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第1話

030. 登場人物が増え始めます16

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「うるっさいわねー。
 風邪かぜでも引いたの?
 お前は縁がないと思ってたわ」

「だ れ の おかげだよ」

 憎しみと怒りを込めてた一言が、くしゃみの後の静かな空間にこぼれた。

「あー、寒い……
 身も心も、本当に凍てついたよ」

 結局、アニーとボクが裸でいる所をハクやフゥたちに見られたという三流コメディもいいところな一件は、誤解が溶けた。

「アナタがそんな乱暴を働くことはないと、信じてるわ……」
「いいんだぜ、オトコは一匹のトラだ」
「ねぇねぇ、アニー。
 なんで顔が赤くなってるの?」

 皆が口々にした言葉が、忍者の投げる手裏剣のようにザクザクと裸のボクの心臓に刺さっていく様を見て、エリィはまたも笑っていた。

「もう散々だよ。
 信頼されているっていうよりも、
『そういう風なことをするとは到底思えないから』
 だってさ」

「いいじゃん。
 その場でハブにされるよりマシでしょう。
 村八分はこわいわよー。
 そうでなくても今のお前がここで放り出されたら、即座にゲームオーバーよ」

 実際にそう思っていたことだけど、改めて言語化された意見を聞くとたじろいでしまう。

「それでもさ、これじゃあアニーはもとより、ほかのみんなにもこれからどんな顔して、話をすればいいか……」
「聞いてみればいいじゃない」

 エリィが、クィとアゴで指示したほうに目を向けた。
 誰かが何かの反復運動をしているようだった。
 音と、発する声が、自然とそう判断を下した。

「フゥ、さん?」

 ボクから見えたのは大きな背中。
 上半身が裸?
 隆起した背の筋肉や、幅の広い体格は古代ギリシアの彫像なんて比較にならないほどの美しさと機能性を感じ取らせた。

「美しさっていうよりも、使い込まれた武器そのものみたいだ」

 思わず見惚れてしまう。
 手にした剣を振るうという動作が腕だけではなく、肩、そして背や腰、ひいては足の先に至るまでのすべてを連動させて可能としていた。
 速く、重く、切れ味のよさそうな、素振りだった。

「あんなのを振り下ろされたら、たとえ木の枝でもボクなんて真っ二つになっちゃいそうだ」
「いやいや、挽き肉になっちゃうでしょ」

 エリィの言葉を否定できない。

「ん?
 イツキか?」

 名前を呼ばれて、背筋が伸びる。

「木の陰にいたボクに背を向けていたはずなのに……」
「いいから、こっちに来い」

 独り言すらも捕捉ほそくされて、否応なしにフゥの元へと歩み寄った。

 フォンッ――
 フォンッ――!

 その間もフゥは手にした両刃の剣で空気を切り裂いていた。
 下半身は動きやすい黒の厚く伸縮性のあるパンツ。
 膝まである茶色い革製のブーツは変わらない。
 いつもは上半身にも同様に胸の筋繊維が見て取れる伸縮性の高いシャツを着て、赤黒いプレートアーマーで腕や首を守っている。
 きっと手にした剣と同様に戦うことを職業としている彼のこだわりなんだろう。
 今は素振りという稽古中なので、脱いでいるようだったが身にまとった筋肉がすでに鎧そのものだ。

「やってみるか?」

 剣の切っ先を地面に向けると、額に汗の粒を浮かせたままフゥが聞いてきた。

「いやいや、ボクなんか」
「いいから、持て!」

 反射的に応え、握った。
 手にかかる重みは先日のナイフの比ではなかった。

 フゥがしていた素振り。
 見たままの、動きを模倣してみた。

「へにゃり」

 エリィが口にした間抜けな擬音がしっくりくる。
 そんな剣の軌道だった。

「やっぱり、上手くでき――」

 笑われると思っての自己批判だった。
 しかし、傍にいた大男はその厳めしい顔を柔和に綻ばせて、優しくボクの持つ剣に寄り添った。
 フゥはボクの柄の握り方や構え方を直すように、丁寧に教えてくれた。
 まるで、血を分けた父兄が幼子にするかのように。
 
「最後はしっかりと、握り込む」

 一連の言葉を、フゥの声で頭の中で再現した。
 見たこと。
 耳にしたこと。
 肌で感じること。

 全てを自分というキャンバスに描き出した。

 フォ――

「出来るじゃねぇかッ」

 軽かったが剣が空を割いた音も、
 成果に対する食い気味のフゥの賞賛も、
 自分自身で疑っていた自分の結果にも、
 心底驚いた。
 戸惑っていたボクの顔が両刃の剣に映し出されていた。

「どこの世界のモンでも、練習ってのはしたほうがいい。
 やっておいて困ることはない。
 もし、オマエが昔の自分自身を……その、なんだ……
 認められないなら、未来のオマエを変えるために、備えておくべきだぜ」

 普段のフゥからは想像もできない寄り添った言葉が、ボクの中のモヤモヤを見透かしていた。

 優しく笑う大男と小さなボク。
 その笑い声を聞きつけたのか、マグとアニーがやってきた。

「ハクが夕ご飯の支度が出来たってさ」
「さぁ、一緒にたべるのだ」

「「応」」

 ボクとフゥ、こんなに違う二人だけど、この時の返事は兄弟のように息がぴったりだった。
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