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第二章 戸惑いの異世界
16.結局世の中ってやつは
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さすが観光案内をしているだけあってマイの説明はハキハキとしていてわかりやすい。しかしこれ以上仕事を奪われてなるものかと言いたげに、二人の男女が割って入ってきた。
「おっと、マイ様に学校のことまで説明されてしまいましたな。
雷人様、真琴様、改めてですが学校と私たちのことをご紹介させてください。
家内が魔術を、私マサタカがその他を教えております。
五歳で入学し最初に学ぶのが言語で、会話と読み書きです。
その次、二段階目の計算と四段階目の歴史、そして最終の進路相談が私の担当となります」
「私はカナエと申します。
三段階の魔術学、五、六、七段階の魔術基礎、魔術初級、魔術中級を教えております。
一応上級の研究会には参加していますが、上では私も生徒のようなものですね」
「じゃあ僕たちが通うとしたら一年生の言語からってことになるんですね。
いやあ、魔術の勉強へたどり着くまでどれくらいかかるやら……」
「マコは勉強好きだから頑張るよ!
苦手な理科がないのもうれしいかもー」
「普通に会話できているのですから読み書きができれば即日次のクラスでございます。
五段階の魔術基礎までは試験もありません。
お二人ならきっと大丈夫、なんと言っても初代様のご令孫ですからね!」
この徹底したよいしょには参ってしまうのだが、上手な返しが思い浮かばず今のところは苦笑いで返している。早めに特別でもなんでもない普通の人間だとわかってもらわないと、いつか落胆されてしっぺ返しを食らいそうだ。
観光案内所の横には宿屋があって、その裏手には多目的ホールのような公民館がある。学校の裏手には孤児院があり、さらには魔道具を開発生産するための工房が二棟あると言う。魔道具についてはいまいちよくわかっていないのだが、屋敷の結界を張りつづけているのも魔道具の力のようだし、人にしか見えないメンマたちでさえも魔道具らしい。
アンクから先、西側半分は住宅街になっているのであまり立ち入ることは無さそうである。別に治安が悪い地区があるとか、立ち入り禁止区域があると言うことはなく、単純に用が無さそうと言うだけのことだ。
東側にある施設の中で興味を覚えたのはやはり魔道具の工房である。ほぼ間違いなく爺ちゃんが残してくれたバイクは魔道具だろう。つまり魔道具を深く知ることが出来ればあのバイクを動かすことが出来るはずだ。それにはまず基礎を学ぶ必要があるはずで、つまりは学校へ通うのが手っ取り早いというか当然の道筋だろう。
学校のすぐそばまでやってきたがどうやら誰もいないようで静まり返っている。曜日によって休みとかあるのかもしれないし、教師はこの夫婦だけなのかもしれない。
「実は、今日は学校を休みにしてしまったので誰もおりません。
この時間だと子供たちは公園で遊んでいるかもしれませんね。
覗きに行ってみますか?」
「いえいえ、今日はちょっとした様子見程度ですから。
学校へ通い始めれば会うことにもなるでしょうし。
なあ真琴? 今日はいいだろ?」
「うん、心の準備がちょっと……
あのアンクってとこまで行ったら今日はもう帰ろっかな」
「かしこまりました、それでは行ってみましょう。
この時間だとアンクの北側にある広場でマーケットが開かれています。
マーケットと言うのは作った物や外から仕入れた物を自由に販売する場所のことです。
毎日決まった店は少ないのですが、たまに覗くと珍しいものに出会えるかもしれません」
なるほど、どうやら蚤の市のようなものらしい。だが興味はあるが先立つものがない。いくら生きるために必要ないとはいえ、それだけで過ごしていけるほど僕は聖人ではないし我慢強くもない。早いところドーンがお金を送ってくれるか、なにか日銭を稼ぐ手段があればいいのだが……
ないものをいくら考えても仕方なく、とりあえずアンクまでやってきた。すぐそこではマーケットの様子が見えるが、ゴザを敷いて適当なものを並べて店を開き、そこで足を止めて買い物するといういかにもなスタイルだった。これなら僕にもできそうだが、問題はなにを売ればいいのかだ。
正直言って人に売れるようなものはほとんど持っていない。高価でなくてもコレクション的なものやおもちゃの類、そう言うものは一切持っていないのだ。あるとしたらコミックやバイクの本くらいだがあれは日本語なのでトラスの人では読むことができないだろう。
僕の表情がよほど物欲しそうに見えたのか、ルースーが突然声をかけてきた。
「ライさま、ルースーが様子を見て参ります。
花の種などが売っているかもしれません」
「でもお金が――」
止める間もなくあっという間に走っていってしまったルースーをみて、チャーシが肩をすくめている。もちろん僕も同じ気分だ。目的のものがあってもなくても手に入れることは出来ないのだから今見に行く必要はなかった。しかも毎日同じ店が出ているわけではなく、出店する人の気分次第らしいのだから。
「お兄ちゃん、貧乏っていやだね。
マコ働きたいなぁ、せっかくイイおうちにかわいいドレス着てるのにまた貧乏なのやだよ。
贅沢はしなくてもいいけどちょっとくらい楽しみが欲しいもんね」
「そうだな、せっかくの心機一転だし楽しまなきゃ損だ。
僕が頑張ってちょっとくらい贅沢できるようにしてやるからな。
―― あ、ルースーが戻ってきたよ」
「ライさま、マコさま、花の種や苗木は売っておりませんでした。
意外にも食べ物や飲み物の店がいくつもあったのです。
それと食器や花器、アクセサリーなどもございました。
きれいに磨いた石もあってマコさまに似合そうだったのです」
「そう言うこと言わないでおくれよ……
マコごめんな、お金が入ったら買ってあげるからさ」
「お兄ちゃん、大丈夫だよ?
