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第五章 葉月(八月)
91.八月七日 午後 祭事前夜
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年に一度の大祭である大蛇舞祭が明日に迫り、村内は朝から大分慌ただしい雰囲気だった。櫛田家もそれは同様で、せっかく来てもらった高岳零愛の相手もそこそこに、八早月は神社と八畑村の家々を飛び回っていた。
役割は分担しているものの、それでも筆頭当主の役割と言うものもある。一つは儀式に使う蛇を選別することである。今年八岐贄の儀を受ける者は一人、すなわち生きた青大将が八匹必要なのだが、村人が集めてくれている蛇の中からなるべく大きくて体長のそろっている蛇を八匹選ぶのだ。
八早月には年頃の少女が感じるであろう蛇が苦手とかそういう気持ちは全くないが、なんでこんなことをするのだろうと毎年疑問を感じている。別に多少大きさが異なっていても必要な数だけ揃っていればいいはずではないか。
しかもこの儀式が本当に必要なのかどうかもわからない。百歩譲って当主を継ぐ者であれば必要かもしれないが、その他の兄弟姉妹や村の人にとってはただ怪しいだけの儀式に過ぎないだろう。とは言え、おかしかろうが受け継がれてきたからこその伝統である。八早月は蛇を選別してから神社へと戻って行った。
こう言う村内行事では時間を節約しなければならないため、移動は真宵に手伝ってもらっている。当然空中を歩いているところは村人に丸見えなのだが、みなはそれをありがたがって眺めているし、年寄りになると膝をついて拝む者まで出る始末だ。これも毎年恒例だなと思いつつ八早月は先を急いだ。
蛇を神社へ置いたらまた村へと戻っていく。行ったり来たりと忙しいが、今度は祭不参加者のために巡回訪問をするのだ。八畑村の全ての家からは、村で産まれ八歳で儀式を受けたもの全てが祭りの場へとやってくる。これは義務ではないが、高齢で足が不自由等の理由がない限り参加しない者はほぼいない。
この八畑村自体が八岐大蛇に捧げられた贄であり、喰われるために存在するのではなく、この地で生きることで神を支えると言う意味では、贄よりも下僕のほうが言葉も意味合いも近いだろう。
そして大蛇舞祭では新たに八歳まで成長した子を献上するとともに、今までこれだけの贄が無事に暮らしていると報告するための祭りでもあるのだ。贄たちは明日の祭りの前に行列を組んで八岐神社までやってくる。その数は各世帯の婿嫁年寄りを除くとおよそ六十名と言ったところだ。
それほど重要視される祭に参加できない年寄りの落胆ぶりと言ったら、それはもう見ているだけで悲しくなる。そのため、対象の家庭には今日中に八早月が回って祈りを捧げ元気を出してもらうのだ。これにとにかく時間を取られてしまう。
こうして慌ただしくしているうちに夕方になり、寒鳴綾乃がやって来たのだが、その頃八早月は居間でひっくり返っていた。
「八早月ちゃんどうしたの? 祭事は明日だよね?
そんな格好して明らかに疲れてるよ?」
「ああ、綾乃さんいらっしゃいませ。
実は明日の祭り当日以外にも祭事があるのですよ。
でも大体終わりましたからもう大丈夫、少し休んだら明日の相談をしましょう」
そう言って八早月は胸に手を当てた。どうやら藻が勝手に動き出したり出てきたりと言うことは無さそうだ。封印はきちんと効いている。
『真宵さん、藻はどうしていますか?
大人しくしていますか? なにか不穏な動きは見せていませんか?』
『八早月様、今のところ問題はございません。
ですがその…… 周囲に狐が寄ってくるようで何十と言う子狐がまとわりつきまして……』
『何やら楽しそうで何よりです。
真宵さんと仲良くできるのなら私はこのままで構いませんよ。
おそらく棄てられた社か祠があるのでしょうが、ご神体が見つかればきちんと祀って差し上げたいものです』
『主様、主様、私めには神体はございませぬよ?
