。特にレッド君は今はずっとドンの側に居てくれている。

 アリスはレッド君を抱きしめると作戦をレッド君に吹きこもうとしてふと思った。

「でも兄さま、レッド君達はアラン様の魔法でこういう事出来なくなってるのにどうするの?」
「ん? そう言うときはね、こう言うんだよ。ねぇレッド君、オリバーがね、枕カバーが古くなって困ってるって言ってたんだ。ちょうど今日はクリスマスだしこっそりこれに変えてきてあげてくれる? ついでにこれをドロシーの枕元に、こっちをサシャの枕元に置いてきてやって。二人へのプレゼントだよ」

 そう言ってノアはレッド君にアリス特製雑巾とドロシー達へのプレゼントを持たせた。するとレッド君はコクリと頷いてしばらくプレゼントをじっと見ていたが、何かに納得したように家の中に侵入していく。

「え、なんであんなあっさり!?」
「単なる不法侵入じゃ確かに彼らは動かないよ。でも、善悪の判断が自分達で出来るレインボー隊は、それが相手にとって良い事だと思えば実行する。だから頼み方次第なんだよ、実は。もちろん制限はあるけどね。どんな場合でも誰かに危害を加えるような事は絶対にしないし、知らない人へのお願いは絶対に実行しない」
「な、なるほど。あ! もしかしてだからこの間レインボー隊に透視能力つけたの!?」
「そう。今みたいに誰かが誰かにこっそりプレゼントをする時とか中に何が入っているのかを確認する為にね。でないと例え知り合いでも中に刃物が入ってたりしたら困るでしょ?」

 レインボー隊が普及しだしてからやはり小さな事故はあちこちで起こった。それを未だに常にアップデートし続けている。

 そんな事も多々あるレインボー隊事業だが、彼らはそれらの事に目を瞑ってでも欲しいと言われ続けていた。今や一人に一レインボー隊である。

「凄いな。あんなのいつ教え込んだの? あれ、テーブルクロス引きだよね」

 レッド君の働きをアリスとノアはじっと窓の外から見守っていた。レッド君は部屋に張り巡らされた糸など物ともせずにオリバー達の枕元にたどり着くと、オリバーの枕から器用に枕カバーだけをサッと引き抜く。その手口はあまりにも鮮やかだ。

「へへ、かくし芸大会の練習に付き合ってもらったんだ~。気づいたら私よりもうまくなってたよ!」
「そうなんだ。でもどうやって枕カバー入れる気だろ」
「分かんない。私なら一発殴って気絶させるけど……」
「それはもうサンタさんのやる事じゃないよ、アリス。あ、レッド君も考えてる!」

 レッド君はオリバーの枕元に佇んで腕組をしている。そこへ異変に気づいたのかサシャのベッドから桃がやってきた。

「しまった! 桃に見つかった!」

 焦ったアリスだったが、それをノアが手で制する。

「待って。何か話してるみたい」

 桃はレイピアを抜いた状態でやってきたが、相手がレッド君だと分かるとレイピアを戻して何やら身振り手振りで話し込んでいる。その様子が何だか面白い。

「何話してるんだろう?」
「さあ? あ、でも何か思いついたみたいだよ」

 まずは桃がおもむろにオリバーの頭と枕の間にグニャグニャと入り込むと、何故か両手両足を伸ばした。その隙にレッド君がオリバーの頭の下から枕を抜き取る。

「何する気だろ?」

 ワクワクするアリスにノアは困ったように笑った。レインボー隊はかなり優秀だ。しかしあのオリバーに気付かれずどこまでやれるかと思っていたが、思っていたよりもずっと彼らは進化していたようだ。

「あの子達はどこまで発展するんだろうなぁ」

 ノアの心配など他所にアリスは窓に張り付いて二人の勇姿を見守っている。

 抜き取られた枕にアリスの雑巾を手早くかけたレッド君は、桃の両手両足の間に枕をそっと入れ込んだ。それを確認した桃はまた姿を変えてスルスルとオリバーの頭から抜け出してくる。