マコが勉強して偉くなって贅沢させてあげるからね!」
その自信がどこから来るのかわからないが、やる気に満ち溢れているのはいいことだ。僕は真琴の手を取ってアンクを背に歩き始めた。
再び学校と観光案内所の間の道へと戻ってきた僕たちは、ここらで引き上げることを伝えた。するとマイや村長は、何のもてなしもせず引っ張りまわしたことを心苦しいと感じているようだ。
「そんなの気にしないで下さい。
すぐそばに住んでいる者同士なのですから、もっと気楽なお付き合いをしましょう。
今日は皆さん仕事を休んで来てくれたみたいでありがとうございます。
学校へは通うつもりなので、こちらの準備が出来たらお願いに伺いますね」
「そう言っていただけると助かります。
入学は随時ですし、必要なものは全て学校にありますのでいつでもいらしてください。
あと…… これは少ないですがお茶を入れておきました。
お口に合うかわかりませんが、お帰りになってからお試しください」
「ありがとうございます、カナエさん。
近日中に入学手続きに行くつもりですのでよろしくお願いします」
「領主様、村から世話係は出さなくても平気なのですか?
身の回りのことでご不便があると初代様に申し訳が立ちません」
「それは大丈夫です。
うちにはチャーシやルースーたちがいるので困ることはありません。
この世界のことや村のことがわからないのが悩みの種ですけどね。
それも村長さんたちが親切にしてくれるので心配していません。
慣れるまではご迷惑おかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
仰々しい挨拶を何度も繰り返しながら、ようやくマイや村長たちと別れ家に戻ろうとすると、そろそろ陽が傾いて、はいないのだが少し明るさが和らいでいた。どうやらこの世界では太陽は沈まずに明るさだけが変わって行く。僕はそんなとても不思議な光景に心を奪われていた。
「おっと、マイ様に学校のことまで説明されてしまいましたな。
雷人様、真琴様、改めてですが学校と私たちのことをご紹介させてください。
家内が魔術を、私マサタカがその他を教えております。
五歳で入学し最初に学ぶのが言語で、会話と読み書きです。
その次、二段階目の計算と四段階目の歴史、そして最終の進路相談が私の担当となります」
「私はカナエと申します。
三段階の魔術学、五、六、七段階の魔術基礎、魔術初級、魔術中級を教えております。
一応上級の研究会には参加していますが、上では私も生徒のようなものですね」
「じゃあ僕たちが通うとしたら一年生の言語からってことになるんですね。
いやあ、魔術の勉強へたどり着くまでどれくらいかかるやら……」
「マコは勉強好きだから頑張るよ!
苦手な理科がないのもうれしいかもー」
「普通に会話できているのですから読み書きができれば即日次のクラスでございます。
五段階の魔術基礎までは試験もありません。
お二人ならきっと大丈夫、なんと言っても初代様のご令孫ですからね!」
この徹底したよいしょには参ってしまうのだが、上手な返しが思い浮かばず今のところは苦笑いで返している。早めに特別でもなんでもない普通の人間だとわかってもらわないと、いつか落胆されてしっぺ返しを食らいそうだ。
観光案内所の横には宿屋があって、その裏手には多目的ホールのような公民館がある。学校の裏手には孤児院があり、さらには魔道具を開発生産するための工房が二棟あると言う。魔道具についてはいまいちよくわかっていないのだが、屋敷の結界を張りつづけているのも魔道具の力のようだし、人にしか見えないメンマたちでさえも魔道具らしい。
アンクから先、西側半分は住宅街になっているのであまり立ち入ることは無さそうである。別に治安が悪い地区があるとか、立ち入り禁止区域があると言うことはなく、単純に用が無さそうと言うだけのことだ。
東側にある施設の中で興味を覚えたのはやはり魔道具の工房である。ほぼ間違いなく爺ちゃんが残してくれたバイクは魔道具だろう。つまり魔道具を深く知ることが出来ればあのバイクを動かすことが出来るはずだ。それにはまず基礎を学ぶ必要があるはずで、つまりは学校へ通うのが手っ取り早いというか当然の道筋だろう。
学校のすぐそばまでやってきたがどうやら誰もいないようで静まり返っている。曜日によって休みとかあるのかもしれないし、教師はこの夫婦だけなのかもしれない。
「実は、今日は学校を休みにしてしまったので誰もおりません。
この時間だと子供たちは公園で遊んでいるかもしれませんね。
覗きに行ってみますか?」
「いえいえ、今日はちょっとした様子見程度ですから。
学校へ通い始めれば会うことにもなるでしょうし。
なあ真琴? 今日はいいだろ?」
