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第三章 水無月(六月)
58.六月二十九日 午前 オリエンテーション
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期末考査期間が終わり、忙しすぎる一週間を過ごしていた八早月にとっては恵みの平日だ。しかも今日は授業すらなく、午前中に行われる夏休みの過ごし方や注意事項についてのオリエンテーションなるものが行われるのみである。
夏休みまではあと二十日もあるのに、なぜこんな時期に説明会を行うのはは理解に苦しむ。それでも気を抜ける日があるのは大歓迎だと言わなくてもわかる空気が体育館には漂っていた。
しかし、いざオリエンテーションが始まると八早月はのんきなままではいられなくなったのだ。校長先生の長い話の後に壇上へ現れたのは、良く見知った初崎宿だったのだから。
そう言えば昨日の朝六田楓が言っていた。宿と櫻のところに政府関連の役人さんから講演の依頼があったと。それがまさか夏休み前の心構えについてだったとは考えても見なかったのだ。
もちろん本人たちから巫として依頼されたと報告は受けていたが、八早月が公的な場所へ講演に出向くことはまずないので依頼内容までは聞かずに許可を出していた。それがまさか自分の学校へやってくるなんて驚きである。
「九遠学園の生徒の皆さん、こんにちは。
えー、僕は、ゴホン、私はとある神社で神職についている初崎宿と申します。
わかりやすく言うと巫女のおじさんバーションと言ったところでしょうか」
「へんなのー、おじさんなのに巫女だって」
「巫女って男の人もなれるのかー」
「神主さんとは違うってことなのかなぁ」
体育館がざわついたが無理もない、巫女イコール若い女性と言うのが一般認識であることは八早月だってわかっていることだ。その証拠に美晴も夢路も周囲と同じように笑っている。しかしその理由について周囲とは少々理由が異なっていた。
「八早月ちゃん、あのおじさんって八畑村の人なんでしょ?
前に泊まりに行ったとき教えてもらった苗字と同じだもんね。
やっぱりみんなは男の巫女がいるって知らないんだね」
「夢すごいな、ちゃんと覚えてたんだ?
アタシは今聞くまで忘れてたよ、でも改めて聞くとやっぱり面白いよ。
巫なんて言葉知らなかったしなぁ」
「そうよね、巫女って言ったら白と朱色の着物を来た若い女性って思うわよね。
たまに外部から取材にやって来た方と神社で会うと、紺の袴でガッカリされるわ。
普通の巫女もいるんだけど八岐神社では上下白だしね」
「固定観念と言うのかな、そういうイメージって根強いもんね。
夏休みと言えば海、とかもそうじゃない?
そんな遠いとこめったに行かれないってのにね」
「今年も海は難しそうだなぁ。
でももう中学生だし自分たちだけでプール行ってもいいんじゃないかな。
電車で二駅なら親だって反対しないさ!」
宿の話なんてあっという間に置いてきぼりとなり、すっかり雑談に花を咲かせる三人だ。檀上では堅苦しい話が続いているようだが、夢中になっている少女たちの耳には全く入ってこない。
「私プールって一度も見たことがないから行ってみたいわ。
隣町の学校にあるプールって言ってたかしら?」
「そうそう、久野高校ね。
この辺の子はほとんど久野高で、落ちたらもっと遠くまで行かないとなの。
久野から先には結構学校あるけどね」
「でも電車で一時間かけて商業と工業しかないじゃないの。
普通科はもう三十分かけて瑞間の中央か瑞間女子でしょ?
まあそっち受かるくらいなら久野高に受かるよねぇ」
「それならやはりこの学園に来て正解ってことね。
もし私が久野高へ通うとしたら、バスと電車で二時間半はかかるもの。
あ、そうだ、久野と言えば中学もあるわよね?」
「うん、久野高のすぐそばに久野中って言うのがあるよ。
そこのプールは夏休みに外部開放はしてくれないんだよね。
夏休みも使ってるみたいで久野高行く途中に中学の生徒見たことあるよ」
「別にプールは関係なかったのだけどまあいいわ。
ええと、来月に久野中から編入してくる生徒がいるのよね。
うちの神社の関係で九遠へ入ることになったから仲良くしてあげて欲しいの。
と言っても二年生で年上だけれどね」
「へえ、仲良くなれそうならいいね。
一つしか違わないならあまり気にしなくてもいいんじゃない?」
「今度私の家に泊りに来てって言っているの。
その時は二人も一緒に来て仲良くしてくれたら嬉しいわね」
と、その時ふと我に返った八早月は、なぜ宿が講演に招かれたのか疑問を感じた。巫として話をする必要があるなんて、普通の生活の中ではなかなか考えにくい。つまり神事に関わる何かを話しているのではないだろうか。
周囲を見ていると一部はあくびをしたりうとうとしているが、半数くらいの生徒は真剣に聞いているように見える。慌てて話の内容に耳を傾けると、それはどうやら先日の鵺発生に絡めた話だった。
要約すると、ここ最近若い子たちを中心におかしな物品やまじないグッズを販売している占いの館が人気だと言う。そう言ったものに安易に手を出して友人関係が壊れたり、魔術や儀式に興味本位で手を出してのめり込み学業に身が入らなくなる事例が散見されるとのことだ。
