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第二章 皐月(五月)
20.五月三日 夜 終演
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勇ましく構えた須佐乃が自らの状況に気付いて現世と常世の間へ帰って行った後、演舞場には再び静寂が戻った。
真宵のほかに残っている呼士はあと一人、しかしすでに戦える状況ではなさそうだ。現当主の中で異質であるドロシーだがその精神力は大したもので、痛みで悶えながらも呼士が消えずに残っている。だがその呼士である春凪は、真宵の横薙ぎで斬られ軍服ごと腹の部分で上下に分かれた姿で横たわったままピクリとも動かない。
八早月は仕方なく真宵に命じ春凪を介錯すると、追い打ちを喰らったドロシーは泡を吹いてようやく気絶した。一番傷が浅かったのは一突きで終わった六田櫻と、最初に脳天へ一撃を喰らった双宗聡明で、その証拠に二人は早々に起き上った。
「大丈夫だったの、ママ!?
ウチ何があったのか全然わかんないよ、なんなの!?」
「ええ、ママは大丈夫、加減してもらえてたからね。
これが筆頭様のお力なの、目で追えなくてもすごいのはわかったでしょ?
ママたちが全員でかかっても数秒しかもたないのよ。
聡明さんの突きだって相当な早さですのにね」
「正確には全員が一振りするまで待っていただいてコレですがね。
八早月様、いつ振りか、お手合わせは二年ぶりくらいでしたかな?
太刀筋がますます早く美しくなられましたな。
もはや目がついていきませんです。
本気で居合ったなら槍を一寸引く間に終わってしまいそうだ」
「お二人とも、世辞は恥ずかしいです。
それに私ではなく真宵さんが凄いだけなのですからね。
みんなの参考になったなら嬉しいのだけどいかがだったかしら?」
八早月は真っ先に母の元へ駆け寄った楓に聞いたわけではなかったのだが、一番近くにいたため答えを求められたと思い慌てて声の方向に目を向けた。しかし口を開こうにも恐怖と畏れで体の震えが止まらない。それに漏らしていないかが心配で仕方なかった。
この場に来ている次の世代で一番気が強いと思われる六田楓がこの状態だ。その他の面々は推して知るべしと言ったところか。まず前提として彼らには戦いが見えていなかった。真宵が足を止めて斬りつけた一瞬だけは、斬られた相手がいることだけわかったくらいで、そもそも傍から見て戦っていたのは八早月としか見えていなかった。
なぜそんなことが起きるのか、できるのか、戦っていた他の当主は余計に理解できないことで、霊体とは言ってもこちら側に呼び出されている間は実体があるのと同様の原理が働く。
つまり本来、主と呼士は人同士同様重なることは出来ない。
だが完全に同じというわけでもなく、人から呼士へ攻撃したとしても物理干渉で吹き飛んだり転がったりはするがダメージはない。呼士に干渉し損傷を負わせることができるのは常世由来のものだけなので、呼士同士以外となると妖のみと言うことになる。
逆の場合、呼士から人への攻撃で肉体は傷つけることは出来ない。しかし精神ダメージで痛みは負うので、動けなくなったり失神や昏睡といった意識不明に陥ることもあるし、何の素養もない脆弱な精神の持ち主であれば死に至ることもある。
この原則からすると八早月と真宵のように二つが一体になって動いていること自体が不可解なのだが、そもそも呼士も妖も不思議なものなので、理や原理等を考えるだけ馬鹿らしいと言うものだ。
事実として真宵は八早月に重なっているし、攻撃や防御の瞬間だけ八早月の表面で具現化していたのだ。剣も一瞬しか現れないため。体の運びから太刀筋を読んだり、そこから返し刃の方向を見切ることも難しいというからくりだ。
まだ自力で呼士を呼び出せない八岐贄の四名は呼士との立会鍛錬が出来ない。つまり呼士の特性や自分との関係性を学び切っていないため、今起きていたことの奇天烈さは理解しようがない。それでも自分と当主との技量差が歴然としていることくらいはわかっていたに違いない。
だが、当主間の力の差がこれほど大きいと知った今、彼らの表情は硬い。修行中の八岐贄にとって、親以外の呼士を見る機会は滅多になく、戦う姿となれば見たことが無いに等しい。そんな彼らは当主間の力量にさほど差はなく、八家の序列はあくまで分家となった順番が慣習により引き継がれているだけだと考える嫌いがある。
特に下位の家には、産まれた時から覆せない身分を押し付けられ耐えがたい屈辱だと考える者がしばしば現れる。だがそれも歴代の当主筆頭が神事で見せる貫録や、自分が当主になった後に目の当たりにする圧倒的な力量で納得していくものだ。
置かれた立場に疑問を抱くのは人として正常とも言えるのだが、現実を知る前と後では話が変わってくる。自身の力量を知ってなお受け入れないのは愚者であり、それを教育しきれなかった当主の責と言われても仕方がない。
そのような無用な疑心を抱かないで済むよう今回のような催しが有効なのではないかと考えた宿は、分家序列一位で影響力の大きい立場を活かし、そこまで深く考えずに相談してきた八早月の提案を即答で承知したのだった。
余談ではあるが、長い歴史の中では当然諍いや後継者問題も起きていたため、八家の中には途中で後継者不在となった家もある。だが遡ればすべては筆頭の櫛田家であり全ての分家は血縁関係と言うことになる。そのため、万一途切れた場合には序列が一段階上の家から養子を出すことになっているし、八歳以下の適齢者が居なければさらにその上の家からと言った具合だ。
系図がどこまで正確かはわからないが、現代に近い筆記具で書かれた数百年分を見てもかなり複雑に入り組んでいることが確認できている。途中途中では八岐神社の社家とも交わっているしその逆もある、なんてことも周知の事実だ。
ここへきてさらに西洋の血が混じってきたが、八岐贄としての資質に問題が無ければ受け入れる柔軟さが、この八家の血統と八畑村の文化を守ってきたのだろう。
真宵のほかに残っている呼士はあと一人、しかしすでに戦える状況ではなさそうだ。現当主の中で異質であるドロシーだがその精神力は大したもので、痛みで悶えながらも呼士が消えずに残っている。だがその呼士である春凪は、真宵の横薙ぎで斬られ軍服ごと腹の部分で上下に分かれた姿で横たわったままピクリとも動かない。
八早月は仕方なく真宵に命じ春凪を介錯すると、追い打ちを喰らったドロシーは泡を吹いてようやく気絶した。一番傷が浅かったのは一突きで終わった六田櫻と、最初に脳天へ一撃を喰らった双宗聡明で、その証拠に二人は早々に起き上った。
「大丈夫だったの、ママ!?
