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第一章 卯月(四月)
10.四月二十五日 夕刻 初崎家
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学校とは勉強するところとの認識は間違いではない。しかし八早月は友達を作っておしゃべりすることの楽しさにどっぷりとハマっていた。つまりゴールデンウィーク前の小テストの点が思ったより悪く、真面目に勉強していなかったことを反省しているところである。
今週末からいよいよ連休がやってくる。八畑村では今年も織贄の儀をやるのだろうか。なんて考える余地もなくやるに決まっている。八早月は中学生になり、突然視界が広がったような環境の変化を堪能していたが、周囲まで変わるわけがなく今まで通り動き続けていることに違和感を募らせていた。
得てして思春期とはそう言うもので、何事も自分中心に動いていると思いがちである。それはしっかり者の八早月とて例外ではなく、端的に言えばようやく十二歳なりの考えを持ち始めたと言うことだ。
毎年五月一日から五日にかけて行われる織贄の儀は、八家の後継者が八歳で贄、つまり巫になった後、神器である神刃と当主を受け継ぐまでに、神通力を高めるために行う鍛錬と確認の儀式と言う名目で行われている。
だが八早月の場合はそんなことをしなくても神通力は授かったし、他の八家当主と比べて力はひけを取らないどころか大きく上回っている。もちろん肉体的体力的には敵うべくもないが、そこはあまり重視されるところでもないはずだ。
問題なのは鍛冶師としての修練がまったくできていないことで、このままだと八早月の代で廃業することになってしまう。それでもこれから修行して行けばいいのかもしれないが、あんな熱い鍛錬場で真っ赤に熱した鉄を叩く青春はまっぴらごめんで、それならまだあてがわれるままに婿を取った方がマシだと考えていた。
考え事をしていると復習にも宿題にも身が入らず進みが悪かったが、見回りの時間が来てしまったので諦めて準備を始める。呼士の真宵と同じように髪の毛を後ろで束ねてから厚めの秋冬物を着こむと、とても多感な女子が選んだ春のファッションには見えない。
「それでは真宵さん、向かいましょうか。
今日はおかしな気配もありませんし、いつものルートで構いません」
「かしこまりました。
八早月様は随分と着こんでいらっしゃいましたね。
今朝は寒かったですからお風邪などひかぬよう用心するのも当然でしょう」
「ええ、まだまだ寒いですからね。
もうすぐ織贄の儀もあるから体調崩していられないんだもの。
世間では黄金週間と呼んでいるのにこちらには煌びやかさがないわね」
「織贄の儀の季節ですか…… 私たちは見ているだけで退屈です。
他家当主様の呼士と仕合えると鍛錬になるのですが難しいでしょうか」
「どうでしょうね、演舞や御前仕合と言う名目でならできるかもしれません。
真宵が望むなら宿おじさまへ相談してみましょうか。
でもあなたが強すぎるから皆嫌がってしまうかもしれませんね」
「それは私だけの力ではございません。
八早月様から賜った物が私の力でございます。
呼士の間では先代よりも強いと評判ですよ?」
「それはまた大仰なことですね。
私は織贄の儀に一度も参加していないくらい未熟なのですよ?
世が平和過ぎて皆の腕が鈍っているのでなければ良いのですが」
二人の会話はまるでいらぬ心配をしがちな年寄りのようである。だが実際には凛々しき剣客乙女に手を引かれる可憐な少女の組み合わせだ。こうして日々人知れず悪しきものからこの地を守ってきた巫、そして神器に宿った付喪神が具現化した存在である呼士は、月が光を放ち始めた宵の空へと飛んで行った。
二時間ほどが経ち櫛田家の領分を回り終えた二人は、先ほど話していた通り『宿おじさま』のところへ向かうことにした。宿とは八畑村鍛冶師八家の本家である櫛田家の分家の中で最古参であり分家序列一位の初崎家当主、初崎宿のことだ。
初崎宿も他の八家当主同様、神器である神刃を継承しており、その名を掻櫛剣と言う。宿がこの神刃を用いて呼び出す呼士も当然存在し、八早月と真宵が初崎家の庭先へ降り立った際に出迎えてくれた。
大げさに両手を広げ歓迎してくれたのは須佐乃と言う名の呼士で、ゴツゴツとした鎧を着こみ美豆良と言う髪型が、その姿が古墳時代の戦士を模したものであると説明しているかのようだ。顔には口髭顎鬚がこれでもかというくらいたわわに根付いて下半分は隠れてしまっている。
「おお、八早月様に真宵殿、今宵はいかがなされたかな?
