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第643話
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愕然とする二人を余所にアリスはぐったりと動かないヴァニタスを湖の水でじゃぶじゃぶ洗い出した。それを見てさらにリーゼロッテは青ざめる。
「ア、アリス、そんな乱暴にしたら……」
「リゼは見たことないかもしれないけど、これは動物が生まれた時にする大事な事だから。動物の赤ちゃんはね、生まれたらまずはすぐ舐めるの。何故なら仮死状態で生まれてくるから! ヴァニタスは黒い羽根が全部抜けて今生まれてきたとこなんだよ。流石に舐める訳にはいかないからこうやって、ザブザブ洗って生き返れーって願いながらさすってると――」
何度も動物のお産を見てきたアリスだ。母親が生まれてきたばかりの子供を執拗なまでに舐めるのには理由がある。アリスはキャシーをお手本にして執拗にヴァニタスを洗いながら撫で続けた。しばらくすると――。
「こ、ここ……は……我は……」
「ヴァニタス!」
『生き返った! アリスの言う事は本当だった!』
生物の営みは理解していたが、それでも星は半信半疑だった。
ところが予想に反してヴァニタスは丸裸の状態であるにも関わらずちゃんと息を吹き返したではないか!
「ほらね! ヴァニタス、おはよう!」
「誰……だ、我を起こしたのは……」
「アリスだよ! キメッ!」
「アリス……知らん……な」
「それじゃあ初めましてって事で、ちょっと聞いてもいい?」
アリスは羽根が全部脱け落ちた丸鶏状態のヴァニタスにドレスの裾を千切って巻き付けてやりながら尋ねた。
「あのね、ヴァニタスが眠ってた間に色んな事があったの。まずね、あなたアメリアっていうか、初代聖女の子孫に利用されていてね、この星のエネルギーが最早パンク寸前なんだよ」
「な……に?」
突然話し始めたアリスにヴァニタスは訳が分からないとでも言いたげに首を捻った。そこにようやくキリがやってきて、徐ろにアリスの頭にげんこつを落とす。
「お嬢様、さっきから見ていましたが、何をどうしたらヴァニタスを丸っパゲにしようなどと思いつくのですか?」
「ち、違うもん! 触ってたら勝手に抜けたんだもん!」
「あなたの触るは強くこすると同義です。摩擦で抜け落ちたのでは?」
「違うよっ! 多分」
いや、どうだろうか。少しぐらいは黒い羽根を故意に毟った気がしないでもない。
そんなアリスを見透かしたように、まだ呆然としているヴァニタスに、キリはいつもように淡々と話しだした。
「――と、いう訳なのです。ここまではいいですか?」
「……ああ」
「では、聞きます。あなたは何者なのでしょう? ヴァニタス? それとも初代妖精王?」
「どちらでもあり、どちらでもない。我らの魂は共に過ごした時間が長すぎてすっかり融合してしまったようだ」
混乱するヴァニタスと同じようにリーゼロッテと星もまた戸惑っていた。
「あのね、キリ、ヴァニタスはこんな風に喋ったりしなかったの」
「そうなのですか? 一言も?」
「うん。だから私達も驚いてる」
ヴァニタスは魂を運ぶために星間を移動する生物だ。言葉を持たず、意思の疎通は図れず、いつも迎えて見送るだけの存在だった。
だからリーゼロッテとディノはいつもヴァニタスに敬意を込めて花を送っていたのだが、まさかヴァニタスが話をするようになるとは思ってもいなかった。
「そうか……姫、長い間世話になったな。あなた達からの花はとても嬉しかった。物言えぬ我にとって、あの花の贈り物はいつも癒やしだったのだ」
「! 私も、あなたが来てくれる度にいつもありがとうって……こんな風に伝えられるようになんるなんて夢みたいだわ……」
今までのように頭の中に響くような声ではなく、ちゃんとヴァニタスから発せられる声を聞いてリーゼロッテは両手で顔を覆って涙を零した。そんなリーゼロッテをアリスがよしよしと撫でる。
「良かったね、リゼ。これで次からはヴァニタスともお喋り出来るよ!」
「うん。アリス、ありがとう」