なんせ長きの祀りと祈りによって神格化したものですから。
そのうち形代でもお作り下されば幸いでございます』
『考えておきましょう。
八岐大蛇様の許可があれば合祀できるかもしれませんがどうかしらね。
無理なら金井町か久野町へ祠を作っていただきましょうか』
『ご思考巡らせ下さりかたじけのうございます。
八早月様のため誠心誠意尽くして参りますからご安心ください。
決して封印されて恨んだりなぞ致しておりませぬ』
『引っかかる言い方ですね……
まあ憑代となるフリをしつつ、黙って封印したのは申し訳ありません。
ですが私の身に何かあったら一族の危機ですから慎重にもなります』
『わかっております、本当に不満はございませぬよ。
何なら今この場でこの娘へ力を授けても良いくらいです』
『いいえ、彼女の気持ちの切り替えのためにも儀式の体は取りましょう。
それにきちんと授かった物と考えていた方がきっと大切にしてくれますよ?』
念話を終えた八早月は、あたかも休憩が済んだとばかりに立ちあがってお茶を一気に飲み干した。目の前には隣に腰かけていた綾乃の笑顔が見える。
「綾乃さん、後ほど紹介したい方がいるのです。
今は出かけているのですが、なんと八畑村以外からやって来た巫なのですよ?
その方は綾乃さんと同じように守護獣を従えていますからいわば先輩。
きっと今後の助けとなることでしょう」
「そう……、なのかしら?
あの狐ちゃんはあれっきり現れてくれないから力は消えてしまったんじゃない?
明日の儀式で何か変わるのかなぁ」
「はい、それは間違いありません。
今は綾乃さんの中へ封印させてもらってます。
そうしないと――」
「熊がやってきちゃうもんね、あはは。
あの時は怖かったなー」
「ええ、怖い想いをさせるのはもう勘弁、でも明日の儀式を終えるまでの辛抱です。
儀式が済めばあの子狐は綾乃さんの言うことを聞くようになりますからね」
いつもより少しだけ緊迫した雰囲気の二人だったが、儀式はきっとうまく行くに違いない。そう確信している八早月は、ようやく今日の仕事を終えたと安堵しながら湯あみへと向かった。
役割は分担しているものの、それでも筆頭当主の役割と言うものもある。一つは儀式に使う蛇を選別することである。今年八岐贄の儀を受ける者は一人、すなわち生きた青大将が八匹必要なのだが、村人が集めてくれている蛇の中からなるべく大きくて体長のそろっている蛇を八匹選ぶのだ。
八早月には年頃の少女が感じるであろう蛇が苦手とかそういう気持ちは全くないが、なんでこんなことをするのだろうと毎年疑問を感じている。別に多少大きさが異なっていても必要な数だけ揃っていればいいはずではないか。
しかもこの儀式が本当に必要なのかどうかもわからない。百歩譲って当主を継ぐ者であれば必要かもしれないが、その他の兄弟姉妹や村の人にとってはただ怪しいだけの儀式に過ぎないだろう。とは言え、おかしかろうが受け継がれてきたからこその伝統である。八早月は蛇を選別してから神社へと戻って行った。
こう言う村内行事では時間を節約しなければならないため、移動は真宵に手伝ってもらっている。当然空中を歩いているところは村人に丸見えなのだが、みなはそれをありがたがって眺めているし、年寄りになると膝をついて拝む者まで出る始末だ。これも毎年恒例だなと思いつつ八早月は先を急いだ。
蛇を神社へ置いたらまた村へと戻っていく。行ったり来たりと忙しいが、今度は祭不参加者のために巡回訪問をするのだ。八畑村の全ての家からは、村で産まれ八歳で儀式を受けたもの全てが祭りの場へとやってくる。これは義務ではないが、高齢で足が不自由等の理由がない限り参加しない者はほぼいない。
この八畑村自体が八岐大蛇に捧げられた贄であり、喰われるために存在するのではなく、この地で生きることで神を支えると言う意味では、贄よりも下僕のほうが言葉も意味合いも近いだろう。
そして大蛇舞祭では新たに八歳まで成長した子を献上するとともに、今までこれだけの贄が無事に暮らしていると報告するための祭りでもあるのだ。贄たちは明日の祭りの前に行列を組んで八岐神社までやってくる。その数は各世帯の婿嫁年寄りを除くとおよそ六十名と言ったところだ。
それほど重要視される祭に参加できない年寄りの落胆ぶりと言ったら、それはもう見ているだけで悲しくなる。そのため、対象の家庭には今日中に八早月が回って祈りを捧げ元気を出してもらうのだ。これにとにかく時間を取られてしまう。
こうして慌ただしくしているうちに夕方になり、寒鳴綾乃がやって来たのだが、その頃八早月は居間でひっくり返っていた。
「八早月ちゃんどうしたの? 祭事は明日だよね?