「おお! レインボー隊賢い!」
「形を自由に変えられるようになったからこそだね、これは」

 合体をする為に形を自在に変える事が出来るようになったレインボー隊の特技が、まさかこんな所で役立つとは流石のノアも思ってもいなかった。

 レッド君と桃はやりきった感満載で互いの肩を叩きあい、親指を立てている。 続いてレッド君はドロシーの枕元にもプレゼントを置いて、サシャへのプレゼントを桃に渡して敬礼すると、それを受け取った桃もビシっと敬礼してまたサシャのベッドに戻って行く。

 それを見届けたレッド君はまた来た道を戻り、途中で机の上に袋に入った何かを放り上げてようやくアリス達の所へ戻ってきた。

 アリスは頑張ったレッド君を抱き上げてプルンプルンの体に頬ずりをする。

「最高かよ~! よく思いついたね! モブ、全然起きなかったじゃん!」

 アリスの言葉にレッド君は顔はないがおそらく鼻の下辺りを手で擦って頷く。

「桃にもお礼しないとね。ありがとね、レッド君」

 コクリ。

 アリスに褒められたレッドは嬉しそうにノアのポシェットに帰っていった。

「さぁアリス、次で最後だよ。早く行こう」
「うん!」

 ノアが差し出してきた手を掴んだアリスは、張り巡らされた糸を避けて丘の上に戻った。
 

「うわぁぁぁぁ! また! まただ!!」

 オリバーは何か違和感に気づいて早朝に目を覚ました。そしてふとこの違和感に覚えがある事に気づいて枕を見て思わず叫ぶ。

 その声に驚いたのか、ドロシーがむにゃむにゃと目をこすって体を起こした。

「オリバー? おはよう……どうかしたの?」
「あ、ドロシー……ごめん、起こしたっすよね。これ、ちょっと見てほしいんすよ」

 そう言って震える手で枕を指差すオリバー。あまりの恐怖にもう直視したくない。

 視線をそちらに向けずにそんな事を言うオリバーにドロシーが怪訝な顔をしてオリバーが指さした先を見て青ざめた。

「こ、これ……え!? い、いつの間に!? あ! 私の所にも何かある! オリバーじゃない……よね?」
「違うっす。俺のは昨日渡したプレゼントだけっす。ちなみにサシャの所にもあるんすよ……」
「うちの警備は?」
「クリスマスだったんでいつもよりも多めに張り巡らせたっす」
「い、一体どこから……?」

 プレゼントの箱を持って震えるドロシーにオリバーの大きなため息が聞こえてくる。

「はぁ……マジでヘコむっす……アリスには俺、一生敵わないんすかね」
「え、勝とうと思った事あるの?」
「いや、ないけど」

 それは無理だ。おそらく引き分けでも無理だ。オリバーは苦笑いをしながらドロシーを抱き寄せておはようのキスをすると、苦笑いを浮かべて言った。

「また一緒に枕カバー探して欲しいんすけど、いいっすかね?」
「もちろん! それじゃあ今日は三人でお買い物に行こ!」
「いいっすね。で、ツリー見て帰ってくるっていうのは?」
「うん! デートだね! サシャ起こさなきゃ!」

 ドロシーは張り切ってベッドから降りるとサシャのベッドに向かう。

 そんなドロシーの姿にオリバーは笑みを漏らして言った。

「まぁ、結局一緒に出かける口実が出来るから悪くはないんすけどね……」

 と。そんなオリバーの独り言を、全てを知っている桃が肩を揺らして聞き耳を立てていた事は誰も知らない。
 
 そしてこの後、テーブルの上に置かれた謎の生魚を見て二人はまた驚愕するのだった。
 
 
 
 最後の最後。シャルルとシエラが住むフォルス城の近くまでやってきた時、ノアがふと口を開いた。

「あ、何となく嫌な予感がするな」

 と。

 けれどそんなノアのセリフなどアリスには届かない。かわりに答えてくれたのはキリだ。

「どうかしましたか?」
「いや、何となくだけどここは止めといた方がいいんじゃないかなって」
「何故?」
「う~ん……何となく、真っ最中の気がする」

 どうにか言葉を濁したノアにキリは真顔で頷いた。

「それは最悪ですね。ちなみにそれは神視点からの警告ですか?」
「神視点って。そういうのじゃないけど、シャルル・フォルスターってそういう人だったなって思って」
「どういう意味です? シャルル・フォルスターってシャルル様の元になった人でしたか?」
「うん。とにかく記念日が大好きで、そういう日は絶対にアリスとイチャついてたからすっごく良く覚えてるんだよね!」