我が主はただいま湯をいただいております故しばしお待ちくださいませ」
「突然押しかけてごめんなさい。
おじさまにご相談があってやって来たの。
身体が冷えてしまったので中で休ませていただくわね」
「須佐乃殿、私も失礼して八早月様のお手伝いをさせていただきます。
まもなく五月ですが夜はまだまだ冷えているようなのです」
茶を淹れるために八早月が湯を沸かしている土間の台所には、風呂場から漏れ聞こえる宿のご機嫌な歌声が響いていた。
今週末からいよいよ連休がやってくる。八畑村では今年も織贄の儀をやるのだろうか。なんて考える余地もなくやるに決まっている。八早月は中学生になり、突然視界が広がったような環境の変化を堪能していたが、周囲まで変わるわけがなく今まで通り動き続けていることに違和感を募らせていた。
得てして思春期とはそう言うもので、何事も自分中心に動いていると思いがちである。それはしっかり者の八早月とて例外ではなく、端的に言えばようやく十二歳なりの考えを持ち始めたと言うことだ。
毎年五月一日から五日にかけて行われる織贄の儀は、八家の後継者が八歳で贄、つまり巫になった後、神器である神刃と当主を受け継ぐまでに、神通力を高めるために行う鍛錬と確認の儀式と言う名目で行われている。
だが八早月の場合はそんなことをしなくても神通力は授かったし、他の八家当主と比べて力はひけを取らないどころか大きく上回っている。もちろん肉体的体力的には敵うべくもないが、そこはあまり重視されるところでもないはずだ。
問題なのは鍛冶師としての修練がまったくできていないことで、このままだと八早月の代で廃業することになってしまう。それでもこれから修行して行けばいいのかもしれないが、あんな熱い鍛錬場で真っ赤に熱した鉄を叩く青春はまっぴらごめんで、それならまだあてがわれるままに婿を取った方がマシだと考えていた。
考え事をしていると復習にも宿題にも身が入らず進みが悪かったが、見回りの時間が来てしまったので諦めて準備を始める。呼士の真宵と同じように髪の毛を後ろで束ねてから厚めの秋冬物を着こむと、とても多感な女子が選んだ春のファッションには見えない。
「それでは真宵さん、向かいましょうか。
今日はおかしな気配もありませんし、いつものルートで構いません」
「かしこまりました。
八早月様は随分と着こんでいらっしゃいましたね。
今朝は寒かったですからお風邪などひかぬよう用心するのも当然でしょう」
「ええ、まだまだ寒いですからね。
もうすぐ織贄の儀もあるから体調崩していられないんだもの。
世間では黄金週間と呼んでいるのにこちらには煌びやかさがないわね」
「織贄の儀の季節ですか…… 私たちは見ているだけで退屈です。
他家当主様の呼士と仕合えると鍛錬になるのですが難しいでしょうか」
「どうでしょうね、演舞や御前仕合と言う名目でならできるかもしれません。
真宵が望むなら宿おじさまへ相談してみましょうか。
でもあなたが強すぎるから皆嫌がってしまうかもしれませんね」
「それは私だけの力ではございません。
八早月様から賜った物が私の力でございます。
呼士の間では先代よりも強いと評判ですよ?」
「それはまた大仰なことですね。
私は織贄の儀に一度も参加していないくらい未熟なのですよ?
世が平和過ぎて皆の腕が鈍っているのでなければ良いのですが」
二人の会話はまるでいらぬ心配をしがちな年寄りのようである。だが実際には凛々しき剣客乙女に手を引かれる可憐な少女の組み合わせだ。こうして日々人知れず悪しきものからこの地を守ってきた巫、そして神器に宿った付喪神が具現化した存在である呼士は、月が光を放ち始めた宵の空へと飛んで行った。
二時間ほどが経ち櫛田家の領分を回り終えた二人は、先ほど話していた通り『宿おじさま』のところへ向かうことにした。宿とは八畑村鍛冶師八家の本家である櫛田家の分家の中で最古参であり分家序列一位の初崎家当主、初崎宿のことだ。
初崎宿も他の八家当主同様、神器である神刃を継承しており、その名を掻櫛剣と言う。宿がこの神刃を用いて呼び出す呼士も当然存在し、八早月と真宵が初崎家の庭先へ降り立った際に出迎えてくれた。
大げさに両手を広げ歓迎してくれたのは須佐乃と言う名の呼士で、ゴツゴツとした鎧を着こみ美豆良と言う髪型が、その姿が古墳時代の戦士を模したものであると説明しているかのようだ。顔には口髭顎鬚がこれでもかというくらいたわわに根付いて下半分は隠れてしまっている。
「おお、八早月様に真宵殿、今宵はいかがなされたかな?
我が主はただいま湯をいただいております故しばしお待ちくださいませ」
「突然押しかけてごめんなさい。
おじさまにご相談があってやって来たの。
身体が冷えてしまったので中で休ませていただくわね」
「須佐乃殿、私も失礼して八早月様のお手伝いをさせていただきます。
まもなく五月ですが夜はまだまだ冷えているようなのです」
茶を淹れるために八早月が湯を沸かしている土間の台所には、風呂場から漏れ聞こえる宿のご機嫌な歌声が響いていた。
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