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第九章 母なる側室
37.王の葛藤
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気を静めた王は冷静に今度のことを考えていた。クラウディアが先に産んだ前国王の血を継いだ子をどうすべきなのか。手っ取り早いのはアーゲンハイム男爵ごと処刑してしまうことだが、それではダルチエン伯爵の時と変わらない恐怖政治のままである。血の歴史を繰り返すべきではないとわかってはいるが、今すぐ変える事も変えるつもりも無く、少なくとも自分の代は独裁政治のままだろう。周辺国のようにもう少し柔らかな民衆統治をするには王族の体質が余計な枷になる。
時代は進み抱える民が多くなったことで戦の規模も大きくなった。もはや戦士一人でどうにかなる戦は少ない。これまでは周辺国との小競り合いに置いて個人の力で抑えることは出来たが、遠く離れた国では集団戦が主体となっているとも聞いている。いくら王が強かろうと、百人同時を一瞬で殺せるわけではないのだ。それらを踏まえると、もはや子の代には奥御殿(ハーレム)を持たせず自然に任せた成長を求めてもいいだろう。ただ、女の味を覚えてしまったら自発的に欲するかもしれず、その将来は未知数だ。
「よし、考えは纏まったぞ、湯の支度をせい。
こら、いつまでもまとわりつくでないわ。
いい歳をしてみっともないぞ、クラウディアの方が物わかりが良いではないか」
「でも陛下? わたくしには十数年ぶりのお情けだったのですよ?
もう少し余韻を味あわせて下さってもよろしいではございませぬかぁ」
「他の女から嫉妬されぬようせいぜい気をつけるのだな。
いいから早く湯の用意だ、貴族議会を招集するのだからな」
王がその言葉を口にした途端緊張感が張りつめシャラトワはすぐに部屋を出て行った。クラウディアは王へ寄り添い自らの震えを止めようとしていた。我が子を、アーゲンハイム男爵をどうするかお決めになられたのだ。どのような処分でも受け入れるつもりではあるが結果を知るのは怖かった。しかしそこから目を背けるわけにはいかないのだ。
「陛下? 心はお決まりになったのでございましょう?
よろしければ事前にお知らせ願いませんか?
心構えをしておきたく存じます」
「そう心配するでない、そなたの子を手に掛けたりはせん。
まずはアーゲンハイム男爵に子を保護して育てていることを認めさせるわ。
それをとぼけるようなら致し方ない。
認めるならそのまま育てさせ様子を見ることにしようと考えておる。
何も知らず王族を育てるのは難儀するだろうからな」
「そう、なのですね。
では異父兄弟としてこのまま様子を見守ると?
しかし陛下、差し出がましいようですが私は異を唱えます」
「なぜだ!? 早期に引き取って欲しいのか?
まあ手元に置きたいと言うのであればそれも良かろう……」
「いいえ、そうではございません。
アーゲンハイム男爵の元にいる我が子は……
将来のことを考えるならば…… 処分してしまうべきです……」
「な、なんと!? 今なんと申した!?
我が子を、そなたの子を始末しろと言うのか!?」
「お忘れですか陛下、あの子の父親が何をしたのか。
正当な教育を受けさせていれば結果は違うものだったかもしれません。
ですが今となっては結果を見ることしかできません。
また同じことが繰り返されたらと思うと私とても恐ろしいのです」
「う、うむ、確かにそうなってからでは遅いやもしれぬ。
だが予兆が見えてから判断しても遅くないのではないか?
我が子が王になるとしても良き参謀となる可能性もある。
女子だった場合には向こうを王へ据える手をあるではないか」
「陛下はそれで構わないのですか?
ご自身の手に取り戻したこの国がまた良からぬ方向へ進むかもしれません。
もちろんそうならないよう導くことが出来るに越したことはございませんが……」
「そうなるとやはりアーゲンハイム男爵の元から子を引き取るか……
確かに我らの手の内でしっかりと育てて行けば脅威とはならぬ、やもしれん。
しかし王族の教育では同じことが繰り返されるやもしれぬ。
正直に申すと教育で何とかなるものかどうかはわからんのだ」
王の表情は曇り、何か思いつめたように一点を見つめている。それは過去を振り返り自らの子へ施してきた教育だった。その結果タクローシュはどうなったのか。いやその前に、自分と同じ教育を受け共に育ってきた兄はどうだったのか。結局のところ、教育が同じであろうと産まれ持った資質が大きく左右するのではないだろうか。兄から取り戻した妃、スーデリカは幼きころの記憶とはかなり異なり我欲にまみれた女になっていた。
そこから産まれたアルベルトとタクローシュは、育ちに大きな違いがあるはずだが際限を知らぬところに共通点があった。我が父は比較的穏やかな性格で奥御殿に置いた女の数もそれほど多くなかったと聞いている。兄弟それぞれの母親はどうだったのだろうか。男子は幼いころに母親から引き離されるため奥御殿には立ち寄らず、どの女が親であるかを知らずに育つ。王が知る中では今の王や父のように温厚な女が半分、権力や地位にしがみつくような欲の強い女が半分と言ったところだが、その中に母がいたのかも知らなかった。
もしかすると男子には父から肉体の、母からは性格に関する因子を引き継ぐのかもしれない。女子の場合は父の肉体因子が高い知能へ働き、母からはやはり性格を受け継ぐのだろうか。こんな事ならもっとしっかりとした記録を残しておくべきだった。だが今それを悔やんでも仕方ない。今後どうするかが重要なのだから。
クラウディアは一見すると穏和に見えるが、その実、独占欲が強く意志の強いところがある。これが受け継がれ良い方向へ出れば芯の通った立派な王となるだろう。しかし悪い方へ向かえば、強権を振るう独裁者に相応しい性格と言える。つまりアルベルトの子を生かそうが殺そうが結果はまだわからない。
王は判断を再び誤るのではないかと恐れ、招集した貴族議会へ向かうことが出来ずにいた。
時代は進み抱える民が多くなったことで戦の規模も大きくなった。もはや戦士一人でどうにかなる戦は少ない。これまでは周辺国との小競り合いに置いて個人の力で抑えることは出来たが、遠く離れた国では集団戦が主体となっているとも聞いている。いくら王が強かろうと、百人同時を一瞬で殺せるわけではないのだ。それらを踏まえると、もはや子の代には奥御殿(ハーレム)を持たせず自然に任せた成長を求めてもいいだろう。ただ、女の味を覚えてしまったら自発的に欲するかもしれず、その将来は未知数だ。
「よし、考えは纏まったぞ、湯の支度をせい。
こら、いつまでもまとわりつくでないわ。
いい歳をしてみっともないぞ、クラウディアの方が物わかりが良いではないか」
「でも陛下? わたくしには十数年ぶりのお情けだったのですよ?
