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第1話
033. 初めての街です2
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目の前に熊がいたら……
死んだふり、はダメなんだったよね。
目を合わせて、刺激しないように……
確か、そのままゆっくり後ろに下がって、距離を置いて……
突如として現れた熊への対応策を必死に頭の中で検索していた。
なんで、この場に猛獣がいるのか?
なんで、街中に?
そもそも、いつの間に?
いや、ボクは熊に襲われて食われるのかな?
熊って、はちみつが好きなんだっけ?
右手ではちみつをなめるから、熊の掌は右手をなめると甘いとか聞いた覚えが……
ボクの思考があらぬ方向へと飛躍していく。
それくらい、パニくってるんだ。
なのに……
「おぅ、イツキ。
そこにいるのか?」
フゥの威勢のいい声が熊の背後から響いた。
「終わった……」
猛獣を大きな音や声で驚かせてしまったら、怒りを買って暴れる。
そんなことは子どもだって知っていることだろうに、あぁ、あのキンニク……
ボクはヒザをついた体勢のまま右手で目を覆っていた。
「いっそ、ひと思いに食べてくれ」
そう言い残して消えるつもりだった。
「イツキ。いるんじゃねぇか。
なにしてるんだ?
そんなところで」
「フゥのおかげで今日から熊の胃袋に引っ越すことになったことを覚悟してるんだよ」
「あぁ?
なに訳の分かんねぇこといってるんだ。
それより、オヤジ。
掃除もいいが……
戻ったぜ」
「遅かったじゃねぇか」
ん?
オヤジ?
目を開けると、そこにはフゥらしき人物が丸机に荷物を置きながら熊相手に談笑している。
目の前にいた熊が二本足で立って手にはぞうきんを持っている。
そばには木桶があるところをみると床掃除でもしていたのだろうか。
変だ。
「イツキ。何してんだ。
こっちにこいよ」
フゥに腕を掴まれ引きあげられる。
「こいつがイツキってんだ。
なんでもハクが拾ったらしいぜ」
「ほぉ……」
ここに来てやっと理解した。
この熊がフゥやハクたちの言う「オヤジサン」なんだと。
そしてボクがさっき転んだ拍子にメガネを落としていたんだという事も理解した。
「ほれ」
手渡されたメガネをかけて視界がクリアになった。
やっと目の前にいる毛むくじゃらが熊に近い外見をした人間だという事も認識できた。
「オイラぁ、バンディってんだ。
この店を仕切ってるもんだ。
今、掃除しててな……
まぁ、よろしくな」
バンディと名乗ったのは40代半ばくらいの毛むくじゃらの男だった。
腹の出た体格も、顔の輪郭もヒゲでぼうぼうとしている男。
ヒゲと同じ剛毛を短く刈り込んでスカルキャップに収めている。
その眼は声と同じく山賊のように粗暴だった。
「こちらこそ、よろしくおねがい、します」
グッと握られた手の指にすら黒い剛毛が見えたが、案外とその手に込められた力加減には優しさを感じられた。
荒々しさは見えるものの不潔ではなく、嫌悪する気持ちもおこらなかった。
「今帰ったわ」
「おぅ、ハクか」
「マグたちもいるよー」
「ただいまなのだ。
オヤジさん」
ハクやマグ、アニーもいつの間にか店の中にいた。
ハクは担いでいた荷物をフゥと同じように丸いテーブルの上に下ろすと、一息ついて手をプラプラとして見せた。
「予定外の事もあったけど、他の奴らは?」
「まだだな。
オメェら報告を受けてるぞ。
アニーたちの受けた仕事、終わったみたいだな」
「うん♪
マグたちも頑張ったんだよ」
これまで旅をしてきた4人が黒熊のオヤジさんと話しているのを眺めていると、視線の端、テーブルの上に素焼きのカップが置かれるのが見えた。
「どうぞ」
視線を動かすと、隣に一人の女性が立っていた。
年のころ10代後半、派手さはないが美人であることに間違いのない、浅黒い肌をした細身の女性であった。
「お水です。
ようこそ、『克服者(コンクエスター)ギルド・黒熊』へ」
「こ、こんくえすたー?」
聞きなれない単語に思わずオウム返しをしてしまった。
「ハイ、ハクさんたちのように様々な仕事を請け負ってくれる人達を『克服者』と言い、彼らに仕事をする場所としてここ、黒熊は営業しております。
ご存じありませんでしたか?」
「あ、あぁ、もちろん?
知ってたよ?
うん、知ってた」
取り繕ったウソがバレバレだったのか、クスリと笑った女性はレナールという名前のウェイトレスだと自己紹介をしてくれた。
「イツキさんは遠方からいらしたんですか」
「やっぱりそう見えます?」
「そうですね。
服装もそうですし、コンクエスター制度を知らない人は、この街、ソルトイルではあまりいないと思いますので」
「やっぱりですかー」
「でも、そういう方々もいらっしゃいますよ。
この間も、そういう国外の方が街にいらしたそうです」
「へぇー」
「やっぱりそういう冒険者ギルド的なのがあるんですね」
ドォンッ。
レナールとそんな会話をしていると、不意に大きな音が響いた。
彼女の表情が少し曇ったのを見て、その視線の先に目を移した。
「オメェら、賊を逃がしたんだってなぁ……」
先ほどの物音がバンディが大きな拳を丸テーブルに叩きつけた際に立てられた音だったのは、皆が硬直している姿で分かった。
フロアを包む空気が、重さと獣臭を帯びていた。
死んだふり、はダメなんだったよね。
目を合わせて、刺激しないように……
確か、そのままゆっくり後ろに下がって、距離を置いて……
突如として現れた熊への対応策を必死に頭の中で検索していた。
なんで、この場に猛獣がいるのか?