あくまで本当に呪術が発動したなどとは言わず、呪いや悪意を持つ呪詛が切っ掛けで起こる、人間関係や日常生活への影響を語っているのはさすがと言うほかない。それにしてもあれから二日程度でここまで把握できたとは、双宗聡明と三神耕太郎の調査能力には感心するばかりである。
いつの間にかきちんと話を聞いていた三人は、早く終わったことを喜びながらそれぞれ帰路についた。
夏休みまではあと二十日もあるのに、なぜこんな時期に説明会を行うのはは理解に苦しむ。それでも気を抜ける日があるのは大歓迎だと言わなくてもわかる空気が体育館には漂っていた。
しかし、いざオリエンテーションが始まると八早月はのんきなままではいられなくなったのだ。校長先生の長い話の後に壇上へ現れたのは、良く見知った初崎宿だったのだから。
そう言えば昨日の朝六田楓が言っていた。宿と櫻のところに政府関連の役人さんから講演の依頼があったと。それがまさか夏休み前の心構えについてだったとは考えても見なかったのだ。
もちろん本人たちから巫として依頼されたと報告は受けていたが、八早月が公的な場所へ講演に出向くことはまずないので依頼内容までは聞かずに許可を出していた。それがまさか自分の学校へやってくるなんて驚きである。
「九遠学園の生徒の皆さん、こんにちは。
えー、僕は、ゴホン、私はとある神社で神職についている初崎宿と申します。
わかりやすく言うと巫女のおじさんバーションと言ったところでしょうか」
「へんなのー、おじさんなのに巫女だって」
「巫女って男の人もなれるのかー」
「神主さんとは違うってことなのかなぁ」
体育館がざわついたが無理もない、巫女イコール若い女性と言うのが一般認識であることは八早月だってわかっていることだ。その証拠に美晴も夢路も周囲と同じように笑っている。しかしその理由について周囲とは少々理由が異なっていた。
「八早月ちゃん、あのおじさんって八畑村の人なんでしょ?
前に泊まりに行ったとき教えてもらった苗字と同じだもんね。
やっぱりみんなは男の巫女がいるって知らないんだね」
「夢すごいな、ちゃんと覚えてたんだ?
アタシは今聞くまで忘れてたよ、でも改めて聞くとやっぱり面白いよ。
巫なんて言葉知らなかったしなぁ」
「そうよね、巫女って言ったら白と朱色の着物を来た若い女性って思うわよね。
たまに外部から取材にやって来た方と神社で会うと、紺の袴でガッカリされるわ。
普通の巫女もいるんだけど八岐神社では上下白だしね」
「固定観念と言うのかな、そういうイメージって根強いもんね。
夏休みと言えば海、とかもそうじゃない?
そんな遠いとこめったに行かれないってのにね」
「今年も海は難しそうだなぁ。
でももう中学生だし自分たちだけでプール行ってもいいんじゃないかな。
電車で二駅なら親だって反対しないさ!」
宿の話なんてあっという間に置いてきぼりとなり、すっかり雑談に花を咲かせる三人だ。檀上では堅苦しい話が続いているようだが、夢中になっている少女たちの耳には全く入ってこない。
「私プールって一度も見たことがないから行ってみたいわ。
隣町の学校にあるプールって言ってたかしら?」
「そうそう、久野高校ね。
この辺の子はほとんど久野高で、落ちたらもっと遠くまで行かないとなの。
久野から先には結構学校あるけどね」
「でも電車で一時間かけて商業と工業しかないじゃないの。
普通科はもう三十分かけて瑞間の中央か瑞間女子でしょ?
まあそっち受かるくらいなら久野高に受かるよねぇ」
「それならやはりこの学園に来て正解ってことね。
もし私が久野高へ通うとしたら、バスと電車で二時間半はかかるもの。
あ、そうだ、久野と言えば中学もあるわよね?」
「うん、久野高のすぐそばに久野中って言うのがあるよ。
そこのプールは夏休みに外部開放はしてくれないんだよね。
夏休みも使ってるみたいで久野高行く途中に中学の生徒見たことあるよ」
「別にプールは関係なかったのだけどまあいいわ。
ええと、来月に久野中から編入してくる生徒がいるのよね。
うちの神社の関係で九遠へ入ることになったから仲良くしてあげて欲しいの。
と言っても二年生で年上だけれどね」
「へえ、仲良くなれそうならいいね。
一つしか違わないならあまり気にしなくてもいいんじゃない?」
「今度私の家に泊りに来てって言っているの。
その時は二人も一緒に来て仲良くしてくれたら嬉しいわね」
と、その時ふと我に返った八早月は、なぜ宿が講演に招かれたのか疑問を感じた。巫として話をする必要があるなんて、普通の生活の中ではなかなか考えにくい。つまり神事に関わる何かを話しているのではないだろうか。
周囲を見ていると一部はあくびをしたりうとうとしているが、半数くらいの生徒は真剣に聞いているように見える。慌てて話の内容に耳を傾けると、それはどうやら先日の鵺発生に絡めた話だった。
要約すると、ここ最近若い子たちを中心におかしな物品やまじないグッズを販売している占いの館が人気だと言う。そう言ったものに安易に手を出して友人関係が壊れたり、魔術や儀式に興味本位で手を出してのめり込み学業に身が入らなくなる事例が散見されるとのことだ。
あくまで本当に呪術が発動したなどとは言わず、呪いや悪意を持つ呪詛が切っ掛けで起こる、人間関係や日常生活への影響を語っているのはさすがと言うほかない。それにしてもあれから二日程度でここまで把握できたとは、双宗聡明と三神耕太郎の調査能力には感心するばかりである。
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