 若干憎しみがこもったような気がしないでもないが、ノアはその度にシャルルを羨ましく思っていたので忘れる事など出来ない。

 あのシャルルを元にしたシャルルなので、恐らく彼もまた記念日が大好きなはずだ。

「それはもう予感というか、決定ではないですか。どうします? お嬢様は乗り込む気満々ですが」
「いや、流石に止めよう。僕も見たくないし、アリスにも見せたくないし、安易よりシャルルとシエラが流石にそれは可哀想でしょ」
「ですね。ではノア様、お嬢様を止めてください」

 そう言ってキリはいつの間にかドンの頭の上に戻っているアリスを指差すと、ノアは無理だと判断したのかそっと首を振った。

「アリスは無理だよ。僕では止められない。ドンちゃんに頼もう」

 そう言ってノアはドンに声をかけた。

「ドンちゃん! 聞いて! 今すぐにUターンしてあの森の中に降りて!」

 するとドンがUターンするよりも先にアリスが鬼の形相で振り返る。

「兄さま!? もうちょっとでシャルル達の所なのに!」
「だからだよ。いい? アリス。今日はクリスマスだよ? 普通クリスマスってカップルは何するの?」
「え? そりゃ美味しいご馳走食べて踊り狂ってご馳走食べて歌い狂ってご馳走食べてプレゼントを待つんだよ!」
「それはアリスだけね。世間一般的にだよ。琴子時代のカップルのクリスマスってどんなだった?」
「世間一般? そりゃご馳走食べて一杯イチャついて昼まで、下手したら夕方まで起きて来ない――はっ!?」
「気づいた? 多分今乗り込むと下手したら僕たち一瞬でシャルルに消されるよ?」
「そ、それは困る! でもプレゼントは届けたい! ど、どうしたら……?」
「諦めればいいのでは?」
「嫌だ! これが終わらないと私は心安らかに新年を迎えられない!」
「あなたがただの一度でも心安らかに新年を迎えている姿など、俺は見たことありませんけどね」
「ぐぬぅ……兄さま、どうしよう?」
「うーん、どうしようって言われても……あ!」

 ノアはアリスのお願い事はどんな事であっても拒否出来ない。そのため何か策は無いかフォルス城を見ていたのだが、ふと何かに気づいた。

「要は二人に気付かれずにプレゼントを部屋に置ければいいんだよね?」
「そう」
「だったら別に二人の部屋に入らなくてもいいんじゃない?」
「ど、どういう意味?」
「あそこ。あそこらへんがシャルル達の寝室でしょ?」

 そう言ってノアは壁の一部を指さした。シャルルは用心深いので夜は自分の部屋の窓を壁で覆ってしまうのだ。

 けれどしょっちゅうここに仕事で来るノアにはそれは通じない。

「うん、そうだよ」
「だよね。いい? アリス。こういう城には必ず隠し通路って呼ばれる物があるんだ。でね、そういうのは絶対に王と王妃の部屋に繋がってる。でね、これを見て」

 ノアがポシェットから取り出したのは一枚の地図だった。それをアリスとキリとミアが覗き込んで絶句する。

「に、兄さま? どうしてこんな物持ち歩いてるの? もしかしてシャルルを暗殺でもしようとしてた……?」
「ノア様、あなた元々奇襲でもかける気だったんですか?」
「ノア様……これはもしかしてルーデリア城のも持ち歩いてます?」
「酷いな、皆。違うよ。これは僕が何かの時の為にいつも持ち歩いてるってだけだよ。ちなみにミアさんの言う通り、もちろんルーデリア城のもあるよ」
「何かって……何……?」
「城にこんな地図を使って侵入しなければならない事など、ほとんど無いと思うのですが」
「趣味だとしても流石にそれはちょっと……」
「そうは言うけど、今、正に役立とうとしてるでしょ? でね、シャルルの部屋の隠し通路は本棚の奥から繋がってるんだ。ここね」
「だから何でそんな事知ってるの!? 怖いよ、兄さま!」
「これはもう通報案件では?」
「お、お嬢様に知らせないと!」