ウチ何があったのか全然わかんないよ、なんなの!?」
「ええ、ママは大丈夫、加減してもらえてたからね。
これが筆頭様のお力なの、目で追えなくてもすごいのはわかったでしょ?
ママたちが全員でかかっても数秒しかもたないのよ。
聡明さんの突きだって相当な早さですのにね」
「正確には全員が一振りするまで待っていただいてコレですがね。
八早月様、いつ振りか、お手合わせは二年ぶりくらいでしたかな?
太刀筋がますます早く美しくなられましたな。
もはや目がついていきませんです。
本気で居合ったなら槍を一寸引く間に終わってしまいそうだ」
「お二人とも、世辞は恥ずかしいです。
それに私ではなく真宵さんが凄いだけなのですからね。
みんなの参考になったなら嬉しいのだけどいかがだったかしら?」
八早月は真っ先に母の元へ駆け寄った楓に聞いたわけではなかったのだが、一番近くにいたため答えを求められたと思い慌てて声の方向に目を向けた。しかし口を開こうにも恐怖と畏れで体の震えが止まらない。それに漏らしていないかが心配で仕方なかった。
この場に来ている次の世代で一番気が強いと思われる六田楓がこの状態だ。その他の面々は推して知るべしと言ったところか。まず前提として彼らには戦いが見えていなかった。真宵が足を止めて斬りつけた一瞬だけは、斬られた相手がいることだけわかったくらいで、そもそも傍から見て戦っていたのは八早月としか見えていなかった。
なぜそんなことが起きるのか、できるのか、戦っていた他の当主は余計に理解できないことで、霊体とは言ってもこちら側に呼び出されている間は実体があるのと同様の原理が働く。
つまり本来、主と呼士は人同士同様重なることは出来ない。
だが完全に同じというわけでもなく、人から呼士へ攻撃したとしても物理干渉で吹き飛んだり転がったりはするがダメージはない。呼士に干渉し損傷を負わせることができるのは常世由来のものだけなので、呼士同士以外となると妖のみと言うことになる。
逆の場合、呼士から人への攻撃で肉体は傷つけることは出来ない。しかし精神ダメージで痛みは負うので、動けなくなったり失神や昏睡といった意識不明に陥ることもあるし、何の素養もない脆弱な精神の持ち主であれば死に至ることもある。
この原則からすると八早月と真宵のように二つが一体になって動いていること自体が不可解なのだが、そもそも呼士も妖も不思議なものなので、理や原理等を考えるだけ馬鹿らしいと言うものだ。
事実として真宵は八早月に重なっているし、攻撃や防御の瞬間だけ八早月の表面で具現化していたのだ。剣も一瞬しか現れないため。体の運びから太刀筋を読んだり、そこから返し刃の方向を見切ることも難しいというからくりだ。
まだ自力で呼士を呼び出せない八岐贄の四名は呼士との立会鍛錬が出来ない。つまり呼士の特性や自分との関係性を学び切っていないため、今起きていたことの奇天烈さは理解しようがない。それでも自分と当主との技量差が歴然としていることくらいはわかっていたに違いない。
だが、当主間の力の差がこれほど大きいと知った今、彼らの表情は硬い。修行中の八岐贄にとって、親以外の呼士を見る機会は滅多になく、戦う姿となれば見たことが無いに等しい。そんな彼らは当主間の力量にさほど差はなく、八家の序列はあくまで分家となった順番が慣習により引き継がれているだけだと考える嫌いがある。
特に下位の家には、産まれた時から覆せない身分を押し付けられ耐えがたい屈辱だと考える者がしばしば現れる。だがそれも歴代の当主筆頭が神事で見せる貫録や、自分が当主になった後に目の当たりにする圧倒的な力量で納得していくものだ。
置かれた立場に疑問を抱くのは人として正常とも言えるのだが、現実を知る前と後では話が変わってくる。自身の力量を知ってなお受け入れないのは愚者であり、それを教育しきれなかった当主の責と言われても仕方がない。
そのような無用な疑心を抱かないで済むよう今回のような催しが有効なのではないかと考えた宿は、分家序列一位で影響力の大きい立場を活かし、そこまで深く考えずに相談してきた八早月の提案を即答で承知したのだった。
余談ではあるが、長い歴史の中では当然諍いや後継者問題も起きていたため、八家の中には途中で後継者不在となった家もある。だが遡ればすべては筆頭の櫛田家であり全ての分家は血縁関係と言うことになる。そのため、万一途切れた場合には序列が一段階上の家から養子を出すことになっているし、八歳以下の適齢者が居なければさらにその上の家からと言った具合だ。
系図がどこまで正確かはわからないが、現代に近い筆記具で書かれた数百年分を見てもかなり複雑に入り組んでいることが確認できている。途中途中では八岐神社の社家とも交わっているしその逆もある、なんてことも周知の事実だ。
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