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十九話
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「それとこれと、どう私と関係があるっていうんですか!」
声を荒げるアリシアにサイラスは「ふむ」と小さく呟き首を捻った。
首を捻りたいのはこちらだ、とアリシアの目が物語っている。
「……つまりだな、お前がシェリルを羨むのは魂が脆弱だからだろう。体を鍛え、魂も鍛えれば羨み妬む必要などなくなるということだ」
「どうしたらそうなるんですか!? 魂と体の繋がりもわけわかんないし、それにどう考えても姉さまのほうがずるいじゃないですか! ずるいからずるいって言ってるだけです!」
「――ならば聞くが、お前は何をもってしてシェリルをずるいと言っているんだ?」
サイラスの静かな問いかけに、アリシアがぐっと呻きながら言葉を詰まらせる。
「俺はアンダーソン家の家庭事情には明るくないからな。何か――お前がシェリルをずるいと言えるほどの何かがあったのなら言ってほしい」
「それは――だって、姉さまのほうが貴族として長く生活してて……刺繍とか、私が姉さまよりもできないのは当然で……だから、最初から貴族だった姉さまのほうがずるいじゃないですか」
「刺繍について、精進する努力をお前はしたのか?」
しどろもどりなりながらも主張するアリシアにサイラスが聞くと、アリシアは小さくだがこくりと頷いた。
アリシアがアンダーソン家で刺繍を習っていたことをシェリルは知っている。だがいつからか、シェリルに任せるようになり――学園に来てからの課題もすべてシェリルに丸投げするようになっていた。
「私が最初から姉さまみたいにお父様の娘として育ってたら、刺繍だってなんだってできたはずなんです」
「ふむ、そうか。ならばやはりシェリルを羨む必要はないな。刺繍の腕前が上達していないのなら、それはお前に才能がなかったということだ」
きっぱりと言い切るサイラスにアリシアの顔が完全に強張った。
サイラスはそんなアリシアの様子に気づいていないのか、あるいは気づいてなお無視しているのか――アリシアの肩にぽん、と手を置いた。
「ない才能のことは諦めて鍛錬に励め。剣を扱うのには才能がいるかもしれんが、体力をつけたりするのに才能はいらないからな。鍛錬に費やした時間は、けっしてお前を裏切らないだろう」
困惑顔のアリシアにサイラスは「さあ、走りこみだ」と堂々と言う。
力強く真剣に、そして自信満々に言われれば、何かおかしいと心の片隅で思いながらも説得力を感じてしまうのはどうしてだろうか。
――そんなことを、走りこみを再開したアリシアを眺めながらシェリルは思う。
「……鍛錬に費やした時間は裏切らない、というのは本当なのですか?」
もしも詭弁であれば、サイラスは詐欺師の才能があるかもしれない。そんなことを考えながら、シェリルは横に立つサイラスに問いかけた。
「ああ、そうだとも。俺は見ての通り、あまり筋肉がつかない。おそらくは体質なのだろう。……だが、幼少の頃から鍛錬に励んでいたおかげか、自分よりも上背のある相手とも渡り合うことができる」
見ての通りというが、シェリルの目にはサイラスにはそれなりに筋肉があるように見える。
「じゅうぶん、筋肉があるように見受けられますが……」
シェリルが首を傾げると、サイラスも同じように首を傾げた。
「いや、俺はまだまだだ。武術科生を見たことはあるだろう? 俺よりも筋肉のついている者が何人もいたはずだ」
「……まあ、それはそうですが……私としては、サイラス様ぐらいがちょうどよいと思います」
屈強すぎる武術科生を何人か思い浮かべる。
シェリルは小柄というわけではないが、それもでやはり上から屈強な男に見下ろされれば圧倒されることもある。
それを考えれば、背丈はあるが――サイラスいわく――筋肉があまりないサイラスのほうがいいと、シェリルは考えた。
「そ、そうか……? 俺としてはもう少し筋肉をつけたいところだが、だが――」
「え? こんなところで何してんの?」
サイラスの言葉に被せるように素っ頓狂な声が聞こえ、シェリルは声のしたほうに視線を向ける。
そこにいたのは、武術科生一の洒落者と名高いダニエルだった。
「今日出かけるんじゃなかったっけ?」
「……そのはずだったのだが……今は彼女の妹の鍛錬をしているところだ」
「いや、えー……いや、まあ、デートの日に何してるんだとか、妹だけ走ってるの見ても楽しくないだろとか、まあ色々言いたいけど……とりあえず、妹のことは俺が見てるから、出かけてこいよ」
「いや、しかし……」
サイラスの目が鍛錬場を走るアリシアと、そしてシェリルに向く。
逡巡するように視線をさまよわせるサイラスに、シェリルは曖昧な笑みを浮かべた。別にどちらでもいいと思ったからだ。
「……わかった。彼女のことはお前に任せる。適切な休憩と水分補給を忘れないようにしてくれ」
「ああ、わかってるよ。ほら、行っておいで」