 青ざめるアリス達を無視してノアは地図を覗き込んだ。これによるとシャルル達の部屋への隠し通路の入り口は森の中の井戸の中だ。

「アリス、シャルル達へのプレゼントは僕が置いてくるよ。たまにはサンタさんやらせてよ」

 ニコッと笑ったノアを見て流石のアリスも引きつって頷くと、無言でプレゼントの袋をノアに差し出した。

「あれ? やけに素直だね。どうしたの?」
「いや、なんか私が言ったら大事な通路を壊しそうだなって思って。それにその感じだと多分、色んな所に仕掛けあるよね?」
「あるね」
「だとしたら余計に駄目だ! 絶対に起こしちゃうし下手したら捕まっちゃう!」
「お嬢様にしては珍しく真っ当な事を言いますね。ようやく気付きましたか、あなたは紛うことなく脳筋お花畑だと言うことに」
「き、気づいてたもん! もうずっと前からそれには気づいてたよ! それに迷子になったら一生出られ無さそうだし……」

 しょんぼりと頭を垂れたアリスをノアは小さく笑って撫でた。

「大丈夫。ちゃんとサンタクロースの役目を果たしてくるから。ね?」
「うん……お願いね、兄さま。あとその地図、悪用しちゃ駄目だよ」
「分かってるって」

 悪用するも何も、こんな素人に筒抜け状態の地図などその時点でアウトである。それを警告するためにもこれは丁度良い機会かもしれない。

「それじゃ、ちょっと行ってくるね!」

 ノアはそう言ってアリスのプレゼント袋の中からシャルルとシエラの分を取り出して井戸に降りていく。

 そんなノアを見送った三人は何とも言えない顔をして無言でドンの元に戻った。

「ねぇ、兄さまどうやってあの地図手に入れたんだろう?」
「分かりません。自分で調べたのか、どこかから入手したのか。どのみち褒められるような手段は使っていませんよ、絶対に」
「ですがフォルスの城であの詳しさです。ルーデリアのなんてもっと詳しいんじゃないでしょうか?」
「その可能性は否めませんね。一応、おが屑様に知らせておいた方がいいかもしれません」
「キ、キリさんまでおが屑様だなんて……お嬢様にメッセージを送っておきます!」

 ミアはそう言ってカゴに乗り込んで急いでキャロラインにメッセージを送った。ノアはまだ仲間だからいいが、これが誰か他の者の手に渡ったら大事だ。

「母さま、どうかしたの? 父さまは?」
「ノエル! ノエルは兄さまのああいう所は真似しちゃ駄目だからね! 約束ね!」

 親たちが神妙な顔をしていたからか、子どもたちが心配そうに寄ってきたのでアリスはノエルを抱きしめて言った。

「ああいう所?」
「そう、ああいう悪魔的な所! 兄さまはとっても優しいけど、とっても怖いんだから! 何ていうか……そう、魔王みたいな怖さがある!」
「魔王。言い得て妙ですね。裏で何もかも操ってそうなのが恐ろしい所です」
「たまに私も思うもん! あ、これ兄さまにしてやられたな? って。あとすぐに嘘つく!」
「父さまは嘘つきなの?」
「そうだよ! 例えばね、この間も――」
「ア~リス? ノエルに何吹き込もうとしてるの?」
「ひっ! に、兄さま!? は、早くない!?」
「早くないよ。地図さえ覚えていれば一本道だからね。で、アリスは何をノエルに話そうとしてたの?」

