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第604話

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「ここはどっちだ?」
「右だよ。レックス、宝石押してやってくれ」
「分かった」

 何故か不機嫌なユアンに逆らう事はしない。レックスはユアンに言われた通り壁画の一部となっている宝石を押した。その途端、通路の壁画が変わる。

「先程から見ているが、これは面白い仕掛けだな」
「良かったな、楽しそうで」

 何がどうしてこんな事になったのだ。ユアンは小さなため息をつきつつアーロから一歩遅れてついていく。

 極力アーロとは話したくないし、顔を合わせたくない。何故なら、決心が揺らいでしまいそうになるから。まだ未練がましく側に居たいなどと願ってしまいそうになるから。

 ふと視線を上げると、学生時代から何も変わらないアーロの後ろ姿が見える。

 そんなユアンの視線を感じたのか、不意にアーロがクルリと振り返った。

「なんだ? 何か視線を感じるんだが」
「え? いや、別に……老けたな、と思っただけだ」

 咄嗟に憎まれ口を叩いたユアンにアーロは怒りもせずに不敵に笑う。

「年相応だと言ってくれ。お前は学生の頃のままだな」
「そりゃな。この計画の為に夏の庭に入ったからな」
「ああ、あの庭か。そう言えばノアとキリがボヤいていたな。アリスも若がえってしまって、自分たちも入るべきかどうかってな」
「止めとけ止めとけ。若返ったって良い事なんて何もねぇよ。人によるんだろうが、少なくとも未来のない俺には無用の長物だったよ」
「いや、ノアとキリはアリスを制御する為に入るつもりだったみたいだぞ。でなければ若返ったアリスは怪獣のように激しいからな」
「……それは周りの人間の為にも入ってやった方がいいかもな」

 我が娘ながら、一体どこでどう間違えてそんな風になってしまったのか、本気で未だに分からない。

「はは! 確かに。全て終わったら二人にそう伝えておこう。ところでユアン、お前まだ死ぬ気なのか?」
「……」

 あまりにも突拍子もないアーロの質問に思わずユアンは黙り込んだ。ふと下を見ると、子どもたちもじっとユアンを見上げている。

「どうなんだ?」
「……分かんねぇよ、そんな事」
「おじいちゃん! 嫌だよ! 何でそんな事言うの!? 星を救ったら一緒に山駆けずり回る約束だよ!?」
「そんな約束した覚えねぇ! 何勝手に捏造してんだ。てか、生き残っても俺はお前とは一緒に遊ばねぇぞ! 体力いくらあっても絶対についていけねぇからな!」
「ぶー!」

 駄目だったか。アミナスは頬を膨らませてユアンと繋いでいた手に力を込めたが、それでもユアンは大人しくアミナスと手を繋いでいてくれる。ユアンは口では憎まれ口を叩くが、アミナス達に対する態度は誰よりも優しい。

「僕も一緒に遊びたいな……」
「そんな顔しても駄目だぞ。お前は親父にそっくりだからな。ったく、あの手この手で俺を引き留めようとしやがる」
「ちぇっ、バレたか」

 目をうるうるさせてユアンを見上げてみたノエルだったが、ユアンにはあっさりと見破られてしまった。

「それは仕方ありません。皆、あなたと離れたくないのです」
「そうですね。あなたは最早家族も同然です。お嬢様も何気にあなたの言う事は聞きますし、アニーを抱っこさせてあげてもいいぐらいだと俺は思っています」
「何だそりゃ。アニーって誰だよ?」

 レオとカイはそう言って互いの顔を見合わせて頷き合っているが、それを聞いたノエルとアミナスはギョッとした顔をして双子を見ている。

「レ、レオとカイがアニーを抱っこしてもいいだなんて……奇跡だよ! あ、アニーって言うのはこの二人の妹だよ。まだ赤ちゃんなんだ」
「ほんとだよ! 私なんて触っただけで怒られるのに!」
「それはアミナスが首をグキってやるから」

 以前アミナスはアニーが可愛いんだと言って、アニーの首を持ち無理やり振り向かせようとして双子にこっぴどく叱られていたのを思い出したレックスが言うと、それを聞いたユアンは青ざめた。

「お、お前、赤ん坊になんて事してんだよ。そりゃ触ったら叱られるだろ、バカか」

 地下で無駄に育児経験を積みまくったユアンは、赤ん坊がどれほど頼りないかを知っているし、案外丈夫なのも知っているが、それでもアミナスの異常な力でそれをしたら下手をしたら首が取れてしまうかもしれない。

「だって、可愛いから抱っこしたかったんだもん!」
「お前はそう言ってお気に入りのぬいぐるみとか人形とか壊すクチだろ!? 絶対そうだろ!? せめて力加減を学んでから本物触れ! それまで人形で我慢してろ!」
「ぶー!」
「当たってますね」
「ええ、大正解です」
「天に召された人形たちの多さったら、ちょっと数え切れないよね……」
「ユアンの言う通りだと思う。アミナスはちょっと力が強すぎる……」

 ユアンとは違う方の手はレックスと繋いでいるアミナスだが、さっきから手汗が凄いし何より痛い。石で出来ているレックスでもそう思うのだ。生身の人間なら指が折れているかもしれない。

 そんな一連の会話を聞いていたアーロが、突然前触れもなく笑い出した。

「ユアン、お前は随分子どもたちに愛されてるな」
「何だよ、急に」
「少し妬けると言ってるんだ。リサにしてもアリスにしても、お前の心配ばかりしているんだ。こうなったら力ずくでもお前を生きたまま連れて帰らなければ、俺はもしかしたらもう家に入れてもらえないかもしない」
「生け捕りですか。任せてください、我々は狩りは得意です」
「いや、俺は獲物じゃねぇからな!? そもそも生きてたとしてもお前らとこれ以上関わるのはごめんだ。もうそっとしておいてくれ」

 もう無理に死にたいとは思わないけれど、これ以上消える事のない感情に振り回され続けるのもごめんだ。ユアンの言葉に流石に全員がシュンとして黙り込んでしまった。

 しばらく全員で無言のまま歩き続け、やがてディノの寝室が見えてきた。

「ほらついたぞ。いいな、お前ら。ディノを蘇らせてもこっから絶対に出るんじゃねぇぞ。特にレックスは絶対だ。ディノは今、魔力を失ったただのバカでかいドラゴンに過ぎない。それを忘れんなよ」
「分かった。じっとしてる。おじいちゃんも気をつけてね」

 ユアンの真剣な顔を見てノエルはしっかりと頷いた。そんなノエルの頭をユアンが名残惜しそうに撫でてくる。言動と行動が全く一致しないユアン。だからこそ子どもたちはいつまで経ってもユアンを諦められないでいた。

「ああ、分かってるよ。それじゃあな。しっかり隠れてろ」
「お前たち、これから何があるか分からない。ユアンの言う通り、勝手はするな。お願いだ」
「うん、アーロもね」

 子どもたちはアーロとユアンを見上げて揃ってお辞儀をすると、ディノの寝室に入っていく。

「行ったな」
「ああ。それじゃあ俺たちも戻るぞ」

 子ども達が全員寝室に入った事を確認したアーロがクルリと振り返ると、まだ寝室を見ていたユアンと真正面から目が合い、思わずそのままじっと見つめてしまう。

「なんだよ?」
「いや、こうやって見るとやっぱりお前とアリスは似ているな」
「……嫌味か?」

 エリザベスに酷いことをして生まれたのがアリスだ。それを遠回しに責めているのか、と思わずユアンは考えてしまったが、どうやらそうではないらしい。
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