もう少し余韻を味あわせて下さってもよろしいではございませぬかぁ」
「他の女から嫉妬されぬようせいぜい気をつけるのだな。
いいから早く湯の用意だ、貴族議会を招集するのだからな」
王がその言葉を口にした途端緊張感が張りつめシャラトワはすぐに部屋を出て行った。クラウディアは王へ寄り添い自らの震えを止めようとしていた。我が子を、アーゲンハイム男爵をどうするかお決めになられたのだ。どのような処分でも受け入れるつもりではあるが結果を知るのは怖かった。しかしそこから目を背けるわけにはいかないのだ。
「陛下? 心はお決まりになったのでございましょう?
よろしければ事前にお知らせ願いませんか?
心構えをしておきたく存じます」
「そう心配するでない、そなたの子を手に掛けたりはせん。
まずはアーゲンハイム男爵に子を保護して育てていることを認めさせるわ。
それをとぼけるようなら致し方ない。
認めるならそのまま育てさせ様子を見ることにしようと考えておる。
何も知らず王族を育てるのは難儀するだろうからな」
「そう、なのですね。
では異父兄弟としてこのまま様子を見守ると?
しかし陛下、差し出がましいようですが私は異を唱えます」
「なぜだ!? 早期に引き取って欲しいのか?
まあ手元に置きたいと言うのであればそれも良かろう……」
「いいえ、そうではございません。
アーゲンハイム男爵の元にいる我が子は……
将来のことを考えるならば…… 処分してしまうべきです……」
「な、なんと!? 今なんと申した!?
我が子を、そなたの子を始末しろと言うのか!?」
「お忘れですか陛下、あの子の父親が何をしたのか。
正当な教育を受けさせていれば結果は違うものだったかもしれません。
ですが今となっては結果を見ることしかできません。
また同じことが繰り返されたらと思うと私とても恐ろしいのです」
「う、うむ、確かにそうなってからでは遅いやもしれぬ。
だが予兆が見えてから判断しても遅くないのではないか?
我が子が王になるとしても良き参謀となる可能性もある。
女子だった場合には向こうを王へ据える手をあるではないか」
「陛下はそれで構わないのですか?
ご自身の手に取り戻したこの国がまた良からぬ方向へ進むかもしれません。
もちろんそうならないよう導くことが出来るに越したことはございませんが……」
「そうなるとやはりアーゲンハイム男爵の元から子を引き取るか……
確かに我らの手の内でしっかりと育てて行けば脅威とはならぬ、やもしれん。
しかし王族の教育では同じことが繰り返されるやもしれぬ。
正直に申すと教育で何とかなるものかどうかはわからんのだ」
王の表情は曇り、何か思いつめたように一点を見つめている。それは過去を振り返り自らの子へ施してきた教育だった。その結果タクローシュはどうなったのか。いやその前に、自分と同じ教育を受け共に育ってきた兄はどうだったのか。結局のところ、教育が同じであろうと産まれ持った資質が大きく左右するのではないだろうか。兄から取り戻した妃、スーデリカは幼きころの記憶とはかなり異なり我欲にまみれた女になっていた。
そこから産まれたアルベルトとタクローシュは、育ちに大きな違いがあるはずだが際限を知らぬところに共通点があった。我が父は比較的穏やかな性格で奥御殿に置いた女の数もそれほど多くなかったと聞いている。兄弟それぞれの母親はどうだったのだろうか。男子は幼いころに母親から引き離されるため奥御殿には立ち寄らず、どの女が親であるかを知らずに育つ。王が知る中では今の王や父のように温厚な女が半分、権力や地位にしがみつくような欲の強い女が半分と言ったところだが、その中に母がいたのかも知らなかった。
もしかすると男子には父から肉体の、母からは性格に関する因子を引き継ぐのかもしれない。女子の場合は父の肉体因子が高い知能へ働き、母からはやはり性格を受け継ぐのだろうか。こんな事ならもっとしっかりとした記録を残しておくべきだった。だが今それを悔やんでも仕方ない。今後どうするかが重要なのだから。
クラウディアは一見すると穏和に見えるが、その実、独占欲が強く意志の強いところがある。これが受け継がれ良い方向へ出れば芯の通った立派な王となるだろう。しかし悪い方へ向かえば、強権を振るう独裁者に相応しい性格と言える。つまりアルベルトの子を生かそうが殺そうが結果はまだわからない。
王は判断を再び誤るのではないかと恐れ、招集した貴族議会へ向かうことが出来ずにいた。
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