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猛禽か肉食獣の捕食行動です。

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 豪奢な赤いドレスで現れたハーティア国のアガット第三王女は、十六歳になったばかりだ。
 濃い金の巻き毛を大人のように複雑に編み上げているが、まだ幼さが残るあどけない顔をしている。今回の訪問はまだ若い王女の外交練習という側面もある。

 王女への配慮として、ありったけの女官やギルドの女性職員が集められたというのに、アガット王女は、始終ニコラにべったりだ。
 王女はニコラの絵にかいたような騎士ぶりを気に入ったようで、自分が連れてきた従者も下がらせて、にこらに世話をさせ始めた。
 給仕まで下げられてらをら、それでもニコラは流れるような手つきで配膳も完璧にこなしている。普段王子たちを甲斐甲斐しく世話したりしないので、王子たちは二人に不満顔だ。

 ミアとタリムは念のための人員として広間の出口付近に控えていたが、特にやることもなく呑気におしゃべりを続けていた。ここに立っているだけなら騎士棟に戻って自分の仕事がしたいな、と思い始めるくらいだ。

「騎士様のキラキラって、お姫様にも効くんですね」
「お仕事をされているときのニコラ様はご立派に見えますものね。タリムさんにも効きますか?」

 共通の話題もない二人は、冗談を言い合うくらいしか時間をつぶす方法が見出せない。

「効くわけないじゃないですか。それと、何度でもいいますけど、私、姫じゃないですし。じゃぁミアさんはあれを見て『キャー素敵!』とか思うんですか?」

 今日のニコラは騎士の正装をしていて、さながら絵画のようだ。同じく正装している王子たちと比べてもニコラに軍配が上がる。

「そりゃ、ニコラ様は華やかな方ですけれど、お城のニコラ様より、普段のニコラ様の方が親しみやすいですかね」
 タリムは「うわぁ、ミアさん、あれが親しみやすいとか、すごいですね」と言いながら、ワゴンに乗せられた菓子を、俊敏な動きで口に入れる。ミアが見たことのある盗み食いの速度として、最速だ。
 それを見てミアは、姫の素質は血ではなく、育ちなのだなと感慨深く思った。血統を明かされた今も、タリムからは「姫」という感じは一切しない。

「もう帰っていいですかね。人手は足りてるみたいだし、私、要らないですよね。絶対リアンかおじさんが酔狂で呼んだんだ――最悪」

 歓迎の挨拶を述べている時も、国王はきょろきょろと周りを見回していた。ギルドから派遣されているはずの姪の姿を探していたのだろう。タリムは国王をリアンと、リシル・アディアールをおじさんと呼ぶ。普通に考えれば、とてつもなく不敬だ。

「そういえばロイさんは?」
「ロイはお城に来ると、私よりもっと悪目立ちするから留守番です。今日なんか、下手したらお姫様の右にモーウェル騎士、左にロイって配置になっていたかもしれませんよ」

 粗野に見えるが、もともとロイは由緒正しい騎士の出だし、顔も目立つ。幼い頃に亡くなったことにされているが、子供の頃のロイを覚えている者がいないとも限らない。
 もしロイがアディアール家に残り、ルロイとしてこの国の騎士になっていたとしたら、ニコラと並び立つ有名騎士になったはずだ。
 二人合わせて舞台俳優のような煌びやかさだったろうと想像して、ミアは眩しくないのに目がチカチカして目を細めた。

「ニコラ様が嫌がりそうな話ですね。ロイさんに対抗心がお有りですから」

 食事が始まり、警備が手薄な場所を受け持つという名目で広間の二階部分の通路にタリムと一緒に移動した。
 見張りが立てるように通路がめぐらされていて、そこから広間が見渡せる。さっきは人垣に阻まれてよくわからなかったが、上から見ているのでニコラと王女の表情が良く見えた。

 国王は挨拶だけをして公務を理由に席を外し、王女と王子たちが気やすく話ができる会食となるはずだった。にもかかわらず、王女は公務の練習相手である王子達と話すのもそっちのけで、ニコラの方に顔を向け自分のグラスに果汁を注いでもらっている。王子たちは不満気な表情だ。