そんな格好して明らかに疲れてるよ?」
「ああ、綾乃さんいらっしゃいませ。
実は明日の祭り当日以外にも祭事があるのですよ。
でも大体終わりましたからもう大丈夫、少し休んだら明日の相談をしましょう」
そう言って八早月は胸に手を当てた。どうやら藻が勝手に動き出したり出てきたりと言うことは無さそうだ。封印はきちんと効いている。
『真宵さん、藻はどうしていますか?
大人しくしていますか? なにか不穏な動きは見せていませんか?』
『八早月様、今のところ問題はございません。
ですがその…… 周囲に狐が寄ってくるようで何十と言う子狐がまとわりつきまして……』
『何やら楽しそうで何よりです。
真宵さんと仲良くできるのなら私はこのままで構いませんよ。
おそらく棄てられた社か祠があるのでしょうが、ご神体が見つかればきちんと祀って差し上げたいものです』
『主様、主様、私めには神体はございませぬよ?
なんせ長きの祀りと祈りによって神格化したものですから。
そのうち形代でもお作り下されば幸いでございます』
『考えておきましょう。
八岐大蛇様の許可があれば合祀できるかもしれませんがどうかしらね。
無理なら金井町か久野町へ祠を作っていただきましょうか』
『ご思考巡らせ下さりかたじけのうございます。
八早月様のため誠心誠意尽くして参りますからご安心ください。
決して封印されて恨んだりなぞ致しておりませぬ』
『引っかかる言い方ですね……
まあ憑代となるフリをしつつ、黙って封印したのは申し訳ありません。
ですが私の身に何かあったら一族の危機ですから慎重にもなります』
『わかっております、本当に不満はございませぬよ。
何なら今この場でこの娘へ力を授けても良いくらいです』
『いいえ、彼女の気持ちの切り替えのためにも儀式の体は取りましょう。
それにきちんと授かった物と考えていた方がきっと大切にしてくれますよ?』
念話を終えた八早月は、あたかも休憩が済んだとばかりに立ちあがってお茶を一気に飲み干した。目の前には隣に腰かけていた綾乃の笑顔が見える。
「綾乃さん、後ほど紹介したい方がいるのです。
今は出かけているのですが、なんと八畑村以外からやって来た巫なのですよ?
その方は綾乃さんと同じように守護獣を従えていますからいわば先輩。
きっと今後の助けとなることでしょう」
「そう……、なのかしら?
あの狐ちゃんはあれっきり現れてくれないから力は消えてしまったんじゃない?
明日の儀式で何か変わるのかなぁ」
「はい、それは間違いありません。
今は綾乃さんの中へ封印させてもらってます。
そうしないと――」
「熊がやってきちゃうもんね、あはは。
あの時は怖かったなー」
「ええ、怖い想いをさせるのはもう勘弁、でも明日の儀式を終えるまでの辛抱です。
儀式が済めばあの子狐は綾乃さんの言うことを聞くようになりますからね」
いつもより少しだけ緊迫した雰囲気の二人だったが、儀式はきっとうまく行くに違いない。そう確信している八早月は、ようやく今日の仕事を終えたと安堵しながら湯あみへと向かった。
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