楽しんでおいで、とダニエルに見送られる形でサイラスとシェリルは屋外鍛錬場を出た。
声を荒げるアリシアにサイラスは「ふむ」と小さく呟き首を捻った。
首を捻りたいのはこちらだ、とアリシアの目が物語っている。
「……つまりだな、お前がシェリルを羨むのは魂が脆弱だからだろう。体を鍛え、魂も鍛えれば羨み妬む必要などなくなるということだ」
「どうしたらそうなるんですか!? 魂と体の繋がりもわけわかんないし、それにどう考えても姉さまのほうがずるいじゃないですか! ずるいからずるいって言ってるだけです!」
「――ならば聞くが、お前は何をもってしてシェリルをずるいと言っているんだ?」
サイラスの静かな問いかけに、アリシアがぐっと呻きながら言葉を詰まらせる。
「俺はアンダーソン家の家庭事情には明るくないからな。何か――お前がシェリルをずるいと言えるほどの何かがあったのなら言ってほしい」
「それは――だって、姉さまのほうが貴族として長く生活してて……刺繍とか、私が姉さまよりもできないのは当然で……だから、最初から貴族だった姉さまのほうがずるいじゃないですか」
「刺繍について、精進する努力をお前はしたのか?」
しどろもどりなりながらも主張するアリシアにサイラスが聞くと、アリシアは小さくだがこくりと頷いた。
アリシアがアンダーソン家で刺繍を習っていたことをシェリルは知っている。だがいつからか、シェリルに任せるようになり――学園に来てからの課題もすべてシェリルに丸投げするようになっていた。
「私が最初から姉さまみたいにお父様の娘として育ってたら、刺繍だってなんだってできたはずなんです」
「ふむ、そうか。ならばやはりシェリルを羨む必要はないな。刺繍の腕前が上達していないのなら、それはお前に才能がなかったということだ」
きっぱりと言い切るサイラスにアリシアの顔が完全に強張った。
サイラスはそんなアリシアの様子に気づいていないのか、あるいは気づいてなお無視しているのか――アリシアの肩にぽん、と手を置いた。
「ない才能のことは諦めて鍛錬に励め。剣を扱うのには才能がいるかもしれんが、体力をつけたりするのに才能はいらないからな。鍛錬に費やした時間は、けっしてお前を裏切らないだろう」
困惑顔のアリシアにサイラスは「さあ、走りこみだ」と堂々と言う。
力強く真剣に、そして自信満々に言われれば、何かおかしいと心の片隅で思いながらも説得力を感じてしまうのはどうしてだろうか。
――そんなことを、走りこみを再開したアリシアを眺めながらシェリルは思う。
「……鍛錬に費やした時間は裏切らない、というのは本当なのですか?」
もしも詭弁であれば、サイラスは詐欺師の才能があるかもしれない。そんなことを考えながら、シェリルは横に立つサイラスに問いかけた。
「ああ、そうだとも。俺は見ての通り、あまり筋肉がつかない。おそらくは体質なのだろう。……だが、幼少の頃から鍛錬に励んでいたおかげか、自分よりも上背のある相手とも渡り合うことができる」
見ての通りというが、シェリルの目にはサイラスにはそれなりに筋肉があるように見える。
「じゅうぶん、筋肉があるように見受けられますが……」
シェリルが首を傾げると、サイラスも同じように首を傾げた。
「いや、俺はまだまだだ。武術科生を見たことはあるだろう? 俺よりも筋肉のついている者が何人もいたはずだ」
「……まあ、それはそうですが……私としては、サイラス様ぐらいがちょうどよいと思います」
屈強すぎる武術科生を何人か思い浮かべる。
シェリルは小柄というわけではないが、それもでやはり上から屈強な男に見下ろされれば圧倒されることもある。
それを考えれば、背丈はあるが――サイラスいわく――筋肉があまりないサイラスのほうがいいと、シェリルは考えた。
「そ、そうか……? 俺としてはもう少し筋肉をつけたいところだが、だが――」
「え? こんなところで何してんの?」
サイラスの言葉に被せるように素っ頓狂な声が聞こえ、シェリルは声のしたほうに視線を向ける。
そこにいたのは、武術科生一の洒落者と名高いダニエルだった。
「今日出かけるんじゃなかったっけ?」
「……そのはずだったのだが……今は彼女の妹の鍛錬をしているところだ」
「いや、えー……いや、まあ、デートの日に何してるんだとか、妹だけ走ってるの見ても楽しくないだろとか、まあ色々言いたいけど……とりあえず、妹のことは俺が見てるから、出かけてこいよ」
「いや、しかし……」
サイラスの目が鍛錬場を走るアリシアと、そしてシェリルに向く。
逡巡するように視線をさまよわせるサイラスに、シェリルは曖昧な笑みを浮かべた。別にどちらでもいいと思ったからだ。
「……わかった。彼女のことはお前に任せる。適切な休憩と水分補給を忘れないようにしてくれ」
「ああ、わかってるよ。ほら、行っておいで」
楽しんでおいで、とダニエルに見送られる形でサイラスとシェリルは屋外鍛錬場を出た。
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