「うん、心の準備がちょっと……
あのアンクってとこまで行ったら今日はもう帰ろっかな」
「かしこまりました、それでは行ってみましょう。
この時間だとアンクの北側にある広場でマーケットが開かれています。
マーケットと言うのは作った物や外から仕入れた物を自由に販売する場所のことです。
毎日決まった店は少ないのですが、たまに覗くと珍しいものに出会えるかもしれません」
なるほど、どうやら蚤の市のようなものらしい。だが興味はあるが先立つものがない。いくら生きるために必要ないとはいえ、それだけで過ごしていけるほど僕は聖人ではないし我慢強くもない。早いところドーンがお金を送ってくれるか、なにか日銭を稼ぐ手段があればいいのだが……
ないものをいくら考えても仕方なく、とりあえずアンクまでやってきた。すぐそこではマーケットの様子が見えるが、ゴザを敷いて適当なものを並べて店を開き、そこで足を止めて買い物するといういかにもなスタイルだった。これなら僕にもできそうだが、問題はなにを売ればいいのかだ。
正直言って人に売れるようなものはほとんど持っていない。高価でなくてもコレクション的なものやおもちゃの類、そう言うものは一切持っていないのだ。あるとしたらコミックやバイクの本くらいだがあれは日本語なのでトラスの人では読むことができないだろう。
僕の表情がよほど物欲しそうに見えたのか、ルースーが突然声をかけてきた。
「ライさま、ルースーが様子を見て参ります。
花の種などが売っているかもしれません」
「でもお金が――」
止める間もなくあっという間に走っていってしまったルースーをみて、チャーシが肩をすくめている。もちろん僕も同じ気分だ。目的のものがあってもなくても手に入れることは出来ないのだから今見に行く必要はなかった。しかも毎日同じ店が出ているわけではなく、出店する人の気分次第らしいのだから。
「お兄ちゃん、貧乏っていやだね。
マコ働きたいなぁ、せっかくイイおうちにかわいいドレス着てるのにまた貧乏なのやだよ。
贅沢はしなくてもいいけどちょっとくらい楽しみが欲しいもんね」
「そうだな、せっかくの心機一転だし楽しまなきゃ損だ。
僕が頑張ってちょっとくらい贅沢できるようにしてやるからな。
―― あ、ルースーが戻ってきたよ」
「ライさま、マコさま、花の種や苗木は売っておりませんでした。
意外にも食べ物や飲み物の店がいくつもあったのです。
それと食器や花器、アクセサリーなどもございました。
きれいに磨いた石もあってマコさまに似合そうだったのです」
「そう言うこと言わないでおくれよ……
マコごめんな、お金が入ったら買ってあげるからさ」
「お兄ちゃん、大丈夫だよ?
マコが勉強して偉くなって贅沢させてあげるからね!」
その自信がどこから来るのかわからないが、やる気に満ち溢れているのはいいことだ。僕は真琴の手を取ってアンクを背に歩き始めた。
再び学校と観光案内所の間の道へと戻ってきた僕たちは、ここらで引き上げることを伝えた。するとマイや村長は、何のもてなしもせず引っ張りまわしたことを心苦しいと感じているようだ。
「そんなの気にしないで下さい。
すぐそばに住んでいる者同士なのですから、もっと気楽なお付き合いをしましょう。
今日は皆さん仕事を休んで来てくれたみたいでありがとうございます。
学校へは通うつもりなので、こちらの準備が出来たらお願いに伺いますね」
「そう言っていただけると助かります。
入学は随時ですし、必要なものは全て学校にありますのでいつでもいらしてください。
あと…… これは少ないですがお茶を入れておきました。
お口に合うかわかりませんが、お帰りになってからお試しください」
「ありがとうございます、カナエさん。
近日中に入学手続きに行くつもりですのでよろしくお願いします」
「領主様、村から世話係は出さなくても平気なのですか?
身の回りのことでご不便があると初代様に申し訳が立ちません」
「それは大丈夫です。
うちにはチャーシやルースーたちがいるので困ることはありません。
この世界のことや村のことがわからないのが悩みの種ですけどね。
それも村長さんたちが親切にしてくれるので心配していません。
慣れるまではご迷惑おかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
仰々しい挨拶を何度も繰り返しながら、ようやくマイや村長たちと別れ家に戻ろうとすると、そろそろ陽が傾いて、はいないのだが少し明るさが和らいでいた。どうやらこの世界では太陽は沈まずに明るさだけが変わって行く。僕はそんなとても不思議な光景に心を奪われていた。
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