「私がなにかした訳じゃないけど、初代も良かったよね! ヴァニタスと融合してなかったら、今頃ソラに一瞬で殺られちゃってたよ!」
そう言ってアリスが親指を立てると、それを聞いてヴァニタスは分かりやすく狼狽える。
「そう言えば我は、いや、初代は一体どうなったのだ?」
「覚えていないのですか?」
「ああ。長い年月の間、何かずっと悪夢を見ていたような心地だ。覚えているのは絶望、悲しみ、憎しみだけだ。その感情も今はもうすっかり過去のような気持ちだが」
ヴァニタスがアリスのドレスの切れ端に包まりながら話していると、後ろから何かがふわりとかけられた。
「風邪引くよ、ヴァニタス。あんたもちゃんと包める物持ってきてやんなよ」
「リー君! ありがとう」
「どういたしまして。ついでにディノも連れてきたよ」
リアンはそう言って一歩避けると、後ろから申し訳無さそうにディノがのっそりと出てきた。
「ヴァニタス……」
「ディノか。久しいな」
「話すお前は新鮮だな。あの時はすまなかった……私は初代に捨てられたと思い、結果として姫と融合したお前を手放してしまった。アンソニー達がしでかした事だだと分かっていながら、それを正そうとはしなかったのだ」
「構わない。事情はこの青年に聞いた。我はよく覚えてはいないが、初代の記憶の中のお前はいつまでも小さな鉱石で出来たドラゴンだ。初代の後を飛び跳ねながらついて回るイメージしかもう残ってはいない」
「ねぇねぇ、それってさ、やっぱ初代にとってディノはレックスみたいな存在だったって事だよね?」
「そう……なのだろうか」
「そうだよ! 私だってノエルとかアミナスがどんなに大きくなっても、ずーっとちっちゃい頃の事覚えてるよ! 初めてハイハイした時とか、初めて立った時とか、初めて喋った言葉とかさ!」
「俺も覚えていますよ。アミナスが初めて豚小屋送りになった日や、アミナスが初めてあなたの後を追って木登りして下りてこられなくなり、一晩森の奥で泣き叫んでいた事とか」
「そういうのは忘れてやんなよ! あとノエルは!?」
「ノエルはアミナスと違って手のかからない子なので。ただ、ノア様にどんどん似てくるのでそういう恐怖はありますね」
「もうそれはどういう関係なの!?」
「同志です。あなたと俺のような関係です」
淡々と言い切ったキリにリアンは嫌そうに顔を歪める。
「止めて。あれはもう学生の頃の数年間だけの話だから。今はもう同志じゃないから」
「何を言っているのです? 一度でもお嬢様の面倒を見られた事のある方は、死ぬまでお嬢様に迷惑をかけられるという世界の真理だというのに」
「そんな真理ごめんだよっ! で、あんた達の昔話は置いておいて、どうなってんの? 初代の魔力はアメリアに全部流れたの?」
リアンが尋ねると、ヴァニタスはゆっくりと首を振った。
「いいや。全て流れていたら我は消滅していただろう。我の力は半分ほど失ったが、この星のエネルギーを運ぶぐらいの力は残っているはずだ」
「そか、良かった。それってちゃんと回復すんの?」
「もちろんだ。エネルギーは我の糧。旅をする間にまたいずれ戻るだろう」
失った魔力は計り知れないが、長い時間をかけてまた回復していけばいい。ヴァニタスの言葉にディノも深く頷いた。
「ア、アリス、そんな乱暴にしたら……」
「リゼは見たことないかもしれないけど、これは動物が生まれた時にする大事な事だから。動物の赤ちゃんはね、生まれたらまずはすぐ舐めるの。何故なら仮死状態で生まれてくるから! ヴァニタスは黒い羽根が全部抜けて今生まれてきたとこなんだよ。流石に舐める訳にはいかないからこうやって、ザブザブ洗って生き返れーって願いながらさすってると――」
何度も動物のお産を見てきたアリスだ。母親が生まれてきたばかりの子供を執拗なまでに舐めるのには理由がある。アリスはキャシーをお手本にして執拗にヴァニタスを洗いながら撫で続けた。しばらくすると――。
「こ、ここ……は……我は……」
「ヴァニタス!」
『生き返った! アリスの言う事は本当だった!』
生物の営みは理解していたが、それでも星は半信半疑だった。
ところが予想に反してヴァニタスは丸裸の状態であるにも関わらずちゃんと息を吹き返したではないか!
