限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
59 / 376
第三章 水無月(六月)

56.六月二十六日 午後 未知の呪術

しおりを挟む
 到着して改めて確認した民家には何枚もの呪符的な物が貼られていた。八早月やよいには西洋の術式に関する知識が不足しており、描かれている紋様と文字を見て一目でどんなものか解読はできない。それでも札から発せられている悪しき気配と、目の前で起こっていることを考えればまともなものでないことは明らかだ。

 屋根の上には巨大なぬえが鎮座しており、やや半透明な姿から時間をかけて実体化する途中であると見られる。それはまるで『ねぶた』の山車灯篭のようだというのが素直な感想だった。とは言え実物は見たことが無いのだが。

 急ぎ対処が必要なことは明らかだとしても、呪術の解除手順がわからないままに手を出して鵺が暴走してしまうと大問題だ。ひとまずは札の写真を撮ってから八家当主へ送ると共に、若い感性に期待すべく継承者候補である八岐贄やまたにえたちへもメッセージを送った。

 そんな若い感性を持たない最年少・・・の八早月はすぐさま現地調査へと入る。鵺自体はまだ動き出してはいないが、念のため真宵まよいが監視していてくれるので任せておけばいいだろう。

 呪詛札だと思われるものはすべて同じ図柄と文字が書いてあり、コンパスで書いたようにきれいな多重円と複雑な意匠、そしてアルファベットのような西洋風の文字で描かれている。実際に何語なのかまではわからないが苦手の英語でないことくらいは理解できた。

 どうやら常世とこよからの扉は家の中に発生しているようで、もしかしたら屋根の上にいる鵺の真下かもしれない。ひとまずは家の中から探っていきたいが、他人の家に勝手に入るのは憚られる。いったいどうすればいいだろうか。

 脚が止まってしまった八早月の背後から誰かが近づいており、思わず振り向いて構えてみると、そこには見知った少年が今にも倒れそうな様子で近寄ってきた。

「な、なんで、お前が…… ここに……
 苦しい…… 中に爺ちゃんと婆ちゃんが……」

上中下ひとそろいさん? しっかり!
 ご祖父母が家の中にいるのですね? 肩を貸しますから中へ行きましょう」

 八早月はこれ幸いと少年と一緒に家の中へと入った。手近な部屋へと上中下少年を寝かし屋内を見て回ると居間には老父が倒れていた。呼吸はしているが危険な状態かもしれない。

 それも当然だ。呪術が行われている真っ只中にいるのだから、抵抗力を持たない一般人に害悪を跳ねのけることなぞ出来るはずもない。西洋のまじないに神道に準ずる術で抵抗できるかわからないが、簡易結界を張れば多少は軽減できるだろう。

 一縷の望みというほどではなく、ある程度成功すると確信しながら筆記具を取り出した。こういうときに筆ペンは便利である。八早月は白紙のメモ帳に術式を組むような文字を書いて簡易的な護符を作成した。

 それを畳の上に置いてから腕まくりをし、たなごころを併せてから八岐大蛇ヤマタノオロチ様へと祈りを捧げる。すると見る見るうちに八早月の腕には蛇が這った跡のようにいくつもの線が浮かび上がってきた。

 さらに祈祷を続けていくと、手の甲に鱗が浮かび上がり、見る見るうちに腕全てが鱗で覆われまるで蛇のような見た目になった。その時を待っていたと言わんばかりに両手を広げ、次に畳の上の護符へと掌を叩きつけた。

 その瞬間、八早月の両腕は白く輝き表面には白い蛇が浮かび上がっている。両腕に纏われた二匹の蛇がゆっくりと護符へと吸い込まれていくと、護符の周囲数メートルに光の円柱が発生した。

 どうやらうまく行ったと満足げな八早月は、先ほどの老父と少年を光の中へと引きずり入れた。もう一人、少年の祖母がいるはずなので探さなければならない。だが呪術が行われている空間内での結界発動は思っていたよりも体力を消耗し、足元がふらついてしまった。

『八早月様! お体に異変が! 大丈夫でございますか!?
 今そちらへ参ります、すぐにこの中から脱出なさってください!』

「心配いりませんよ真宵さん、結界を生成したので少し消耗しただけです。
 まだ家の中に人がいるはずなので探しますから迎えは無用。
 真宵さんは引き続き鵺の監視をお願いします」

 そう言って壁に手を付きながら家の中を探しはじめた八早月だが、平屋でごく普通の住居であったことが幸いし、老婆はすぐに見つかった。だが見つかっただけで問題が解決するなぞと言う甘い話ではなかったのである。

「うーん、まさかこんなことが出来るとは驚きです……
 首謀者についてはうすうす感づいていましたが、さてといかがいたしましょうか」

『八早月様、宿やどり様と須佐乃殿が駆けつけてくださいました!
 今助けに向かっていただきます、鵺は我々におまかせあれ!
 しかし鵺の実体化は間もなくと思われますのでお急ぎください!』

「わかりました、恐らくは解呪は間に合わないでしょう。
 呪術の解除は困難ですから、真宵さんは鵺と戦う心構えをお願いします。
 解決させてすぐに救急車を呼ばなければいけませんからもうひと頑張りですね」

『はっ! 須佐乃殿にも伝えておきます。
 まもなくさくらさまと弧浦こうら殿が到着するとのこと、八早月様、くれぐれも無理せぬようお願い申し上げます。』

「ああ、櫻さんが来てくれるのですね、助かりました。
 とりあえず扉を封じますから、不完全な鵺が解放されると思って下さい。
 くれぐれも逃がさないようこの場で仕留めるのです」

『承知しました、必ずや主命しゅめいに応えて見せます!』

 これで準備は整った。と言うわけでもないがそれでも急ぐしかない。目の前に横たわっている老婆はおそらく上中下少年の祖母で間違いないが、少年にはとても見せられないような姿なのだ。

 どこでどう知ったものか、自らの体へとあの呪符と同じ紋様を刻み込んでおり、そこから流れた血を以って床へいくつかのまじないを書き記し呪詛を刻んでいるようだ。何が書いてあるのかは読めないが、薄らと悪気あくけを放っている文字と、老婆の腹に刻まれている呪詛紋様が、家の周囲に貼った十三枚の呪符と繋がり効力を発揮する仕組みであろう。

「これはおそらく呪いの類でしょうなぁ。
 西洋のもので間違いありませんが、僕もそれほど詳しくなく……
 ですが筆頭の見立て通り、特定の妖を召喚するものではないようですね」

「宿おじさま、来てくれて嬉しいです。
 今から扉を閉じますので、暴走すると思われる鵺の対処をお願いします。
 それと儀式の後、私を運んでくださいませんか?」

「もちろんです、安心して力をお使いくださいませ。
 須佐乃もやる気満々で待機してますからご心配なく」

「ありがとうございます、それでは始めますね」

 八早月は再び掌を併せ祈祷を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...