 ニコッと笑ったノアを見てアリスが分かりやすく縦揺れしだした。そんなアリスの肩をノアがガシっと掴む。

「駄目だよ? アリス。どちらかが子どもに親のネガティブな情報を吹き込むのは良くないと思うな。そんな事したら親への不信感で一杯になっちゃうでしょ?」
「で、でも兄さま達はいっつも私のネガティブな情報を……」
「嫌だなぁ、アリスってば。君は自らいつも子どもたちの前で披露するじゃない。勝手に。僕たちが止めても」
「う……で、でもね! 嘘は良くないとおも」
「嘘なんてついてないよ? 最近は。黙ってた事はあるけどね。それとも黙っているのも良くない事なの? アリスは僕に内緒で色んな事しでかすのに? それは公平じゃないよね?」
「え、えっと、その……キ、キリ! 何とか言って!」
「いや、無理ですよ。お嬢様がノア様に口で勝とうだなんて1億光年早いです。俺でも無理です。諦めてください」

 巻き込まれたくなくてキリがそっぽを向くと、アリスにノエルとアミナスがしがみついた。

「と、父さま、母さまが泣いちゃうよ!」
「とーたま、だめ! かーたま、かわいちょ!」
「お……おぉぉぉ……こ、子どもたちよっ!」

 アリスは子どもたちを抱きしめて頬や頭にキスをしたおした。それを見てノアは困ったように笑う。

「これは困ったね。子どもたちを味方につけられたら僕には為すすべもないなぁ」

 苦笑いを浮かべてノアが言うと、子どもたちはあからさまにホッとしたような顔をしてそれぞれアリスとノアの膝の上に乗る。

「父さまと母さまに仲良くしてて欲しいんだ、僕」
「あみも。なかよし、しゅき!」
「二人共……誰に似たのぉ!! こんな歳でもうカップリング厨じゃん~!」

 アリスは膝の上のアミナスを抱きしめ、ついでにノエルの頭もグリグリと撫でる。

「いや、これはカップリング厨なの?」
「そうだよ! そうに決まってる! 二人は私と兄さまの関係に萌なんだよね!?」
「う、うん。萌? だと思う……多分」

 アリスが一体何を言ってるのかほとんど意味が分からないが、ノエルは何となく頷いた。そんなノエルの真似をするかのようにアミナスも「もえー」と言ってはしゃいでいる。

「はは、萌、か。子どもたちにこんな事言われたら仲良くしない訳にはいかないよね。で、シャルル達へのプレゼントだけど」
「あ、うん。ありがとう、兄さま。どうだった? その、えっと……」

 言いにくくて思わずどもったアリスにノアはニコッとして頷いた。

「うん、真っ最中だった! 突入しなくて良かったね、アリス」
「え!? じゃ、じゃあ兄さま見て来たの!?」
「まさか。見て無いし見たくも無いよ。プレゼントだけ部屋に投げ込んですぐに帰ってきたよ」
「あ、そうなんだ」

 ホッとしたアリスが胸を撫で下ろすと、ノアは意地悪に微笑む。

「見てきた方が良かった?」
「いい! 駄目! 絶対に見ちゃ駄目!」
「そう?」

 珍しく顔を真っ赤にして必死なアリスを見てノアは笑ってドンに声をかけた。

「さて、これで完了したね。それじゃあドンちゃん、おうちへ帰ろう!」
「待って、兄さま! その前にドンちゃん! 子どもたち! スキピオ!」

 アリスが声をかけるとドンは待ってましたとばかりに一直線に空に向かって舞い上がった。

「ぎゅぎゅ~~~~~~~~!」

 ドンが飛び立つと後ろからスキピオと子どもたちがワラワラとついてくる。ここからがドン達の最後の仕事だ。

 はるか上空まで来た時、ドンを追い抜いてスキピオがさらに上空を目指して舞い上がる。

 それを見たアリスはスキピオに向かって叫んだ。

「いっけ~スキピオー!」

 アリスが叫んだ途端、スキピオは聞いたことも無い大きな声で四方八方に鳴いた。ドラゴンの本気の咆哮を聞いたノア達は唖然としている。

「ア、アリス? これから何が始まるの?」

 アリスが最後の最後に何を企んでいるかが分からなくてノアが問うと、アリスはニカッと笑って言う。

「へへ! それは明日のお楽しみだよ! スキピオありがとう! それじゃあ皆、おうちに帰るよ~」

 アリスの言葉にドラゴン達はクルリと方向転換してバセット領に向かって優雅に空を泳ぎだした。
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