「ほらね! ヴァニタス、おはよう!」
「誰……だ、我を起こしたのは……」
「アリスだよ! キメッ!」
「アリス……知らん……な」
「それじゃあ初めましてって事で、ちょっと聞いてもいい?」
アリスは羽根が全部脱け落ちた丸鶏状態のヴァニタスにドレスの裾を千切って巻き付けてやりながら尋ねた。
「あのね、ヴァニタスが眠ってた間に色んな事があったの。まずね、あなたアメリアっていうか、初代聖女の子孫に利用されていてね、この星のエネルギーが最早パンク寸前なんだよ」
「な……に?」
突然話し始めたアリスにヴァニタスは訳が分からないとでも言いたげに首を捻った。そこにようやくキリがやってきて、徐ろにアリスの頭にげんこつを落とす。
「お嬢様、さっきから見ていましたが、何をどうしたらヴァニタスを丸っパゲにしようなどと思いつくのですか?」
「ち、違うもん! 触ってたら勝手に抜けたんだもん!」
「あなたの触るは強くこすると同義です。摩擦で抜け落ちたのでは?」
「違うよっ! 多分」
いや、どうだろうか。少しぐらいは黒い羽根を故意に毟った気がしないでもない。
そんなアリスを見透かしたように、まだ呆然としているヴァニタスに、キリはいつもように淡々と話しだした。
「――と、いう訳なのです。ここまではいいですか?」
「……ああ」
「では、聞きます。あなたは何者なのでしょう? ヴァニタス? それとも初代妖精王?」
「どちらでもあり、どちらでもない。我らの魂は共に過ごした時間が長すぎてすっかり融合してしまったようだ」
混乱するヴァニタスと同じようにリーゼロッテと星もまた戸惑っていた。
「あのね、キリ、ヴァニタスはこんな風に喋ったりしなかったの」
「そうなのですか? 一言も?」
「うん。だから私達も驚いてる」
ヴァニタスは魂を運ぶために星間を移動する生物だ。言葉を持たず、意思の疎通は図れず、いつも迎えて見送るだけの存在だった。
だからリーゼロッテとディノはいつもヴァニタスに敬意を込めて花を送っていたのだが、まさかヴァニタスが話をするようになるとは思ってもいなかった。
「そうか……姫、長い間世話になったな。あなた達からの花はとても嬉しかった。物言えぬ我にとって、あの花の贈り物はいつも癒やしだったのだ」
「! 私も、あなたが来てくれる度にいつもありがとうって……こんな風に伝えられるようになんるなんて夢みたいだわ……」
今までのように頭の中に響くような声ではなく、ちゃんとヴァニタスから発せられる声を聞いてリーゼロッテは両手で顔を覆って涙を零した。そんなリーゼロッテをアリスがよしよしと撫でる。
「良かったね、リゼ。これで次からはヴァニタスともお喋り出来るよ!」
「うん。アリス、ありがとう」
「私がなにかした訳じゃないけど、初代も良かったよね! ヴァニタスと融合してなかったら、今頃ソラに一瞬で殺られちゃってたよ!」
そう言ってアリスが親指を立てると、それを聞いてヴァニタスは分かりやすく狼狽える。
「そう言えば我は、いや、初代は一体どうなったのだ?」
「覚えていないのですか?」
「ああ。長い年月の間、何かずっと悪夢を見ていたような心地だ。覚えているのは絶望、悲しみ、憎しみだけだ。その感情も今はもうすっかり過去のような気持ちだが」
ヴァニタスがアリスのドレスの切れ端に包まりながら話していると、後ろから何かがふわりとかけられた。
「風邪引くよ、ヴァニタス。あんたもちゃんと包める物持ってきてやんなよ」
「リー君! ありがとう」
「どういたしまして。ついでにディノも連れてきたよ」
リアンはそう言って一歩避けると、後ろから申し訳無さそうにディノがのっそりと出てきた。
「ヴァニタス……」
「ディノか。久しいな」
「話すお前は新鮮だな。あの時はすまなかった……私は初代に捨てられたと思い、結果として姫と融合したお前を手放してしまった。アンソニー達がしでかした事だだと分かっていながら、それを正そうとはしなかったのだ」
「構わない。事情はこの青年に聞いた。我はよく覚えてはいないが、初代の記憶の中のお前はいつまでも小さな鉱石で出来たドラゴンだ。初代の後を飛び跳ねながらついて回るイメージしかもう残ってはいない」
「ねぇねぇ、それってさ、やっぱ初代にとってディノはレックスみたいな存在だったって事だよね?」
「そう……なのだろうか」
「そうだよ! 私だってノエルとかアミナスがどんなに大きくなっても、ずーっとちっちゃい頃の事覚えてるよ! 初めてハイハイした時とか、初めて立った時とか、初めて喋った言葉とかさ!」
「俺も覚えていますよ。アミナスが初めて豚小屋送りになった日や、アミナスが初めてあなたの後を追って木登りして下りてこられなくなり、一晩森の奥で泣き叫んでいた事とか」
「そういうのは忘れてやんなよ! あとノエルは!?」
「ノエルはアミナスと違って手のかからない子なので。ただ、ノア様にどんどん似てくるのでそういう恐怖はありますね」
「もうそれはどういう関係なの!?」
「同志です。あなたと俺のような関係です」
淡々と言い切ったキリにリアンは嫌そうに顔を歪める。
「止めて。あれはもう学生の頃の数年間だけの話だから。今はもう同志じゃないから」
「何を言っているのです? 一度でもお嬢様の面倒を見られた事のある方は、死ぬまでお嬢様に迷惑をかけられるという世界の真理だというのに」
「そんな真理ごめんだよっ! で、あんた達の昔話は置いておいて、どうなってんの? 初代の魔力はアメリアに全部流れたの?」
リアンが尋ねると、ヴァニタスはゆっくりと首を振った。
「いいや。全て流れていたら我は消滅していただろう。我の力は半分ほど失ったが、この星のエネルギーを運ぶぐらいの力は残っているはずだ」
「そか、良かった。それってちゃんと回復すんの?」
「もちろんだ。エネルギーは我の糧。旅をする間にまたいずれ戻るだろう」
失った魔力は計り知れないが、長い時間をかけてまた回復していけばいい。ヴァニタスの言葉にディノも深く頷いた。
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