なんで、街中に?
そもそも、いつの間に?
いや、ボクは熊に襲われて食われるのかな?
熊って、はちみつが好きなんだっけ?
右手ではちみつをなめるから、熊の掌は右手をなめると甘いとか聞いた覚えが……
ボクの思考があらぬ方向へと飛躍していく。
それくらい、パニくってるんだ。
なのに……
「おぅ、イツキ。
そこにいるのか?」
フゥの威勢のいい声が熊の背後から響いた。
「終わった……」
猛獣を大きな音や声で驚かせてしまったら、怒りを買って暴れる。
そんなことは子どもだって知っていることだろうに、あぁ、あのキンニク……
ボクはヒザをついた体勢のまま右手で目を覆っていた。
「いっそ、ひと思いに食べてくれ」
そう言い残して消えるつもりだった。
「イツキ。いるんじゃねぇか。
なにしてるんだ?
そんなところで」
「フゥのおかげで今日から熊の胃袋に引っ越すことになったことを覚悟してるんだよ」
「あぁ?
なに訳の分かんねぇこといってるんだ。
それより、オヤジ。
掃除もいいが……
戻ったぜ」
「遅かったじゃねぇか」
ん?
オヤジ?
目を開けると、そこにはフゥらしき人物が丸机に荷物を置きながら熊相手に談笑している。
目の前にいた熊が二本足で立って手にはぞうきんを持っている。
そばには木桶があるところをみると床掃除でもしていたのだろうか。
変だ。
「イツキ。何してんだ。
こっちにこいよ」
フゥに腕を掴まれ引きあげられる。
「こいつがイツキってんだ。
なんでもハクが拾ったらしいぜ」
「ほぉ……」
ここに来てやっと理解した。
この熊がフゥやハクたちの言う「オヤジサン」なんだと。
そしてボクがさっき転んだ拍子にメガネを落としていたんだという事も理解した。
「ほれ」
手渡されたメガネをかけて視界がクリアになった。
やっと目の前にいる毛むくじゃらが熊に近い外見をした人間だという事も認識できた。
「オイラぁ、バンディってんだ。
この店を仕切ってるもんだ。
今、掃除しててな……
まぁ、よろしくな」
バンディと名乗ったのは40代半ばくらいの毛むくじゃらの男だった。
腹の出た体格も、顔の輪郭もヒゲでぼうぼうとしている男。
ヒゲと同じ剛毛を短く刈り込んでスカルキャップに収めている。
その眼は声と同じく山賊のように粗暴だった。
「こちらこそ、よろしくおねがい、します」
グッと握られた手の指にすら黒い剛毛が見えたが、案外とその手に込められた力加減には優しさを感じられた。
荒々しさは見えるものの不潔ではなく、嫌悪する気持ちもおこらなかった。
「今帰ったわ」
「おぅ、ハクか」
「マグたちもいるよー」
「ただいまなのだ。
オヤジさん」
ハクやマグ、アニーもいつの間にか店の中にいた。
ハクは担いでいた荷物をフゥと同じように丸いテーブルの上に下ろすと、一息ついて手をプラプラとして見せた。
「予定外の事もあったけど、他の奴らは?」
「まだだな。
オメェら報告を受けてるぞ。
アニーたちの受けた仕事、終わったみたいだな」
「うん♪
マグたちも頑張ったんだよ」
これまで旅をしてきた4人が黒熊のオヤジさんと話しているのを眺めていると、視線の端、テーブルの上に素焼きのカップが置かれるのが見えた。
「どうぞ」
視線を動かすと、隣に一人の女性が立っていた。
年のころ10代後半、派手さはないが美人であることに間違いのない、浅黒い肌をした細身の女性であった。
「お水です。
ようこそ、『克服者(コンクエスター)ギルド・黒熊』へ」
「こ、こんくえすたー?」
聞きなれない単語に思わずオウム返しをしてしまった。
「ハイ、ハクさんたちのように様々な仕事を請け負ってくれる人達を『克服者』と言い、彼らに仕事をする場所としてここ、黒熊は営業しております。
ご存じありませんでしたか?」
「あ、あぁ、もちろん?
知ってたよ?
うん、知ってた」
取り繕ったウソがバレバレだったのか、クスリと笑った女性はレナールという名前のウェイトレスだと自己紹介をしてくれた。
「イツキさんは遠方からいらしたんですか」
「やっぱりそう見えます?」
「そうですね。
服装もそうですし、コンクエスター制度を知らない人は、この街、ソルトイルではあまりいないと思いますので」
「やっぱりですかー」
「でも、そういう方々もいらっしゃいますよ。
この間も、そういう国外の方が街にいらしたそうです」
「へぇー」
「やっぱりそういう冒険者ギルド的なのがあるんですね」
ドォンッ。
レナールとそんな会話をしていると、不意に大きな音が響いた。
彼女の表情が少し曇ったのを見て、その視線の先に目を移した。
「オメェら、賊を逃がしたんだってなぁ……」
先ほどの物音がバンディが大きな拳を丸テーブルに叩きつけた際に立てられた音だったのは、皆が硬直している姿で分かった。
フロアを包む空気が、重さと獣臭を帯びていた。
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