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第637話

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「影たち、この光を追うのだ。我はリゼを連れて先に行く」

 オズワルドはとうとう力を開放してしまった。あのオズワルドの力でまともにヴァニタスとやりあえば、せっかくAMINASがエネルギーを確保してくれたと言うのに、全て無駄になってしまう。

 妖精王の言葉に影達は頷いて走り出した。そんな影達をリーゼロッテが心配そうに見ている。

「大丈夫かな……三人とも、怪我しない?」
「大丈夫だ。あの三人はお前が思っているよりもずっと強いんだぞ!」
「オズより?」
「いや……流石にオズには敵わないだろうが、オズはもうヴァニタスと無事に分離している。初代と違ってオズにはまだ理性もあるだろう。あると思う。きっとある!」
「……」

 あまりにも自信無さげな妖精王にリーゼロッテが一抹の不安を覚えつつも頷くと、そんなリーゼロッテを妖精王が抱き上げた。

「それにどのみち我らの方が先にオズの所に辿り着く。しっかり捕まっていろよ、リゼ」
「うん!」

 大人になった妖精王にリーゼロッテはしっかり抱きつくと、強く目を閉じた。オズワルドと違って妖精王はリーゼロッテの体を強く抱きしめてくる。落ちないように、との配慮なのだろうが、オズワルドはいつもリーゼロッテを真綿で包むように抱きかかえてくれていた。

 何だかこんな所にオズワルドと妖精王の違いが現れているような気がして、鼻の奥がツンとするのを感じていた。

 
 リーゼロッテが死んだ。それはオズワルドにとってはまるで悪夢のようだった。現実感が無く、足元がフワフワする。それはきっと、オズワルドがリーゼロッテの死を未だに受け入れる事が出来なかったからだ。

「俺のこういう所が名前を剥奪された原因なんだろうな」

 ポツリと呟いたオズワルドは、光の束が収束する終着点までやってきて、じっと眼の前で哀れにもがくヴァニタスを見つめた。

 どうしても一つの生物に固執してしまう。罪だと分かっていても生き返らせたいと願ってしまう。善と悪が何なのかが分からない。妖精王になるには、オズワルドはあまりにも生物に近すぎる。

「だが、これが俺だ。妖精王の名を剥奪されたその日から、俺はオズワルドという名になった。俺も、生物の一つになったんだ」

 だから愚かな生物達のように振る舞っても許されるはずだ。いや、許されなくてもいい。そもそも妖精王ではないのだから、誰に構う事もない。

 そう思うのに、何故か体が動かない。

「くそっ!」

 このヴァニタスに巣食う初代妖精王の魔力こそがリーゼロッテを殺したというのに、何故か止めを刺すことが出来ない。それをすればヴァニタス諸共滅んでしまう。そうしたら今までアリス達が、アンソニー達が、ディノ達がしてきた事が全て泡のように消えて無駄になってしまう。

 それと同時に、やはりリーゼロッテを殺した事を許せない。

 迷うオズワルドの耳に、背後から女の声が聞こえてきた。

「どうしたの? 元妖精王。あなたの心はそんなにも弱かったかしら? たった一人の生物が死んだのを嘆き悲しむような、そんな凡庸な方だったかしら?」
「アメリア、か」

 振り向くと、そこにはあの頃よりもずっと若返ったアメリアがいかにも聖女らしい極上の笑みを浮かべて立っている。

「覚えていてくれただなんて光栄ですわ、元妖精王さま」
「たった今までお前の事など忘れていたよ。ああ、こうして見るとやはり全然違う。ルーデリアの王妃の方がはるかに「らしい」な」

 持って生まれた物もあるだろうが、アメリアとキャロラインでは志す物があまりにも違いすぎる。それは表情や仕草にありありと表れていた。

 オズワルドの言葉にアメリアは一瞬引きつって笑顔で言い返してくる。

「お言葉ですが、本物の聖女の末裔は私です。あの女ではありません」
「そうだな。血だけで言えばお前が正統なんだろうが、生憎聖女は血で受け継がれる訳ではない。聖女というのは思想であり、慈しむ心を持つ者にのみ与えられる。お前の場合は聖女と言う血を受け継いだだけのバラの飼い主に過ぎない。違うか?」
「その理屈であれば、名乗るだけで誰でも聖女になれそうですね」
「そうだ。お前の言う通り、聖女など何も特別な存在ではない。名乗れば誰でも聖女になれる。ただ、名乗った所でどれだけの賛同者がいるかという違いなだけだ。崇拝され、皆に親しまれる。それが聖女だ。恐れられ、持て囃されるのが聖女ではない。何よりも聖女は自ら名乗り出るような馬鹿な真似はしない。周りが勝手に聖女だと持ち上げるんだ」

 キャロラインなど正にそうだ。本人は未だに「私は悪役令嬢ですもの!」などと訳の分からない事を言うが、大半の者達は彼女こそが聖女だと思っている。それはキャロラインが驕り高ぶらないからだ。常に民の事を考え、動き、それをひけらかさないからだ。

「そういう意味ではお前よりもまだアリスの方が聖女に近い。それに、何かお前は勘違いしているようだから教えてやるよ。初代聖女はお前が思ってるような女ではないよ」
「……どういう意味です?」
「初代妖精王が勝手に決めたんだ、お前の先祖こそが聖女だとな。そしてそれを周知させた。その言葉が彼女にとってどれほどの重荷になっただろうな? 結果、彼女は聖女らしく最後まで振る舞った。皆が望む聖女を演じきったんだ。俺にはその意味がずっと分からなかった。どうして聖女という名をそこまでして守ったのか、さっぱりだった。でも……今なら分かる。初代聖女は、初代妖精王を愛していた。だから聖女という役割を、初代妖精王の期待に応えられるよう演じきっただけに過ぎないんだって事にな」
「そんな事ある訳――」

 アメリアの言葉を遮って、突然、呻くような声が聞こえてきた。ヴァニタスだ。

『う……そだ……』
「嘘じゃないさ。あんたは好いた女を聖女という名で縛り付け、挙句の果てにバラと言う十字架を背負わせて鎖で繋いだ。皆が望む聖女は清廉潔白である事が前提だと知っていた聖女は、見事に最後の瞬間までそれを演じきったに過ぎない。あんたの愛に答えようとしてな」
『信じ……ない……我は……信じな……い』
「別に信じなくてもいいさ。ただ、俺はあんたの気持ちも聖女の気持ちも理解したってだけだ。アメリア、お前がリゼに奴隷という称号を与えてくれた事でな」
「……」
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