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第1話

011. 始まったらしい4

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 その後、ハクが滞りなく荷物をまとめて、野営地を後にした。
 彼女は小さくまとめた荷物を背にしている。
 
「とりあえず、人の居る所に連れて行ってあげるわ。
 どこから来たのか、どこに行きたいのかも分からないのなら、ね」

 そういって前を歩いていた。
 何も持っていないボクに対して、荷物や武器の杖を持ったハクだが、歩く速度は変わらない。

 ボクの足元は前の世界から履きっぱなしのスニーカーなのに対して、彼女は草履ぞうりのような履物。 地面は石や草が遠慮えんりょなく顔を出す、舗装ほそうとは無縁の地面そのもの。
 歩くのには困らないけど、なだらかな丘を歩く時間は体感、二時間を超えていた。


 ボクも体力がない方じゃなかったけど、こんなに休みなく歩き続けるのがツラいなんて。
 足の裏にはチクチクと鈍い痛みがコンニチハしているし、膝や足首の関節はギシギシ言い始めた。
 この斜面というか坂道? 一体どこまで行けばいいんだろう。
 ゴールが見えない、行き先が分からないっていうのは精神的にクるね。

「ハクさん……ちょっと……」

 前を歩くハクが振り向く。
 相変わらず、白く透き通った肌、涼し気な表情。

「休憩にしましょうか」

 ボクの表情を見て、一通りのことを察してくれた。
 文字通り、一息つくためにその場に座り込んだ。
 こんなにも、歩くことが大変だとは思ってもみなかったよ。

「この辺りは、こんなもんなんですか?」

 坂道に、石剥き出しの路面、草は生えて、道なんてもんじゃない。
 どんだけの悪路なんだよ。

「こんなもんねー。街道にしちゃあキレイな方だし。
 魔物や猛獣のたぐいも寄ってこないから安心して歩けるわね」

 そう、ですか。

 ボクの口から出た言葉は舌と同じく乾ききっていたに違いない。
 あの道で、コレ!?
 いやいやいや。
 すでに文明社会と舗装されたアスファルトが懐かしい。

「どうぞ」

 そう言ってハクが差し出してきたのは青い、本当にブルーって意味で青い竹の節で出来た水筒すいとうだった。
 彼女の手の動きに合わせて中に入っている液体の流動音が聞こえる。
 同時にボクの喉がやっとの思いでごくりとつばを飲み込む音を鳴らした。

「ありがとうございます!」

 言うが早いか、手が早いか。
 恐らく同じ竹をけずって作られた栓を抜いて、口を付けた。
 傾けると降りてくる、愛しい水を口が受け止める。
 喉が喜んで仕事を始めた。

 はぁ~~……

「よっぽど、のどがかわいてたのね」
「いやー、こんなに歩いたのは……ひさしぶりで。
 ハクさんは足が丈夫なんですね」

「ん~、私は慣れてるからねぇ」

 実際そうだった。
 こんなワイルド極まりない道なんて、人生の内で何度あったことか。
 前の世界じゃ、生活するうえで多少歩くことはあっても、それは整備されて、歩きやすさの保証された道路だけ。
 野道を何時間も歩くなんてしたことがなかったんだもの。
 
「慣れないことは少しするだけでも難しくて、疲れるから。
 そろそろ、お腹すいたんじゃないかしら?」

 喉が仕事を終えると、腹の虫も仕事を始めた音がした。
 ハクが灰色の着物に収まった胸元から取り出したのは布に包まれた飯盒だった。
 朝に白湯を沸かしたものと同じだ。
 確か、生水は飲むと腹を下すから一回沸かせてから飲む、だったよな。

「朝のお湯、ですか?」

 ハクはだまって飯盒の蓋に中の液体を注いで渡してきた。
 香ばしい匂いがボクの鼻をくすぐる。

「うまい……」

 口をつけると優しい塩気がまず舌に触れてきたが、レストランで出されてきても可笑しくない旨味が遅れてやってきた。
 渡された皿、飯盒のふたの中に半分ほど注がれたスープを一気に飲み干してしまった。そして手は口の意思に従って、即座にお代わりを要求していた。

「おいしいでしょ?」

 ハクは笑顔で二皿目を渡してくれた。

「はい。
 なんていうか、優しい味ですね……
 それにしてもスープなんていつのまに用意してたんですか?」

 白い手が持つ箸が飯盒の底を掻きまわす。

「コレをね」

 つまみ上げられたのは、しっかりと焼き色のついた丸ごとの小さな鳥。

「それって、まさか……
 今朝、ボクが食べなかった、あの串焼きですか?」

「そうよ。
 朝、グラグラに沸かしたお湯に突っ込んでおいたの。
 あとは塩を入れて、しっかりとふうをする。そして布で包んで保温しておけば、お昼には美味しいスープの出来上がり」

「あの、食べ残しが、スープに、か」

 ズズ……

「でも、どうして」

 ズズズ……

 疑問を投げかけるも、トリ出汁を啜ることはやめられない。
 疲れた体が、腹が、手と口を止めてくれなかったんだ。

「どうしてって。
 もったいないじゃない。
 せっかくもらった小鳥さんのイノチだもの。大事に頂かなくっちゃ」

 無駄にしていなかった。
 ちっちゃなプライドか、倫理観りんりかんか。
 そんなものでは腹はふくれないし、疲れも取れない。

「どう?」

「美味しい、です」

 うつむいたボクの顔が赤くなり、胸の中でちっぽけな何かがちぢんではじけた。
 三皿目にはそのままの、小鳥さんが盛られていた。

「箸、貸してもらえますか?」

「もちろんよ」
 手にしていた一組をボクに渡すと、ハクは嬉しそうにフッフフと笑ってくれた。
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