「まぁ、ニコラ様も、うれしいんじゃないですかね。本物のお姫様をエスコートできるんですし、本望でしょう」

 和やかに会食する様子を見ていて、ミアは自分でもびっくりするほど乾いた声でそう呟いた。

「お姫様だから好きって、気持ち悪いですね」

(あ、また……)

 ミアはさっきから、アガット王女の所作が気になっていて、鼻に皺を寄せた。

「どうなんでしょうね。あのお姫様がしているああいうしぐさは、ニコラ様のお好みではないと思いますけど。ほら、食事中なのに何度もバサバサとほつれ髪を払って……どこか痒いのかしら。高貴な女性は身支度をさせられたら、そうそう乱したりしないとケイトリン様に習ったのですけど」

 ミアはニコラの好みを知るために多くの姫を書物で見た。
 行儀作法を習ったニコラの母ケイトリンもかなり厳格な教師で、アガットを見たら青筋を立てるだろう。
 アガット王女のふるまいは、どうにもミアが思い浮かべるお姫様像からは遠い。

「ミアさん、あれは、頭を搔いているんじゃなくて、モーウェル騎士に性的なアピールをしているんですよ。鈍いと定評のある私にもわかる、猛禽か肉食獣の捕食行動です。騎士様が獲って食われますよ」
「ああ、なるほど」

 そうなのかと、髪を掻きあげ、首を傾げてニコラにすり寄っていくお姫様をじっと見守る。

 どうにも納得がいかない。

「あんなので情交に持ち込めますか? ニコラ様はなかなか手ごわいんですよ。あんな婉曲的な誘い方じゃ騎士の矜持が云々で相手にされません。わたしならもう少しうまくやります」

 ミアは中途半端なお姫様の出来が不満だった。あんな不格好な誘い方じゃ娼婦としてだってうまくいくとは思えない。
 しかし、ニコラの隣で気を引こうとしているのは正真正銘ニコラが望んでやまないなのだ。姫らしくない姫に苛つくことになったのは意外だった。

「ミアさんて、なんだかんだでちゃんと花街の人なんですね。モーウェル騎士、保護だ何だとか言ってたけど、まさかミアさんに手を出したりしてませんよね?」
「何言ってるんですか? 娼婦として買われたので、ちゃんと仕事はしていますよ。まぁ、少し特殊な感じではありますけど」

 本当は来て半年は何もさせてもらえなかったのだが、最近は割と仕事らしい仕事をさせてもらっていると自負していた。内容はともかく、くたくたになるまでというのはそれなりに労働した気分になる。
 赤裸々に打ち明けたのは、タリムに仕事をせずに養われているだけだと思われるのは嫌だったからだ。

「うえっ、ほんとに? 過酷だなぁ」
「全然過酷じゃないですよ。ほら、今だってこんなに暇です」
「まぁ、今日は暇すぎなのは同意です。でも、メイドの仕事はともかく、娼婦の仕事ってたいへんじゃないですか? 私、知らない人の体温とか、苦手で。無理だなぁ」

 娼婦に顔を張られても仕方のないような無神経なことを言っているが、タリムのあけすけな物言いが不快ではなかった。

「別に大したことはないですよ。まだ働き始めで、相手がニコラ様だけだから何とも言えませんけど」

 タリムはブルっと体を震わせる。何か思い出したのか、タリムは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ほんと、大変なお仕事ですよね。蕁麻疹出そう。私には向いてなさそうなので、血反吐を浴びて暴力振るう仕事のほうを頑張ることにします。ミアさんもあの騎士様に耐えられなくなったら、ちゃんと花街に訴えた方がいいですよ。嫌な客は断ってくれるらしいんで」

 タリムは剣士が合っているんだろうな、とミアは思う。暴漢の手を、道端で拾った石で虫でも殺すような勢いで潰しているタリムを見たことがあった。タリムには王女も娼婦も無理だろう。

「私は、ニコラ様の相手は平気ですけど、指を潰したりする暴力とか、血は苦手なので」
「まぁ、好き嫌いと得意不得意は一致しないものですからね」

 ミアはニコラと話している時には感情的に否定されがちな娼婦の仕事を、タリムが淡々と向き不向きだけで語るのを気楽に聞いていた。
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